前世の関係
私はジッと、一緒の寝台で横になる人の顔を眺めていた。少しはスッキリしたのか、今は穏やかな顔でスヤスヤと眠っている。
今まで何も分からなかったソラには、不安だらけの日々だった事だろう。けれどお爺さんの話を聞いて過去を思い出し、心からの家族ができた。
クラリス・レイの事など、城に戻ればまだまだやらなければいけない事はあるだろうが、気持ちが固まった今、真正面から戦う事ができる。
私は寝台からむくりと起きる。眠れない。
やはりハリーの事が気になって眠れないのだ。彼はもう眠ったのだろうか?
ここはお爺さんの家の一室。森に住むお爺さんの家には、部屋は三つ。お爺さんの部屋とソラが来た時の部屋、そして客間。
私はソラと一緒にソラの部屋の寝台に潜り、客間にはハリーが寝ている。マーロンは居間の床に毛布を敷いて眠るらしい。護衛も兼ねているそうだが、二人が小声で『何が悲しくて男二人、同じ部屋で眠らないといけないんだ』とブツブツ言っているのが聞こえた。
連れてきた料理人や護衛達は、交代で家の周辺を警戒しながら、先程作っていた簡易の寝床で仮眠をとるらしい。
前世の事を話したいな。と思いながらも、二人で話す場所がない。疲れ切っているソラやマーロンを起こしてまで話すわけにもいかない。けれど気になって眠れない。というのが今の私の状況だ。
ムーっとしていると、コンコンと控えめに扉をノックする音が聞こえた。私は吃驚しながらもそばに置いてあったショールをネグリジェの上から羽織り、ソーっと扉を開けてみる。扉の隙間から覗いたのは、今の今まで思い描いていたハリーの顔だ。
『お迎えに上がりました、お姫様』
ハリーは寝台で眠るソラを起こさないように、顔を近付け私の耳元に囁く。
『どうして? 寝てたんじゃないの?』
『前世の事、気になって眠れないんでしょう? いいよ、話そう。襲わないから安心して、俺の部屋へおいで』
そう言ってエスコートをしようと差し出された手をジッと見る。
『そういう事、わざわざ言うから疑われるんでしょう。まあ、いいけどね。信じてるから』
私は迷わずその手に手を乗せ、呆れたような態度をしながらもにっと笑う。その様子にグッと何かを噛み締めたようなハリーは、そっと視線を逸らす。
『……その殺し文句が一番響くって、知ってて言ってるでしょ』
『?』
そうして私はハリーと共にソラの私室からマーロンの眠っている横をコソコソ通り、ハリーの客間へと移動した。
途中、ハリーとマーロンが目配せしている事にも気付かずに。
ハリーの客間に入った私は寝台に座り、唯一ある椅子にハリーが腰かけた。
水でも飲む? と聞かれながらも、いらないから早く知っている事を教えてくれとせがむ。ハリーは苦笑しながらも、前世の話を始めた。
「さてと、まずは俺達の出会いからかな。ゆりあが播磨の店に友人である先輩に連れてこられたのが知り合ったきっかけ。その先輩は金持ちの遊び人、我儘お嬢様だったんだけれど、どういう訳かゆりあに説得されて遊びは今日で終わりだと言って、君を連れて来た」
え、私がハリーのお店に遊びに行ったの? なんか想像してたのと違う。どうせナンパとか客引きとかで声をかけられてた時に、事件に遭遇したんだと思ってた。意外と前世の私は遊んでいたのか? あの地味な風貌で?
自分の前世の意外な行動に内心呆けている私をよそに、ハリーは話しを続ける。
「俺は前世でもこの姿によく似ていたからね。ハリオス・イーブ・デュラリオンにそっくりだと〔XXXシリーズ〕ファンの間では有名だったらしい。その俺に会わせるのが目的だったらしいが、当のゆりあは俺と会った瞬間、似ていないと言いお嬢様に俺の名前をハリマと聞いて、めちゃくちゃ怒り出したんだ。ハリー様を利用していると。単に本名だったんだけれどね」
……なんか、ごめん。
前世の私の酷い行いに平謝りしたくなり慌てる私に、ハリーはクスクスと笑う。
「まあ、その後すぐに謝られたんだけれど、ゆりあのインパクトが強すぎて、俺が忘れられなくなったのは想像できるよね」
確かに。ホストクラブで挨拶しようとして、一方的に怒る女なんて忘れられるはずがない。私でも一生記憶に残る。遠い目をする私にクスクスと笑い続けるハリー。
「次に会ったのは、一番下の妹が俺に会いに店に来た時。小学三年生だったんだけれど、すぐ上の兄貴と喧嘩したみたいで、咄嗟に俺の所に来たんだ。けれど途中道に迷って泣いていたら、ちょうどお嬢様に俺へのお使いを頼まれたゆりあが通ったんだ。泣いている女の子をクラブがあるような界隈で放っておく事などゆりあにできるはずもなく、詳しく話を聞いた君が妹と共に俺の前へと現れた」
う~ん、確かに私ならそうするかもしれないが、一々自分の行動が理解できてちょっと悔しい。でも、わざわざお兄ちゃんに会いに来るなんて、妹さん可愛い。
私はハリーが幼い女の子にくっつかれている姿を想像して、つい微笑んでしまう。
「ハリーは前世、とっても優しいお兄ちゃんだったのね。ご両親の元ではなく、お兄ちゃんに会いに来るなんて」
「うん、前世では両親は死んでいたからね」
「え?」
