ソラの性別?
指輪から発せられた光は、ソラと呼ばれる呪術師の額へと吸い込まれて行った。
驚きながらもジッとその様子を見ていると、目の前に横たわる呪術師が、ピクッと動いた。
マーロンが目敏く気付き、ハリーを押しのけて寄って行く。
「ソラ!」
「……マー、ロン……なんだ、その馬鹿面……」
「煩い。お前こそなんだってんだよ、心配かけんな、ボケ」
そんなやり取りをしている二人に、ハリーが声をかける。
「医師を呼んだ。ちょっと診てもらえ」
「……医者なんて嫌いだって、いつも言ってるよね。余計なお世話」
「今回は駄目だ。マーロンと俺を心配させた罰だとでも思って素直に診てもらえ。でないと勝手に罪人と会った罰として、牢に入れるぞ」
「いいよ、別に。殿下がしたいなら、そうすればいい」
「三人とっても仲がいいのね」
ハリー達の会話に、つい横から口を出してしまった。吃驚する三人に、ニッコリと笑ってしまう。
「初めまして、ソラさん。私はユリアーズ・マリノチェっていいます。知ってるでしょう。色々とお世話になっていたハリーの婚約者です。この度は本当にありがとうございました」
ソラさんの寝台の横の床に直接座りこんで、寝台に両手をつきペコリと頭を下げる。
ソラさんは大きく目を開き、固まってしまった。うわぁ、真っ黒い綺麗な目。懐かしいなあ。あれ? ソラさんって……「女性?」と首を傾げる。
ハリーの言葉からなんとなく男性をイメージしていたけれど、、これはこの華奢な手は女性でしょう。
寝台で横になっているソラさんの体型はシーツに覆われ、全部を隠してしまっているのでよくは分からないが、長い前髪はマーロンがかきあげたのか、顔の輪郭が露わになっている。一見したところイルミスのような華奢な少年にも見えなくはないけれど、でもこの顔立ちは少年というよりは前世でよく見かけた……日本人の女性。
「な・何言ってんのさ。君、失礼だよ」
ソラさんは私の女性発言に顔を真っ赤にして、パッと起き上がる。
そうして己の顔がはっきりと晒されている事に気付き、パパっと長い前髪で隠す。その上、中にはローブを纏ったままだったらしく、慌ててフードを目深く被ってしまった。
キッチリと黒装束で自分を隠してしまったソラさんは、拾って来たばかりの仔猫の様に寝台の端に飛びのき、キシャーっと声を上げそうな勢いで私を威嚇する。
「えっと、姫様。それはないですよ。ソラは昔から小さいんです。少食だから呪術師だからか分からないけれど、全然成長しないんです。だからそれくらいで勘弁してやってください」
マーロンが苦笑しながら、ソラさんの肩を抱き寝台の中央へと戻す。ソラさんはそれからも逃れようとするが、力が入らないのかそのままぐったりと横になってしまった。
そこへちょうど医師が入って来た。私もお世話になっている、女性の宮廷医師だ。
「全く何かと騒がしいですね、殿下。倒れられたというのはこの子ですか? はい、ちょっと診察するわよ」
「嫌だ」
「はいはい、皆がいたら診察もできないわ。隣の部屋に行った行った」
「ここにいては駄目か? ソラが逃げ出さないように見張っておかないと」
「婦女子の診察に異性の同席を許可する医師がいますか。グタグタ言ってないでサッサと出る」
……………………。
あっさりと女性医師が暴露した言葉にソラさんは声にならない悲鳴を上げ、マーロンはポカンと口を開け、ハリーは苦笑する。そうしてポイっとソラさんを残した三人を隣室へと放り投げた。私はチラリとハリーを見上げる。
「ハリーは知ってたの?」
「いや、ユリアが言うまで気付かなかった。ソラは医者嫌いだし、会った時からああいう服装だったし、本人も俺とか言ってたしな」
「……前呪術師の爺さんも少年とか息子とか言ってたんだ。気付くはずねえだろ」
マーロンが溜息交じりに呟き、頭を掻く。
「爺さんも本当に気付かなかったのか、それともわざとか?」
「確信犯だろ。大方ソラが男の振りをしているのが面白くて、わざと合わせたのに決まっている。そういう人だった」
マーロンの言葉に、ハリーがソラさんを育てた前呪術師のお爺さんの思惑だと話す。
呪術師って一体……?
