無自覚なクラリスの犯罪
とうとうレイ子爵が私を迎えに来た。ハリオス様に会える日までにある程度のマナーは覚えておかないと。もちろん、ヒロインの無邪気さは残してね。
王子様に選ばれるのなら、いずれ世話にもなるだろう周辺の人間も知っておかないとと思い、調べてみると覚えのある名前に気が付いた。そのまま貴族の名前が全て書かれた名鑑に隅々まで目を通す。
不思議な事にXXXシリーズの二作目以降のキャラが、同年代として存在しているのだ。もちろん全員ではないが、ヒロインとメインの攻略対象者と悪役令嬢がいれば、もう物語は進められるじゃない。
これは……女神様のいたずら? それとも何かしらのミスかしら?
私はう~んと考える。ふと机の上の袋が目に付く。黒の石を入れておいた袋だ。コロンと机の上に広げると、それは六個あった。今まで使った石は何故か艶を失くし汚い石ころになってしまったので、その都度捨ててきたのだ。
残った石を見ていると、そのうちの一つにひびが入っている。まあ、別にこれくらいなら気にならないか。私は気にせず、再び考えに没頭する。
ヒロインは女神様からこれを頂くのよね。私の手にはすでにある。けれど他のヒロインはまだ女神様からもらっていないはず。私はこの世界に来て女神様と称えられた。
もしかして私がヒロイン兼女神様?
そこまでの考えに至った時、腹の底から笑いが込み上げてきた。
ふふふ、あはははは。
そうか、そういう事なのね。私は女神様の役もこなさないといけないのね。そういえば、XXXシリーズでも、一作目のヒロインと攻略対象者は後の作品にも必ず出ていた。キーパーソンとして、かなり重大な役目を背負っていたっけ?
この石を私が持っているというのも、そういう事なのね。私が全ヒロインに石を渡して物語をシナリオ通りに進めていく。
やだ、女神様ったら。自分のストーリーだって大変だというのに、そんな事まで私に押し付けるなんて、ちょっと怠け過ぎじゃないかしら。
けれどまぁいいわ。その役目引き受けてあげようじゃない。残りのヒロインに貸を作るってのも気持ちがいいものだしね。でも、待って。あくまで私はヒロイン。直接、各ヒロイン達に石を渡すってのもおかしいわよね。女神様の様に夢の中には入れたらいいんだけれど、それは無理な事だし……。
その後、私はどうやって女神様の代わりにヒロイン達に黒の石を渡せるか、思い悩む日々を過ごしたのだった。
そんな時にレイ子爵が、私(教会の子供達)が育てた作物の隅に偶然なった雑草を、そのまま育てるように命令していると聞く。わざわざその雑草専用に場所を広げてまで。
そんな雑草をどうするのか? 私はなんとなく気になりこの世界に連れてこられた時の服を着て、あらかじめ用意していたローブを羽織り屋敷を抜け出し、その様子を盗み見る。夜間に運ばれていくその雑草は、何故か貧民街の壊れそうな建物へと集められて行った。
どうにか人目を避け中へと侵入できた私が目にしたのは……。
部屋のあらゆる所で葉っぱを乾燥させ、それを刻んで小袋に入れていく作業。
ちょっと待って、こういうのドラマとかで見た覚えがあるような……こんな大掛かりなものではなく、個人で机の上でその葉っぱを紙のようなもので巻いて火をつけ吸っていく。そんな映像が頭を過る。
あれは前の世界での大麻と同じものではないのか? 幻覚作用を引きおこすといわれている葉。痛み止めとして医療にも使われているとも聞くが、大半は良くない事に使われている。私が住んでいた日本では栽培は法に触れていたはず……そんな物を私は作ってしまったのか? レイ子爵はそれに気付いていて私を引き取ったのか? これを悪用しようとして……。
止めなければいけない。こんな物が出回れば苦しむ人が大勢出る。私は急いで屋敷に戻り、レイ子爵の書斎の扉のノブを掴んで……足を止めた。
止めてどうなる? 私が止めたところで、もうすでにレイ子爵はあの葉を手に入れている。どこでだって作れるのだ。
教会は確かに普通の作物が実り、以前の様に貧困にあえいではいない。けれどあの葉を育てるだけで、以前より数倍も良い暮らしができている。わざわざそれを取り上げるような行為をせずとも良いのではないか。それに何よりそんな事に気付き、それを止める私にレイ子爵はどう思うのか?
