ユリアが楽しそうだからいいや
今回のシナリオは、ユリアによるもの。
キャノン嬢はベルナレットをきった。
無理に婚約者でいる情も何もないという事で、婚約破棄は決定したのだったが、マリアーヌ嬢から慰謝料の額を聞いた際に、自分から言い出すのは嫌だと拒否した。
それはそうだろう。虐げられた上に浮気までされて慰謝料まで払わされてはたまったもんじゃない。
この国ではどんな理由であろうと婚約破棄だけではなく、離婚においても言い出した者が慰謝料を相手に払わないといけないという、貴族間にだけ適用される困った法律があるのだ。ただでさえどちらが先でも、別れれば女性はかなりの不名誉になるため、女性側からというのは滅多な事がない限りありえない。
マリアーヌ嬢の場合は、ドットという相手が既にいたしイルミスに関しては相手から婚約破棄されるのは矜持が許さないという人間だったので、わざと傷つけてやるという意味でもマリアーヌ嬢から言い出すメリットがあった。
マリアーヌ嬢とキャノン嬢では、立場が全く違うのだ。
そして、キャノン嬢はただ婚約破棄して終わりという訳にはいかない。なんていったってキャノン嬢はミーニャ嬢にいじめられていたのだから、それをなかった事にしたくはないらしい。
彼女は話す内にだんだんと強くなっていった。
最初は自分がいじめられている事を人に知られたくないと、消極的だったのだが、ユリア達女性陣と話す内に瞳をキラキラとさせ身を乗り出した彼女は、皆の前で事を公にしたいと言い出す様になったのだ。
自分は被害者であって、恥ずべき行為を行ったのは向こうだという事。味方は沢山いて彼女は決して一人ではないという事が理解できたようだ。
バーバラ嬢とマリアーヌ嬢が彼女と共にマグレーバー家に赴いて、洗いざらい暴露したのも良かったのかもしれない。
彼女の両親をはじめ、屋敷の者も全員憤慨していた。
自分達が仕える主の娘が馬鹿にされ、そして自分達の仕事まで貶されたような行為だ。怒って当然。皆しっかりと証拠集めに協力してくれた。
その行為が何よりも、キャノン嬢を力づけてくれたのだろう。
そして彼らベルナレットとミーニャ嬢が、衆人環視のもと、数日後には彼女を断罪するだろうとの情報が入った。イベント通りである。因みにこの情報源は、言わずと知れた謎の組織からだ。
そしてそこで悪乗りは開始された。
「私、一度悪役令嬢やってみたい」
どうやって彼らの断罪を返り討ちにするか。皆で話し合っていた放課後の空き教室で、ユリアがそんな事を言い出した。
「悪役令嬢? とは、なんですか?」
キャノン嬢が首を傾げながら、ユリアにたずねる。
「えっとね、傲慢で我儘な上級貴族の令嬢でね、一生懸命頑張っている下級貴族の令嬢をいじめる嫌な人」
「え? それにユリアーズ様が? 無理でしょう。一番かけ離れた存在ですよ」
ユリアの説明に、マリアーヌ嬢がムリムリと手を左右に振る。
「そんな事ないわ。私は元々悪役令嬢だもん。素質は十分あるはずよ」
フンッと両手を握りしめるユリアに、バーバラ嬢が遠い目をする。
「……ハリオス殿下、申し訳ありません。ユリアの言っている事が理解できません」
「うん、理解しなくていいよ。要は演技で悪役令嬢になりきって、ベルナレットとミーニャ嬢を言い負かしたいと、そう言う事だろう?」
ユリアの発言にその場にいた皆が疑問のマークを頭に浮かべる中、俺はユリア限定に話を進める事にした。
ユリアはニッコリと笑って流石ハリー、分かってるねと言う。
「そう。最初は私も悪役令嬢なんて嫌だと思っていたんだけれど、考えればせっかくなったのに一度もその役をこなせないなんてもったいないなと思ったの。悪役令嬢で権力振り回して偉そうに言ってやったら、ベルナレット様達も言い返せないんじゃないかと思って」
もったいないという意味は良く分からないが、単純にやってみたいのだろうな。俺はユリアの頭を撫でる。
「うん、まあ、言わんとする事は分かるけど、ユリアには無理だと思うな。いじめ、駄目、絶対! の精神じゃなかったっけ?」
俺の言葉にユリアは怯んだように後ずさる。
