そうだ、彼に聞こう
「まだ、何も話さない気か?」
机を挟んだ前の椅子には髭面のおじさんが一人、仏頂面で私を眺めていた。
何を話すというの? あの女を攫ったのは確かだけれど、もとはといえばあの女が私と王子様の仲を邪魔したのがいけないんじゃない。私は女神様の代行者として頑張っていただけだもの。
黙ったままツンっとそっぽを向くと、おじさんは盛大な溜息を吐いた。
「ミレーヌ・フォイン男爵令嬢が、全て話してくれたよ」
「!」
私はパッとおじさんの顔を凝視する。ミレーヌが、まさか……。
「君が計画を立てて、犯行に必要な物を用意したそうだね。捕まえたゴロツキも、君が誘拐に使用した馬車の御者からも証言は取れた。随分と念入りに馬車を乗り換えて足取りを掴みにくくしたようだが、全て調べられたよ。そうそう、もちろん学園のカフェの店員にも話を聞いたよ。君が主犯なんだね」
おじさんはゆっくりと諭すように、私に話しかけてくる。
「私は何もやってないわ。あの場にいただけ。何も知らないし何もしていない。危害を加えていたのはあの二人でしょう。彼らに聞いてみたら」
「そんな言い訳が通用すると思っているのかい? 正直、今のままでは誰も君を庇いきれない。殿下が本当に怒ってらっしゃる。あんな殿下は今まで見た事もない」
私はあの女を助けに来た時の王子様の雰囲気を思い出して、ゾッとした。同時にあの黒ずくめの奴の事を思い出す。
私はキッとおじさんを睨みつけると「さっきの倒れた黒ずくめの奴、呼んできて。あいつになら全て話してあげる」と言う。
「は?」
おじさんは私のその言葉に、不思議な顔をする。「知り合いなのか?」と聞いてくるけれど、私はそれ以上何も言わない。
おじさんは困り顔になりながらも、部屋から出て行った。きっと王子様に相談しに行くのね。
とにかくあいつと話をしないといけない。あいつにどんな力があるのかは分からないけれど、私を連れてきたのは奴なのだから。その所為で私は女神様に気に入られて、こんな苦労を強いられている。責任はちゃんととってもらわないと。
私はフウ~っと溜息を吐く。
あいつは私を連れて来て自分の仕事は終わったと思っていたのかもしれないが、奴が王子様のそばにいるのは、女神様のお導き。こんな時こそ私の役にたたせるべき、女神様がそう仕向けられたに違いない。
奴には、早急にここから私を連れ出させる。そしてここに存在している攻略対象者、全員を悪役令嬢達から引き離し、私をヒロインとした逆ハーレムルートを完成させる。
だって裏切ったミレーヌも偉そうなイルミスも役立たずのカノンも、正直どうでもいい。
女神様の代わりで仕方なく手を貸したけれど、結局は無駄だった。彼女達はヒロインとしての力がなかったのだ。それならば私一人がヒロインでいいのだわ。王子様一筋の私だったけれど、あんな姿を見せられたのだもの。あんな奴、こちらから願いさげよ。XXXシリーズのヒロインは私一人。最初からそうしていれば良かったのよ。そうすればこんな状況に追い込まれるような事はなかったのだ。黒の石をばらまいたのは本当に無駄だったと思う。
けれど、私にはまだ奴がいる。女神様が私に残した最後の切り札。
そしてハーレムルートが完成し、もしも王子様が正気に戻って私に愛を囁いてきたらその時は、寛大な私は王子様をハーレムルートに加えてあげる。彼の守る対象が私になるのなら、受け入れてあげてもいいわ。フフ、惚れた弱みよね。だからソラちゃん、頑張って。あんたの仕事はこれからよ。
私は扉を見つめながら、奴が来るのを微笑みながら待ちかまえるのだった。
「クラリス・レイが俺を呼んでる?」
マーロンの部下がクラリスの事情聴取をしていたのだが、彼女が突然ソラを呼びつけたと言う。
知り合いかとたずねても、とにかく連れて来いの一点張りだそうだ。そしてソラになら全てを話すと。
俺とマーロンは顔を見合わせながらも、ソラに聞く事にした。どうする? と。
ソラは居室にユリアを呼んで、呪術に必要な話を聞かせていたらしい。呪術の理や法則、それに伴ってできる事など。
ユリアは初めてソラと会ったあの日以来、暇があればソラの居室に入り浸っている。
よっぽどソラが目覚めた時、ユリアが持つ指輪から光が放出し、その光によってソラが目覚めた事に驚いたのだろう。
指輪は俺の物と同じで呪術が組み込まれた石が付いている。それによりソラの力が使えるという物。
