不思議なソラの木
私達は食事休憩の後、件のソラがいたという木の元へとやって来た。
流石ハリーが連れて来た城の料理人。あのお爺さんの紫や茶色やら黒色の料理を色とりどりの美しい料理に変貌させたばかりか、皆が美味いとつい叫んでしまう味に仕上げてしまった。
ハリーに美味しいよと言われて涙を流して喜んでいた姿に、料理人の苦労が偲ばれる。お蔭で私達は薬に頼らなくても元気いっぱい。食後の散歩と称して、木の元まで無事に辿り着けた。
その木は想像していたよりはるかに大きく、千年以上はそこに君臨していたのだろうと思われる立派な木だった。
「この窪み、ここに俺や爺さん……過去の呪術師が違う世界から連れてこられたんだね」
「ワシやソラは日本人だったが、ワシの前の呪術師はアメリカ人だと言っていたぞ。ちょうど殿下のような金髪と薄い茶色の瞳だったから、この世界にはなじみやすかったらしい。色々な人種がここには来たようだが何故か皆、言葉はすぐに分かったそうだ。自動的に翻訳されていたのはこの木のお蔭か自分達の力によるものなのか……なんにしろ、ありがたい事だったな。言葉が通じなかったら、今以上の恐怖を感じていたに違いない」
お爺さんはその時の事を思い出すかの様に目を閉じた。
そういえばお爺さんは日本人で、ここに来て恐怖のあまりに白髪になったと言っていた。
ソラは記憶を失くして私が想像もできないほどの不安を感じていただろうが、前の世界とこの世界の違いに違和感は感じていても明確な違いを理解する事はなかっただろう。そして私達は転生者だからこの世界に産まれてこの世界に家族もいて、前世の事を思い出しても怖がる必要などなかったけれど、お爺さんは違う。
ちゃんと記憶のある十歳の少年がこんな所にいきなり放り出されたら……そうだね。ショックは計り知れないものがある。
ん、そういえば……クラリス・レイはどうだったのだろうか?
彼女もまたお爺さんと同じではなかったのだろうか? だってXXXシリーズを知っていて、自らクラリス・レイと名乗っている。記憶はしっかりと持ったままここに転移してしまったのは間違いないだろう。今まで住んでいた場所から突然異世界に放り込まれたそんな子供が恐怖を感じない訳がない。
眠っているソラの身ぐるみを剥いでこんな所に捨て置いて行ったのは許せないけれど、彼女もまたパニックになり無我夢中の行動だったのかもしれない。
結果ソラにはお爺さんとハリーが迎えに来たが、一人逃げた彼女は一体どのような生き方をしてきたのだろう? どうやってレイ子爵の養女にまでなったのだろうか?
クラリス・レイを名乗る、ソラと共に日本から無理矢理転移させられた黒沢玲という名前の小学生の女の子。
もしかして彼女はあまりに辛い現実に、大好きだった乙女ゲームのヒロインになる事で自分を保っていたのかもしれない。大好きだったハリーのそばにいる事ができれば前の世界を忘れる事ができると信じて。……そう考えると、とても悲しい。
私がここにいたであろうクラリス・レイこと黒沢玲に思いを馳せていると、ソラがそっとお爺さんの隣に移動する。
「爺さん」
そんなソラにお爺さんは優しい目を向ける。
「ソラには悪いがワシはソラが来てくれた時、本当に嬉しかったんだ。久しぶりに見た黒髪、黒目はお前のこの世界での生きにくさを露わにしていたのに、ワシにはなんとも尊いものに見えた。ワシの子なのだと心底思えたんだ。殿下とマーロンだけを連れて来たのも正解だったな。殿下にはこれからのお前の庇護者として、マーロンにはお前の理解者になってもらえたらと思っていたのだが、まさに予想以上だ。それに、ここにきてユリアも良き友になってくれたようだしな」
お爺さんの話にしんみりとした面持ちで聞いていた私は、突然自分の名前が出て吃驚しながらも「ソラのお世話は任せて」と胸を叩いて見せる。
「いや、ユリアが俺の世話をする必要はないから。ユリアは将来王子妃になるのだからな」とオロオロした様子でハリーに助けを求めるソラ。
「ソラの面倒は、昔からマーロンがする事になっているから気にするな。ユリアは俺の事だけ考えていたらいいよ」
ハリーがニコリと笑って私の手を取る。すると横からマーロンも、ハリーの言葉に頷く。
「そうだぞ。こんなややこしい奴、異世界人だろうがなんだろうが俺くらいしか面倒見る事なんてできないぞ。お姫様はハリーの面倒……いや、ハリーがお姫様の面倒見てるんだからそれ以上、余計な事はしない方がいい」
マーロンがソラの面倒は任せろ。というようにソラの肩を抱く。その言葉にソラが顔を真っ赤にしながら、マーロンの腕を振り落とす。
