クラリスという少女
目が覚めたら私は、閉じ込められている部屋の寝台で横になっていた。
いい加減自白しろと詰め寄って来る兵士の後ろの扉から、そっと二人の男が入って来た。一人は平民のような簡素な服装。もう一人は気味の悪い真っ黒なローブを羽織っている。まるで魔法使いのよう。なんて人の事は言えないわね。私もその姿をした事はあるんだから。
なんとなく気になってその黒づくめの奴をジッと見ていると、何故か目が合った。その途端、奴は倒れた。
は? なんなの? 今、私をレイちゃんって呼んだ? と思いながらも、今度は私の意識が遠のく。そうして私の口からも言葉がこぼれた。ソラちゃんと。
気が付いたらこの状態だ。
私は奴の目を思い出す。あの目は……この国にはない色。私の世界にあった色だ。
あの色を持つ者がこの世界にいるはずがない。そう、持っているとしたらあの女だけ。倒れる際に口にした、ほとんど忘れていた名前。ソラちゃん。
私はそっと部屋の中を見回す。監視の兵士が二人、扉を守る様に立っている。私が起きた事にはまだ気付いていない様子だ。手足の自由はない。両手両足をそれぞれ縛られている。ピョンピョンと飛び跳ねれない事もないが、流石にそんなので動き回れるはずがない。
私がどうしようかと目を瞑っていたら、二人の兵士が話し出した。
「まだ目が覚めないのか、この娘」
「さっきの奴はどうやら起きたらしいぞ。医師にも診てもらったそうだが、貧血らしい。この娘もだろう。寄りにも寄って同時に倒れるなんてな。マーロン様がやけに慌てていたけど、誰なんだ、あれ?」
「知らねえ。でも何度かマーロン様と一緒にいる所を見かけた事がある。ああ、殿下とも話していたな」
「真っ黒でちょっと気味が悪かったな」
私は二人の会話に驚愕する。
あの女が王子様のそばにいる? ヒロインである私がこんな目にあっているというのに、あの女はのうのうと王子様の庇護下にいたというの?
もとはといえば、あの女が私をこの世界に引っ張り込んだというのに……。
私の体は怒りでフルフルと震えだす。
王子様は私の王子様ではなかった。私のハリオス様ではない以上、あの王子様にこれ以上こだわる必要はない。けれど、このままあの女を幸せな場所に置いておきたくはない。
あいつは覚えているのだろうか? 私の事……前の世界の事……。
大人気だった乙女ゲームのスピンオフゲームを見つけた。まさかひっそりと埋もれていたこの作品が、XXXシリーズだったなんて。
私は喜びと共に足取り軽く電気屋を出た。まだ張っている一作目のポスターを見て帰ろうと足を向けると、そこには私と同年代の少女がジッとポスターに釘付けになっていた。
あの子どこかで見た覚えが……そう、隣のクラスの転校生だ。
私は祖母がイギリス人というクオーターで色素の薄い茶色の髪と瞳をしている。けれど彼女は私の真逆。日本人特有の真っ黒な髪と瞳だ。
私の大好きなXXXシリーズは、対象年齢が私より少し上のため、同学年にやっている子はほとんど皆無。だけど彼女のジッと見る様子からもしかして、彼女もやっているのかも? もし知らないとしてもあれほど熱心に見ているのだから、興味があるのには違いない。
私は彼女に話しかけた。残念ながら彼女はゲームの事を知らなかったけれど、ゲームの魅力をいっぱい話して仲間に引きずり込んだ。
彼女は大人しい性格で、私の言う事を聞いてくれるのも気持ちが良かった。
あの日も、彼女に無理矢理貸したXXXシリーズ小説版の続編の話で盛り上がっていた。
学校の帰り道、彼女が私に推しの話をふるので、私はハリオス様のヒロインになりたいと気持ちよく語っていたのだが、突然悲鳴が聞こえた。
どうやら誰かが誰かを刺したようだ。通り魔かもしれないと思った私は、咄嗟に彼女に手を伸ばす。いざとなったら盾になってもらおう。無意識にそう思ったのだが、それがいけなかった。
彼女に触れた瞬間、地面がぐらりと揺れたのだ。
まさか地震? そう意識した時にはもう視界は真っ暗闇の中だった。
目覚めた時には、大きな木の窪みに彼女と二人、眠っていた。
どんなに周りを見渡しても目にするのは鬱蒼とした木々ばかり。どうやらここは森の中らしい。どうにかして彼女を起こそうと声をかけ揺さぶってみたのだが、彼女は一向に起きる気配がなかった。
私は次第に腹が立ってきた。こんな状態で呑気に眠りこけるなんて、一体どういう神経をしているのか。このままでは彼女は私のお荷物となり、私は苦労をさせられる。