「変わり者が多いんだよ。だからソラも分からなかった」
「それにしたって、やって良い事と悪い事があるだろ。ソラが女なんだったら……」
「関係ないよね。別にソラさんが女性でも男性でも、三人仲良かったもの」
ハリーがやれやれと首を振る横で、マーロンが声を荒げる。マーロンには思うところがあるのかもしれない。けれどそんなの関係ないと私は笑顔で口を挟む。
二人は無言で私を見る。
もう一度、コテンと首を傾げながら「関係ないよね」と念押しする。
最初に笑ったのはハリーだ。プハッと漏れ出た笑い声を隠す様に口元を押さえるが、全く抑えきれていない。尚もクククっと笑い続ける。
「ああ、ユリアの言う通りだ。関係ないな。頼れる俺の呪術師だ」
「……やっぱりあんたはハリーの婚約者だ」
マーロンは目元を右手で隠していたが、すぐに顔を上げてニヤリと笑う。
「診察が済んだら一緒に来てくれ。あんたならソラもすぐに懐くんじゃないか?」
「無理だろ。ソラは猫だぞ」
「猫大好き。あれ? 駄目だよ、ハリー。人を猫に例えたら」
そう言って真面目に怒ると、ハリーとマーロンに笑われた。失礼だな、プン。
診察が終わったソラさんはシーツを頭まで被り、完全に拒絶の態度を示している。
「体に異常はなかったわ。普段の偏食と不摂生がたたって弱っているのは事実だから、まあ、ショックによる軽い貧血といったところかしら」
女性医師の言葉に私は、クラリス・レイと会った事がショックだったのだろうか? と首を傾げる。そんな私に女性医師は「私は下がるけど何かあったら呼んでちょうだい。それとユリアーズ様も早く部屋に戻って休みなさいよ。貴方はまだ完全に傷が癒えた訳じゃないのよ」と言い部屋を出て行った。
ごめんなさい。ご心配おかけしてます。
「大丈夫か、ソラ?」
「………………」
ハリーが声をかけるも反応はない。
「とりあえず顔を見せろ、ソラ」
「………………」
マーロンが声をかけるも反応はない。
「お医者様は下がられたよ。ここには四人だけなんだけれど、私もいない方がいい?」
「やだ! ここにいて!」
ガバッとシーツから顔を出し起き上がったソラさんは、ハリーとマーロン、二人と目があった途端バツが悪そうに俯いた。どうやら、二人に女性であるという事を長年隠していたのが心苦しいのだろう。
私がいた方がいいというのは、そんな二人と三人の空間が辛いから。
このままじゃ埒が明かないなと思った私は、気になる事を聞いてみようと声をかける。
「一つ質問いいかな?」
「……何?」
警戒心を抱きながらも、チラリと視線を向けてくるソラさん。
「ソラさんはその姿、好きでやってたの? それとも何か事情があって仕方なく?」
私の質問にハッとした表情を浮かべたかと思うと、不貞腐れながらも答える。
「好きでだよ。悪い? 君は殿下から俺の事をどこまで聞いているのか知らないけれど、俺はボロを纏って木の窪みに捨てられていたんだ。その前の記憶なんて全くない。殿下や呪術師の爺さんに拾われなきゃ、そのまま死んでいたんだよ。その上こんな黒持ちだ。生きるすべを身に着けるのに必死だったんだ。俺は俺だ。この国の人間でもなければ、記憶もない。ないないづくしの俺に性別なんて必要ない」
最初はボソボソと。だが次第に勢い付いてそう言い切るソラさんに、ハリーもマーロンも唖然とする。まさかそんな風に考えていたなんて。という顔だ。
ソラさんは私を睨みつけながらも、口元には皮肉な笑みを浮かべる。
「ムカついた? それとも気持ちが悪い? ああ、理解できないというのが一番かな? なんの苦労もないお姫様には俺なんて異質な者、そばにいるのも嫌かもしれないね」
