クラリスとの対決
クラリス・レイの呆けた顔に、私はガッツポーズをする。
マーロンにエスコートされて入ってきたソラは、どこからどう見ても儚げな美女に見えて、クラリスの見張りをしていたマーロンの部下の騎士も、顔を真っ赤にしながら見惚れている。
私達はそんな様子を、ソラの居室の鏡にお爺さんの呪術で映し出してもらって見ている。
「久しぶりだね、玲ちゃん」
ソラのその言葉にハッとしたクラリスは、震える指をソラに向けて「空ちゃん?」と確認している。分かってはいるが信じられないといったところか。
「そうだよ。なんだか離れている間に好き勝手していたみたいだね」
「何よ、説教する気?」
ギロリとソラを睨みつけるクラリス。がそんな彼女に慣れているといった風なソラは怯む様子もなく、呆れたように言ってのける。
「まさか、そんな気ないよ。だって玲ちゃんと俺はなんの関係もないんだから」
「あら、冷たいのね。私をこんな所に連れて来たのは貴方じゃない」
「死ぬと分かってて俺の身ぐるみ剥いで森に置いて行ったのは、玲ちゃんだよね」
「!」
ソラの態度にムッとしながらも、優位に立とうと上から目線でもとはといえばソラの所為だと、全責任はソラにあると言うつもりで言った言葉が、真っ向から返された。
まさか彼女が自分に言い返すなんて。信じられない。そんな気持ちが顔中に現れ、絶句するクラリス。
ソラを完全に馬鹿にしていた姿が分かる態度だ。
彼女との関係は、ソラからも少し聞いている。転校生のソラは彼女とはあわないと知りつつも、話を合わせて付き合っていた。ゲームの話をすれば機嫌が良かったし、その内容はソラも嫌ではなかったから。けれどそれ以外は……。
「玲ちゃんはいつもそうだね。何を根拠に自分が正しいと思っているの? どうして皆が自分を好きだと思えるの? どんな世界に生きていたって、自分勝手な我儘が通用するはずないじゃない。もうここに来た時の十歳じゃないんだよ。少しは大人になりなよ」
説教めいた言葉を吐くソラに、クラリスの眦はだんだんと上がっていく。
ダンッと机を叩いて、勢いのまま立ち上がる。
「そんな事を聞きたくてあんたを呼んだんじゃない。なんであんたが私よりいいカッコして城で優遇されているの? なんであんたが私の王子様のそばにいるのよ。そこは私の場所よ。ちょっとくらい化粧してお金をかけたからって、あんたみたいなブスがいていい場所じゃないのよ。あんたは私のために黙って働けばいいの。前会った時みたいに黒ずくめの野暮ったい姿をして、なんだかよく分からない気味の悪い力を使って、サッサと私をここから出しなさいよ!」
そう叫ぶ間もクラリスはソラに掴みかかろうとするが、腰に巻きつかれた縄を騎士に引っ張られ両足は椅子に括り付けられているので思う様に動かない。マーロンがソラの斜め前で、いつでも助けられるように片手を剣に添えている。
その、騎士が姫を守るかのような態度にも腹が立つのだろう。暴れる力は弱くなるどころが、ますます強くなる。
「玲ちゃんは俺の力を気味が悪いと言うけれど、その力が詰まった黒い塊を持ち去ったのも君だろう。どうしてそれを他の人にもあげたの?」
「はあ? 何言ってるの。あれは私の物よ。女神様がくれた黒の石。私がヒロインだから女神様が私に授けてくれたのよ。だけど女神様も忙しいから私に女神様の役目も担ってほしいと、他のヒロインの分まで渡してきたの」
荒れ狂うクラリスを前にソラは一歩も引かず、わざと冷静に黒の石の話題をふる。クラリスは目を大きく見開きながら、何を言っているのだと反論する。
「私は女神様の代理なの。だから私が彼女達に渡すため、色々と苦労して物語通りにしてあげたんじゃない。彼女達だってちゃんとゲームを知っていたわ。転生者だったの。この世界は私がハリオス様と結ばれるための世界だった。ついでに二作目以降の女神の役割も追加されたけど、私はこの世界のヒロインであり女神様だったのよ。それを……」
自分はあくまでヒロインであり、しかも女神でもあると豪語するクラリスは完全に自分の世界に酔いしれるかのような雰囲気を醸し出していたが、面前のソラを思い出したかのようにガッとソラに手を伸ばす。
「それをあんたが邪魔をした。あんたが王子様をおかしくさせたのよ。あんたがいなければ私はこんな事にはなっていなかったのに、それなのに、それなのによくも……。いいから早く力を使え、このブスが!」
余りのクラリスの迫力に一瞬怯みかけたソラだったが、これだけはちゃんと聞いておかないといけないと、最後の問いを口にする。
「ユリアを傷付けたのも、全部玲ちゃん?」
