圧勝ですか
カーンッ!
ベルナレット・キーヌの雄叫びと共に、勝敗は決まった。
それは瞬く間の出来事。
落ちた剣に目を向ける。王子の剣ではない。己の剣だ。
何がおきたのかよく分からない。
王子と剣を合わせた瞬間、己の剣が空を舞った。
押し負けたのだ。自分が。己よりも小さな細い王子に。
手はジンジンとしびれている。
――ありえない。
「腑に落ちない顔だな。もう一度やるか?」
「ぜひ!」
何度やっても、結果は同じだった。
圧倒的な力の差。
どうなっているんだ、これは?
「昼夜問わず鍛えて、これか?」
王子は木剣で己の肩をポンポンと叩いている。呆れている様子がよく分かる。
とうとうへたり込んでしまったベルナレットは、茫然自失のまま動けないでいた。
「酷いです、王子様。弱い者いじめしてそんなに楽しいですか?」
叫んだのはまたもやミーニャ。見物客の中から人を掻き分け、這い出してきた。
「弱い者って、彼の事?」
「そうですよ。そんなに力の差があって強いなんて思ってないでしょ。それでも彼は一生懸命練習していたんです。馬鹿にしないでください」
「弱い者……練習って……」
ティモンがミーニャの言葉をベルナレットを見ながら反復する。心底お気の毒。と思っているようだ。
言葉は時として暴力になる。
ベルナレットの毎日の鍛練は、彼女にとって出来ない子が一生懸命練習しているとしか捉えられていないようだった。
ベルナレットは、完全に自信を喪失してしまい項垂れた。
「ベルナレット様、お疲れ様です。これをお使いください」
そっと隣から何かを差し出された。それは真っ白な上等の肌触りの良いタオル。石鹸のとても良い香りがする物。ゆっくりと顔をあげる。
「あ、りがとう、キャノン」
差し出してくれたのは、婚約当初には必ず用意してくれていたキャノン・マグレーバーだった。ここ最近は全くお目にかかれなかった物。
「やっと渡せました」
ニコリと笑ってそんな事を言う。
ベルナレットは不思議に思い、それと同時に怒りが湧くのを押さえる事ができなかった。
「どうして……どうして、今更? 君がずっとこうやって差し出してくれていたら、俺はこんな、殿下となんて戦わなくてすんだんだ。君が俺の事を大事にしなかったから……はっ!」
怒鳴りつけるベルナレットの目前に、スッと木剣が差し出される。
それ以上キャノン嬢に近付くなと。王子がベルナレットを威嚇する。
ベルナレットが蒼白になる中、キャノンはゆったりとした口調で話し出した。
「どうして私だけが、貴方を大事にしなくてはいけないのですか?」
不思議そうに問うキャノンにベルナレットは、王子に木剣を突きつけられている事も忘れて問い返してしまう。
「は? 何を言っているんだ?」
「何を仰っているのか分からないのは貴方の方です。タオルを用意して、頑張っている自分を応援してくれる方ならどなたでも良かったのですか? では貴方は私に何をしてくれたのです? 自分からは会いに来る事もせず、プレゼントもない。自分の日課は壊さずに、私の予定だけは変更させる。貴方にとって婚約者とは一体なんだったのですか?」
そう言われてベルナレットは唖然とする。
こうまで言われても、何か悪かったのかさえ分からない顔だ。
キャノンは溜息を一つ吐く。
「……私は毎日、貴方の為にタオルと飲み物を用意していました。体に良いと言われている野菜や果物を色々と試行錯誤しながら。けれど貴方には渡せなかった。ある時期から、私の持ち物が汚されたり無くなったりしたからです」
「何を言っているんだ?」
ベルナレットは、首を傾げる。
「分かりませんか? 私の方がいじめにあっていたのです。伯爵令嬢である私が男爵令嬢に」
「ちょっと待て。それって……」
「私はそこにいるミーニャ・カレン。彼女にいじめられていたのです」
ベルナレットは、驚愕に目を見張る。
パッとミーニャの方を向くと、彼女はサッと目を反らした。それで彼女にやましい事があると分かってしまった。
まさか、そんな……と震えるベルナレットをよそに、ミーニャはキッとキャノンを睨みつける。
