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強制力ってあると思う

 私が突然立ち上がったので、部屋の隅に控えている侍女達がピクリと肩を震わせた。まずい。

 流石にお城に勤める侍女。何事もなかったように無表情でスルーを決め込んでいるが、耳がピクピクと動いているのを見ると、こちらに神経を集中している事が良く分かる。

 そうだよね。淑女がそんな行動をとったら、興味惹かれない方がおかしいよね。立ったままの私が内心どうしようかとオロオロしていると、ハリーが私の手を引く。

 それから何故かハリーの膝の上に座らされた。

 何をするのだと抵抗しようとすると、耳元に小声で話しかけてくる。

『落ち着いて。そうならないように、こうして相談しているんだよ。周りにバレないよう俺の首に腕を回して。甘えるように』

 何故そんな事を? と思うものの、私が息巻いて不仲説を立てられるとまずい。

 私はハリーに言われるがまま、首に腕を回して肩口に顔を埋めた。

『他の人間の罪をエリーゼがなすりつけられたとしても、父であるガルノヴァ伯爵が黙っていないでしょう』

『ガルノヴァ伯爵は子煩悩だから、そうなるだろうね。それに元々虚言だから問題にはならない。けれど学園内での出来事とはいえ、あの断罪イベントは人の心に強烈なインパクトを与える。エリーゼ嬢の悪評は瞬く間に流れて、今後社交界に出にくくなるんじゃないかな。ティモンもしかり。そんな問題をおこしたとなると、例えヒロインとの関係がどうなろうとも冤罪をおこすような人間、俺の近くに置いておけない。今後の出世は見込めなくなるな』

 抱き合っているふりをしてこそこそと話をしていたが、ティモン様がヒロインとの関係がどうなろうとも未来がないというハリーの意見にムッとした私は、勢いよく体を離そうとした。が逆に頭と腰を掴まれてもっと密着を余儀なくされた。

『そんなのティモン様の自業自得じゃないの。エリーゼという婚約者がいるのにボディタッチの多い尻がる女にうつつを抜かすなんて、スケベ男の顛末よ。ていうか……苦しい』

『それはちょっと可哀そうかな? ゲームの強制力ってのもあるしさ。自分自身ではどうにもならない事もあるんじゃない?』

 そう言われて少しでも密着を避けようと暴れている私が、ピタリと動きを止めた。

 ハリーは不思議そうに、私の表情を見ようと顔を近付けてくる。

『……ハリーは?』

『ん?』

『ハリーには強制力は働かないの?』

 チラリと上目遣いで見上げると、ハリーはうっすらと顔を赤くした。

『え? 何、それ。心配してるの? 可愛いんだけど、キスしていい?』

『ダメ!』

 私はポカリとハリーの胸元を叩いた。この男はどうしてこんな事ばかり言うんだろう?

『……実をいうと俺もちょっと強制力? 働いたと思う。町でヒロインに会った時、転びこそしなかったけれど、ぶつかって腕の中にいる彼女を見て可愛いなって思った。また会いたいって思ってしまったんだ』

 私はハリーのカミングアウトに、一気に体中の血の気が引くような気がした。最初にヒロインと会った時、ゲーム通りの雰囲気を感じたと言うのはこういう事なの? ゲームの強制力?

『けど、これ』

 私がフルフルと震えていると、ハリーは少しだけ私の体を引いて、自身の胸ポケットに入っていた布を取り出した。それは私が作ったシュシュだった。私が目をぱちくりすると、彼はクスリと笑った。

『ユリアが初めて作ったシュシュだよ。自分の髪をくくっていたものを俺が上手だと褒めたらあげるねと言って、俺の胸ポケットに入れてきたんだ。チーフ代わりになるかなって笑ってね。ヒロインと会った時、これを胸ポケットに入れていたんだ。それこそチーフ代わりにね。それで呪縛が解かれた。俺にはユリアがいるってね。だからぶつかって何かを言おうとするヒロインを笑顔で剥がし、その場から去った。今後も強制力は働くかもしれないけれど、お守りとしてこれを持っておけば大丈夫なんじゃないかと思うんだけれど、どう思う?』

