最後の裁きは
クラリスの話が無事に終了した後、残るはイルミスただ一人となった。
私達はハリーの顔をジッと見るが、ハリーもどうしたものやらと首を振る。
「後はイルミスだが……奴の方は難しいな。どうやら正気を保つ事ができなくなってしまったらしく、何を聞いても反応はなく、時折意味不明な事を喚いて暴れるらしい。そんな状態では国外に追放する訳にもいかず、まあ気の荒い者の中には処刑を求める者までいる。なんせ人を刺し、王族の俺にも刃を向けた訳だから、本来ならそれが一番いいのだろうが……ユリアはそういうの、望まないだろう?」
素直にコクリと頷く私。
本来なら公にせずひっそりと罰を与えるはずだった問題が、隠す事ができなくなった案件により、イルミスにはかなり重い処罰が求められるようになった。
何故イルミス・アロウェンとクラリス・レイが城にいたのかだとか、レイ子爵が養女を殺そうとしたのかとか、謎が謎をよんだため、この事件に関してだけは表に出す事になったのだ。真実を含めたうえでの内容は、次のようになる。
レイ子爵は以前より騎士団にマークされていた。街で噂があったため。
怪しげな薬が出回っているが、それはどうやら貧民街より流れてきているようで、それにレイ子爵はかかわっているのではないかというものだった。
レイ子爵を見張る中、貧民街によく出入している他の貴族を見つける。それがこの二人。イルミス・アロウェンとクラリス・レイ。
クラリスに至ってはレイ子爵の養女という事もあって、一度詳しく事情を聞かせて欲しいと城に呼んだ。同じくイルミス・アロウェンにも。
養女であるクラリスに全てを暴露されると感じたレイ子爵が、暴挙に出た事により今回の事件となった。
ミレーヌ・フォインとカノン・グーラスに関しては、その身柄が城の中にあった事がバレないうちに、ひっそりと修道院に送られた。彼女達は今回の件に一切関係はないのだから、巻き込まれないようにとの配慮だった。
あくまでも、私の誘拐は内密のままに。
「レイ子爵の罪は明らかだが、流石自他ともに認める小悪党。余罪もあるしこれから徹底的に追及されるだろう。子爵家は没落を余儀なくされるが、どこまで余波が伸びるかはこれからの捜査によるな」
マーロンがソファの背にもたれると、重みでギシッという音が鳴った。
「アロウェン伯爵もイルミスとは縁を切ったと言っているが、だからといって処罰を免れるはずがない。おそらく領地の半分ほどの没収と子爵位へとの格下げ、それに伴って当主の変更は抗えないだろう。彼には愛人の間に息子ができたと言っていたが、幼い彼にはまだ家を継げるはずもなく、縁戚から選ぶ形にはなるだろうな」
マーロンの話を引き継いだハリーの説明に、私はコクリと頷くしかなかった。
自分も他の悪役令嬢も没落しない様に必死で頑張ってきたが、こればかりはどうしようもない。まさかこんな結末になろうとは……。
「イルミス本人には結局、北の最も厳しい牢獄で死ぬまで収容。が無難だろうな」
マーロンが腕を組みながら、結論を述べる。ハリーも「まあ、そうなるだろうな」と頷いている。そうだね、真面な精神状態ではない限り、そうするしか他に道はないだろうね。
とても重い判決がおりてしまったが、それでも今世では誰も命を落とす事がなくて良かった。
俯いていると、いつものようにハリーが私の肩を抱いてきた。
「大丈夫?」
「うん、平気。これでゲームの世界の話は、全部終わったんだよね?」
「そうだね。後は俺達が結婚して、幸せに暮らすというハッピーエンドだけかな」
そう言ってハリーが私の顔に、自分の顔を近付けてくる。あれ? 流石にソラやマーロンがいる場所ではやらないよね。冗談だよね。んん?
