俺の地雷を踏んだな
しゅううぅぅぅ~っと、煙を上げた扉は木の残骸となり足元へと転がっている。扉がなくなり、ポッカリと穴が開いたであろう場所からは、ニュッと人の足が現れた。
無言でバキバキと木屑を踏みしめる長い足の持ち主が、やっと私の視界に届く距離まで入って来る。
部屋の明かりに照らされたキラキラ光る金の髪、紺地の学園の制服は光沢があり、生地の良さがよく分かる。長身に長い足はバランスが良く、深く俯いていてその表情は見えないものの、醸し出す雰囲気から目が離せない。
ハリー!
私は声にならない声を上げる。やっぱり来た。来ると思ってた。私が困っていると絶対に助けてくれる神様だもんね。
すう~っと彼はこちらを向く。
寝台に両手両足を縛られた上に猿轡をかまされている私。カロナには胸を掴まれ、上にはイルミスが跨がっている。クラリスが寝台の横で私を見下ろし、ミレーヌが扉付近と一番彼に近い場所にいる状態。
あ、絶対にキレる。
そう思った瞬間、カロナは首根っこを掴まれ壁に叩きつけられ、イルミスに至っては私の上から蹴り落され、顔を踏みつけられた。ミレーヌとクラリスは眼中にない模様。
そうしてあっという間に私の動きを封じ込めていた紐をほどくと、上体を引き寄せ抱きしめられた。
私のそばにある邪魔なものを排除したかのような行動。叩きのめされた二人は完全に意識を失っている。
「……心配した……」
それだけ言って、縋り付くように抱きしめてくるハリー。
ああ、この人は本当に必死で私を探してくれたんだろうな。心なしか震えているハリーに、彼が私をどれだけ思ってくれているかが心底分かる。
突然いなくなった私を探し、この場所を突き止めるのはどんなに大変だっただろう。単独でここに乗り込んだ彼の体はうっすらと汗ばんでいる。……ここまでされて抗う余地はないよね。
私は彼を抱きしめ返す。
いまだに頭はぼうっとしている。体に力は入らない。けれどありったけの力で抱きしめる。今の気持ちをしっかりと伝えるために。
ありがとう、ハリー。大好きだよ。
逃げないと、殺される。逃げないと。
混乱する頭と急く心。動かない体を叱咤しながら、必死でその場から逃れる。腰の抜けたミレーヌが追いすがるが、知った事ではない。
私は知らなかった。王子様の本性があんなに野蛮な人間だったとは……。
怖い。怖い。怖い。
ゲームで見ていた優しい笑顔。柔和な仕草。困った時は助けてくれる頼もしさ。これらは全てまやかしだった。
あんなの私の王子様じゃない。
私がずっと見ていたハリオス様は、もっと優しくて、綺麗で、優雅で、常に笑顔を絶やさない……間違っても、あんな無茶苦茶な事はしない。
永遠に続くのではと思う階段を下り終えた瞬間、ザっと数人の足が見えた。
そろりと上を見上げる。もしかして私が雇ったゴロツキが、王子の目を盗んで助けに来てくれたのか。そんな甘い期待をしてみたが、そんな事がありえない事は己が一番よく知っている。
だって先ほど見た王子は、そんな生易しい目をしていなかった。体中で怒りを表す彼は、たった一人だろうと見逃してはくれないだろう。
自分を見下ろすのは、ティモン様とダリアス様。まさに乙女ゲームの世界。キラキラと輝かしくて、いつもなら天にも昇るような気持ちでずっと眺めていた事だろう。だが、今はその顔が鬼の様に見える。
思わず震える私に、ティモン様がスッと身を寄せてくる。
「話を聞かせてくれる?」
内容は優しいのに、何故かそれは死刑を宣告されたかのような重苦しい言葉。拒否権はない。平民の服に身を包んだ(中身は騎士なのかもしれない)者達に無理矢理立たされ、連行される。
私は必死で生きてきた。私の大好きな乙女ゲームの世界をつくりあげるために。それなのに、どうして?
やっぱりゲームはゲームの世界だったから楽しかったのかな? だけど、ならどうしてあの時、私はこんな世界に連れてこられたのか?
騒ぎを聞きつけ怖くて彼女にしがみついた。すると地面が揺れて、気が付けば私はこんな所に……。
もしかして、これは彼女の仕業? あの時森に置いてきた彼女の……。
今はどこに居るのかしら? まさか一人だけ元の世界に戻った? ううん、そんな事はないはず。今頃は獣に食べられて……。だけど、もしまだ生きているとしたら、そうしたら、今度こそ貴方には私の願いを叶えてもらうわ。
それが、こんな世界に私を引っ張り込んだ貴方の償いなんだから。
私は両手を後ろに縛りあげられ、馬車へと押し込まれた。
貴族が乗る綺麗な物ではない。平民が乗る辻馬車のような物で中には窓もなく、閉じ込められたかのような雰囲気のまま、奥へ座らされた。続いてミレーヌが押し込まれ、意識のないカノンとイルミスが放り込まれた。
私達は無言で貧民街を後にする。
――このままでは絶対にすまさない。
クラリスとミレーヌが這いつくばって出て行く姿を横目で見ながらも、私は黙ってハリーに抱きしめられていた。
すると落ち着いたのか、そっと身を離したハリーが私の顔を凝視して、優しく頬を撫でる。
「殴られたんだね。可哀そうに。他にも色々とやられているようだけれど、とりあえず家に戻ろうか? 俺が運んでもいい?」
「うん。疲れた、から、寝ても、いい?」
私は掠れる声で、どうにか声を出す。
「もちろん。安心して眠っていいよ」
ハリーは寝台から降りると、そっと私を抱き上げてくれた。ハリーの得意なお姫様抱っこについ頬が緩む。いつものぬくもりに力が抜けていくのが分かる。閉じる瞼の向こうにハリーの笑顔が見える。
私はずっとこの笑顔に守られてきた。当たり前のようにあるこの腕に、やっと自分の居場所に戻れたと安堵した私の意識は、次第に闇の中へと消えていく。
目が覚めてもこの腕の中にいる事を信じて疑わない私は、素直に身をゆだねるのだった。
ユリアが意識を失って数秒後、下から上がって来たティモン達に床で転がっている二人を運ぶように命令する。
吹っ飛んでいる扉を見て一瞬言葉を失くしていたが、そんな事よりもユリアーズ様は無事かとたずねてくる。一応は無事だったが、とにかく今は一刻も早く城に連れ帰りたい。
見るからに殴られた頬の赤みは、ちゃんと処置すれば傷跡は残らないだろう。けれど後は分からない。女にとはいえ胸を掴まれていたところから、他にも何かされた可能性はある。
連れ出された時には、意識がなかったようだとの証言も得ている。薬を使われたか?
俺はユリアを起こさないように、後始末ををティモン達に任せてその場を去った。
待たせていた馬車に乗り込む。そして彼女をそっと馬車に横たえた。貧民街にはありえない上等な馬車だ。ティモンとダリアスに乗ってきてもらったものなので、クッション性もあり揺れは少なくてすむだろう。ユリアに負担がかからないようにと、彼女の体を支えながら夜の闇を走らせたのだった。