「嘘言わないで。何を根拠にそんな事言うのよ。そうよ。それこそ証拠を見せてみなさいよ!」
「ええ、そう仰ると思っていたわ。証拠ならこちらに」
そう言ってパッと広げたのは、汚されたタオルや持ち物。そして自分の日記とマグレーバー家に仕える使用人の証言。汚された品がいつどのような汚れ方をしていたのかの内容が、事細かく書かれている。
そして見物人の中から男女数人が現れた。爵位はそれぞれ異なり、上級貴族から下級貴族まで幅広い。
その内の一人が、証言する。
「私は彼女、キャノン・マグレーバー嬢のハンカチを誰かが中庭の池に捨てている所を見ました。残念ながらその者の顔は見ておりませんが、髪はクリーム色でした。間違いありません」
そして違う者も言葉を繋げる。
「私も目撃者です。今ベルナレット・キーヌ様が持っておられるタオルと同じ物が、教室の机の上に広げられており、そこに何者かがインクを零している姿を見ました。その制服は女性でした」
「私もそのタオルで汚れた床を拭いている姿を見た事があります。掃除をしているのかと感心していたのですが、それにしてはタオルが綺麗過ぎて違和感を覚えました」
「私は机の上にあった飲み物に、虫のようなものが入っているのを見ました。入れている所は見ておりません」
「私は……」
「もういいわよ!」
次から次へと出てくる証言に、そんな悲鳴をあげたのはミーニャ・カレン。
彼女の顔は真っ赤に染まり、怒りで体が震えていた。
彼らの証言は彼女が犯人だと、ハッキリと目撃したものではないがそれを聞いたミーニャ自身が、己の態度で犯人だと自供したようなものだった。それでも必死で罪を逃れようともがく。
「こんな、こんなの茶番だわ。この証拠も証人も。貴方達が捏造したのでしょう。だってこんな都合よく色々と出てくるはずないじゃない。卑怯よ。王子様味方につけて。あんたなんか、あんたなんか意気地のない名だけの悪役令嬢のクセに!」
ミーニャはそう叫ぶと、キャノン目掛けて突進してきた。
王子をはじめ皆が間に入ろうとした中、ミーニャを止めたのはベルナレットだった。
ガシッと力強い腕が、ミーニャの体を支える。
「ああ、ベルナレット様。やっぱり貴方だけは私の味方……」
「いい加減にしないか!」
パアンッと小気味の良い音が、周囲に鳴り響く。
皆が唖然とする中、その音は尚もパアンパアンとリズム良く鳴り続ける。
「ひぎゃあぁぁぁ~!」
悲壮な声をあげるミーニャ。それもそのはず、大きなベルナレットが片膝をつき、もう一方の太腿に小さなミーニャの腹を乗せ、四つん這いのような状態にして、お尻を叩いているのだ。
いや、いやいやいやいやいや、ありえないから!
ここ乙女ゲームの世界ですよ。いや、まあ、乙女ゲームの世界でなくても、どこの世界にヒロインのお尻を叩く攻略対象者がいるの~~~~~?
何度も言います。ここは十八禁の乙女ゲームの世界ではありません。
蒼白なユリアーズの突っ込みは、そんなところだろうか?
その場にいる者全てが、その行為に各々色々な言葉で突っ込みを入れている事だろう。
暫くして、ようやくベルナレットが彼女を膝からおろした。
ミーニャはヒグヒグッとすすり泣きをしている。
どう声をかけていいやら固まる周囲に、ベルナレットはパッと直角に頭を下げる。
「殿下はじめにこちらにいる皆様に謝罪する。申し訳ありませんでした。この騒ぎは嘘を吐いたミーニャとそれにコロッと騙されて、罪のない婚約者に難癖付けた私が悪いのです。特にキャノン。君には言いたい事が山のようにあるだろうが、それは後でちゃんと聞く。いや、聞かせてください。今回の罪、私は真摯に向き合うと約束しよう。その上でここはもう許してくれないだろうか? 俺が言えた義理ではないが、これ以上はここにいる皆の時間を無駄に奪う形になる」
そう言って、もう一度丁寧にキャノンに向かって頭を下げた。
ここに集まっている全員が思う。
お尻ペンペンは、問題にしなくていいのだろうか? と。




