彼女と前世での出会い
本当に俺のユリアは最高だ。
俺達は、ソラを拾った前呪術師の爺さんに会いに来た。なんて事はない。クラリス・レイがソラに異常に固執している事と、何か知っているであろう不思議な爺さんとをかけ合わせた結果だった。けれどそれは今までの、それこそ前世の事にまで繋がった話だった。
余りにも深刻な話に、俺はユリアの前でとうとう過去の死因の話をしなければいけなくなった。できれば聞かせたくなかった。聞かれたくなかった。
ユリアの死因の原因が俺だなんて。
俺の一方的な思いがゆりあを巻き込んでしまった。この話も後でしなければならない。逃げるなと釘を刺されているからな。
正直、不可思議で暗い話にソラは倒れて、マーロンは唖然とし、俺は落ち込む。
全て前世の俺の軽率な行動によるものなのか? そう思っていたが、そんな雰囲気を一気に霧散してしまったのが、他ならぬユリア。
自身も前世は殺され、今もまた誘拐されて辛い思いをしたはずの彼女がまだ恐怖も冷めやらぬ状態で、ソラの過去の事件に憤慨する。
彼女は昔からそうだ。前世においても、いつも人の心配ばかりする。自分も辛いだろうに、どうしてこんなにも彼女は強いのか? そうして本人は気付いていないのか、かなりの天然でもある。ああ、本当に可愛い。
前世の、初めて彼女に会った日の事を思い出す。
俺の店に無理矢理連れてこられた彼女は、仏頂面だった。華やかなうわべだけの笑顔の中、彼女の仏頂面に俺は興味をもった。
野暮ったいジーパンに黒の長めのトップス。近所に出かけていたといわんばかりの服装の彼女に、隣で高そうなブランド物のワンピースに身を包んだ女性が笑っている。
女性はこの界隈でも有名な遊び人のお嬢様。確か今はまだ大学生だったが、芸能界に入るとの事で最近この店にも頻繁に来るようになった。
俺はというと、高校卒業と同時にこの職についた馬鹿男だ。突然両親が交通事故で亡くなり、幼い弟妹が三人いるという、まあ、よくある話だが、この時の俺は金を稼ぐ事に夢中で人の気持ちを利用する最低最悪の男だった。
だが、必死ではあった。女の好みそうなものを片っ端から調べつくし、どんな客にも対応できる話術を身につけ、けれど体の関係だけはつくらないという俺なりのポリシーをもったホストだった。
いや、カッコ良く言い過ぎた。単に弟妹達に呆れられるような男にだけはなりたくなかっただけだ。見栄である。
それでも日本人離れした彫りの深い顔を利用して、金髪に染めカラコン(カラーコンタクト)を入れたら、今流行の〔キスから始まるXXX〕という乙女ゲームのキャラに似ているとかで、たちまち王子様ホストとして人気が出た。
近々、実写版で舞台もやるとかで芸能関係者が来るこの店では、指名が後を絶たない。
「播磨さん、お嬢様から指名っすよ」
「……なんか場にそぐわない子がいるな」
「ああ、大学の後輩らしいっす。一度も来た事がないって言うから連れて来てやったとか言ってますけど、単に自分をよく見せるためだけの要員っすよ。あんな野暮ったい子がそばにいれば、彼女の華やかさが増しますからね」
「……笑えば可愛いだろうに」
「え? 流石播磨さん。守備範囲広いっすね。俺は……無理っす。地味過ぎて会話に困るっす」
そんなくだらない会話を後輩としながら俺はお嬢様に指名され、彼女の元へと行った。
っと、いきなり睨みつけられた。え? なんで?
「似てない。どこが似てるって言うんですか、先輩。全然似てませんよ。もう帰っていいですよね。似てないんで。では」
挨拶する間もなくスッと立ち上がった彼女は、本当に帰ろうとそのまま歩き出す。
「ちょっと、ハリマ止めて。せっかく連れてきたのに。待ちなさいよ、ゆりあ」
「ハリマ~~~~~?」
慌てて俺に彼女を止めるように言うお嬢様。けれど彼女は俺の名前に反応すると、ギロリと睨みつけてくる。
「何よ、その名前。ハリー様にあやかろうとしているのが見え見えよ。髪まで染めちゃって。日本人なら日本人らしく黒髪でいなさい!」
「……ハリマっていうのは俺の本名です。普通は源氏名を使いますよね。最初入った時にそういうの知らなくて、そのまま本名を源氏名にしました。本当は播磨って書きます」
いつの時代の婆だよ。と思いながらも彼女の手を掴むと、手の平に播磨と書いて見せた。
彼女はポカンとした表情で、次にアッという風に口元を手で隠した。
「……先輩、私やっちゃいました?」
「思いっきりやったわね」
「ごめんなさい!」
ガバッとものすごい勢いで頭を下げられた。
「私、先輩と大学で〔キスから始まるXXX〕の話をしてたんだけど、先輩がハリー様の本物見せてあげようかなんて言うから。貴方が彼の真似をして、ここで荒稼ぎしているのかと思ったら、つい。言いがかりだったわ。ごめんなさい」
いや、真似はしているかな。キャラ作り楽なんで。金髪とカラコンはわざとだし……。なんか、こう、ストレートでこられると、ちょっと、良心が傷む?
