攫われたその後は
私を攫った方法を丁寧に教えてくれたクラリスは、それに関わった女性二人とドヤ顔で私を見下ろす。得意そうなその顔は、自分達の完璧な行動に自信があるのだろう。
意識のない女一人を運ぶとなると、いくら三人とはいえ大変だったでしょうに。それに学園でのそんな目立つ行動が誰にもバレないはずはないのだが……多分、今頃はハリーが大騒ぎしていると思う。思わず同情を込めた目で見ると、クラリスはそんな私に気が付いたのか「……何だがその目、腹が立つわね」と言った。
声に出してないのにバレちゃった。彼女はエスパーなのかな?
「さて、攫われた経緯は分かったわね。では本題。どうして貴方は攫われたのか? ちゃんと理解してる?」
そう言ってクラリスは私に意見を求めてくるが、私は猿轡をされているので話せないからジッと彼女を見ていた。
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「分からない? 結構おバカさんなのね。仕方がないから教えてあげるわ。それはね、私の愛しいハリオス様の婚約者が貴方だからよ。運命の二人に貴方という存在は邪魔なの。じゃあ、次の質問。攫われた貴方はこれからどうなるか分かる?」
またもやたずねてくるクラリス。先程同様、ジッと彼女を見る。
……………………。
「……貴方、なんでさっきから何も言わないの?」
「猿轡してるからじゃないの?」
……………………。
ミレーヌの突っ込みにクラリスが固まり、カノンがジト目を向ける。イルミスに至っては「これだから女は馬鹿なんだ」とブツブツ言っている。
「う・頷くか首を振るかぐらいしたらいいじゃない。話せなくても反応ぐらいは返せるでしょう」
クラリスが顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。酷い。八つ当たりだ。
「と・とにかく、貴方にはここで退場してもらうわ。貴方さえいなくなればハリオス様も目が覚めて、私を見つめてくれるはず」
パッと寝台から離れたクラリスは、両手を握りしめクルリクルリと回り始める。
脳内お花畑状態?
「あんたに目を向けるとは到底思えないけれど、ユリアーズ、あんたが邪魔なのは僕も同じだ。あんたは殿下にとって悪影響にしかならない」
そう言ってクラリスと交代で寝台のそばに来て、横たわっている私の上にまたがった。ビクッと体が揺れる。イルミスは女に興味がないと分かってはいるが、流石に男だ。いくら容姿が女の子のようだとはいえ、動揺するなという方が難しい。
そんな私を見て嫌な笑みを浮かべたイルミスは、おもむろに私のお腹目掛けて拳を降ろす。
ゴボッという音が鳴る。
殴られたのか? 女性と見間違うほどの華奢な見た目のクセに、意外と力はあるようだ。
猿轡のお蔭で大きな声は漏れなかったが、吐き気が込み上げる。それを涙目になりながらも必死で耐える。
「殿下に二度と会えないほどボコボコにしてやりたいけれど、僕は今ちょっとお金に困っていてね。その綺麗な顔をいかせる仕事を君に紹介する事にしたよ。ああ、心配しないで。大人しくしていたら君も充分楽しめるから」
「フフ、ビッチの貴方にはお似合いの仕事よ」
「どうせ色仕掛けでハリオス様も落としたのでしょう。まあ、ハリオス様が貴方の色香に迷ったと思うのはちょっと癪だけど彼もお年頃だし、少しぐらいは遊ばれても仕方がないわよね。これから真実の愛に目覚めてくれたらいいんだから。もちろんヒロインである私と」
殴られて意識が飛びそうになる頭で考える。イルミスが言っているのは、多分娼館。私をムカつくままに殴るより、売ってお金に換える方が得だとでも考えたのでしょうね。
そうすれば私は二度とハリーの隣に立つどころか、会う事すら叶わなくなる。運よく助けられたとしてもそんな所で発見されただけでも、ハリーとの縁は無くなる。
どう転んでも私とハリーの仲はお仕舞いだ。
そしてミレーヌとクラリスは、何故か私とハリーには体の関係があると思っている。
いつもハリーが私にベタベタするから、私の方が体で迫っているとでも思われているのかしら? 彼の行動の弊害がこんな所に現れているとは。この分じゃそんな風に思っている生徒が他にもいるかもしれない。ううう~、恥ずかしい。
「悪役令嬢ってなんで皆、発育がいいのかしら? 私達ヒロインは全員お子様体型なのに」
私が頬を赤らめたのを体の関係があると認めたと勘違いしたカノンが、ガッと私の胸を鷲掴みにする。
イタッ! とつい声が出そうになったが、私が反応すると面白がりそうなので、私は必死で耐える。
こいつらを微塵も喜ばせてなんかやるもんか!
叩かれた頬は腫れ、殴られた腹はジンジンと傷む。頭は殴られた衝撃からか、はたまた薬の影響か、まともに考える事すらできない。
初めて他人に胸を力任せに掴まれ混乱する中、痛みと吐き気が込み上げる。
けれど絶対に悲鳴はあげない。私の苦しむ声なんて聞かせてあげないんだから。
ニタニタと私の様子を見ていた四人は、ふと顔を上げた。
「……なんか外、変な音がしない?」
カノンが私の胸を掴んだまま、扉の外に気を向ける。
皆が耳を澄ます。私もぼうっとする頭で、耳にだけ神経を集中させる。
ガタンガタッと確かに何かが倒れ、ダダダッと人が走っている音がする。
「まさか……バレた?」
イルミスが青い顔でクラリスの方を見る。
「そんな訳ないじゃない。そりゃあ学園でこの女を運ぶ時、私達の姿を見られたけれど、上手く誤魔化したもの。こんな短時間でその嘘がバレるはずはないわ。それでも疑わしいと探りを入れるなら、まずは家の方に連絡が行くはず。今のところ家からもどこからも連絡はないし、そもそもその後は辻馬車を何度も乗り換えてここまで来たのよ。この場所が掴めるはずがない」
そうでしょう。と同意を求めるようにミレーヌとカノンを見るクラリス。しかし二人は扉を見つめたまま固まっている。
「そ・それにここは貧民街。貴族のデータには載っていない場所よ。四・五時間そこらで見つけて何かしらの行動をとるなんて、そんなの不可能だわ」
クラリスは必死で違うと叫ぶが、鳴りやまない音に三人の表情はますます悪くなる一方だ。
「けど、これって……あきらかに複数の人間が倒れてる音じゃ……」
ミレーヌがそっと扉に近付こうとして……。
バタ―――――ン!
皆の目の前を扉が飛んでった。
私の頭の方にあるはずの扉が、今は足元に無残な姿をさらしている。
ああ、あの扉結構重量感ありそう。さっきクラリスが言っていたが、ここはどうやら貧民街のようだ。そこにある建物にしたら、ここはやっぱり立派な所ではあったようね。