 私はじわじわと顔が赤くなるのを感じた。何よ、それ。と反発しながらも嬉しい気持ちが止められない。ちゃんと私の存在を感じてくれているんだと思うと、それだけで全てが許せてしまう。

『因みにその時に不安を感じた俺は確かな安心が欲しかった。それで考えた結果が先日のキス。ヒロインより先にユリアとしたら、よりユリアの存在が強固になるかと思って』

 ピキッと私のこめかみに青筋が立った。

 何、それ? 自分が安心したいために私のファーストキスを奪ったの? そういえばフラグを折るためだとかも言っていたけれど、そうまでしないとヒロインの魅力に抗えなかったって、そういう事なの? ヒロインはそんなにも可愛いの?

 私が先程までニヨニヨしていた顔を無表情にした事で、ハリーはあれ? という顔をする。

『えっと……何か間違った?』

 多分この男は、ファーストキスの大切さを分かっていないんだ。そりゃあ、元ホストだもんね。そんなの挨拶代わりにやりまくってるよね。

 けど私は、前世パッとしない大学生。年齢イコール彼氏いない歴だよ。悪いか、こんちくしょう。前世ともにファーストキスだよ。

 それをヒロインに魅了されないためだなんて……。

 前世の記憶を思い出させるためだけにしたかと思った時もムカついたけれど、それはある意味仕方がないかと思った。

 だって協力者が欲しかったんだもんね。内容を知る理解者が欲しかったとしたら、もしかして同じ前世の記憶があるかもしれないと考えた時点で、行動に移しちゃったのかもしれない。切羽詰まっていたんだろう。けれどこれはちょっと、ただでは許せそうもない。

 私はチラリと侍女達を見る。やはり見ないふりをしているが、少しでも会話を聞こうと耳に全集中している事は分かる。

 私が無表情になった事にちょとオロオロし始めるハリー。そんな彼の頬をそっと撫でる。私の態度に吃驚したのか、その顔は次第に赤くなっていく。私はそのままハリーの頬を左右に引っ張る。

 むに~~~~~。

 くそう、こうしても顔が歪まないって美形は得だなあ。

「何してるの、ユリア?」

 小声で話す事もないかと思ったのか、素で聞いてくるハリー。ちょっと笑ってる。私の渾身の意趣返しが痛くないのだろうか? 私はハリーの顔から手を離し、自分の顔を引っ張ってみる。

 むにっ。

 痛い。涙目になっていると、ハリーが左手で顔を覆う。

「何? 意味不明? けど、滅茶苦茶可愛い」

 涙が残る目で睨みつけると「やばい、鼻血吹く。あんまり見ないで」と言われた。

 確かにこの絶世の美貌で鼻血を吹かれるのは嫌だなあと思った私は、大人しく顔を背けた。どうして私とハリーはこうも話がそれるのだろうか? 肩の力が抜けた私は、ハリーが復活するのを待つ事にした。

 この時点で私はハリーを許してしまっている。ちょろいな、私。

 暫くしてハリーが落ち着きを取り戻したところで、再びティモン様達の話に戻す。

『とりあえずティモンを正気に戻さないといけないから、ユリアはエリーゼ嬢にティモンの事を話してくれる?』

『え、そんな事して大丈夫なの?』

 聞かれるとまずい事なので、また小声に戻る。

『暗示をかけてティモンに近付く女がいると話してくれればいい。気付いたのは俺だという事も。ティモンの暗示が解けるよう、できるだけ彼のそばにいてくれるよう話してくれる? フォイン嬢と二人きりでなければ暗示もかかりにくいだろうから。俺も別の作品とはいえ、ヒロインとする子のそばには寄りたくないんだけれど、協力するよ。断罪イベントの前例を作るわけにはいかないからね』

『暗示が解けたかどうかは、どうやって判断するの?』

『俺が判断するよ。その上で二人には他にもそんな存在がいるのだと話して、協力を仰ぐようにする』

 分かったと頷く私を、ハリーはまたもやギュッと抱きしめる。

 もういい加減にしてほしいと腕を解こうとすると、ハリーが先程より小さな声で囁く。

『どんな事があってもこれだけは信じて。俺は君が好きだよ』

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