「そうよ、悪い? 直接手を下したのはイルミスだけど、計画を立てて準備して連れ去ったのは全部私。だって私はヒロインであの女は悪役令嬢だから、ヒロインの邪魔をしていい訳ないじゃない。悪役令嬢は最後に泣きをみるのよ。ざまあ、されるの。だから少し早いけれど動いただけ。私は女神様でもあるんだから、私が罰を下して当然じゃない。ほら、全部教えてあげたわよ。いい加減早く動けよ、この愚図。喋らせるだけ喋らせて自分は何もしない気か? 女神である私に逆らうってのかよ?」
そうして信じられない力で騎士を払いのけたクラリスが、正に掴みかかろうとした瞬間、マーロンの一打が腹を打ち、彼女は床にく擦れ落ちた。剣の柄頭で打ったのだろう。
「……玲ちゃんは、自分が女神だとも勘違いしたわけだ。どうしようもないね」
そんなクラリスの姿をどこか冷めた眼差しで見つめるソラ。
「大丈夫か?」
気を失ったクラリスを部下に回収させながらも、ソラに声をかけるマーロン。
「……うん。殿下、見てる。終わったよ。今ので諸々の自供と捉えられるかな?」
『大丈夫だろう。足りない分はそこにいる、優秀なマーロンが全てやってくれるさ』
「おい」
凄いな、鏡。ちゃんと会話もできるんだ。そういえば、ソラの部屋で話をしていた時、お爺さんが会話に入ってきた事もあったものね。
じゃあ、私の声もソラに届くかな? そう思ってソラに声をかけようとした時、ソラがこちらを向いた。まるで鏡が映っている場所が分かっているというように、クシャリと笑う。
「早くユリアに会いたいな。もう、そっち行っていいかな?」
『うん。早く戻っておいで。ソラの好きなお菓子、用意してるよ』
私はありったけの優しさを込めた声を出す。
お疲れ様、ソラ。よく頑張ったね。
まさかあのクラリス・レイが自分を女神とも勘違いしていたとは、呆れて言葉も出ない。異常さはイルミスといい勝負かもしれないな。しかし、ソラがかなり頑張ってくれたお陰で、しっかりとした自供が取れた。
目の前では自室に戻って来たソラが、ユリアに甘えてお菓子を頬張っている。
人嫌いで黒いローブで身を隠し一人ひっそりと暮らしていたあのソラが、この短期間でよくもまあここまで変わったものだと恐れ入る。これも全てユリアに出会ったお蔭かな?
俺はソラと楽し気に会話をしているユリアのそばに行き、後ろから抱きしめる。因みにこの二人は床にベッタリと座って話していた。必然的に俺も床に座り込む。
王族がこんな事をしていいはずはないのだが、ここはソラの居室。滅多に人は来ない事は確認済みだ。
「なあに? 寂しくなった? それともヤキモチ?」
森から戻ったユリアは俺を甘やかしモードに入る。ふいに抱きついても今までの様に逃げようともせずに、こうしてどうしたのかと聞いてくる。
その上でただ単に抱きしめたいだけというと、場所を考えて受け入れるか受け入れないかを判断する。ただ俺が寂しいとかヤキモチを焼いたとか言うと、黙って俺の好きにさせてくれる。オカンかよってツッコミ入れたくなるけれど、この空気がまたほんわかとして癒されるから、俺も文句は言わない。
「殿下は甘ったれになったなぁ」
「ソラは強くなったな」
「そう?」
そんな俺とソラが会話をしていると、マーロンが戻って来た。
因みに爺さんは力を使い過ぎたと隣の部屋で眠っている。嘘つけ、そんな非力なはずねえだろ。と言いたいところだが、これからも不意にこき使う事もあるかもしれないから、今は何も言わずに好きにさせている。
マーロンは俺達の姿を見るなり、目元に手をやってはあ~っと溜息を吐いた。
仕方がない。王子の俺が婚約者を背後から抱きしめたまま直接床に座り込み、もう一人の儚げななりをした美女も床に胡坐をかいて座り込んでいる。
目の前にはお茶とお菓子を散らかしながら。
「お前ら……自由過ぎるだろう」
「俺はお前が意外と常識人である事を、最近知ったぞ」
「お前らが勝手過ぎるんだ。いや、ハリーがそうなのは分かっていたが。ああ、ソラもだな。いや、姫様も大概なのは知っていた。そうか、最初から全員そうだったか」
「そう言う事だ、諦めろ」
「ねえ、マーロンもお茶飲む? ソラが入れてくれた漢方薬、意外とおいしい」
「意外は余計。疲労が取れるから飲んどきな。あとお菓子も。甘いものは疲労にも脳の活性化にも利く」
そう言っていそいそとマーロンの座る場所を確保すると、お茶の用意をするソラ。
女装姿でそんな事をするものだから、一瞬マーロンも呆けた顔をするが、諦めたのかドスッと勢いよく床に座る。埃が立つからやめていただきたい。