「どうしても殿下はそこにもっていくんだね。なんだか感動すら覚えるよ」
どんどんと距離を近付けてくるハリーの顔に、少し焦った私が狼狽えそうになった時、ソラがのんびりとした声で、茶々を入れてくれた。
「いつでもどこでも愛を囁かないと、ユリアには本気にしてもらえないからね」
ピタリと体を止め、そんな事を嘯くハリー。ふぅ~、助かった。
「その前にお前らは卒業しないといけないだろう、姫さんの件で学園を長期間休んでいるの分かっているのか?」
マーロンの指摘に私は「あっ」と口元に手をやる。
確かに私はあの誘拐事件から学園を休んでいる。仕方がないとはいえ、そろそろ学園に通わないと卒業式にだけ出席するという形になってしまう。それは流石に寂しいな。
「――そろそろお家に戻ろうかな?」
「ユリアのお家はここだよ!」
私がポツリとこぼすと、ハリーが慌てて両手で私の肩を抱き、自分に振り向かせる。
「ユリア……ここから、城から出て行ってしまうのか?」
ソラが目に見えてシュンとしてしまう。え、まって、まって。
「一旦だよ。一旦家に戻らないと、このまま城で暮らすわけにはいかないから」
「どうして?」
ソラに素朴で澄んだ目を向けられる。ああ、彼女には立場とか体裁とか伝わりにくいかもしれない。純粋なソラに目がくらくらする。
「どうせ卒業したら結婚するのは皆、分かってるんだ。このまま城に居ても誰も何も言わないさ。ここから卒業式も一緒に行こう」
いやいや、ハリーには分かってるよね。充分分かってて言ってるんだよね。そんな事したら結婚前に妊娠したのと同じような悪評が立つよ。私の評判がた落ちだ。
ブンブンと顔を横に振る私に、ハリーはニッコリと麗しい笑顔を向けてくる。
「誰にも何も言わせない。大丈夫。そういう根回しをするのは大得意なんだ」
「………………駄目です。本当に。色んな意味で」
胡乱な目を向け拒否する私に、ハリーはチェッと不貞腐れる。いや、怖い、怖い、怖い。
これは私が安易に頷くと、各部署いろんな人にありとあらゆる迷惑事をかけてしまう恐れがある。代表者はマーロンだ。
そんなマーロンにチラリと視線を向ける。あ、マーロンの目が死んだ魚の様になっている。
「どうせもう少しで卒業だよ。私との結婚と同時にハリーは王太子になるんだよね。そうすると私は王太子妃。ハリーとの結婚は楽しみだけど、王太子妃になると今ほど自由はきかなくなるわ。だからその前に少しだけ自由を頂戴。危ない事もしないしちゃんとハリーの言う事も聞くから。ね、お願い」
私は両手を合わせて、顔の前でお願いのポーズをとる。うっとハリーからは呻き声が聞こえる。いけたかな?
「……ユリアのお強請りに、俺が逆らえないの知ってて言うんだよね。ちょっと質が悪いぞ」
そう言ってハリーは「分かったよ」と城からの退出の許可を出してくれた。
残りはソラだが、こちらはマーロンに説き伏せられていたようだ。姫さんが戻らないと俺の仕事が増えて、大変な事になると。
「寂しいけれど我慢するよ。ユリアが殿下と結婚するまでの辛抱だからね。城に戻ってきたら、今までみたいに俺の所にも遊びに来てくれる?」
「もちろんだよ。ソラも今日みたいに、私の所にいつでも遊びに来てね」
ニコニコと二人で微笑みあっていると、横からハリーがギュッと私を抱きしめてきた。
「……前から思ってたけど、ソラは女の子だよ。ヤキモチ焼く必要なくない?」
「関係ない。ソラだろうがエリーゼ嬢だろうが、嫌なものは嫌だ」
「じゃあ、ハリーもマーロンとかティモン様とかと仲良くしたらいいんだよ。私ヤキモチ焼かないよ」
そう言った私に三人は固まる。
そっとソラが手を上げて「殿下、なんかごめん。俺もうちょっと控えるようにするよ」とそんな事を言ってきた。
なんでソラが控えないといけないんだろう? 寂しいぞ、コラ。




