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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄されたけど死刑にして本当にいいんですか? わたしは他人にダメージを移し替えるスキルを持っているんですけど??

「エリナ。絶対に悪いことはしたらいけないよ」


 幼いわたしに、お父様はよくそう言いました。


「なんで? お父様」

「結局のところね、恨みを買ったら自分に返ってくるんだよ」

「そうなんだ!」


 わたしはお父様のその教えをずっと守っていました。

 そのためにわたしは引きこもりがちになったのです。

 なぜなら――。


 わたしは特別な能力を持っていたからです。

 自分についた傷を、自動的に周囲の人間に移し替えてしまう。

 そんなチカラ。

 わたしはいつの間にかこんなチカラを持っていたように思います。


 以前わたしが馬から落ちて足を折ってしまったとき。

 すぐ近くの護衛の足が折れてしまい、わたしの足はなんともなくなっていたのです。


 だからわたしはほかの人に迷惑をかけないように、なるべく部屋からでないようにしました。

 外に出て怪我をしてしまえば、他の人を傷つけてしまうから。


 でもわたしは幸せでした。

 優しいお父様と、お母様。

 そして愛しい婚約者のルカシウス様。

 それさえあれば、わたしはよかったのです。


 でもそれは、すぐに壊されました。

 ルカシウス様の手によって。

 ある日ルカシウス様は言いました。


「エリナ! 婚約破棄をしてもらう!」

「な、なぜですか? ルカシウス様……」

 何か、わたしが嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか。

 そう思っておろおろしてしまいます。


「僕の友人である男爵家の令嬢、ルミエリッタ嬢にひどいことを言ったらしいな!」

「え……? わたしは、そんなことは」

「ほう。しらを切るというのだな?」


「本当に知らないんです。なにか誤解が――」

「そういうならば、我が父の前で弁明をしてみろ。後日、王宮まできてもらう」

 彼のお父様は、この国の王様です。

「……わかりました」


 誓ってわたしはそんなことはしていません。だから、絶対に何か誤解があるはずだと思いました。

 わたしはそう考えました。

 お父様もお母様も、わたしが、そのようなことをしていないと信じてくださいました。

 だから絶対に、大丈夫です。




 王宮に行く日はすぐやってきました。

 王宮にある一室には、王様とルカシウス様だけでなく、他の方々もいらっしゃいました。

 これだけたくさんの方がいらっしゃるのなら、わたしの話もわかってもらえるはずです。


「さて、この度、僕の婚約者がひどいことをした。リーゼンラート公爵家のエリナ嬢は、こちらのルミエリッタ嬢を貶めたのだ」

 ルミエリッタさんは、ルカシウス様の言葉にうなずきました。


 しかしわたしはこの人を見たこともありませんし、その存在すら知りませんでした。

 こんな可愛らしい令嬢は一度見たら忘れないと思いました。

 まるで小動物のような可愛らしさと百合のような美しさを併せ持つ令嬢でした。


「そんなことは、していません。なにか誤解があります。ですよね?」

 そうルミエリッタ嬢にいうと、彼女はびくっと震えて、ルカシウス様の後ろに隠れました。ルカシウス様の腕をぎゅっと掴んでいます。

「こ、この人ですぅ。間違いないですぅ。私はこの人に、噴水に突き飛ばされたんですぅ」

 彼女は怯えの含んだ弱々しい声でいいました。


「ち、ちがいます。わたしはそんなことは……」

 わたしがそういうと、ルカシウス様は恫喝するような声を出しました。

「ルミエリッタがおびえてるだろうが!」

 彼の後ろでルミエリッタさんは、口元にゆがんだ笑みを浮かべていたように思います。


「わ、わたしは、この十年ほど家から出たことが、ないのです、いじめるなんてできません」

「はっ。引きこもりがちだとは聞いていたが、まったく出ていないなんてことはないだろう! この嘘つき女が!」

