今世の関係
話しを終えて顔を上げたハリーの目には、私の泣き顔が映っていた。私、泣いてたの? いつの間に?
驚く私と慌てるハリー。
「すまない。もう少し考えて話すべきだった。ショックだっただろう? 自分の死の真相なんて聞きたくなかったよな」
ポロポロと涙を流す私の顔を、ごめんねと言いながら、自分の服の袖で必死に拭く。
王子様ならそこはハンカチでそっと拭くのが定番だろう。こういうところがゲームのハリオス・イーブ・デュラリオンとは違うところだ。けれど、それがいい。そういうところが現実の彼なのだから。
「ハリー、ありがとう。大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから。それに、刺された事はソラの話で分かっていたし……私はただ、ハリーが私の死に責任を感じてそばにいてくれるんじゃないかと心配しているだけ」
ハリーは私の言葉を聞いて辛そうな表情をする。そんな彼に苦笑しながらも、私は涙の痕を拭いてハリーと目を合わせる。
「私の死の原因になった事。自分の所為で私が死んでしまったと思っているんじゃないかと思って。だったらそれは違うからね。結局ハリーも刺されたわけだし、ハリーと彼女の間に入っていなくてもその後に確実に刺されていたと思うわ。ソラも言っていたけどあの場にいた人、全員だって……」
ハリーは苦笑する。
「いや、どう考えても俺の責任でしょう。元々あの女は俺の関係者だし、ゆりあには全く関係ない事だったんだから。俺が勝手に君を好きになって、奴に目を付けられた。明らかに巻き込まれたんだ。君の死の責任は俺にある」
そこまで言ってハリーは俯く。私はというと、ハリーが自分の責任だと言う言葉にいたたまれなくなる。違うのに……ハリーの責任なんかじゃないのに……。
「――ごめん。それでも俺は、君のそばを離れる事はできない」
顔を上げたハリーが、グッと私の手を両手で握る。
「さっきも言ったけど、俺は死の間際で君と一緒に死ねる事を喜んだ。これで二度と離れる心配はないと本気で思ったんだ。そして現世で君に会えて歓喜した。また君のそばにいられると。君が誘拐されたと知った時、本当に怖かった。君が俺の前からいなくなる想像をしただけで、体が震えるほどの恐怖を感じた。俺は君と離れる事はできない。君の前世の死は俺の所為ではあるけれど、それでも俺は責任とは関係なく君のそばにいたい。前世の播磨がゆりあを愛していたという事もあるけれど、今の俺が君を愛しているから」
揺るがない瞳に真っすぐな言葉。本当に私を必要としてくれている。
「俺の態度が態度だから軽く感じているかもしれないけれど、俺が現世で君を好きだと言っていたのは全部本心だ。前世で君に伝えられなかった言葉を、現世では後悔しないためにいつも全力で伝えていたよ。言い過ぎて信じてもらえなかったけれどね」
そう言うとハリーは握っていた私の手を離し、椅子から立ち上がって寝台に腰かけている私の横に座りなおした。私は慌てて居ずまいを正すと、ハリーの麗しい顔が目の前に来る。
「改めて言うよ。前世の播磨碧は樫木ゆりあが好きだった。現世のハリオス・イーブ・デュラリオンはユリアーズ・マリノチェを愛している。共にその時に感じている気持ちだ。正直言うと、俺はそんな甘い男でもないよ。前世が好きだったからといって、また前世の死が俺の所為だからといって、それだけで責任をとるつもりはない。気持ちが前世に引っ張られていないかと聞かれたら、それは分からない。けれど、今この時、俺の気持ちは確かにユリアに向いている。それを否定したくはない。今のユリアが心の底から大好きなんだよ」
……なんなのだろうか、この人は? こんなにもストレートに自分の気持ちをぶつけてきて、責任を感じて私のそばにいてくれてるんじゃないかと不安になった自分が馬鹿らしくなる。
ハリーから前世の話を聞いても、私は彼の事を思い出さない。私の記憶は播磨に会う前までしかない。彼に会うきっかけになった先輩お嬢様の事だけはおぼろげに覚えているけれど。
