どういう繋がり?
スヤスヤと規則正しい寝息が聞こえる。どうやら深く眠れているようだ。
あの日、連れ帰った城で意識を失っているユリアを医師に診てもらうと、腹に打撲痕があると言う。それと連れ去られる際に薬を嗅がされたのは間違いないようで、いまだにその効能が体内に残っており、力が入らなかったのだろうと言われた。薬の効き目が切れれば後遺症は残らないそうだ。
後は頬を殴られた痕、そして縛られていた痕と連れ去られる際にあちこちをどこかにぶつけられたのか、小さな打ち身が残っていた。
ここまで傷付けられれば、熱が出るのも当たり前だ。俺はユリアの腹を寝具の上から擦る。こんな薄い腹をよくも殴れたものだ。
不幸中の幸いは、外にいたゴロツキの男達は一切ユリアを見ていないという事だけ。
三人の女が引きずるようにユリアをあの部屋に押し込んだ。その後男が一人やって来て閉じ籠った後、何度か出たり入ったりを繰り返す。
ゴロツキ達はあくまで警護に徹していて、連れてこられた女の顔も見ていないとマーロンの部下達に証言している。
本人達も命拾いしたな。もしも奴らが指一本でもユリアに触れていたら、こんなものではすまさなかった。この世の地獄を見せてやっていた事だろう。
俺はフウ~っと息を吐きながら、己の心を落ち着かせる。
トントンと扉がノックされた。俺はそっと天蓋を引いてユリアの姿を隠し、小さな声で入室の許可を出す。
現れたのはマーロンとその背に隠れた呪術師ソラ。
珍しい。ソラが居住から出てくるなんて。俺は驚きながらも、二人に近寄る。
「目が覚めたと聞いたが、また眠ったのか?」
「薬を飲ませて眠らせた。まだ声も出ない状態だからな。話を聞くのは無理だぞ」
「ああ、そういうつもりではないんだが、ソラがお前に話があると言うんでな。報告のついでだ」
「ソラが? なんだ?」
ソラは視線を揺らす。何か言いにくい事があるのか?
俺達はとりあえず、ユリアの寝室の隣の部屋に場所を移した。ソファにゆったりと座ると「まずは」とマーロンが話し始める。
「今まで黙秘していた四人だが、その内の一人ミレーヌ・フォイン男爵令嬢が自供を始めた」
やっと口を開いたか……。
あの日捕まえた四人の内、一人は顔を真っ青にしながらも黙秘を続け、一人は睨みつけながらもう一人と同様、黙秘を続けた。
残りの二人は俺が直接手にかけたから、ユリアと同様気を失い一日中目を覚まさなかった。
あの時は目の前のユリアを抱きしめる事に夢中で、周りの邪魔なものを取り除くという意識しかなかった。犯人としての怒りを向けた訳ではなかったため、奴らはそれくらいですんだのだ。
ユリアを誘拐した犯人で暴力と恐怖を与えた奴らだと認識した今対峙したならば、俺は奴らを殺さずにいられるだろうか正直分からない。
しかしそれをいい事に二人は何も覚えていないと言い続けている。もう一度殴って思い出させてやれという俺をマーロンが止めた。それは最終手段だと。
そんな中、自供したのが顔を蒼ざめさせていたミレーヌだったらしい。
「今朝、俺の配下にユリアーズ様はまだ目覚めていないのかとたずねてきた。どうやら配膳係が、ユリアーズ様がこのまま目覚めなければお前の所為だ。とか言ったらしい。それを聞いて急に怖くなったようだな。自分は彼女に危害を加えるつもりなんて全くなかったと。彼女を運ぶ時だって、後の二人が引きずるようにしているのを見かねて、極力怪我をさせないように気を使ったそうだ。せっかくいい雰囲気だったティモン様との仲を裂いたお前達を少し困らせてやりたかっただけなんだと、言っていたそうだ。どこまで本気かは分からないが、あの中で一番気の弱い奴ではあるな」
俺はマーロンからミレーヌの話を聞いて、まだ言い訳するのかと顔を険しくさせた。
「どんな言い訳をしようとユリアを傷付けた仲間である事は間違いない。極刑にしてやる」
「まあ、待て。それでだな、彼女の証言により詳細は随時報告書をあげるとして、最初に話を持ち掛けたのはクラリス・レイという女だそうだ。お前が一番警戒していた女だよな」
ビクッと肩が跳ねる。クラリス・レイ、やっぱりあいつが黒幕か。俺はじわじわとくる怒りに震えた。
「クラリス・レイがミレーヌ・フォインの前に現れたのは、一か月ほど前の事だったらしい。仕返ししたくはないかと学園で声をかけられたそうだ。確かにこのまま引き下がるのも癪に障ると思ったミレーヌは、二つ返事で承諾したようだな。もしかしたらユリアーズ様がいなくなれば自分にも、王子のお前との恋愛イベントが開かれるかもしれないと思ったそうだが、やっぱりお前が言うように奴らも前世の記憶があるみたいだな。お前の世界、こえ~よ」
マーロンがわざとらしく体を震えさせる。怖いのは前世の世界ではなく、奴らだけだから。
俺は大きな溜息を吐く。
「……馬鹿馬鹿しい。ユリアがいようがいまいが、俺が奴らに目を向ける事なんて微塵もないのに。だが、ヒロインが前世記憶持ちでそのような行動をとったとして、イルミスはどうして仲間になったんだ? 奴は攻略対象者だぞ。まさか奴にも前世の記憶があるのか?」
「前世の記憶とかはお前も持っている事を伏せているから、そこまで詳しく聞けないだろう。だからそこらへんは分からないが、ミレーヌの話では、あの中でもかなり根深い恨みを持っているそうだ。お前ではなくユリアーズ様やマリアーヌ様に。だから攫った実行犯は女三人だったが、攫われた後、直接危害を加えたのは奴だそうだ。そしてユリアーズ様を奴隷として他国へ売り飛ばす手はずも整えていたらしい。次の日の夜に引き取りに来る予定だったそうだ。それまでは十分に詰り恐怖を与えていくつもりだったようだな」
「はああぁぁ~?」
俺はマーロンの報告に素っ頓狂な声をあげる。
ユリアを? 俺のユリアを奴隷として他国に売るだと?