私は彼女の荷物を持って、その場を後にする事にした。
少し気も引けたが、ここがどこだか分からない場所なら何が必要になるか分からない。ちょうどそこにボロボロの布が捨てられていた。
私は彼女の衣服を脱がせると、そのボロを彼女にかけた。ふと見ると彼女のそばに黒い石が数個転がっていた。なんだろう、これは? と思いながらもそれをポケットにしまい込む。
そうして彼女を一人その場に残して、私は森の中を彷徨ったのだ。
どれ程歩いたのだろうか? 意識が遠くなってきた頃に川を見つけた。私は喜んで川に近付き水を飲んだ。衛生面なんか気にしてられない。とにかく喉が渇いて仕方がなかったのだ。
何か食べ物はないかと荷物を探る。彼女の荷物から飴玉が出てきた。しょぼいなぁ。とは思いながらもそれを口にする。甘いものは私の疲れた体に染みた。
他に何かないかとポケットに手を突っ込むと硬い物が当たった。
そういえば先程、彼女のそばに落ちていた物だと思い出し、私はジッとその石を眺める。
なんとなく見覚えがあるような気がする。あ、そういえばXXXシリーズに出てきたヒロインが持っていた黒の石に似ている。
女神様がくれた願いの叶う黒の石。
私はまさかと思いながらも、その内の一つを両手で握って、願ってみた。どうか私を助けてと。温かい家でご飯を食べてベットで寝たいと。
背後からガサガサッと草木が揺れる音がした。まさか獣? 私が身構えると現れたのは、私より小さな子供が三人、ジッとこちらを見てきたのだ。
「お姉ちゃん、こんな所でどうしたの? もう遅いよ。獣が出るよ。早くお家に帰らなきゃ。僕達はこれを取ったら帰るんだ」
そう言って川の近くにある葉っぱを数枚と小さな赤い実を取ると、踵を返して戻って行く。私は慌てて彼らを止めた。
「お姉ちゃん、実は迷子で自分の事も良く分からないの。貴方達は近くの村から来たの? よければそこにお姉ちゃんも連れて行ってくれないかなぁ?」
そうして連れて行ってもらったのは、近くの村の教会。孤児院も兼ねている場所で、私は記憶喪失のフリをして情けを乞うと、神父様は快くそこに身を置く事を許可してくれた。
あの黒の石は本物だ。しいて言えば私がもっと具体的に金持ちに拾われたいと願えば良かったのかもしれない。
しかしあの黒の石はまだ数個ある。私は石を握りしめてほくそ笑んだ。
まずはここがどこか確かめよう。この黒の石があるという事はもしかして、私の大好きなXXXシリーズの世界? まあ、そんな都合良いはずがないわよね。それでも一応確かめてみよう。そうして上手くやれば私はヒロインに、ハリオス様と結ばれるかもしれないのだ。
ハリオス様が現実に存在している事は、すぐに分かった。だって王子様だもの。こんな辺鄙な村にだって姿絵くらいは置いてある。ああ、幼いながらもなんて凛々しいのかしら。
そうして調べていくうちに、この国の名前はデュラリオン。そしてこの辺鄙な村はレイ子爵の領地であり、ハリオス様にはユリアーズ・マリノチェ侯爵令嬢という婚約者がいる事も分かった。
XXXシリーズの一作目とまるっきり同じ。もう間違いようがない。ここは乙女ゲーム〔キスから始まるXXX〕なのだ。
私は天にも昇るような気持ちになった。ああ、私はヒロインになったんだわ。私をヒロインにするために、女神様がここに連れてこられたんだ。
私は暫くヒロインと同じようにここで、レイ子爵の迎えを待ったが、お迎えは一向に来る気配はない。私をヒロインにしようとしているのは女神様なのに、どうして何も進まないの? 私からも何かアクションをおこした方がいいのだろうか?
ここは枯れた土地ばかりだ。このままでは迎えが来るまでに、私はやせ細ってしまう。ハリオス様の目に貧相な姿をさらすなんて絶対に嫌!
そういえば、社会の授業で作物を育てるには腐葉土が必要だって習った様な……。私は前の世界の知識を使って、子供達に作物を作らせた。私は見事に枯れた土地に作物を実らせ、周囲からは女神様のような扱いを受けるようになった。もちろん、黒の石に願ったのだけどね。
お腹も満たせれるようになった事だし、いつまでもここにはいられないわ。私は女神様の代わりにまたも黒の石にお願いをする。
ここをこんなに豊かにしてあげたんだから、そろそろ私の願いも叶えてよ。早く私をハリオス様のヒロインにして、と。




