四人で相談
「――要するに、王家に仕える予知夢の呪術師からの言葉があったと。それによると、この学園では俺達が卒業するまでに婚約破棄が相次ぐ。それも下級貴族の令嬢に、うつつを抜かした上級貴族の子息によるもの。その中には単に婚約破棄だけでなく嫉妬に狂った上級貴族の令嬢が、下級貴族の令嬢を貶めていたという断罪付きで」
「それにより上級貴族のバランスが崩れ、社交界は大混乱。上級貴族の令嬢の中には、没落する家も出てくるかもしれない。そうなったらこの国はお仕舞いだな」
ハリーが宣言通り、学園の一室を放課後貸切る事に成功した。
それに伴ってティモン様とエリーゼに協力を促すため、前世の話題は避け、予知夢の呪術師による言葉だと説明した。
この国では数は少ないけれど、呪術師が存在する。
普段は吉報を占うだけのものだが、ごくまれに予知夢や過去見、呪い等を承る者もいる。そのように力の強い物を王家では、極秘に囲っていた。
一般では占い師の域を出ない者が多いため、胡散臭い者として捉えられている。
しかし、過去にこの呪術師によって救われた事もあり、王家では非凡なる存在として丁寧に扱ってきた。
その中での予知夢である。
ティモン様やエリーゼもその存在は耳にした事はあるが、身近に感じたのは初めてだろう。
ガクリと肩を落とすティモン様に、エリーゼが寄り添う。
ティモン様も、その混乱の一つを担う者になりそうだった事を、実感しているのでしょうね。
「因みに先日見つけた他者に暗示をかける黒い石は、怪しい物を売買している店で売られていたものだけど、下級貴族の令嬢複数が購入していた事が判明した」
「「「!」」」
いつものようにサラリと爆弾を落とすハリー。
「どうして、下級貴族の令嬢が購入したって分かったんだ?」
顔を上げて確認するティモン様に「まあ、落ち着け」とハリーは肩を叩く。
「別件でその店を見張らせていたのだが、その中の報告で見るからに世間知らず風の身なりのいい女性が入っていくのが目撃された。不思議に思い調べてみると、怪しい石が高額で売られていたらしい。そこで一つだけ残っていた石を手に入れ、実物を予知夢の呪術師に見せたところ、他者に暗示をかける石だと分かった。ただ一つ安心できるのは、その石は一度暗示をかけるとその後は効力を失くすとの事だ。だから今回ティモンに暗示をかけたあの石は、もうただの石ころとなっている」
ハリーの言葉に私は少しホッとした。いつまでもあの石に力があれば、どんなに問題を未然に防いだとしても、次から次へと相手を変えられ、同じ事を繰り返されてしまったらどうしようもない。
そうならない事だけが、今のところ救いだろう。
ティモン様も安堵の表情を浮かべながらも、気になる事を質問し続ける。
「……その石はどこから?」
「店主を捕まえて問いただしたところ、数日前に黒いローブを目深に被った女がフラッと店内に入って来たらしい。その女がこの石を店に置いてくれと頼んできたそうだ。店主も意味の分からない、汚い石など置いておきたくもないと断ったのだが、これは見本でどれ程の価値があるか調べたいから置くだけでいいと、売れればその料金は全部やるからと言われて、場所代だと小金まで渡されたそうだ。そこまでされれば仕方がないとしぶしぶ許可したらしい」
私も実物を見せてもらった。確かにあんなただの黒い石に普通の人は、価値を見出せない。
「店主は、いくらで売れるか調べたいと言う女の言葉を鵜呑みにして、市民には手の出ない金額を提示したらしい。まあ、半分は遊びだったのだろう。だが次の日、おおよそその場には相応しくない身なりのいい女が、その金額通り購入していったそうだ」
店主もさぞかし驚いた事だろう。ただの石が金の生る木に変身したのだから。
「そしてそれが一回きりならば店主も得したと思うだけだろうが、その数日おきに同じ事が四回おきた。その中で三番目に買いに来た者がどうやら持ち合わせが足りなかったらしく、家に集金に来いと言った。それがフォイン男爵令嬢」
「「「!」」」
おお、そこから今回の件と一致するわけですね。ちょっとハリーが頼もしくなってきた。
「因みに先日、俺に触れた罪と称して彼女を一時的に拘束した。そこで騎士達にさり気なく石の事を探らせたのだが、案の定、首にかけていたのを女性騎士が発見。騎士が綺麗な石だと言うと彼女は、嬉々としてこれは願い事が叶う石だと言ったそうだ」
え? 不敬罪で捕らえたのってそんな理由だったの? 私はハリーをジッと見つめた。ハリーはそんな私に気付き、ニヤリと笑う。ううぅ、なんか悔しい。
「願い事って、他者の意思を操る事が?」
驚愕と怒りからか、ティモン様の顔が少し赤くなる。
「彼女にとったら、お前が彼女の事を好きになるのが望みなのだろう。それに願い事というのは、誰かに吹きこまれた可能性がある」
「そんな勝手な願い……」
エリーゼが、口元を覆う。言葉が続かないのだろう。
「誰かって……まさか黒いローブの女?」
「その可能性はあるな。今その女と男爵令嬢に接触した怪しい奴がいなかったか調べているところだ」
前世のゲームでは女神様からその石を賜ったとなっていたが、現世においてはその石を買わせた怪しい女が実在しているって事?
