これはこれで楽しいぞ
「オ~ホホホホホ」
「オ~ホホホホホ」
「オ~ホホホホホ」
あちらこちらで聞こえる高笑い。よくよく見れば、その声の持ち主は全員が女子生徒だ。扇で口元を隠している者や腰に片手を添え、背を反らして笑う者までいる。そうして何故か縦ロールに厚化粧といったいでたちの者が多い。そう、前世で見た悪役令嬢。そのものである。
そういった者達が集まって笑っているのだから、声は次第に大きくなるわけで……。
「……これは一体何の騒ぎ?」
そんな光景に、私とハリーはポカンと呆けた顔をしてしまった。
本日は卒業式。学園の校門に一歩踏み入れただけでこの騒動。華やかになるのは予想できたが、まさかこのような状態になっていようとは、誰が予想できたであろうか。
「おはようございます。ハリオス殿下、ユリアーズ様」
そんな私達に近寄って来たのはドット様とマリアーヌ様、ナーシャ様とキャノン様もいる。
「本日はご卒業、誠におめでとうございます」
「ああ、ありがとう。それよりもこれは、どういう状態なのだ?」
ドット様の挨拶もそこそこに、疑問を述べるハリー。まあ、この状態を無視して普通に会話なんてできないよね。
「ああ、これはキャノン嬢の件でユリアーズ様はじめ女性陣が演技された〔悪役令嬢〕の、まあ、いわゆる真似ですね」
「「は?」」
ドット様の説明に、私とハリーの声がはもる。
〔悪役令嬢〕の真似って……何?
「あの時、周りで見ていた女子生徒が皆様の姿を見て、凛として気高く美しい姿に素敵だと憧れたそうですわ。それで〔ユリアーズ様を見守る会〕のメンバーからその後に少しずつですが、真似をする者が増えていったのです。あの時のユリアーズ様はこの様な声で笑っていたとかこういうポーズをとっていたとか。そうして会話された中から〔悪役令嬢〕とはどういう者か。という論争が繰り広げられたのです」
ナーシャ様の説明に、私とハリーは軽く目眩をおこす。
これって、私達悪役令嬢の真似なの? となるとこの騒動の原因は私?
「そうして各々が想像を膨らませてできた姿が、最終的にはそこここで見られる縦ロールで化粧を厚くした女性だと結論付いたようです。が、それはあくまで一部の者。やはり〔悪役令嬢〕はあの時に皆様が演技されていた上品な美しさが必要だとユリアーズ様やエリーゼ様方皆様の髪形や化粧を真似されている方も大勢います。ただ一つ、共通しているのがこの高笑い。これだけは皆様真似してらっしゃいますから、これほど騒がしくなってしまったのでしょうね」
ドット様がハハハと笑って言うセリフに、私はドヨンと落ち込んでしまった。
私はハリーをチラリと見た。口角は上がっているが目は笑っていない。うん、なんかごめん。本当ごめん。
シュンとする私に、キャノン様がギュッと両手を握ってきた。
「ご心配なさらないでください。いくら皆様が真似したところで、あの時のユリアーズ様ほど美しい〔悪役令嬢〕はいませんわ。ユリアーズ様の〔悪役令嬢〕は別物です」
ん?
「本当に……あの時のユリアーズ様はとてもお美しく、一緒に演技していた私も見惚れてしまいました。やはり〔悪役令嬢〕といえばユリアーズ様をおいて他にはいません」
んん?