「ソラ、言って良い事と悪い事があるぞ。それにユリアがそんな女じゃない事くらい、お前も良く分かっているだろう」
ソラさんの言葉にハリーが眦を上げる。いくらソラでも許さないと目が言っている。
そんなハリーに本心ではないソラさんが、バツの悪そうな顔でそっぽを向く。そう、本心でない事は、ハリーもマーロンも分かっている。
「ソラさんって……可愛い♡」
「はあ?」
ソラさんのツンデレに思わず頬を緩めてしまった私は、ついそんな言葉を言ってしまった。やばっ、今のはタイミングが悪かった。私は慌てて謝る。
「あ、ごめんなさい。馬鹿にしてる訳じゃないの。ソラさんが大変だったのはハリーからも聞いてるし、本当のところは分かっていないのかもしれないけれど、理解はしているつもり。ただ、ハリーから聞いているとは思うけれど、私も前世の記憶持ちなんだよね。その世界では私も黒髪の黒目だったし、周りも皆そうだったの。だからソラさんの黒色は、とっても好き」
そう言うとソラさんは余程驚いたのか、目を真ん丸くさせた。
「あと、ソラさんがハリーや呪術師のお爺さんに感謝しているのも、今の言葉からも良く分かったよ。マーロンとも含めて三人とっても仲良しだしね。今の生活に不満を抱いていないのは良く分かった」
うんうんと頷く私に、ソラさんと同様に二人もポカンと口をあける。
「え? この人、何言って……」
ソラさんが唖然とする横で、プハッとまたもやハリーが噴き出し、マーロンまでもが大笑いを始める。
「流石俺のユリア。そういうところがたまらなく好きだ」
「いや、負けた負けた。凄いよ、姫さん。今のソラの言葉でそんな風に解釈できるのは、あんただけだ」
ゲラゲラと笑い続ける男二人は放っておいて、なんとなくソラさんの目を見る。
ああ、本当に混じりっけのない綺麗な黒色の瞳だな。そう思って思わずポウっと見惚れていると、ソラさんの腕が伸びて来て、くしゃっと髪を撫でられた。
「そんな目であんまり見るな。忌避される目には慣れているけれど、そんな……。ああ、もう、分かったよ。ごめん、俺が悪かった。君は普通の令嬢ではないんだな。認めるよ。俺の事はソラと呼び捨てにしてくれていい」
「え、いいの? じゃあ私達お友達ね。これからはユリアって呼んでね。敬称付けたり距離取る呼び方したら泣くからね」
普通の令嬢ではないと言われて、少し引っかかるものがあったが、それ以上に呼び捨てにしていいと言うソラの言葉に私は嬉しくなってつい、ソラの両手を自分の両手で握ってしまった。そんな私の行動に、驚きながらもされるがままになってくれているソラ。
「え、泣くのか? それは、困る。泣かれるのは……苦手だ」
しかし、私の泣くと言う脅しともとれる発言には、驚いたように肩を跳ねさせる。
「じゃあ、絶対にユリアって呼んでね。約束よ」
「うっ、分かった。他人が、いなければそうする」
私の勢いにとうとうおれてくれたソラは、私の満面の笑顔に対し引き攣った笑みを向けてくれる。
どうやら笑うのは苦手なようだ。けれど微笑み返そうとしてくれる、その心だけでも嬉しい。私は一層笑みを強くする。
「くくく、ソラが無理矢理笑おうとしているぞ」
「初めて見るが、中々可愛いじゃないか」
「……婚約者揃って、人誑し発言やめろ」
そんなソラを見てマーロンが笑い、ハリーが褒める。ハリーの言葉にソラは私と見比べて、ハア~っと項垂れてそんな事を言う。ハリーは誑しだけど、私は断じて誑しではないからね。