「ヴッ、そうだけど……でも今回は向こうから始めたんだから、それぐらい強気でないと勝てないと思うの。ベルナレット様はハリーの騎士になる事だけが目標みたいだから、私がその権力をかさにきたら、本性が分かるんじゃないかな?」
どう? どう? と下から見上げてくる顔に、思わず抱きしめそうになった所で、エリーゼ嬢が手を上げているのを目にする。
「なんだが面白そうですわね。その、悪役令嬢というものはよく分かりませんが、女性が高圧的に会話をするというのはいいかもしれません。男性では暴力沙汰に発展するかもしれませんし」
確かにそうだ。ベルナレットは腕に相当な自信があるようだし、いざとなれば俺にだって歯向かってくる恐れがある。いや、歯向かわせるか……。ああいう奴は力で抑え込んだ方が分かりやすくていいかもしれない。
俺が考え込んでいると「ハリーだってこの話が出た時は、悪役令嬢でいていいっていったじゃない」といつの会話を持ち込むんだと苦笑するが、まあ、ユリアがやりたいんだったらいいかと俺は許可を出した。
まあ、エリーゼ嬢の言うように、女性の方が何かと温和に解決できるかもしれない。
いざとなったら俺が出る。それでいいか。
そうしてできあがったのが、先程のシナリオ。
蓋をあければ女性陣は悪役令嬢にノリノリ。当初はユリアだけだったはずが、女性陣全員で悪役令嬢を演じる事になっていた。
女性陣曰く、ユリアだけで悪役令嬢を演じれるはずがないという事。まあ、結局は全員悪役令嬢だしね。
と~っても楽しそうに演じる自分達の婚約者を見る男性陣は、遠い目をした。
うん、自分達の婚約者はどうあがいても悪役令嬢という者にはなれないなと知った俺達は、まあ、彼女達が楽しかったならいいやと結論付けた。
ユリアの笑顔が目に染みる。
後日、この茶番劇に関してベルナレットの父親、騎士団団長から謝罪とベルナレットに対しての処罰の報告が入った。
どんな理由があるにしろ、俺と一戦交えた事は団長にとって許しがたく、どうしても騎士になりたければ一兵士から始めろと言う父の命に頷いたベルナレットは、学園を辞め東の隣国との砦で平民が多く存在する兵士から鍛える事になった。
キャノン・マグレーバーとも婚約を破棄し、ミーニャ・カレンとも縁を切り、一から生きていくと俺に頭を下げに来たのは、旅立つ日。
俺にボコボコにやられて、己の不甲斐なさを改めて感じたと、スッキリとした表情で笑う彼は憑き物が落ちたようだった。
少なからず黒の石が関連していた事を感じる彼の様子に、ほとぼりが冷めたら王都に戻してやるのもいいかもしれないと思う。その時は今と違って、攻略対象者と呼ばれるのに相応しい良い男になって戻ってくるだろう。
そして問題のヒロイン。ミーニャ・カレンはなんと他国に嫁入りする事に決まった。
事の顛末を知った彼女の父であるカレン男爵は、娘の行いに怒りを露わにし、縁を切って修道院に放り込むと言った。が、それは余りにも重い処罰だと援護したのが、他ならぬキャノン・マグレーバーであった。
彼女も自分も貴族とはいえ子供で、今は彼女の方が辛い立場であろうと父マグレーバー伯爵を通して、庇ったのである。
その態度にミーニャ・カレンは涙した。ああ、我が子は本当に子供だったのだと、一旦は許そうとした男爵だったが、事は自分達だけではすまない。
マグレーバー伯爵の娘を長期に渡っていじめ、キーヌ騎士団団長の息子を東の砦に追いやり、あろう事か第一王子とその婚約者にも悪態をついたのだ。
これでお咎めなしとは、流石にいかない。関係者が許してくれたとしても、親である自分が申し訳ない。そこで考えたのが、他国へ嫁に出すという事。嫁ぎ先は商家の嫡男。平民だ。
そう、聞き良い言葉にかえてはいるが現実は、平民へと落とし国外追放としたのだ。
この国の修道院へ入れるのとどちらの方がマシかと考えるも、その商家は中々手広く商売しており、貴族ではなくなったとしても十分贅沢をさせてくれる家だった。
ミーニャ・カレンさえ上手くやれば、幸せになれるだろう。
とにもかくにも、五作目も終了。
残るはクラリス・レイ。一作目のヒロインだけとなった。