キャノン様の後ろでマリアーヌ様がホウッと熱い息を吐く。その姿に隣のドット様が頬を赤らめる。めっちゃガン見してる。じゃなくて〔悪役令嬢〕といえば私って……何、それ? 普通に嫌なんだけれど。
「……あ~、話は分かった。けれどどうして、卒業式のこの日に皆が一斉にこのような姿に興じているんだ? あの時から流行っているならば、今日より前にも見かけているはずだが?」
ハリーの言葉にナーシャ様が拳を握る。
「それはもちろん、今までも真似していた者はいましたが、流石に本人達の前では遠慮していたのでしょう。ですが本日はユリアーズ様が卒業なされてしまうので〔悪役令嬢〕を引き継こうと、皆の決意の表れですわ。気高く美しいユリアーズ様、エリーゼ様、バーベラ様の様になりたいと、フフ、皆様健気ですわよね」
「……因みに聞くが、君達の思う悪役令嬢とは良い者なのか? 悪と付いているが」
ナーシャ様の勢いに一瞬怯みそうになったハリーだが〔悪〕という言葉に何も疑問は感じないのかと根本的な事を聞く。そう、それ。悪だよ、悪。なんで悪に憧れるの? それも演技していたのが分かっているのに、その姿が美しいって? 本当に意味が分からない。
「時には悪も必要。悪と言われても善を行う正しく美しい者。それが〔悪役令嬢〕なのです」
「……ああ、そう……」
とうとうハリーが負けた。
ナーシャ様のこの勢いは多分〔ユリアーズ様を見守る会〕のメンバー共通の認識なのだろう。いや、妄想? 幻想? 迷走? とにかくめちゃくちゃだ。
「ハリー、大変な事になっているな」
私達が集まっているとティモン様はじめエリーゼ、ダリアス様、バーバラも到着したようだ。皆困惑した表情をしている。
「ナーシャから聞いた。この騒ぎ、なんて言っていいか分からないが……馬鹿な妹が煽ってしまっているようで、すまない」
ダリアス様が謝罪する中、ナーシャ様が心外だと憤慨する。
「まあ、お兄様ったらなんて事言うの? 私は煽ってなんていません。皆様自主的に行っていますのよ。馬鹿にしないでくださいな」
怒るところ、そこなのか? と卒業生組は胡乱な目になる。
「けれど皆、真似をして頑張ってはいるが本物の美しさには敵いませんね。やはり皆様が揃うと迫力がある」
そう言ったのは、先程までマリアーヌ様をガン見していたドット様。
ニコニコと笑う姿に、悪意は微塵も感じ取れない。素直に賛辞を述べている。という感じだ。
「……あ~、悪いがもう卒業会場に向かわせてもらう。何かと忙しいのでね」
「はい。ご自身の卒業式だというのに大変ですね。お手伝いできる事があれば、お呼びください」
ハリーがもうこの話はお仕舞いだと、会場に向かうと言うとドット様は明るく答え、マリアーヌ様、ナーシャ様、キャノン様も隣で礼を取る。
私達が卒業後、この学園はどうなるのか? それはドット様達、在校生に任せるしかない。けれど私を〔悪役令嬢〕の代表のような妄言は謹んでいただきたい。
――切に願う。いや、マジで。
卒業式は無事に終わった。
断罪イベントは当然ながら発生する事もなく、卒業式後のパーティー会場でも私とハリーはつつがなくダンスを終え、今はバルコニーで休憩をとっている。
ああ、一つ問題があったとしたら、ハリーが皆の前で私に結婚を申し込み、異様な盛り上がりをみせてしまった事だけだ。
「はあ~」
「疲れた? ご苦労様」
私が思わず息を吐くと、ハリーが肩を抱いてくる。夜風が気持ちいいのに邪魔だなぁとは思いながらも、その腕の中のぬくもりが私にはとても居心地が良くて、ついつい受け入れてしまう。
ハリーの普段の触れ合いは、確実に私の羞恥心を削っていっている。毒されている。
「……どうして皆の前でわざわざ結婚の申し込みなんてしたの? 私達が結婚するのは国中知っているよ」
私はそのまま癒されている自分を誤魔化す様に、先程のハリーの行いについて言及してみた。恥ずかしかったんだぞと。
「ケジメ、かな? あと牽制」
「?」
ハリーの事だから、他の人に二人の仲は絶対だから邪魔しても無駄だというつもりの牽制はなんとなく分かるけど、ケジメとはなんだろう?
