私の計画は完璧だった、はず?
……出会いイベントは問題なくおきた。
生ハリオス様に鼻血が出そうになる。スチルも姿絵ももちろん素敵だったけれど、本物の迫力は桁違いだ。何、このキラッキラ。うう、眩しい、目が潰れる。やっぱりこの世界は乙女ゲームの世界。間違いないと確信したところで、興奮しながらもゲームとは少し違う事に首を傾げる。
だって王子様とのチューがなかったのよ。
確かにぶつかりはしたけれど、ハリオス様は顔を背けて寸での所で避けられた感じ。そしてサッサとその場を去ってしまったのだ。
なんの会話もできないままに。その間約十分にも満たなかった。
それでも当時の私は出会いイベントがあった事に満足し、後は学園でおこる数々のイベントと、王子様とのハッピーエンドを想像しながら胸を弾ませていた。
それなのにそれ以降、どうしても王子様との接点がもてないのだ。婚約者の悪役令嬢とも仲がいい上に、他のヒロインの邪魔までしている様に見える。
王子様は他の攻略対象者達を取り巻きにして、悪役令嬢をそばに置く。
二作目と三作目のヒロインは不敬罪などの罪を問われ、王子様どころが自分達の攻略対象者にも近寄れなくなり、四作目のヒロインは悪役令嬢の監視下に置かれ、五作目のヒロインは国外追放となった。
なんなの、これ?
私は一作目のヒロインとして王子様と結ばれ、他のヒロイン達に愛を施す女神様としてこの世界に君臨するはずだったのよ。
それこそが、私がこの世界に連れてこられた理由。それなのにこんな事になるなんて。もうなりふり構ってなんていられない。
イベントが成功しないのは、あの悪役令嬢の所為。
いつもいつも王子様にあの豊満な体をくっつけ、ベタベタと離さないのだから王子様も他に目が向けられないのだわ。他の攻略対象者達もそう。悪役令嬢にいい様に操られている。
そうして攻略対象者を洗脳し、正しい道を見えなくしてしまっているのよ。なんて浅はかで下品な女達なのだろう。
私は閃いた。そうよ、元凶はあの女。一作目の悪役令嬢。あいつが全ての災いだわ。あの女がいなくなれば、王子様も洗脳から解けてゲームのシナリオ通り、私を見てくれる。だって私はまだ、会話もしていないんだもの。
あの女を貶めるには……男の力を借りよう。フフ、うってつけの奴がいた。四作目の攻略対象者イルミス・アロウェン。
あいつは何故か他の攻略対象者と違って、王子様に歪な気持ちを向けている。ただの憧れだけではない。好意だけでもない。何か歪んだ心を王子様に対して持っている。それがなんなのか分からないけれど、あきらかに私達の中でもあの女に対しての恨みは深いだろう。
奴にあの女の対処をさせよう。そう思って近付いたのだが、あっさりと攫うのは自分達でやれと言ってきた。
自分は非力だし、あの女は唯一殿下が興味を示した僕に彼を取られまいと警戒しているので、自分は近付く事もできないと言うのだ。攫ってきたら後の対処はしてやると、わざわざ領地まで会いに行った私に訳の分からない事を言ってきたのだ。唯一殿下が興味を示した? 誰が誰に興味をもったというのだ?
彼が、王子様が興味を示すのはヒロインの私だけだと決まっているというのに。
しかも自分が王都に入れる手助けをしろと言う。王都から追放された訳ではないのだろう。勝手に戻ればいいではないかと言うと、チッと舌打ちされた。なんで?
聞けば父アロウェン伯爵との仲が最悪らしく、ほとんど監禁に近い状態でこの領地に閉じ込められているらしい。使用人は昔からほとんど領地に近寄らない伯爵よりは自分を尊重してくれていたが、弟が産まれた事によりその力関係は微妙なようだ。それも次期伯爵はその弟が継ぐと決まってから、ほとんどの者が伯爵の命令を聞くようになってしまって、領地から出て王都に向かおうものならばすぐさま伯爵に連絡が行き、連れ戻されると言う。
だから私が友人であるイルミスに自分の領地で開かれるパーティーに出席してもらうため、誘いに来たという事にしてほしいそうだ。そして一緒に王都に連れて行ってほしいとの事。
「ちょっと待って。それって私になんの得もないじゃないの」
堪らず私が叫ぶと、イルミスはムッとした表情を見せたが、次にニヤッと不敵な笑みを向けてきた。
「それなら攫った後の女の始末は考えているの?」
「もちろん。ゴロツキに金を渡して襲わせればいいのよ」
「それだけ?」
「それ以上にどうするっての?」
「僕なら他国に奴隷として売るけどな」
「!」
私はせいぜい貧民街のゴロツキに金を渡して襲わせ、王子様に近寄れないようにしてやればいいと思っていたのだが、彼は二度と彼女が王子様に会えないようにしようと考えたのだ。
「そんな事できるの? そんな伝手が貴方にあるの?」
「まあね。これでもこの領地を母上と二人で切り盛りしてきたんだ。それなりに悪い商売をしている人間とも付き合いがある。そいつらに渡せば女は二度と殿下に会う事もできないし、あれだけの上玉だ。僕の逃走資金にもなるよね」
あっさりと認めたイルミスは、彼女を売ったお金で逃げようと考えていたみたいだ。
「暫くの間、殿下も躍起に探すだろうし周りを見る余裕もないだろう。だから僕は他国の虫を調べに行くのさ。帰ってきたらその知識を生かし、王立研究所の研修生として働くんだ。そこで運命の出会いがおこる。婚約者を失い、意気消沈している殿下と頑張って前向きに生きている僕とが再開するんだ。殿下は僕の健気な姿に感動して、二人の仲は一気に縮まる。どう、素晴らしい案でしょう」
イルミスは自分の考えに悦に入っているようで、私の事など無視して鼻歌でも歌いそうな雰囲気を醸し出している。その様子に私はイラっとする。
「だから、私の利得はどこにあるのよ!」
「煩いなあ、話は最後まで聞いてよ。だから女は嫌なんだ。すぐにヒステリックをおこす」
ブツブツと文句を言い、私の声から逃れるように耳を塞いでいた両手を下ろす。これが本当に攻略対象者なの?
