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開戦・開戦

「ティモン様~♡」

 甘ったるい声を出しながら走り去る影は、エリーゼ・ガルノヴァ伯爵令嬢の婚約者ティモン・サラデュラ宰相令息に抱きつくのかと疑うような勢いで、その背後に駆け寄って行く。

 手前で動きを止めたのは、その横に私の婚約者にしてこの国の第一王子ハリオス・イーブ・デュラリオンがいたからだ。

 私とエリーゼは敵が動きを止めたのを確認しながら、礼儀に反しない程度の速度で移動する。

「ハリー、ティモン様。このような所でどうなされたのです?」

「やあ、愛しの婚約者殿。見ての通り食堂に行こうとしていたのだが、こちらのご令嬢がティモンに用事があるようで、呼び止められてしまったのさ」

「まあ、でしたらお待ちしておりますわ。話が終わりましたらご一緒に参りましょう」

 ニコニコニコ。と私とハリーは、ティモン様とヒロインの話が終わるのを待つ態勢に入る。

 エリーゼはさり気なくティモン様の横に付き、笑顔でヒロイン、ミレーヌ・フォイン男爵令嬢に向き合う。

「……あ~、何か用かな? ミレーヌ」

 流石にティモン様も衆人環視の中、婚約者が横にいる状態で男爵令嬢に気やすくする訳にもいかず、硬い表情で問いかける。

「え? あ・あの、先日話していた街でのお買い物いつにしますか? 私はティモン様に合わせますので、遠慮なく言って下さい」

 ティモン様のそんな態度に一瞬怪訝そうな表情をするものの、すぐにニコリと笑ってティモン様の左腕を掴む男爵令嬢。

 その行動にビクリと肩を跳ね上げたティモン様に、私達は白い目を向けた。

 呆れた。何、もうデートの約束なんかしてるのよ。それにしても流石ヒロイン。婚約者がいる前で堂々とボディタッチをしながら、デートの日取りを決めようだなんて、面の皮が厚すぎるわ。

 私が呆れたのと同時に、周囲もひそひそと不穏な空気を醸し始めた。

「そ……その話は、また後日……」

 そんな周囲に慌てたティモン様は話を逸らしながらも、そっと男爵令嬢の手を己の腕から引き離す。そんなティモン様の右腕に自らの左腕を絡ませるエリーゼ。

「まあ、街にお買い物に出られるの? 何かお目当ての物でもございますの?」

 ニコニコと笑顔で問うエリーゼに、ティモン様の頬が引き攣る。

 腕を解かれた男爵令嬢は不満顔をしながらも、ティモン様の顔を凝視しながら口を開く。

「以前に行った孤児院に何か施しをしてあげようかと思ってティモン様にご相談したら、ついて来て下さると言うのでお願いしたんです」

 ……何気に上から目線の言い方をする子なのね。

 貴族だから仕方がないのかもしれないけれど、さも良い事をしてあげるみたいな言い回しは嫌いだわ。

 少しムッとしていると、男爵令嬢は潤んだ瞳でジッとティモン様を見つめた。

「優しいんですよね、ティモン様。何気にとても気遣ってくれる。街に行くのも可愛い子が一人で歩くのは危険だと言って、荷物持ちしてあげるとか言ってくれるんですよ。そんなティモン様に私もついつい甘えちゃって」

 ポッと頬を染める男爵令嬢。つられて頬を染めるティモン様。これが演技だったら本当に凄い。

 私が笑顔のまま目を細めると、エリーゼも同じように感じたのか、二人で同じような表情になってしまった。


 ここは食堂に向かう学園の廊下。時間も昼食時と人が集中する。

 そんな中、私達がかたまっているのが興味深く、輪を作るように生徒達が集まって来た。

 ハリーと私はもちろんの事ながら、ティモン様とエリーゼも有名人だ。そんな四人に真っ向から向き合う一人の少女。

 そしてその内容は、聞く者によってはティモン様とその少女との親しい関係を示唆するようなものである。これに興味を引かず、何に興味をもてというのか。そんな本心を隠しもしないで、目をキラキラさせる生徒達。

 すると突然、パンっと手を打つ音がした。

 その場の全員が注目すると、ハリーがニッコリと笑う。その美貌に、男女問わず数人の生徒が心の中で悲鳴をあげた。

 そんな周囲の様子に全く動じないハリーは、注目を集めたまま話始める。

「学園の行事で、そのように孤児に目を向ける貴族が増えるのは喜ばしい事だ。ティモンもそのように感じたから、手伝おうとしていたんだね」

 そう言ってチラリとティモン様に目を向けるハリー。ティモン様はよく分からないものの、ここは賛同した方がいいと本能で感じたのかコクコクと頷いている。そうして私の腰を抱き寄せたハリーは、私に視線を合わせる。

