なんでここにイルミスが
暫くして、私の涙が引っ込むのをきっかけに「じゃあ、そう言う事で」とマーロンが切り上げようとした時、キャーっという悲鳴が城中に響いた。
咄嗟にソラが私を抱きしめ、ハリーとマーロンが扉の護衛騎士に何事かと声をかける。
「見てまいります」と一人がその場を去ろうとした瞬間、動きを止めた。
目の前には、瞳をギラつかせたイルミス。手には血塗られた刃物を持っている。
果物ナイフか。
部屋にいる私達を守ろうと扉を閉めようとするハリーに向かって、ナイフを振り上げ突進してくるイルミス。
マーロンと護衛騎士が間に入って止めようとしたが、ハリーがイルミスの前に回り込んでその手のナイフごと蹴り飛ばす。
カランっと、ナイフは軽い音を立ててはじけ飛んだ。グッと自身の右手を押さえつけるイルミス。
「ハリー!」
「いいから下がってろ。こいつは俺が相手にしないと諦めない。前世からの因縁だ。来い、俺がお前の偶像を消し飛ばしてやるよ」
マーロンが叫ぶ中、ハリーはイルミスと対峙する。
「なんで……なんでハリー様が僕を蹴るんですか? ハリー様は僕を愛しているんでしょう。だって僕はヒロインなんだから。王子様のハリー様はヒロインの僕には、どんな我儘を言われても、それこそ他の男と一緒にいても、一途な愛で抱きとめてくれるではないですか。ヒロインには絶対に怒らない優しい優しい王子様。それがハリー様でしょう。僕の王子様」
イルミスはフラリフラリと揺れながら、一歩一歩ハリーに近付く。
前世の記憶がないイルミスは、ゲームの内容を後の三人から聞いていたようだが、自分がヒロインだと勘違いするような要素はあったのだろうか? 顔中汗だらけで目は血走っている。口角は上がっているが、笑っていない。常軌を逸している今、現実と妄想が交錯している? 私はソラに抱きしめられながらもブルリと身震いする。
ハリー。逃げて、ハリー。
ハリーは嫌悪感に顔を歪めながらも、近付いてくるイルミスを睨みつけている。
「いかれてんな。そんな奴がいるならお目にかかりたい」
「いるじゃない。僕の目の前に。君の事だよ、ハリー様」
ハッと笑って、声を荒げるイルミス。
「俺は普通の人間だ。怒りもすれば嘆きもする。優しいだけの人間など、感情のない生き物と同じだろう。お前は俺に人形になれとでも言うのか?」
「そうだよ、僕の愛しいお人形だ。僕だけを愛し、僕だけに優しくしてくれればそれでいい。君にとって僕だけがヒロインで、僕だけを大事にするんだ。君のヒロインだとか、寝ぼけた事を言うクラリスとかいう女は邪魔だから刺した。後は君を殺して僕も死ぬ。二人だけで死の世界で楽しく暮らそう。それで僕達の世界は完成する」
そう言って胸ポケットから、もう一本のナイフを取り出す。
「「「「!」」」」
その場にいた者、全員が戦慄する。
クラリスを刺した? 何を言ってるの、この人は? でもまって、じゃあ、さっきのナイフについていた血はクラリスのもの? 本当に人を刺した? 現実に? そして今からハリーを殺すって言うの? 死の世界? 二人だけで楽しく暮らす? 冗談じゃないわ!
「いい加減にしなさい!」
私はソラの制止を振りほどき、パッとハリーとイルミスの間に入った。
「ユリア!」
そんな私に驚きながらも、自分の後ろに隠すハリー。
「イルミス、貴方は何かしたいの? ハリーを殺す? 冗談じゃないわよ。ハリーを殺すのが貴方の望みなの?」
私はハリーの背中に守られながらもながらも話を続ける。だっておかしいじゃない。こんなのは絶対におかしい。
「ユリア、黙って。君に矛先が向かったら堪らない」
「いやよ。私はハリーが好きなんだから。好きな人を好きだと言ってる人に刺されるなんて、冗談じゃないわよ」
「は? 好きな人?」
それまで一歩でも動けば刺されてしまうかもしれないという緊迫した空気が、私の言葉で一気に霧散される。イルミスが虚を突かれたような顔をしているからだ。私はここぞとばかりに気持ちをぶつける。
「そうよ。貴方ハリーが好きなんでしょう。好きで好きで堪らなくて、それでおかしくなってしまったんでしょう」
イルミスはゆっくりとこちらに顔を向けて、私を見る。自分の気持ちが分かるのかと問いたいような、そんな表情。私はイルミスの顔を見ながら……。
「ごめんなさい。ハッキリ言ってそう言う気持ちは良く分からないわ」と謝った。
「へ?」
イルミスは何を言われたのか分からないという様に、キョトンとした表情になっている。
「好き過ぎて気持ちを隠したり逃げたりするのはなんとなく想像できるけど、それで相手を殺してしまいたいと思うのは、どう考えても理解できない。だって好きなんでしょう。その人が本当に大切なんでしょう。だったら自分の事よりもその人の幸せを願うのが当然じゃないかしら。好きな人の笑顔が見たいって思わない? その人が笑ってくれているなら自分がそばにいれなくてもいいって、そう思わない? 私は思う。私はハリーが笑ってくれるならなんでもしたいって思うもの。間違っても貴方の様に自分が辛いからって、相手がこちらを向いてくれないからって自棄になったりなんかしない」
そこまで言って、再び私はハリーの前に出て両手を広げる。
驚くハリーが私を自分の後ろに隠そうとするけれど、私はそれを全身で拒否する。
「貴方はハリーが好きなんでしょう。だったらハリーを傷付けるなんて事、絶対にしちゃ駄目。そんな事したら貴方も傷付くだけ。分かるでしょう。攻撃したって何も変わらない。好きな人は傷付けるのではなく、守るものよ。こうやって全身で相手を守るの。私はハリーを守るわ。貴方が改心してくれるまで、ここを一歩も引かないから」
私はイルミスを見つめる。どうか分かって。貴方がハリーに向けるのは、寂しさからでる攻撃ではないの。自分一人のものにしたいという独占欲からくる殺意でもない。貴方がハリーに与えられるのは……。
「……っざ……な」
私の言葉を呆然とした表情で聞いていたイルミスだったが、よく見るとその顔は赤くなっている。そうしてぼそりと何かを呟いたかと思うと、段々と眉を吊り上げ表情を険しくさせていった。そうして次の瞬間、咆哮をあげる。
「お前……お前が……おまえぇぇぇ!」
鬼の形相で突進してくるイルミスを、私は驚きながらもジッと見据える。ぎらつかせたナイフを突き上げてくる。怖くて体は固まるが、それでも私は絶対に目を瞑らない。見えなくなっている間にハリーが刺されたら堪らないから。私は彼を守ると決めたのだもの。