多分前世の私は、播磨がそこまで私の事を好きでいてくれたなんて知らなかったんだろうな。もしかしたら、ゆりあも播磨の事は好きだったのかもしれない。けれど彼はその時の日常を壊したくなくて普通を装っていたとハリーは言った。だからゆりあは播磨に対しての感情を自分の中に閉じ込めた。決して表に出さないように。そして生まれ変わってもそれは続いていて……。
ああ、そうか。ゆりあが隠した播磨の気持ちは、播磨との日常まで隠してしまったんだ。だから私は少しも思い出す事ができないんだ。
ゆりあはどこにでもいる平凡な女の子。美貌の播磨と釣り合うはずがないと自分から彼との関係を失くした。だからあの時もそばにいるのがしんどくなって、就活するからもう今までみたいに来られないと言って離れようとしたんだ。能天気な私からしたら信じられない行動だけれど、ゆりあの気持ちはそれほど深かったのかもしれない。
今でも思う。ハリーは私のどこがいいんだろうかと。皆に言わせたら私は少し変わっているらしい。けれどハリーはそんな私がいいと言う。播磨といい、ハリーの好みは変わっているのかもしれないな。
そう考えるとなんだがおかしくなってきた。
「……フフフ、あはははは」
私は笑いをこらえられなくなり、真剣な表情のハリーの前で大笑いした。
「……人の一世一代の告白を、そこまで大笑いする女なんてユリアだけだよ」
ハリーはジト目で、笑い転げる私の肩を掴む。私は涙目になりながらも、クスクスと笑い続ける。
「だってぇ~、二人共前世とほとんど変わっていないんだなって思ったんだもん。生まれ変わってもハリーは変わらず変な私が好きで、私はハリーの事が好きなくせになんだかんだと誤魔化したりして。結局のところ、私達はお互いが大好きなんだよね」
「は?」
「前世のゆりあは生まれ変わった私の記憶から播磨の存在を抹消するぐらい、播磨の事が大好きだったんだよ。今の私はそんな事気にしないくらいハリーが大好き」
「……………………」
私の突然の告白に、ハリーは呆けた顔になる。
「あれ? 信じてない?」
私がコテンと首を傾げると、徐々に顔を赤くしていくハリーがゴホンと咳をする。
「……いや、えっと、俺の好きとは重さが違うかなって」
「そうかな? 好きに重さがあるの? 私はハリーと結婚して、一生そばにいたいと思うくらい好きだよ」
「……凄い殺し文句。……そうだな、それだけ好きでいてくれたら、いいかな?」
「でしょ。両思いだね。これからもよろしくね」
ニッコリと笑ってそう言うと、ハリーは苦笑しながらも私を抱き寄せる。
ハリーの温かい腕の中で、私は目を閉じた。
確かに自分の死の真相はショックだったけれど、私はお陰様でその時の事を全然覚えていなかった。前世でハリーこと播磨君に会った下りなんかもすっかり忘れている。
だから、いいや。
ハリーが今、私を好きだと言ってくれて、私も彼が好きなんだと自覚しているならそれでいい。前世の事は気にしない。そう思える自分も誇らしいから。
私が目を閉じていると、そっと肩を押され引き離される気配を感じた。目をあけようとした瞬間、唇に温かいものが感じられる。ハリーにキスされた。ハリーがキスしてくれた。私はそのまま目を閉じる。
角度を変えて繰り返される行為にクラクラしてくる。
暫くそうしていたらグッと体が傾いて、気が付くと私は寝台の上に横になっていた。その上には私を見下ろすハリーの姿が見えて……。
コンコンコンッ。
私の体は飛び跳ねた。ハリーがものすごく不貞腐れた顔をしている。
『そろそろいいだろう。話は済んだみたいだし、お姫様を解放しな』
その声はマーロン。話を聞かれていたのか、とってもいいタイミングで部屋の外からノックと共に声をかけてきた。
固まる私の上からそっと離れて、扉を少し開けるハリー。隙間から覗く顔はやはりマーロンだ。
『……いいところを邪魔しやがって』
『馬鹿野郎。あれ以上放っておいたら、歯止めが利かなくなるだろう』
『それでもいいだろう。思いの通じ合った婚約者同士だし』
『もう一度言う。馬鹿野郎。婚前交渉して何かあったらどうする気だ』
『責任はしっかりとる』
『三度言う。馬鹿野郎。そういう問題じゃねえ。お前は王族なんだぞ』
『くそくらえだ』
『……誰がお前をとめられる?』
そんな会話をひそひそと扉付近で二人が話している姿を見て、私はだんだんと眠たくなってきた。疲れが一気に出たのだろう。私は起きかけた体を再び寝台に横たえる。