 ずっと信じていたルカシウス様にそんな言葉を投げかけられ、わたしの瞳は、はらりはらりと涙を流してしまいます。

 堪えなきゃ、いけないのに。


「それに証拠はまだある。君の友人のベラ嬢とカレーナ嬢が、君の命令でルミエリッタ嬢に嫌がらせをしていたと白状した」


「ベラ……? カレーナ……?」

 わたしの友人にそんな名前の人はいませんでした。わたしは人を傷つけないように、遠ざけていたから、友人などいません。


「エリナ様。すみません。もう、あなたにはついていけません……」

「私たちは、何度もお止めしたのに……。なんで私たちの話を聞いてくれなかったんですか」

 わたしが見たことのない二人の令嬢が、わたしに謝罪をします。


 ……いったい、何がおきているんでしょうか。


「この二人へ、エリナ嬢が送った命令も見つかっている! この二人も厳罰にするべきだ!」

 そこへ、ルミエリッタがルカシウス様の腕を引きました。

「ルカシウス様ぁ……。二人は反省していますぅ。悪いと思ったから、私に教えてくれたんですぅ。だから、許してあげましょ……?」

「おお。何と優しいんだ。ルミエリッタ嬢は。やはり王妃には君のような令嬢がなるべきだ」


「でもでもっ。私はぁ、男爵家ですし。お家柄が……」

「何をいうルミエリッタ嬢。君の家の商会を馬鹿にするものなんて、この国にはいないさ。血筋なんかにこだわるなんて、もう古いんだ」

 その話で、ルミエリッタ嬢の家は大きな力を持っているらしいとわたしは思いました。


 わたしはルカシウス様に弁明をします。

「ほんとうに、わたしは知らないのです。家から出たこともないですし、そのお二人とお会いしたこともありませんっ」

「しらじらしい! この二人から、お前が送った手紙は受け取っているんだ! この悪女が!」

 ルカシウス様は吐き捨てるように言いました。


 それからルミエリッタ嬢が近づいてきます。

 そしてわたしの耳元でいいました。

「じゃあルカシウス様はいただきますねぇ? ありがとうございますぅ。あ、これ、あなたの知能が低いことへのお礼ですぅ」


 わたしは頭がカッとしました。

 ひっぱたきたくなりました。でも、両親に教えられた暴力はいけないということが頭をよぎります。

 それにここで暴力をふるえば、わたしが悪いことになってしまうかもしれない。

 わたしは目の端に涙をためながら、ぐっと堪えました。


 ルミエリッタ嬢は忌々しそうな顔でわたしをみてから、わたしの腕をつねりました。

 強く、強く、つねりました。


「いたっ!」

 そう声を出したのはわたしではなく、ルミエリッタ嬢でした。

 わたしの怪我を他人にうつすスキルです。

 痛みを感じる間もなく、他人に痛みをうつすものでした。


「る、ルカシウス様っ……」

「どうしたルミエリッタ!」

「わ、私は、謝ってくれたら許しますっていったんですけどぉ……」

「ああ。なんと優しいのだルミエリッタ嬢は……」

「なのにぃ、私の腕を、つねってきたんですぅ……ほら」

 ルミエリッタ嬢が腕をみせると、そこは赤くなっており、爪の痕すら残っていました。

「優しいルミエリッタが、お前みたいな薄汚い女を許そうとしたのに! 最悪な女だな!」


「ち、違います。わたしは……」

 弁明しようとしました。

 でも、こんなスキルがあると知られてしまえば……。

 魔女として殺されてしまうかもしれない。わたしだけならまだいい。お父様やお母様も、魔女をかくまっていたと罰せられるかもしれない。

 この世界にスキルを持つものはそれなりにいますが、一部のスキルは悪魔のスキルとして、忌み嫌われているのです。

 わたしのスキルは、他に似たものはありませんでした。ですが、今までの傾向から言えば悪魔のスキルと認定される可能性はあると、お父様は言っていました。


「わたしは、やっていません……」

 わたしはただ悔しさに唇をかむことしかできませんでした。


 そこでずっと黙っていた国王様が口を開きます。

「内容はずっと聞かせてもらっていた。ワシは婚約破棄を認める」


 わたしはまた涙をこぼしました。


「父上。それでは生ぬるい。彼女はずっと嘘をつき、他の令嬢をいじめ、今も我々の目の前で暴力をふるったのですよ!?」

「うむ……。ではエリナ嬢は死罪としよう」

 あっさりと王様は言いました。