「ちょっと待て。誰がややこしい性格だ? 俺は誰の世話にもならない。あ、ああ、いや、爺さんには世話にはなるけれど、か・家族だし。……けれど、マーロン、お前の世話になんかならないし、今までだって世話になんかなった覚えもない。変な事を言うな。ていうか気やすく触るな!」
ソラが喚く中、マーロンが「はいはい、気はすんだかぁ?」とまたもやソラの肩にのしかかる。
ギャーギャーと二人騒ぐ中、ハリーに「ほらほら、邪魔しない」と二人から距離を取らされた。私は素直に手を引かれながらも、首を傾げる。
「……マーロンはソラの事、好きなの?」
「どうだろうな? 昔からあんな感じだし、何よりこの前までソラの事は男だと疑ってもなかったから、正直知らん。興味もない。くっつこうかくっつくまいが、仲がいいならいいんじゃないかな?」
ハリーは心底どうでもいいという様に答える。いや、まあ、そうかな。そうだね。そこは二人の問題だし、仲がいいなら私的にもオッケーだ。
「無意識とはいえ、ソラは殿下達をこの世界に転生させて良かったのかもしれないな。ソラにも、もちろん殿下達にも、この世界で幸せになってくれたら、ワシは本望だ」
ソラ達から少し離れると、隣にいたお爺さんが二人の様子を微笑ましく見つめながら、私達にそんな事を言う。
「爺さんはこの世界で幸せになろうとは思わなかったのか?」
ハリーはお爺さんと共に、ソラ達を見つめながら会話をする。私はハリーの手をギュッと握りながらも、二人の会話の邪魔にならないようにジッと身を潜める。
「王様をはじめ城の者には世話になったし、ソラがワシの元に来てくれただけでもワシは幸せだったと思っている。これ以上は望む事などない」
「伴侶は? もつ気はないのか?」
「この歳からか? 盛りはとうの昔に過ぎたぞ」
「歳は関係ないと思うけどな。まあ、爺さんがいいなら別にいい。けれど爺さんには、まだまだ現役でいてもらわないといけないぞ。娘に全責任を負わせるには早いだろう」
そう言ったハリーに、お爺さんは吃驚した目を向ける。
「ソラが落ち着いたら黙ってここを離れる気だっただろう。前呪術師も前々呪術師もいつの間にかいなくなっている。元の世界に帰れているのならいいが、そうではないだろう。庇護下にいるのが嫌になるのか? それともどこかに元の世界に帰れる道があると信じて旅に出るのか?」
「……どうだろうな。少なくともワシは、元の世界に帰れるというめでたい頭はもっておらぬ。ただ、死ぬまでここにいていいのかとは考えるのだ。ここはワシの家ではないからな」
「家ではないなら何故家族がいる? ソラは家族ではないのか? その口で子と言っておきながら、ソラにも家族と言わせておきながら、自分は家族ではないと言うのか? 随分と勝手だな」
ハリーが横目で睨むと、お爺さんはハッとした様な顔になる。そう、ソラはさっきお爺さんには面倒になると、家族だしと、確かにに言っていたんだ。
「……お爺さん、確かにこの世界は前にいた世界とは違います。けれどここを、第二の故郷と考えてもいいのではないのですか? 家族がいて、仲間がいて、それこそ前の世界で生きていたよりずっとこの世界で暮らした方が、長かったのではないのですか? ここは貴方の最後の土地だと思うには不十分ですか?」
私がそう言うと、お爺さんは泣きそうになる。ずっと、ずっと自分はこの世界の人間ではないと思っていたお爺さんに、現実を突きつける私達。
お爺さんはこの世界で生きている。なくてはならない存在として。もういいのではないか。この地に骨を埋めても。この地を自分の故郷だと思っても。
気付けばソラが、お爺さんの服の裾を掴んでいた。
俺を一人にしないで。目が必死で訴えている。お爺さんはクシャリと顔を歪ますと、ソラの頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「帰るぞ」
そうして私達は、お爺さんの家へと帰る。
これからもこの木は、転移者を迎えるかもしれない。故郷を強制的に奪われる者達。ならば私達はその者にしっかりと居場所を与えよう。
ハリーの王家がそうしてきたように。そしてそれ以上に、この地が好きだと言ってもらえるように。
私はは改めてハリーの婚約者として生きていく人生に感謝を抱く。
悪役令嬢であろうがなかろうが、私はこの場所を他の人になんて絶対に渡す事はできない。ソラのためにも、この地で生きる人々のためにも。
だからクラリス・レイ、貴方の生い立ちには同情はするけれど、貴方の思い通りにはさせられない。貴方は罪を償って、そうしてこれからの生きる道を一緒に考えましょう。今の私はそれを望みたい。