「妹にとったら俺が親代わりだったんだ。両親は車の事故で亡くなったんだけれど、蓄えは十分にしてくれていたし、保険にもしっかりと入ってくれていた。俺が死に物狂いで働く必要はなかったけれど、すぐ下の弟は頭が良くて医学の道に進むのが夢だったし、下の二人はまだ小学生。この先何かと入用なのは理解していたから、少しでも稼がないといけないと思っていたんだ。それに家の事もやりながらとなると、効率の良さからいってもホストが一番だったんだ」
私はハリーの話を聞いて、愕然としてしまった。
確かにハリーはしっかりとしていて面倒見も良かった。けれどちょっと軽薄で、調子がいいなと思う時もあって……前世でそんな苦労をしているとは、微塵も思わなかった。
私のそんな表情を見てハリーは笑う。前世でも俺の話をした時、そんな顔をしていたと。
「お嬢様の用事は、あれで最後になった詫びらしい。自分が俺にとって太客だった事、理解していたんだな。自分が来なくなるとホストとして痛いだろうと、最後に高価な時計をプレゼントしてくれた。俺はそれを受け取り、すっかりゆりあに懐いてしまった妹を家に送るため、三人で店を出た。そこに現在イルミス・アロウェンになった女と出くわしてしまったんだ」
え? と私はまたも驚く。そんな所でイルミスの話が出るとは思わなかった。
「あの女は熱狂的なハリオス・イーブ・デュラリオンのファンだった。常軌を逸する程に。最初は他の客と同様、適当に調子を合わせてハリオスの役を演じてやっていたんだ。けれど次第に行動はエスカレートし始めて、俺がホストとして働く姿に文句を言い始めた。ハリオス様は王子様だからそんな事はしなくていいだとか、ヒロインの自分がそばにいるのだから他の者は相手にするなとか、最後の方はもう無茶苦茶だったな。店側も流石にまずいと思ったのか、彼女を出入禁止にしたんだ。それで店の付近で俺を待ち伏せする様になったんだが、まさかあんな近くにいるとは思いもよらなかった。追い払われるのが分かっていたはずなのに」
私はハリーの話を聞いていて、イルミスの異常なハリーへの執着を思い出した。
どれだけ手酷く追い払われても自分はいずれハリーと結ばれるのだと全く疑う様子のない異常な行動。あれは前世から変わっていなかった。
「奴は俺達三人の姿に切れたのか、暴言を吐きながら近寄って来た、俺は咄嗟に二人を守ろうとしたが、気付いた店の人間が俺を守ろうとして後ろに引っ張られたんだ。その隙に奴は妹を殴ろうとした。だが、奴が殴ったのはゆりあだった。妹を庇ってくれたんだ。そうして妹を自分の後ろに隠すと『いい加減にしなさい!』と奴に怒鳴りつけた。その姿に怯んだ奴を店の者が捕まえて、警察に突き出した。俺達は店に戻ってゆりあの頬を冷やしながら礼を言ったが、ゆりあは気にするなと、それよりも妹が無事で良かったと笑うんだ。そんな君に俺が、播磨が惹かれないと思うかい?」
聞いてて恥ずかしくなってくる。本当に何も考えずにそういう行動をとる自分が想像できてしまう。
「それからもゆりあは妹とすっかり仲良くなってしまい、俺がいようがいまいが関係なく家にいてご飯まで作って食べて帰るようになった。下の弟なんて頭がいい分気難しくて、俺の仕事も関係しているかもしれないが、女嫌いだったのにゆりあには懐いていたな。お嬢様が改心したのもこれかって妙に納得したよ。ゆりあは全然俺なんて眼中になかったけれど、俺は初めて下心なしに一緒にいられる存在に出会ったんだ」
俺の一方的な片思い。とハリーは少しはにかんだ。
私はハリーのそんな顔を初めて見た。いつも自信に満ち溢れ、同じ年なのに落ち着いた大人の男、時々おかん。がハリーだと思っていた。
ああ、私はハリーの事が好きだと自覚したにもかかわらず、まだ一部だけしか見ていなかったんだ。
こんな彼にもキュンとしてしまう私は、ハリーの全てを知ってしまったらどうなるんだろう? ちょっと自分が怖い。ドキドキする私を置いて、ハリーは話しを再開する。
「俺はゆりあの事が好きだったけれど、あの穏やかな日々を壊したくないとも思っていたんだ。俺が告白して断られたら、この居心地のいい場所がなくなると怖かった。だけどあの日、ゆりあがそろそろ本格的に就活をしなければいけないからと、今までの様に頻繁に俺の家には来れなくなるだろうと聞いた瞬間、俺はゆりあに思いを伝えようと思った。このまま放っておいたらゆりあは俺から離れていく。それは絶対に嫌だと。だからその場で告白した。そうして好きだと言葉にした時、奴が現れた。ゆりあに俺が告白したと同時に後ろからナイフを突き出し、突進してきたんだ。ゆりあは妹の時と同じように俺の前に出て……刺された。倒れてくるゆりあを、俺は訳も分からないまま抱きしめた。手にはぬるりと血がこびりつく。俺がゆりあと叫んだ瞬間、俺の背に鋭い痛みが走った。ああ、俺も刺されたんだな。そう思ったのも束の間で、お金もそれなりに蓄えられたし、下の弟も大学生になった。俺がいなくてもどうにかやっていけるだろうと、そんな事ばかりが頭を過った。そうして力が抜けていくと同時に、俺の腕の中にいるゆりあの顔を見て、俺は不謹慎にもゆりあと一緒に死ねる事を嬉しく思ってしまったんだ。これでゆりあが離れていく事はないと。悪いな。気持ち悪いだろう」