 まるであらかじめ決まっていたかのように。


「連れていけ!」

 という王子の声で、わたしは衛兵に拘束され、地下牢へと幽閉されました。




 地下牢で、ある日衛兵が言いました。

「あんたも気の毒だな」

 わたしは気落ちしながら、ゆっくりと衛兵のほうを向きました。

「……そう、ですね」


「おそらくなんだが、初めから決まってたぞ」

「……それは、どういう……?」


「あの男爵令嬢の家は、事業が大成功して大金持ちだ。王家は縁を結びたいって噂だ。だからあんたが邪魔になった」

 衛兵はそのようなことを言いました。わたしは、信じられませんでした。

「そんなことを、国を治める国王様がするとは思えません」

 悪いことをしたら自分に返ってくるとお父様はいっていました。

 もし国王様がそんな悪いことをしているなら、この王国はもう終わりになっているはずです。


「俺はあるかもしれねえと思うよ。ここの王族は最近パーティーだ異国の名物だと散財が激しくて、給金を払われていないメイドすらいるんだ」

「そんな、まさか」


「だから婚約破棄するついでに、公爵家も取りつぶして、財産を奪うらしい。それにあんたの家のリーゼンラート公爵様は、王様に無駄遣いをやめるように忠告を繰り返していたらしいからなあ」

 そういえばお父様が、国王様をお諫めしているという話は聞いたことがあります。

 もしかして本当に……?

「そう、なんですね。最初から……」


「そうだ。だから俺はもうこの国は終わりかなと思っててな。王様だけじゃない。国民もひどいもんだよ」

「国民すらも?」


「ああ。最近の国民の娯楽を知っているか? 奴隷や獣を殺し合わせる決闘や、処刑だとさ」

「…………ああ」


「きっとあんたの処刑も娯楽として消費される。この国はとっくに、上から下まで終わっているのさ」

「……なんてこと」


「俺はこの国を去るよ。もともとは隣国ファニールの出なんだよ。できたら、あんたも逃がしてやりたいがなあ」

 衛兵はそう言った。

「…………そうですか。それが、いいと思います。こんなわたしに声をかけてくださってありがとうございます」


「それは、いいんだけどよ……」

「だからあなたはお元気で。幸せになってください」

 わたしは牢獄の中で、今後の彼の幸せを祈りました。


「………………ありがとよ。あんたも、助かるといいな」

 衛兵は申し訳なさそうにそう言いました。




 それからしばらくの日にちが過ぎました。

 わたしはある日、牢獄の外へと引っ張り出されました。

 もしかしたら、誤解がとけのたのかもしれない。そんな思いはちょっとだけありました。

 でも、そうではありませんでした。


 わたしは無理やり街の広場まで連れていかれました。

 国王様も、ルカシウス様も、ルミエリッタ嬢も、ベラ嬢もカレーナ嬢もいます。様々な貴族と、街の人が集まっていました。

 広場の高台にあるものを見て、わたしは悲鳴をあげました。

「や、やめてください! みんな、逃げてください!」

 そこにあるのは、機械仕掛けのギロチン台でした。


 わたしは半狂乱で叫びます。

「逃げてください! 皆さんが、死んでしまいます!」

 しかし誰もとりあってくれません。

 民衆は笑いながらわたしを見てます。


「おもしれえ」

「やっぱお貴族様も死ぬときゃ怖いんだなあ」

 などと楽しそうに話している声が聞こえます。


「みなさん、逃げてください!!」

 誰一人わたしの言葉をまともにとりあってくれません。


「ではこれより、リーゼンラート家のエリナを処刑する!」

 国王様が高らかに宣言しました。

「これでまた一つこの国が平和になる! 今日は良き日だ!」

 そのあとを引き継いで、国王様の臣下が前に出ます。

 彼はわたしの犯した罪を声高に叫びました。


 それは事実無根の悪行でした。

 前回に言われた噴水に突き落としたなどの冤罪はかわいいもので、

 子供を殺してその生き血を浴びていたなどまで、罪状に含まれていました。


 その話を聞いて、民衆たちから声が上がります。

「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 その顔は醜悪で、処刑を本当に楽しんでいるようでした。