私が首を傾げているその様子が面白いのか、ハリーはクスクス笑っている。
「最初からユリアとは結婚するつもりではいたけれど、ゲームのストーリーが始まってしまって色々と不安にもさせてしまっただろう。だからゲームで断罪イベントが行われるこの場所で、まるっきり反対の行為をしたかった。改めて皆の前で宣誓をしたかったんだ。俺はユリアと結婚して、生涯ただ一人の人として一生大事にするとね」
見なくても分かる。私の顔は信じられないくらいに真っ赤になっているだろう。
分かってるよ。知ってたよ。ハリーは私の事が大好きで、結婚しても一生大事にしてくれるだろうという事は。そんな将来はちゃんと私の未来設計にも刻まれていた。
でも、それでも、こうして言葉にされてしまうとなんだが妙に納得してしまうというか、照れ臭いというか、いたたまれなくなるというか……。要するに恥ずかしいのだ。
肩を抱かれたまま、真っ赤になって俯いてしまった私の顔を、ハリーが上向かせる。
そのままハリーの顔が近付いてきて……。
バタンッ!
「こんな所にいたのですね」
「急に姿が見えなくなったから、心配しましたよ」
「どうせ二人でイチャついているだけだろうとは思ったけれど、立場上放っておくわけにはいかないからな……すまない」
「ハリオスは本当に雰囲気を作るのが上手いんだな。俺ももっと勉強しなくては」
「なんの勉強ですか、お兄様? これはハリオス殿下だからいいのです。どんなにエロイ事もサラッと自然にこなしてしまう。流石ですわ」
「ナーシャ、殿下にそのような失礼な事は……まぁ、確かにその通りだとは思うけれど、言葉は選びましょう」
「お二人はこれで幸せだからいいんだよ。俺達も幸せになろうね、マリアーヌ」
「お相手はまだまだ先でいいかとも思っていたのですが、お二人の幸せそうな姿を見ていたら羨ましくなってしまいした。私も頑張ってお相手を見つけます」
「キャノン様、私も彼氏募集中です。一緒に頑張りましょう」
「「…………………………」」
私達がいるバルコニーの扉を勢いよく開け、入って来たのはエリーゼ、バーバラ、ティモン様、ダリアス様、ナーシャ様、マリアーヌ様、ドット様、キャノン様おまけにメモリー様までいる。
なんだ、これ? 狭いバルコニーに全員集合って……すっごくむさ苦しい。唖然と固まる私達をよそに、ワイワイと騒いでいる友人達。酔ってるのかな?
ハリーは私の肩を抱いたまま、耳元に囁くように呟いた。
『逃げる?』
『駄目でしょう。せっかく心配して探しに来てくれたんだから。室内に戻ろうか』
「ちぇっ」
ハリーは拗ねるように口を突き出す。いつものすましたハリーも素敵だけれど、やっぱり私はこういう表情の方が好きで、ついつい顔がほころぶ。
私はちょいちょいとハリーを手招きする。
「ん?」
何? と顔を下げて耳を寄せるハリーの頬に、私は唇をくっつけた。
それはほんの一時の間。バルコニーで騒いでいる面々にも気付かれていないような軽いもの。
けれどハリーにとったら威力は絶大なものだったらしく、ボッという音が立ったように一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。
そのまま固まるハリーに、ティモン様が気が付いた。
「どうした、ハリー? 顔が真っ赤だぞ。酔ったのか?」
心配そうに見つめる面々にハリーは抱いている私ごと、後ろを向いて『卑怯だ』と言ってきた。
「私の勝ち!」
「……俺、一生ユリアには勝てないよ」
そのまま肩を落とすハリーに、私はニッコリと笑ってピースをする。
ハリーにファーストキスを奪われた時から始まった乙女ゲームのストーリーは、こうして私の軽い頬のキスで完全勝利のまま、幕を閉じた。
私は悪役令嬢のまま、攻略対象者と幸せになる。
一応、これもハッピーエンドという事で。




