侍女の秘密の日記より抜粋
私の母はマリノチェ侯爵夫人の侍女をしている。父は厨房で料理人として働いていた。一緒にマリノチェ邸に住んでいる私は、必然的に娘のユリアーズ様の侍女をする事になる。
ユリアーズ様ことユリア様より五歳上の私は、彼女が産まれた時から世話をしていた。妹ができたみたいで嬉しかったのだ。
ユリア様は元々稀に見る美しさをおもちの赤子だったが、成長につれ彼女の美しさは磨きがかかり、貴族社会においても噂されるほどの美しい令嬢として名を上げていた。
当然、同年代の第一王子様の伴侶として目を付けられてはいたが、彼女は性格に少々問題があった。そのため、マリノチェ侯爵は領地内に彼女を連れて行き、王子様の伴侶に選ばれないようにしていた。会わなければ選ばれないだろうという安直な考えだ。そうして、その間に婚約者を決めてくれとタイムリミットを狙ったのだ。
マリノチェ侯爵の願いは無情にも、聞き入れられる事はなかった。何故か王子様は、その間ただの一度も婚約者を選ぼうとしなかったのだ。
切れたのはマリノチェ侯爵夫人だ。
「どこに居ようと問題を起こせば終わりです。あの子の性格を殿下が忌避するようならばそれだけの事。私達が逃げ隠れし、あの子を隠すのは間違っています」
要は、選ばれるかどうかも分からない事でオドオドするなという事だ。
マリノチェ侯爵は意を決して、家族を連れて王都に戻った。
それがユリア様、十二歳の頃。
早速、王子様と顔合わせをする事になった。そうしてすぐにユリア様はやらかした。
「じゃんけんポン」
挨拶をする王子様に、名も付けずに〔じゃんけん}をしたユリア様。咄嗟に王子様は付き合ってくれたが、よく〔じゃんけん〕なるものを知っていたなと、私達ユリア様付きの者は驚いた。
だって〔じゃんけん〕はユリア様が考えた遊びなのだから。
領地ではマリノチェ侯爵邸内で行っていたが、それを見た領民が教えを乞い、それが広がった。何を決めるのも手っ取り早く、公平だ。という理由で子供から大人までやりだした。マリノチェ領内だけの流行だったのだ。当然、王都の者が知っているはずもなく、王子様はパーを出して、呆然としている。
勝った、勝ったと喜んでいるユリア様を見つめいていた王子様は……ニヤリと笑った。
え? ニヤリ?
第一王子ことハリオス様は、この世の美を一身に集めたかと思うほど、美しい姿をなされている。ユリア様と並ぶと、申し分のない美男美女。絵画から抜け出してきたのかと見間違うほどの神々しさに、皆我を忘れて見惚れていた。その空気を破ったのが、ユリア様のじゃんけんだった。
もう駄目だ。この縁はなかったのだと皆が思い始めた頃、ハリオス様はとても麗しい笑顔でピョンピョンと跳ねていたユリア様の手を握った。
「じゃんけんに負けたから、私は君のものだね。これから婚約者としてよろしくね。未来の伴侶様」
「へ?」
――ユリア様はハリオス様の婚約者に決まった。
ハリオス様はいつも笑顔でユリア様の奇行を見つめていた。周りはユリア様の自由奔放な行動にハラハラするも、ハリオス様がそれを許す。ただ、最後に言葉を添える。
「ユリアは凄いね。そんな事に気が付くんだ。けれどそれは皆の前で言わない方がいいな。知らない人が聞くと、自分だけが知らないのかと落ち込む人がでるかもしれないから。それよりも、皆の前では微笑んでいる方がいいよ。マリノチェ侯爵夫人はとても綺麗に微笑むだろう。ユリアのお母様だからね。ユリアもお母様が大好きだろう。それなら夫人の様に美しい淑女を目指そうか」
「うん、私お母様大好きだもの。微笑んでいたらお母様みたいに綺麗に見える?」
「もちろん。ユリアは夫人に似て美人だからね」
「ハリーもさっき言ってたけど、私の発言で落ち込む人いるのかな? 思った事すぐに口にしない方がいい? お父様にもよく言われるの」
「私の前ならいいよ。私はそのままのユリアが大好きだからね。でもユリアがそんな風に考えるなんて、嬉しいな」
「ハリー、私がそんな風にすると嬉しいの?」
「だって将来、私の伴侶になるために美しい淑女を目指してくれるんだろう。そんなの嬉しいに決まってる」
「本当? ハリーが嬉しいなら私、美しい淑女になるために頑張るね」
「王妃教育もしてくれる?」
「うん、いいよ」
そうしてユリア様の見ていないところでニヤリと笑うハリオス様。
流石、王族。
私は確実にハリオス様の手により麗しい淑女へと教育されて行いくユリア様に同情、ゲホンゲホン、失礼いたしました。憧憬を抱いております。
ハリオス様と並ぶ美しい容姿に、優秀な知能。凛とした態度に美しい所作。
元よりユリア様はとても頭のよく素晴らしい美貌は持ち合わせておりましたが、ハリオス様により完璧な淑女としての振る舞いも身に着けられました。
幼少の頃の奇行が、今は見る影もありません。ですが、ユリア様に侍る者は知っています。ユリア様はとってもお可愛らしい事を。
そうしてそのユリア様の幼き頃よりの可愛さを壊さずに愛でているのがハリオス様であろう事も。
私はハリオス様がユリア様を導いてくれていると、少しも疑っておりませんでした。しかし最近、自分が思っていた事とは違う事もあるのだと痛感致しました。
それは何かというと……ハリオス様がユリア様に振り回されている姿を見たのです。
「ハリーってお母さんみたい。おかんハリー」
ずうぅ~~~~~ん、と落ち込んでいるハリオス様をよそに、自分の吐いた言葉を忘れたのか、ユリア様は自分で開発したオセロなる卓上ゲームで遊んでおります。落ち込むハリオス様はそのままに。
人間っていうのは計り知れない。ありとあらゆる角度から見ないと分からないものだなぁと実感した瞬間でした。
結局は、ハリオス様の手の平で踊っていたように見えた天然ユリア様が、勝っていた。
それはまさに惚れた者の負け。という言葉を体現してくれたハリオス様なのだなと私はしみじみと感じさせられました。そういう私の一番の弱点もまたユリア様なのだという事を、ここにしたためておきます。