 衛兵の言っていた『上から下まで終わっている国』という言葉が頭をよぎります。


 わたしはギロチン台の中に、首をはめこまれました。


 ルミエリッタ嬢たちもにやにやと笑みを浮かべています。


 国王の臣下が言います。

「静粛に!」

 民衆の声は少しだけ小さくなりましたが、それでもコールは続いています。


「このギロチン型魔道具は、確実に殺す道具です! 以前、冒険者の犯罪者を一度で殺せないことがありましたため、改良されたものです!」

 おおおおと声があがります。

「この魔道具は対象が死ぬまで、何度も! 何度も、何度も、何度も! 刃が落ち続けるのです!」

 歓声。

「鍛えてレベルの高い冒険者は、その分苦しむことになります! その間、ずっと悲鳴をお楽しみいただけます!」

 最高だ!! そんな声すら上がります。

「今回はその機能は使われることはないでしょうが、お愉しみはまた次回に! 今回は世紀の悪女であるエリナ嬢の死にざまをどうぞ! お愉しみください!」

 ひときわ強く歓声があがります。


 ルカシウス様が言います。

「彼女は元は僕の許嫁であった! だから、処刑の合図は僕が出そう!」

 国王様はうなずいています。


 わたしはその間も逃げて、逃げてと周りに言います。

 しかし、わたしの叫びを見てあざ笑う人がいるだけでした。

 こんなギロチンでわたしのスキルが発動してしまえば……。

 もしかしたら、一度で命を奪うなら、発動しない可能性もあります。

 けれど、試してみたことはありません。


「この女はずっと王族である僕を騙していた! それどころか、子供を殺すというおぞましいことまでしていたのだ!」

 再び殺せコールが巻き起こります。

「そんな悪魔を僕は、この世から消し去る! そうすることで、僕はこの国を平和にしていこう!」

 そこでルカシウス様は一拍おきます。

「――殺せっ!」


 近くにいた国王様の臣下が、ギロチンの操作をします。


 ギロチンの刃が落ちてくる音がします。

 その音はやけにゆっくりでした。

 お父様、お母様――。

 ありがとう、ございました。


 次の瞬間です。

 ギロチンの操作をしていた、国王様の臣下の頭がなくなりました。

 ぽーーーん。

 そんな音すら相応しいくらい軽々しく、彼の首が空へと飛びあがりました。


 周りの人たちは、目を丸くしていました。

 ぽかんと口を開いていました。


 ギロチンの刃が元の場所に戻っていく音がします。

 そしてもう一度。

 ギロチンが落とされます。


 次はわたしを手荒に扱った衛兵の首が飛びました。


 ああ、わたしのせいで……。わたしが、止められなかったから。

 でもこの人たちは冤罪のわたしを殺そうとしました。

 心臓が狂ったように早く鳴ります。


 民衆が悲鳴をあげます。


 国王様が目を大きく開いていました。

「いったい、なにぐァ――――――!?」

 そして、次は国王様の首が空へと飛びあがりました。

『起きたのだ』と、空中に飛び上がった国王様の頭の、口だけが動きました。


 わたしはもう何も考えたくありませんでした。

 わたしのせいでしょうか?