利用価値があると思い引き取ったレイ子爵にとって、ただの邪魔者とかす私はここから放り出される。ううん、もしかしたら用無しと言われ殺されてしまうかもしれない。
だって私は、この世界においてとても非力だから。
王子様が早く私に気付いて迎えに来てくれたら、レイ子爵だって止められるんだけど……。
そうよ、それでいいのよ。私はこのままヒロインとして何も知らないまま、王子様と結ばれればいいの。そうして王妃になった暁には、レイ子爵に大麻を栽培するのをやめさせればいいだけだわ。
少し被害は出るかもしれないけれど、手を出す人だって悪いんだし、本人の自業自得よね。最終的にはちゃんとやめさせればいいだけの事。それだけよ。
それに私は忙しいの。ヒロインとしての役目の他に、女神様の代理だってしなければいけないんだから。
あ、良い事思いついた。確か貧民街まで行かなくても、その手前に怪しげな店が沢山あったわ。そこを利用できないかしら? 流石に貧民街まで貴族であるヒロイン達を呼び寄せたりはできないけれど、その手前の店までならなんとかなる。
それにあの貧民街にも、利用できる人間と場所を押さえておけば、もしもの時に役に立つかもしれない。
そう、もしもの時というのは、悪役令嬢対策だ。
私の相手とする悪役令嬢は、本当に質が悪い。犯罪なんてなんとも思っていない女なのだ。
弱い者いじめは当たり前、侍女を勝手気ままに解雇したり、傷付けたりしている。流石に直接人殺しはしていないものの、それを示唆するような言葉を言っている。そうしてゲームの終盤には、私もその被害にあってしまうのだ。
私が街で買い物をしていると、ゴロツキに攫われそうになる。もちろん悪役令嬢が雇ったゴロツキだ。私に危害を加えようとしての事。
たまたま王子様以外の攻略対象者の一人がその場に居合わせ事なきを得て、そのままその攻略対象者のルートに入るのだが、私は王子様ルートに向かうので、それ以降心配した王子様に買い物は城ですればいいと商人を沢山呼ばれて困ってしまうというエピソードが大好きだった。
そのイベントのままに行動を移してもいいのだが、ここには王子様以外の攻略対象者が存在しない。私を見返りなく助けてくれる存在が、王子様以外にいないのだ。しかし王子様は簡単に街には出られない。もしもその通りとなった場合、自力でなんとかするしかない。
そうして私はローブを羽織って姿をすっぽり隠し、見るからに怪しげなお店に黒の石を置いた。
次に各ヒロインの侍女に金を握らせ「本当かどうか知りませんが、願いが叶う女神様の石という物があるそうです」とヒロイン達に囁かせ、その店まで連れてこさせたのだ。
もしもヒロインがヒロインたる行動をとるならば、必ずその店に来るはず。
各侍女からの連絡でその店にヒロインが訪れるたび、私は店主にもバレないように忍び込み。ジッと店の奥からその様子を伺った。
そうしてヒロイン達は揃いも揃ってその石を見つけると「本当にあった。女神様の石。私はやっぱりヒロインなのね。前世の夢の通りだわ」と叫ぶのだ。
ヒロイン達は私以外、全員転生者なのね。それもXXXシリーズの愛好者。小説の続編まで知っているなんて相当よ。
そうして転移者なのは私だけだと知った。それもそうか。私は女神様の代行者なのだから。他のヒロインとは違うのだもの。
だけど私はあくまで一作目のヒロイン。それは譲れない。だからわざと他のヒロイン達と同じように、その店に黒の石を買いに行った。
黒の石は彼女から盗んだのではなく、正当に手に入れたのだとしたかったのだ。だってプロセスは大事でしょう。
そうして私は王子様に会う。私の愛しいハリオス様と。