「君は彼女を排除したい。それを僕がしてあげると言ってるんだ。君は彼女を攫って来るだけ。その後は君が殿下にアピールすればいいのさ。さっきも言ったけれど僕も姿を隠すんだし、邪魔はしないよ。僕と殿下が再開するまでにおとせれば君の勝ちだろう。君の思い通りに進めればいい」
攫うだけって簡単に言ってくれるわ。それが一番大変な事じゃない。いくら私が貧民街に場所を確保して、ゴロツキを雇える伝手を見つけたからといって、誘拐まではやってくれない。だってあの女は王子の婚約者という権利を最大限にいかして、一人になる事がないのだから。
家と学園と城と、あの女の行動範囲は狭い上に鉄壁のガードがなされている。ゴロツキに攫わせる機会など得られない。
イルミスは手を貸さないが、確かにその後の始末は彼が言うように完璧に隠す事ができる。攫う姿を見られたとしても彼女の姿さえなければ証拠がない以上、私を糾弾する事は例え王様であっても無理な話だ。そうして彼女がいなくなればもう一度初めからイベントをやり直せばいい。悪役令嬢がいなければ王子様もヒロインの私を見てくれる。
……仕方がない。自分でやるか。けれど一人では完全に無理だ。私は他のヒロインを誘う事に決めた。
四作目と五作目のヒロインは、あの女の監視下にあるので連絡は取れない。仕方がないので二作目と三作目のヒロインと三人で、あの女を攫うしかない。
――上手く攫えた。
私に気のあるカフェの店員を言葉巧みに騙し、あの女達が次のお茶会で使用する茶器を欠けさせた。毎日数種類の茶器を確認する他の店員がそれに気付くのは、ルーティンからいって今日になるだろう。あの女達に相談に行くのは授業の後になる。実質お茶会を仕切るのは取り巻き二人の悪役令嬢。二人が王子様を迎えを待つあの女を置いて、離れるのはその一時だけになる。
あの偽善者の女は女子生徒が倒れるのを目にすれば他の生徒の手前、放っておく事はしないだろう。そこを上手く利用する。背後から薬を湿らせたハンカチで口を塞いでやると、面白いぐらいによく効いた。
数人の生徒には見られもしたし、しつこい奴らもいたが所詮奴らは箱入り。私達があの女を誘拐したなど明確な証拠はだせないだろう。
後はこの女をイルミスが売人に引き渡せばいいだけの事。そう思ったのだが、約束した時間に売人が来ない。どうやら海が荒れて、船の到着が遅れているとの事。
私達は寝ている彼女の姿を見る。皆この女にはかなりの恨みがある。寝てる間に事を済ませるのもいいが、やはりこの女の恐怖に引き攣った絶望の顔を見てみたい。これほどの美しい顔だ。さぞ見物だろう。
どうせ売人は遅れるのだ。私達はこの女が目覚めるのを待った。
目が覚めたと同時にイルミスが女を殴りつける。青ざめる顔に興奮する自分が止められない。どうやら三人も私と同じようだ。けれど少しだけ不満を感じる。この女は絶対に悲鳴を上げないのだ。猿轡を噛ませているのもあるかもしれないが、それだけではない。泣き崩れたり助けを乞う様な態度を一つも見せないのだ。
苦痛に堪えて涙目で睨む姿に、言いようのない感情が湧き上がる。
この女を泣き喚かせ、無様に膝をつかせてやりたい。心の中で四人がそう思った瞬間、下で物音がした。
まさか、まさか、まさか……。
私は蒼ざめる。王子様が助けに来た? いや、待って。そんなはずはない。だってこの女は悪役令嬢。王子様が、ヒーローが助けるのは、ヒロインよ。
私のハリオス様が、こんな女など助けに来るはずはないのだ。
私が小刻みに震える体を抱きしめていると、イルミスの「ハリー様?」と呟く声が聞こえた。その瞬間、扉は吹っ飛び、カノンは壁に叩きつけられ、イルミスは寝台から蹴落とされ、顔を踏まれ意識を失った。
そのまま私達には目もくれず、悪役令嬢だけを見つめ、必死で彼女を拘束しているものを全て剥がす。そうして見たくない光景を目にする。
悪役令嬢を必死で抱きしめる王子様。もう二度と離さないとでもいうような抱きしめ方。
放心してしまっていた私は、体がガクガクと震えている事に気が付く。この震えは恐怖だ。
怖い、怖い、怖い。
今のは誰? 私の王子様はいくら悪人相手でも、あんな事はしない。あんな表情は絶対にしない。あれではまるで獣ではないか。
私は必死で逃げようとする。が時すでに遅し。私が死に物狂いでおりた階段の下では、美しい笑みを張り付けたティモン様とダリアス様が待っていた。