「とにかく座んなさいよ。目立ってるわよ、あんた。全く地味なくせにすぐに目立つ行動するんだから」
「あ~~~~~、帰りたい」
「駄目。今日は付き合ってくれる約束よ。もうすぐこんな馬鹿な事もやめるから、もう少しいなさい」
「……分かりました。先輩が真人間になるなら、協力はします」
「真人間って何よ。あんたは本当に……可愛いわね」
「ほえ?」
そう言って俺を手招きで呼び寄せると隣に座らせ、彼女をその横に座らせた。
え? 今の会話はなんだ? 可愛いって……あの自分が一番のお嬢様が、他人を可愛いなんて評価ができるのか?
俺はチラリと彼女を見た。地味。地味だよなあ。うん、地味。
「えっと、さっきは本当にごめんなさい。私たまに暴走するから。嫌な気持ちさせたよね」
「いや、こちらこそ。改めて自己紹介させてね。ハリマです。よろしくね」
「うん、私は樫木ゆりあ。よろしくね」
右手を差し出すと握り返してくれた。が、すぐに離れる。珍しい。俺に触れられると離さない子が多いのに。それにこんな所でフルネーム言っちゃうんだね。
俺が少し呆れていると、ほのかに石鹸の香りがした。最近香水の匂いばかり嗅いでいたから……新鮮だな。
そう思ってお嬢様の方を向くと、彼女からもいつものどぎついブランド物の香水ではなく、石鹸の香りがした。
「蘭子さん、珍しいね。貴方から香水の匂いがしないなんて」
「……やっぱりハリマも嫌だった? その子に言われたのよ。臭いって」
「え?」
俺はポカンとしてしまった。ヘルプに入っている他のホストもだ。臭いって? この傲慢なお嬢様に臭いって言ったのか?
「だってぇ~、先輩はそんな匂いまき散らさなくてもいい香りするもの。自然が一番ですよ」
「いつもこれよ。なんか、おされちゃってね。……自分がやってる事が馬鹿らしくなっちゃったの」
そう言って苦笑するお嬢様を、俺達は初めて目にする。こんな表情もできるのか、この人。
「悪かったわね。今日も指名でいっぱいだったのに。無理言ってハリマについてもらって。さっきもこの子が言っていたと思うけど、この子に貴方を見せたかったのと、私もこういう所にはもう来なくなるから、それだけ伝えたくて」
俺はまたもポカンとしてしまった。え? この我儘お嬢様が謝った? 他人を気遣うセリフなんて言えたのか?
まあ、それはそれとしてお嬢様がもう来ないって、なんなの、それ? 俺の太客が減るじゃないか。俺はそっとお嬢様の手を握ると、ジッと見つめる。
「どうして? 芸能界に入るって噂は聞いているけど、ここは芸能人も御用達の店だし、このまま通ってくれても問題ないよ。それとも、もう俺に飽きちゃった?」
「馬鹿ね。貴方に飽きる人なんていないわよ。ホスト界では貴方が一番よ。けれどいつまでもこのまま遊んではいられないでしょう。私もこの子の言う〔真人間〕にならないとね」
は?
これがあの、シャンパンタワーを作って遊んでいたお嬢様? 一晩に四十万のドンペリゴールド三本もあけて、ゲラゲラ笑っていたお嬢様か?
俺はチラリとゆりあを見る。お嬢様に向かってニコリと笑ったその顔は、八重歯がとっても可愛かった。
「ハリー、ソラが目を覚ましたよ」
ユリアの声に、俺はハッと我に返る。前世の思い出に没頭していた。
「どうしたの?」
ユリアが俺の顔を覗き込んでくる。
前世とは違った面持ちだが、ちゃんと前世の雰囲気が残ったままの可愛いユリア。あの無茶苦茶なお嬢様を改心させたゆりあ。
俺はギュッとユリアを抱きしめる。急に抱きつかれたユリアは驚いたようにジタバタと体を動かしていたが、途中で観念したのか大人しくなった。
最近のユリアは余り抵抗しなくなったな。俺がユリアに抱きつくのは、通常運転とでも思っているのだろうか。まあ、なんにしろ、素直に俺の腕の中におさまってくれるのはありがたい。
「なんだ、お前らは。人の家でイチャつきおって。人の目が気にならないのか?」
「爺さん、奴らはこれが通常運転だ。気にした方が負けたぞ」
「慣れる俺達にも問題はあるがな」
俺が急にユリアを抱きしめたものだから、流石に呪術師の爺さんも驚いたようだ。まあ、元日本人で爺さんの歳なら当たり前か。
それよりもマーロンは別として、ソラが慣れるのは早過ぎではないだろうか? 俺ソラの前でそんなに頻繁にはイチャついていないと思うが……まあ、邪魔しないでくれるのなら、それが一番だ。