私は次々と出てくる前世のゲームにはなかった現実の出来事を、不思議な面持ちで聞いていた。
軽く考えていた。私は自分が没落するのは嫌だなぁと。
攻略対象者ハリーの横に立つのはヒロインか、悪役令嬢である私のどちらかになるだけだと。それなのにこんな話は……これが現実。皆巻き込んで、貴族も市民も巻き込んで、国が混乱に陥る。そんなの私一人が諦めて終わりの話じゃない。
私はキッとハリーを見上げる。
「ハリー、私は貴方の隣を誰にも譲らないから」
決意を込めた瞳で見つめるとハリーは目を丸くするが、すぐに破顔する。
「当り前じゃない。俺の隣は君だけのものだよ」
嬉しそうなハリーに燃える私。
ティモン様とエリーゼは真剣な私の様子に何かを感じたのか、当惑しながらも声をかける。
「――もしかして、ハリーにもそんな女が接触してきているのか?」
流石ティモン様、宰相候補は伊達じゃない。こちらから話そうと思っていた情報を、向こうから提示してくれた。
私とハリーは目を合わせて、ティモン様に向かい合いコクリと頷く。
「そんな……上級貴族に暗示をかけるのも問題だが、流石に王子には……そんな事不敬罪どころの話じゃないだろう。王族を思い通りにするなんて、国をも揺るがす大犯罪じゃないか」
「だよなぁ。だけどその石が存在する以上、そしてティモンがその状態に陥った以上、それが現実に未来におこりえる可能性があるって事なんだよ」
ティモン様とエリーゼの顔色が、見る見るうちに蒼白になる。
「そこで本日の本題。この問題を阻止するために協力を頼めるか?」
「もちろんです」
「協力しないなんて選択肢、あるわけがない!」
二人は拳を握り、力強く答えてくれた。良かった。二人が加わってくれたら心強い。
思わず私とエリーゼは手を取り合う。数日前に自分が味わった事を私も体験するのかと、心配してくれているようだ。頑張ろうと頷きあっている横で、ティモン様が難しい顔でハリーに聞く。
「しかし、これだけ色々な事が分かっているならば、国王様にも相談して国を挙げて調査した方がいいのではないだろうか?」
ハリーは口元に指を添え、考えながら言葉にする。
「難しいな。所詮は呪術師が予知夢で見た事が発端だ。呪術師の立場は暗黙の了解で認められているとはいえ、いまだに胡散臭いものと捉える者も少なくはない。そのような眉唾物に王族が踊らされて動いたとなると、それだけで問題になる」
「けれど、現実に石は見つかり俺は暗示をかけられ、よく分からない女に心を支配されそうになった」
「それを証拠だと、皆の前で発言するのか?」
「!」
ハリーの鋭い言葉に、ティモン様は目を開く。
「それは単に、お前が浮気心でその女に惹かれただけだと噂されるのがおちだ。人の心なんてものは、他人には分からないのだからな」
ティモン様は悔しそうに顔を歪める。ハリーが言う事は全てが最もだ。多分、彼は彼なりに以前から色々と考えていたのだろう。
前世の記憶なんて曖昧なものを人に話すわけにもいかず、だからといって将来おこりえるであろう事態を、ただ傍観するわけにもいかない。
前世の記憶という曖昧な話よりも、呪術師という曖昧なものにカモフラージュしたのも、現世ではまだ理解できるだろうから。そのうえで動ける情報を元に、証拠を繋げていったのだろう。
なんだか凄いな、ハリー。
私は深刻な話の中、ついハリーの顔をマジマジと見つめてしまった。するとハリーが、私を見てニヤリと笑う。
「俺だって、俺の心はユリアのものだって昔からずっと言い続けているのにも関わらず、いまだに信じてもらっていないものね」
そう言って私を抱きしめてくる。
不意打ちを食らってすっぽりハリーの腕の中に納まってしまった私は、次の瞬間顔が真っ赤になってしまった。
「やめなさい。もう、真面目な話をしていると思ったらすぐにこれなんだから」
ジタバタと暴れる私を抱き込んで、ハリーは楽しそうに笑う。
「ははは、真面目な話だよ。ちゃんと俺はユリア一筋って信じてねって話」
「教室でする事じゃな~い!」
「いつでもどこでも、時間も場所も関係ない。俺がユリア好きだなって思ったら、その都度思いは届けるよ」
「軽すぎる」
「重すぎるでしょ」
真っ赤になって暴れる私をよそに、ハリーはなんとも楽しそうに笑う。
そんな私達を見ていたティモン様が「そうか、俺に足りなかったものはこれか」と言ってエリーゼの両肩を掴む。
驚くエリーゼに、ティモン様は凄く真面目な顔を近付ける。
「俺もこれからは照れずに、どんな時でも愛を囁くようにする。エリーゼに心底信じてもらえるように」
「い・いえ、それは大丈夫です。ちゃんと信じていますわ」
「いや、すぐに照れてしまってそういう事を怠っていたから、あんな女に付け入れられたのだ。俺がもっとちゃんとエリーゼ一筋だって皆の前で示せていたら、あんな事にはならなかったのかもしれない。だからこれからは、エリーゼに触れる事を躊躇わないようにする」
「い・いえ、それは……そんなのは殿下だけで充分……」
困り果てたエリーゼは、私を人身御供にした。ひどい。
結局、男二人はパートナーを離さず、続きを話す事もできずに、帰宅時間になってしまったのだった。