眠り姫のその裏で
俺が遅れたばかりに、ユリアを危険な目に合わせてしまった。
ヒロインがあと一人と思って油断したのがいけなかったのか。
あの時、いつものように俺はユリアと一緒に帰る約束をしていた。用事を済ませ、ユリアが待つ教室へと廊下を急ぐ。そこへ城から来た騎士が報告してきた。
内容はイルミス・アロウェンが領地から姿を消したとの事。
正直、奴がどうしようが全く興味はなかったがなんとなく嫌な予感がした俺は奴を探せと命令し、報告にきた騎士と共に護衛の騎士も迅速に動くよう城へと先に戻らせた。後はユリアと共に帰るだけ。何も問題はないとユリアの元へ急いだのだが、教室に着くとユリアの姿がない。
そこにエリーゼ嬢とバーバラ嬢が廊下から入って来た。二人のそばにもユリアがいない事に内心焦りながらも、できるだけ落ち着いた口調でユリアは一緒ではなかったのかとたずねた。
二人は俺の言葉に教室内を見る。だんだんと色を失くしていくその顔に、俺の不安は増していく。
慌てる二人を落ち着かせて、離れた時の状況を確認する。
二人の話では、カフェの店員が今度のお茶会の確認をお願いしたいと言ってきたので、ユリアを置いて少しだけ出たそうだ。俺と入れ違いにならないためと、教室には数人の生徒が残っていた事からの判断だったらしい。その間約十分ほど。
その話を聞いてまだ残っていた生徒が、ユリアが廊下に出て行く姿を見たと言ってきた。
廊下には三人の少女がいて、その少女達と共に出て行ったとの事。
ただその雰囲気がちょっと変で、気になった生徒が声をかけようとしたが、逃げるように去って行ってしまったそうだ。
その時のユリアはぐったりとしてるような感じで、少女三人が彼女を抱えているように見えたとの事。
廊下に出て目撃者を探す。
途中エリーゼ嬢にティモンとダリアスも呼んできてもらった。
すぐに目撃者は見つかり、どうやら四人は馬車乗り場へ向かったそうだ。ちょうどそこへそちらの方から、数人の生徒が走り寄って来た。
ゼイゼイと息を吐きながらも、そのうちの一人が早口で捲し立てる。
「無礼を承知で殿下に確認させてほしいのですが、ユリアーズ様が具合を悪くされている事はご存知ですか? 今ちょうど馬車乗り場で、三人の女生徒に担がれたユリアーズ様を見かけたのです。ユリアーズ様の顔を隠す様に抱きかかえている彼女達を不思議に思い、どうしたのかとたずねると、ユリアーズ様が体調を崩されて送って行くところだと言うのです」
そこまで言うと、交代するようにもう一人が話し出す。
「足先を引きずられている様に見えた自分達が手伝おうかと言うと、ユリアーズ様を男に触らせる訳にはいかないと断られました。だから女性である自分達が殿下に信頼され、頼まれたとも言っていました。殿下はどうしても外せない用事があるからと」
「ですが私は、その少女達がユリアーズ様と一緒にいるところを見た事がありません。というよりも、そのうちの一人が以前に色々と問題をおこされたカノン・グーラス男爵令嬢だったのです。事実なら申し訳ございません。けれど、どうしても気になってしまって……」
そうだよな。頼んだとしても彼女はありえないよな。と次々に騒ぐ生徒達。
ちょっと待て。誰が誰に頼んだだと? 他の男に触れさせないと言うのは間違っていないが、俺が具合の悪いユリアを放って他の用事をすますなどありえないだろう。しかもユリアは引きずられている? それを信じたのか、ふざけるなと叫びそうになるが、グッと堪える。
今はそんな事に怒っている暇はない。彼らが見ていた事、そして知らせに来てくれた事はありがたい事だ。
彼らはもしかしたら謎の組織のメンバーなのかもしれない。ユリアの動向は誰かが必ず見ている。顔を隠していてもユリアーズ様なら匂いで分かると言っている面々には脱力を覚えるが。
しかし、カノン・グーラスの名前が出て来た俺は、自分の中にあるまさかが現実になった事にショックを覚えた。迂闊だった。カノン・グーラスがいるという事は、他の二人の少女とは多分残りのヒロイン、クラリス・レイとミレーヌ・フォインだろう。メモリー・ディアスはユリアと友達だし、ミーニャ・カレンは他国にいるから二人はありえない。ヒロイン達の報復を考えなかったわけではないが、まさか彼女達が手を組むとは思っていもいなかったのだ。