 それとも、悪いことをした国王様に、悪いことが返ってきただけなんでしょうか。


 国王様の首が飛んだあたりで、より一層周囲が悲鳴で騒がしくなります。

 その首はルミエリッタ嬢の元へ落ちてきました。首だけになった王様が、ルミエリッタ嬢の肩にぶつかります。

「ひ、ひぃぃぃいぃ!」

 ルミエリッタ嬢の顔は涙と鼻水とよだれすらでた、醜いものでした。


 わたしは目の前で起きていることを理解したくありませんでした。


 それからルミエリッタ嬢の近くにいたベラとカレーナの首が、飛び上がりました。

 首のなくなった胴体から、血しぶきが噴水のようにふきあがります。

 血しぶきがルミエリッタ嬢にふりかかります。


「ま、魔女だ! 本当の魔女だ! 殺せ!」

 とルカシウス様が叫びました。


 その声を聞いて、近くの衛兵や騎士たちがわたしに殺到します。

 魔女め! 死ね! よくも国王様を! などとそれぞれの言葉を口にしながら、それぞれの武器をわたしに突き立てます。

 わたしを槍でついた衛兵は、身体の中央に穴が開いて死にました。

 わたしを剣で切った騎士は身体を斜めに切られ、崩れ落ちました。

 近くの騎士や衛兵たちが、みんな死んでいきます。


 いったい、なんでわたしが、こんなことに。

 わたしが何をしたというのでしょうか。

 両目から涙が溢れてきます。


「化け物!!」


 民衆が石を投げてきました。

 これは、処刑のイベントのひとつで、民衆が石を投げて殺していいときがあるらしいのです。

 そのときのために、民衆は石をもってきていたのです。


 わたしは、石を振りかぶる民衆を見て、叫びました。

「やめて! もうやめてください!」

 張り上げた声は、もうのどがつぶれ、ひどい声になっていました。


「苦しんでるぞ!」

「殺せ!」


 わたしに石が降り注ぎます。

 民衆たちは石に打たれ死に、または首が飛んで死んでいきます。

 

 まさに地獄でした。


 人が次々に死に、血の雨が降り注ぎます。


 ルミエリッタ嬢がこちらに向かって叫んでいます。

「全部っ! おまえのせいだ! 死ね! 呪われたあく――」

 そこで、彼女の首が胴体から離れて、空高く飛び上がります。

 

 高く高く飛び上がったルミエリッタ嬢の頭部は、偶然に、ルカシウス様の腕の中に落ちます。

 ルミエリッタ嬢のどろりと濁った瞳がルカシウス様と見つめあっていました。


「ひ、ひぃい!! ああああ!」

 ルカシウス様は意味などない叫び声をあげて、ルミエリッタ嬢の頭を地面にたたきつけました。


 わたしは、大切な恋人なのに、ひどい。と場違いなことすら思っていました。


 目の前の地獄を現実だと認識したくなかったのかもしれません。


「あ、ああ! わ、わるかった……こんなの、捨てるから! だから助けてくれエリナ……!」

 そう言ってルカシウス様はルミエリッタ嬢の頭部を蹴り飛ばしました。

 彼女のその目はルカシウス様を恨ましそうに見つめていました。


 ルカシウス様はぎこちなく笑うような奇妙な表情をしながら、わたしに震える声でいいました。

「え、エリナ! ぼ、僕が悪かった! や、やり、やりな、やりなおしても、いい! だから助け――」

 そう言いかけているときに、ルカシウス様の頭が空へと飛び上がりました。

 それは不思議なほど長く空に浮かんでから、落ちました。

 落ちて、転がります。

 たたきつけられ、蹴り飛ばされたルミエリッタ嬢の頭部の真横に、よりそうように並びました。


 それはそれは、とてもお似合いの姿に見えました。


 そのあと、殺し合いと処刑を娯楽とするような、退廃の都の民が次々と死んでいきました。

 次第にその速度はゆるやかになっていきます。


 わたしが一度では死ななくなってきたのです。

 生物を殺せば、そのエネルギーが殺した人間に流れ込み、身体が強くなるからです。


 そのまましばらくすると、広場に動ける人間は誰一人としていなくなりました。


 そしてとうとうギロチン台が、耐えられなくなり壊れました。

 血だらけになったわたしは、ただただ立ち尽くしていました。


 この惨状はわたしのせいなのでしょうか。

 わたしにはどうすることもできませんでした。

 決してこんなことは望んではいなかったのに。

 ただ、幸せに家族と暮らしたかっただけなのに。


 それからどれくらい時間が経ったのでしょう。

 それは十分だったような気もするし、何日も経ったような気もします。

 わたしは何も考えられませんでした。

 何も考えたく、ありませんでした。


「エリナっ!」

 その声は、懐かしいような気がしました。声色に聞き覚えはまったくないのですが、懐かしい気がしたのです。


「エリナ……! 大丈夫か!!?」

 高級そうな服を着た整った顔立ちの男性が、わたしを抱きしめました。

 そんなことをしたら、せっかくの衣服が血で汚れてしまいます。

 わたしはそう思いました。でも、口には出しませんでした。

 どうでもよかったからです。


 わたしは、大量に人を殺してしまいました。

 悪いことをして裁かれるのは、わたしでしょうか。

 それとも、目の前の死んでいる人たちが、悪いことをしたから裁かれたのでしょうか?