スッと立ち上がると、マーロンに両肩を押さえつけられ、座りなおされた。
「まてまてまて。真顔でイルミスを殺しに行こうとするな。奴はもう捕えているんだ。裁きは法の上で行う」
「心外だな。殺しはしないさ。半殺しでとどめる自信はある」
そんな俺達のやり取りに、オズオズといった風にソラが手を上げる。
「……殿下、俺、彼女クラリス・レイと会った事、あるかもしれない」
「え?」
俺はソラを見る。けれどソラはどこか現実離れしたような雰囲気で、どこか遠くを見るような目で話を続ける。
「殿下も知っての通り、俺、あの木の窪みにいた以前の記憶が全くないだろう。それなのに、連れてこられた彼女を遠くから見た時、見覚えがあると思ったんだ。城からもほとんど出た事のない俺が知ってるはずなんてないのに、おかしいなぁって……。殿下、彼女は殿下を前世の記憶通りに、黒の石を使って自分のものにしようとしているんだろう。俺、俺は殿下の前世の記憶に出てきたりはしなかった?」
ソラは必死でたずねてくる。前世で……ソラを?
俺はジッとソラの黒い目を見る。けれど、その顔に見覚えはなく、ユリアの様に雰囲気もない。前世でソラに会った記憶は……。
「悪いが、ない。と思う。俺は爺さんに連れられてあの木に行った。ソラとはそれが初対面だ」
「……そうか……そうだよね。ごめんね、婚約者さんが大変な時に。あ、俺に何かできる事はある?」
ソラは一瞬、眉を八の字にしたが、すぐに首を振って助けがいるかと聞いてきた。
「ありがとう、ソラ。お前にはユリアを探す時、十分助けてもらった。褒美を考えとけ。今までで一番いいものをやるぞ」
「へへ、じゃあ何にしようかな」と笑うソラの背中をマーロンが擦る。
ソラは不思議な力を持っている。今回それが本当に役に立ってくれた。他の呪術師ではこうも早くにユリアを見つけ、助け出す事なんてできなかったに違いない。
そんなソラは自分の過去を全く知らない。
この国にはいないはずの黒い髪と瞳。自分は何者でどこから来たのか。どうしてこんな力を持っているのか。不安でないはずがない。
そうだな、この件が全部片付いたらソラの過去を調べるのに力を貸そう。
「あ、そうだ。俺これを婚約者さんに渡そうと思ったんだ。もう遅いかもしれないけれど」
そう言ってソラが出してきたのは、俺とおそろいの指輪。ソラが作ったソラの力を通し、黒の石の力を無効にする呪術が込められた石が付いている指輪だ。
「ありがとう。せっかくソラが作ってくれたんだ。もらっておくよ。ユリアも喜ぶ」
「うん、彼女なら喜んでくれそう」
ニコリと笑うソラ。俺はソラから指輪を受け取る。
「ソラはユリアーズ様に会う気はないのか?」
マーロンが俺達のやり取りを聞き終え、ソラの肩を抱きながらそんな事を聞く。
「俺らの主君のベタ惚れの婚約者様だ。こいつが手放すとは思えないし、いずれは会う事もあるだろう。その指輪をきっかけに一度会っておいてはどうだ?」
「ムリムリムリ。俺みたいなのが顔を出したら婚約者さん、吃驚するよ。こんな気味悪い黒色なんて、絶対嫌がるって」
マーロンの言葉にソラはパニックになりながらも、どうにかして部屋から逃走しようと試みるが、マーロンにガッチリ抱えられて抜け出せないでいる。
ソラの人嫌いの一つには、自分の黒色の髪と目が人に嫌悪感を与えると思っている節もある。城に連れて来た時に、俺の知らない所で色々あったらしい。一時期はマーロンがずっとそばについていたほどだ。
けれど、ユリアに至ってはそんな心配する事など一つもないのにな。なんせ元日本人ですから。そもそも、そんな色なんてものにこだわるような性格でもないしね。
「大丈夫だって。ユリアーズ様はそんな事くらいで人を判断するような人じゃないぞ」
マーロンがソラを完全に押さえつけた。ソラも無理だと観念したのか、大人しくなったものの下を向いて尚も反抗する。
「……そりゃあ、殿下から聞く婚約者さんは優しいから、表には出さないかもしれないけれど、内心怖がられていたら……嫌なものを見せて無理させたら悪いじゃないか」
「本当に大丈夫だって。ユリアーズ様も変わってるからさ。彼女だって幼い頃から色々とやらかしてるんだぞ。こいつが上手く揉み消してるだけで。それに考えてもみろ。こいつの婚約者だぞ。普通なはずがないだろう」
……おい。
「そうなの? まあ、確かに殿下の婚約者なんてものを五年も続けていられるなんて凄いなって思ったけど……」
……おい!
今回、こいつらにはかなり世話にはなった。が、こいつらは俺の事をなんだと思っているのか。幼馴染の友達ではあるが、あくまでも俺はこの国の王子だからな。そこのところ、忘れんなよ。




