あれ? 攫われちゃった
目が覚めたら見た事のない天井だった。
きょろきょろと辺りを見回す。部屋の広さは前世でいうところの八畳ぐらいの広さ。広いといえば十分広いのだが、現世でそれなりに良いところに産まれてしまった私からしたら、それはお粗末な物。私が寝ている寝台と棚、机と椅子四脚を置けば、それなりにいっぱいになってしまう空間だった。
ちょっと家具がこの部屋の広さにあっていない立派な物だというのも、この部屋の窮屈さを増加させているのかもしれない。
ああ、窮屈といえば私の体も窮屈だ。
寝台に寝かされているのはいいけれど、手足は寝台の両端に紐でくくりつけられ、身動きが全く取れない状況なのだ。口には猿轡。
一瞬、思考が止まる。
もしかして、とうとうハリーが私を攫った? などと、とてつもなく失礼な事を本気で考えてしまった。
ごめんなさい。
頭がボーっとする。そういえば何か薬品を嗅がされた記憶がある。いつ? 誰に? どこで?
ガチャリと扉が開いた音がした。必死に確認しようとそちらを向くが、残念ながら私の首が回せる位置にそれはない。ちょうど頭上にあるようだ。
「やっと目が覚めたようね。薬を嗅がされたからといって夜まで眠っているなんて、信じられない。侯爵令嬢とは思えないわ」
「かなり図太い神経をしてるのよ。でないとあんなにカッコイイ王子様のそばになんていられないわよ」
そう言って寝台の横から顔を出したのは、ミレーヌ・フォイン男爵令嬢とカノン・グーラス男爵令嬢。二作目と三作目のヒロインだ。
パアンッ!
驚く私の頬をいきなり叩く者がいた。目が回る。意味が分からないながらも、必死でその姿を捉える。あ、彼は……。
四作目の攻略対象者イルミス・アロウェンがそこにいた。
彼は領地に戻ったのではなかったのか? 驚き過ぎて目が離せない私に、憎しみのこもるギラついた目で睨みつけている。もう一度右手を上げた。
また殴られる?
私は咄嗟に目を瞑るが、次の衝撃はこなかった。
「そういうのは後にしてくれる? 先にこの子に説明しなきゃ。自分の置かれている状況が分かれば、恐怖は否応にも増すでしょう」
そう言って、イルミスの振り上げた手を止めていたのはクラリス・レイ。一作目のヒロイン。私の天敵だ。
イルミスはクラリスをジロリと睨みつけるが、特に反抗する気はない様でそのまま手を下ろし、椅子に座った。後の二人もそれに続く。
ギシッと寝台を揺らして、縛られている私の横に座るのはクラリス。
彼女はニコリと微笑み、叩かれた私の頬を擦る。
「初めまして。ていうのもおかしな感じ。私は貴方を嫌というほど知っているけれど、貴方は私の事を全く知らないのでしょうね。だから一応自己紹介しておくね。私はクラリス・レイ子爵令嬢よ。ハリオス様の運命の恋人」
「は? まだそんな事言ってんの? ハリオス様が女なんか相手にする訳ないだろう」
「煩いわよ、イルミス。私を相手にしないなら、あんたなんて尚更相手にされる訳ないでしょう」
「なんだって!」
クラリスが寝台から降り、イルミスが椅子から立ち上がる。パッと二人が掴みかかろうとした時「「怖~い!」」と二人が叫んだ。
「王子様に関したら、誰のものとかないんだからね。そりゃあ、クラリスは一作目のヒロインかもしれないけれど、私達だってヒロインなんだから。もしかしたら貴方が選ばれないから私達が存在しているのかもしれないわよ」
「そうよ。だからティモン様ともダリアス様とも上手くいかなかったのかもしれないわ。私達のどちらかが王子様と結ばれるために」
ミレーヌとカノンが、夢見るように目を潤ませる。
「馬鹿じゃないの。あんた達なんか少し関わっただけで王子様に不敬罪で訴えられたくせに。選ばれる訳なんてないじゃない」
はっと鼻で笑うクラリス。
「ティモン様やダリアス様にも相手にされなかった女がよく言うよ。殿下は最高の男なんだ。選ばれた者なんだぞ。そんな方の隣は選ばれた者じゃないと務まるはずがないだろう」
イルミスが小馬鹿にしたように、皮肉な笑みを浮かべる。
「じゃあ、あんた達は私達以下って事よね。イルミスは王子様の怒りを買って学園を辞めさせられたし、クラリスに至っては存在すら認識されてないじゃない。不敬罪と言われても、彼に関わった私達の方が何倍もマシだわ」
カノンが負けずに二人に啖呵を切る。隣でミレーヌも二人を睨みつけている。
一触即発の空気に、私は息をのむ。
……何、これ?
私何に巻き込まれてるの? ヒロイン全員がハリーを狙ってるって事?
どうして? クラリス・レイ以外、全員黒の石の効果は切れているし、解決したんじゃないの?
私が唖然と眺める中、クラリスがハッとして私に振り返る。
「私達の事は後でいいのよ。それよりも今はこの女、ユリアーズ・マリノチェに思い知らせる方が先決よ。そのために私達は手を組んだのだから」
「そ・そうね、その通りだわ。クラリス、彼女に説明をお願い」
クラリスの言葉に三人はサッと表情を変え、椅子に座りなおした。どうやら私の事はクラリスに一任するようだ。
「こっちの三人は知っているわよね。紹介は省かせてもらうわ。改めて、貴方をここに攫ったのは私なんだけれど、覚えているかしら?」
私は記憶を探る。
そうだわ。ハリーと帰る約束をしてエリーゼ達と教室で待っていたら、学園内にあるカフェの店員が、次のお茶会の打ち合わせにやって来たのよ。
こちらの指定した茶器が一客かけてしまったらしく、今あるもので代用していいかと言われたので、エリーゼとバーバラが確認してくると出て行ったのよ。すぐに戻ってくると言っていたし、ハリーと入れ違いになっても困るから、私は大人しく教室で待っていた。教室内には生徒も数人残っていたしね。
その時ふと扉付近を見ると、誰かが倒れるような姿が見えたんだったわ。
私は慌てて扉に近付いたけどそこには誰もいなくて、間違いだったのかと教室内に戻ろうとして、後ろから口元に布を押し付けられた。そうしてそのまま記憶が無くなったのだったわ。
私が攫われた瞬間を思い出し愕然としていると、フフっと笑う声が隣から聞こえてきた。
「思い出した? 貴方の口を塞いだのは私よ。ハンカチに薬を染み込ませておいたの。貴方を運んだのは私達三人よ。友達が気分を悪くして保健室に運ぶの。と言えば、誰も疑わなかった。そのまま難なく馬車乗り場まで運べたわ」