 わたしは返事することもできずに、ただぼうっとしていました。

「私だよ、エリナ! レオだ! レオナード・カイル・ファニールだ!」

 その名前は記憶のどこかにあるような気がしました。


 ぼうっとする頭で思い出そうとします。


 それは、幼い男の子でした。ずっとずっと昔に。

 わたしの家でしばらく住んでいた男の子。

 その子の名前がレオナードだった気がする。

 お母様の親族で、隣国の人だと聞いた。


 ファニール。それは隣国の王族が持つ名前だ。


「君とずっと昔に結婚の約束をした、レオだ!」

 そんなこともあった気がします。

 ルカシウス様と婚約をするずっと前の出来事。


 なんで、忘れてしまっていたんでしょう。

「君がそんな体質になってしまったのは、私のせいなのだ」


……どういうことでしょうか。

「私の王家にかけられた呪いをとくために、君は行動し、その代償を受けて、そうなったのだ……」

 そんなことがあった気も、します。ですが、思い出せません。


「私は責任を取って、君を一生守ろうと決めた。迎えに来るのが遅くなって済まない……」

 レオと名乗った貴公子は、わたしを強く抱きしめました。


「ここで衛兵をしていた男に聞いたんだ。君が処刑されそうだと」

 あと少し早く来てくれれば、と思いました。

 ですが、そうだとしても、わたしを牢から救うことは不可能だったでしょう。

 わたしの罪はわたしの国の王家により、決まっていたことらしいのです。


 わたしは、大きな声をあげて泣きました。

 助かった嬉しさなのか、それとも、たくさん殺してしまった後悔なのか、こんなことになってしまった運命への憤りなのか。

 様々な感情が心の中で強く吹き荒れていました。


 レオは慰めるように抱きしめてくれていました。


 わたしはそのままレオに連れられ、隣国へといったのです。

 その後、国王や王族などをたくさん失ったわたしの国は、ファニール王国に併呑されました。

 そしてお父様とお母様はファニールの貴族となったのです。


 わたしはずっとずっと考えていました。

 今回死んだ国王、ルカシウス様、ルミエリッタ嬢。家臣や騎士の方。国民の方。

 彼らは悪いことをしたから、その代償を払ったのでしょうか。

 なら払わせたわたしは、悪いことをしたのでしょうか?


 もしわたしが悪いことをしたというのならば、お父様の教えが正しいのであれば、きっとわたしはそのあと大きな代償を払うことになるでしょう。

 わたしは隣国にて、罰されることをずっと待っていました。




 レオナード様は、そんな頭のおかしくなった女のそばで、ずっとずっと、ずうっと、待っていてくださいました。

 あれから何年も経ちましたが、いまだに死神は代償をとりたてにはきていません。

 わたしは、まちがったことをしたのでしょうか?




     ◆  ◆  ◆



 後世のファニール王国の歴史書に、創作だといわれた話がある。

 ファニール王国にとんでもなく強い王妃がいたという。

 とても心優しい王妃だったらしい。

 そして創作だといわれたのは以下の一文である。

 彼女は一人でファニール王国の騎士や兵士をすべて倒すことができたと。

 そして彼女は、国王レオナードと最期の時まで幸せに暮らしたということだった。


ブックマークとポイント評価をありがとうございます!

めちゃくちゃ嬉しいです!



長編も書いてますので、お時間に余裕がありましたら!


https://ncode.syosetu.com/n0276if/


『狂犬令嬢は悪魔になって救われたい~婚約破棄された令嬢に皇子様が迫ってくるけど、家門のほうが大事です~』


よかったら読んでみてくださいね!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハッピーエンドでよかったです。 長編読み終わってついでにこちらも読んでよかったです。 作者がいいと短編でも長編でもいい作品になるんですね。 [一言] 脱字一か所送信しましたのでご確認くだ…
[一言] 因果応報、 奴らがやった事が招いた結果だからこのヒロインには幸せに暮らしてほしかったからハッピーエンドで良かったよ 王族達がクズ過ぎて結局スカッとはしないけど恐怖の中で死んでいってヒロイ…
[良い点] やはり、私欲も過ぎるとこうなるということをしっていかないとなりませんね。
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