ソラは対ヒロイン避けだと言っていたが、現実にはユリアが攫われた時には、ソラの意思でユリアの居場所を示してくれた。ソラの力と共鳴しているのだろう。だからソラが意識を失った際、石の力がソラのそんな状況に反応した。石の力が弱ったソラの中に流れ込み、そのお陰でソラは意識を取り戻す事ができたのだろう。
そういった説明をソラの口から聞いたユリアは、目をキラキラとさせてソラに懐いてしまった。
そんなユリアの姿にソラも諦めたのか、最近ではすっかり仲の良い友人関係を築いている。
回復してきているとはいえユリアはまだまだ安静にしてないといけない状態なので、二人が大人しく話しているのは良い事だ。良い事なのだが、ユリア、君忘れてないかい? 君はこの国の王妃候補だからね。ベッタリと床に座り込み、呪術が書かれた紙を広げている姿は、流石に第一王子の俺の婚約者の姿ではないからね。
まあ、ソラの居室には俺達以外が入る事はないから外に漏れる心配はないし、しかも床には冷えない様にしっかりと厚めの絨毯がひかれているので、病み上がりの体が冷える心配もない。ちゃんとクッションも置いてある。
「あいつの事で何か思いだしたか?」
……俺はそんな状況に見ないふりを決め込み、ソラにクラリスの事をたずねてみた。
「う~ん、何か引っかかるんだけれど、思い出そうとすると頭が痛くなるんだよね」
「やっぱり、お前の記憶と何か関連しているのかもしれないな」
マーロンの言葉に首を傾げるソラ。このままでは埒が明かないな。
「前呪術師の爺さんの所に行ってみるか?」
俺がそう提案すると、驚きの声をあげたのはユリア。
「え? 前呪術師のお爺さんってソラを拾ったお爺さんでしょう? いらっしゃるの?」
あ、その反応は、爺さん亡くなったと思っていたな。
俺はクスリと笑って「健在だよ」と言う。
「ただ、歳が歳だからな。仕事をソラに引き継いで、今は城を出てソラを拾った森の奥でひっそりと隠居生活を送っている」
「……そうなんだぁ」
素直に頷くユリアの横で、ソラとマーロンは首を傾げていた。
「爺さんに会ってどうするのです、殿下?」
あ、言葉が戻った。ソラは俺に対し、敬語とタメ口の使い分けができていない。まあユリアと同様、公の場でちゃんとできていたら俺は一切気にしないのだが。
「爺さんにソラについて何か知らないか聞いてみる。確実に知っているとは思うが、爺さん狸だからな。素直に答えてくれるかどうかは分からないが……」
「クラリス・レイの話もするのか?」
「ああ、その方が素直に答えてくれるかもしれない」
そんな会話をしていると、急にブウンと低い音が流れた。続いて聞こえた声に俺達、ソラ以外の三人が固まる。
「クラリス・レイの話も何もかも知ってるから、別にお前らから話さなくてもいいぞ。ワシの話は長くなるからお泊り道具を持ってゆっくり来い。ワシのとっておきの料理を食わしてやる。ソラ、胃薬を作っておけ。待ってるぞ」
そう言って鏡に映った前呪術師の爺さんは、あっという間に消えた。
――今、何がおきた?
俺達が顔を見合わせる中、ソラだけがゆっくりと立ち上がり、胃薬かぁ~、やだな~と、言っている。
「……ソラ、説明を……」
「え、胃薬の? 爺さんの手料理で腹を下すって事だけど。あ、殿下とユリアにはまずいか。分かった、俺が阻止する。マーロン、二人で手分けして食い尽くすぞ」
マーロンが青い顔をする中、俺は額に手を置き違うと首を振る。いや、それはありがたいがそうじゃない。今一番気にするところはそこじゃないんだ、ソラ。
「なんだ? せっかくワシが手料理を作って待っておったのに、料理人を連れてくるとは失礼な奴らだな」
そう言って不貞腐れる前呪術師のお爺さん。
「爺さん、久しぶり」と言って抱きつくソラさんが、ちょっと可愛い。
前呪術師のお爺さんは、想像通りの長いお髭に白髪の老人で、呪術師。という言葉がピッタリな方だった。ただ、目は薄い茶色なのだが顔の彫りは浅く、なんとなく前世の日本人を思い出す。
「お前さんが殿下の婚約者のユリアーズ・マリノチェ様か。うん、らしいな。殿下が溺愛するのも分かる」
お爺さんは私をジッと見つめると、目を細めてニコリと笑う。
「初めまして。ユリアとお呼びください。あの、私ってハリーに溺愛されているんですか?」
私は淑女の礼を取り、顔を赤くしながらもコテンと首を傾げる。
「なんだ? 自覚なしか」
「いえ、好いてくれているのは分かっていますが、溺愛というほどでは……」
「天然か? それとも計算か?」
「これが計算なら苦労はしないですよ」
「そうか、殿下も色々と大変なのだな。気の毒に」
私と話していたはずのお爺さんが、いつの間にかハリーと話始める。なんとなく失礼な気がする。