ハリーの匂いがする。今の私には一番落ち着く匂いだ。そのまま目を閉じて……私は眠りの住民となった。
朝、目が覚めた時には、隣にハリーの顔があった。あのまま一緒の寝台で寝たのだろう。
不思議な事に私は驚きもしなかった。なんとなくハリーならあのまま私を寝かせて、同衾ぐらいはするような気がしていたのだ。
フフっと私は彼の寝顔を見ながら微笑んでしまう。
本当ならありえない失態なのだろうが、ここにはわざわざ騒ぎ立てる者もいないだろう。それにマーロンがこの事は知っているだろうから、彼なら上手く処理してくれると信じている。
私はゆっくりと起き上がる。いい朝だなあ、と窓から洩れる光を感じながら、そっと寝台から離れる。
今日は城に帰る日。色々と問題が解決するまで、このまま城に居よう。ソラの事も気になるし、何よりハリーのそばにもう少しいたい。
私はもう一度寝台のそばに寄る。寝ているハリーの柔らかい髪を撫でると、くすぐったそうに身じろぎする。
昨日の言葉は今の私の本心だ。一緒に帰ろう。そうしてこれからも一緒にいよう。
誰が私を悪役令嬢の配役にと望んだのかは分からない。けれど私は悪役令嬢で結構だ。ハリーという攻略対象者のそばにいるのは、どのヒロインでもない。この私、悪役令嬢なのだから。
いいところをマーロンに邪魔されて、振り返ってみれば彼女は……寝ていた。
『……なんていうか、この状況で、寝る? 流石お前のお姫様』
『そこがユリアのいいところ。お前には一生分からないし分かってたまるか』
『はいはい、でどうするんだ、これ?』
『このまま寝かせておくよ。起こすの可哀そうだろう』
『お前が抱き上げて、ソラの所に運べばいいじゃないか』
『二人共起きるかもしれないだろう。今日は色々あったんだ。ちゃんと休ませてやろう』
『……何気にソラにも優しいよな。分かった。じゃあお前はこっちで寝るか?』
『王族に床で寝ろと言うのか? このままユリアと寝るよ』
『はあ? 同衾はまずいだろう』
『何もしないんだから、別に問題ない。まあ、何か揉めた時にはよろしく』
『お前なぁ~。はあ~、もういいよ。分かった。とにかく寝ろ。明日も早いぞ』
『ああ、おやすみ』
そんな会話をしてマーロンとの話は打ち切り、改めて寝ているユリアのそばに行く。
シーツをかけなおして、ユリアの寝顔を見る。安らかな寝顔だ。良かった。苦しんでいる様子はない。俺はユリアの横にゴロリと身を横たえる。
――本当は、ここまで話すつもりはなかった。
爺さんがここまで全てを知っているなんて、思いもよらなかった。ならば何故、今まで黙っていたのか。
……タイミングだろうな。
爺さんには爺さんの思うところがあって、ソラにも全てを知る覚悟が必要で、俺達にも伝えなくていいならば伝えたくなかった。といったところか。
俺はユリアの寝顔を見ながらクスリと笑う。本当に肝の据わった女だ。
前世の死因を知って、俺が隠していた事を知って、それでも好きだと言う俺を真っ向から受け止めた。なんて事はないというように笑って。
結局のところ、俺はいつでもユリアに助けられている。いつも人の事ばかりを優先するユリアに甘えている。
今回の婚約破棄断罪イベントの件も、ユリアがいたから解決できたんだ。
俺だけならヒロイン全員、黒の石を買った時点で難癖付けて捕え、学園に入学させないなんてやり方しか思いつかなかった。
悪役令嬢全員を幸せに導けるなんて芸当、ユリアにしかできない事だ。
俺はユリアの頬を撫でる。スベスベで柔らかい。愛しさが募る。
「あ~あ、俺だけのものにならないかな……」
翌朝気が付くと、ユリアがモゾモゾし始めた。どうやら目が覚めたようだな。俺はそのまま寝たふりを続ける。
俺の顔を見ても驚かない上に微笑んでいる。どうやら俺があのまま同衾する事は分かっていたようだ。分かった上で眠ったのだろうか? 意外と魔性だな。
俺の髪を撫でる。少しくすぐったくて我慢できなくなり、つい身じろぎしてしまう。そんな俺を見て、彼女は何かを決意したかのようにフンッと拳を握っていた。戦う気満々だな。
俺はそんな彼女を愛しく眺める。
今世こそは必ず君を守るから。