そしてその矛先は俺ではなく、俺の最愛の人、ユリアにむく事を……。
俺は彼らの言葉を聞いて、感謝を述べる。良く知らせに来てくれたと。
俺が馬車乗り場に向かおうとすると、彼らから他の仲間が彼女達の後を追っている事を伝えられた。普段ならストーカーかと項垂れる場面だが、この時ほどありがたかった事はない。
追っている彼らの仲間との合流をダリアスに託し、ティモンにマーロンと連絡して彼女達を追いかけるように頼む。マーロンの直属の部下を使うのだ。
女が攫われたとなると、いくら犯人が女だとしてもいらぬ噂をたてる者がいる。ほんのわずかな時間でも。そしてそれが俺の婚約者となると尚更だ。
ユリアを貶めて自分の娘をという馬鹿が、俺の彼女への溺愛ぶりを見てもまだいるのだから始末が悪い。
こうなると護衛を先に帰らせたのは正解だった。この捜索は内密に行わなくてはいけない。もちろん迅速に。
俺はティモン達はもちろんの事、彼らにもその事を言い含めその場を後にする。呪術師ソラの元に向かうため。ソラならばヒロイン達のアジトを見つけられるのではないかという、わずかな期待を込めて。こんな馬鹿な計画を立てて死ぬほど後悔させてやる。
「何やってんのさ、この馬鹿!」
ソラに事情を話す前に罵倒された。何故分かる? と思いながらも、呪術の文字が書かれた紙が足元に散らかっていた。
「今、君の恋人の指輪ができたんだ。居場所を確認しようとしたら彼女の周りに黒い靄がかかっていて、慌てて覗いてみたら攫われてるじゃんか。本当に君はいつもエラそうな事ばかり言って肝心なところ、ダメダメだな」
覗くってこの場にいない者を覗く事ができるのか? 呪術というものは本当に凄いな。いや、ソラが規格外なのか? 尚も続きそうになるソラの言葉を俺は遮る。
「説教はいい。今攫われた彼女を直接追っている者はいるが、犯人の根城がどこにあるか、ソラならつきとめる事はできるか?」
「はああ~? 追ってるってどこにさ? 辻馬車を何度も乗り換えられてとうに巻かれてるじゃんか。全く役に立ってない」
その言葉を聞いて俺は眩暈を覚える。確かに追っていた者は学園の貴族。要はお坊ちゃんなのだ。体力も街の知識もないお坊ちゃんに人の後を追うという行為は無理なのかもしれない。けれど、同じ貴族の女四人、しかもそのうちの一人は意識を失っており、お前らの仲間が匂いで分かると豪語していた女性だぞ。
それこそ姿が見えなくなったら、匂いをたどってでも追いかけろ。せめてもう少し粘ってダリアスと合流できていたら、どうにかなっていたかもしれないが。
俺は滅入る気持ちを切り替える。
いつまでもうだうだと考えていても仕方がないし、時間がもったいない。
そうなるとここに直接来たのは正解だ。ソラにアジトが分かれば問題ない。俺の気持ちを察したのか、ソラは溜息を一つ吐き、地図を広げる。
「どうやら貧民街に向かったようだ。マーロンに言ってその辺りの詳しい地図を持って来てもらっている。それを使えば詳しい場所が分かるかもしれない」
どうやらティモンとおち合う前に、ソラがマーロンを使ったようだ。仕事が早い。
「頼む。お前だけが頼りだ」
「人誑しの言葉やめてよね。そんな事、言わなくてもちゃんとやってやるよ。それよりも君も貧民街へ向かいなよ。場所は分かり次第、指輪を通して知らせてあげる」
「どうやって?」
たずねると、ソラは俺が嵌めている指輪を人差し指でちょんちょんと指す。
「指輪が赤い光を放つから、それに向かって走って。そこに彼女はいる」
「待ってる」
俺はソラの返答を聞かないうちにソラの居住から出て、貧民街へと馬を走らせた。馬車など使ってる余裕はない。
途中、何人かに話しかけられそうになったが、俺の醸し出すただならぬ雰囲気にすごすごと引き下がって行った。
ティモン達にはマーロンが知らせるだろう。俺は少しでも時間を短縮するため馬に乗り、一人でユリアの元に向かったのだった。