「それならばユリアに相談するといいよ。彼女は私の婚約者として、以前から孤児院の運用には関わっていたからね。何か喜ばれるかその辺の事は熟知している。ああ、そうだ。エリーゼ嬢もユリアの親友として手伝ってくれていたね。では、ご令嬢。ティモンに頼まなくても二人がより素晴らしい案を出してくれますよ。男はどうしてもその辺の事は疎くていけない。お二方、頼めますか?」

 私とエリーゼはハリーの思惑に気付き、同意するようにコクリと頷く。

「もちろんよ、ハリー」

「ハリオス殿下の仰せのままに」

 エリーゼはティモン様の腕から手を離すと、ハリーに向かって淑女の礼をした。

「そうそう、護衛も荷物持ちもティモンがわざわざしなくても、ご令嬢の家にいないのであれば学園の小間使いに頼みなさい。無理ならば学園を通して城から派遣してあげます。子供達の嬉しい声が私の耳に届くのを、楽しみにしていますね」

 ………………。

 ハリーの言葉に周囲は一斉に沈黙する。

 ――凄い。

 ハリーは全員を褒めながらも、私が第一王子の婚約者で、エリーゼはその友人なのだと明確にした。その上でティモン様を引き離し、今後その話題でティモン様に近付く事を阻止したのだ。

 とどめは王子の目の前で話題にした以上、ちゃんと孤児院に慰問しろと忠告した。

 全員が固まる中、私はニコニコと笑いハリーに手を差し出す。

 ハリーは心得ているとばかりに私のエスコートをするため腰に回した手は離し、差し出された手を握る。

「……確かフォイン男爵令嬢でしたわね。ハリオス殿下が仰る通り孤児院の事でしたら、今後私共にご相談ください。ティモン様は次期宰相候補としてのお立場と勉学でお忙しい身。私共でお力になれるのならば、喜んでお手伝いいたしますわ。貴方様に挨拶という概念がないのかもしれませんが、その時に改めてご挨拶いたしましょう。もちろん、最初は殿下にお願いいたしますわね。ではハリー、ティモン様、エリーゼ参りましょう。失礼いたしますわ」

「「「「「!」」」」」

 ハッと皆の視線が男爵令嬢に集まる。

 私はニコリと笑ってヒロインを切った。

 ハリーこと殿下のお声で私達は貴方を手伝ってあげると。ティモン様は忙しいから邪魔はするなと。そして、私達は挨拶も交わしていない赤の他人。いえ、彼女は第一王子にすら挨拶をしていないのだ。

 だから、彼女を伴って歩く事はしない。貴方は私達とは関わりないのだと態度で示す。

「ああ、フォイン男爵のご令嬢でしたか。挨拶も交わしていなかったので、知らずに失礼いたしました。ユリアもこう言っていますので、今後は孤児院の件に関しましてはユリアを頼ってください。皆も昼食にしよう。ティモン、婚約者のエリーゼ嬢のエスコートを。では」

 ハリーはそんな私の意図をすぐに読み取り、周囲を取り囲んでいる者達にも彼女の事は知らない、今初めて聞いたと言葉にする。そして、ティモン様の婚約者はあくまでエリーゼであると釘をさす。

 いくら鈍い(本当か演技かは分からない)ヒロインでも、流石にここまで言われればこちらの意図を理解する。

 怒りからサッと顔を赤くしたヒロインは悔しそうに私を睨むが、隣のハリーに笑顔を向けられると顔を赤くしたまま、ぼ~っとハリーに見惚れている。

 何よ、貴方の目的はティモン様でしょ。なんでハリーに赤くなるのよ。しかも貴方、第一王子に貴族として挨拶もしていないと言われているのよ。

 周囲はその事に驚いているが、当の本人は気付いてもいない。やっぱり天然なのかしら?

 ヒロインのそんな姿に、ティモン様が眉を寄せる。

 ハリーが私をエスコートして進むと、慌てたティモン様がエリーゼをエスコートして後を続く。その手に手を重ね、苦笑するエリーゼ。

 ヒロインはティモン様に向かって手を差し伸べようとしたが、流石にこれ以上は追いすがれないと諦めたようだ。

『ユリア、お疲れ様』

 前を向きながら呟くように声をかけるハリーに、私は繋いでいる手に力をこめる。

 お互いの健闘を称えるように、私達は笑顔を交わした。

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