とっても楽しそう
涙を流しながら立ち尽くす彼女に、皆が沈黙する。
そんな彼女にベルナレット様と呼ばれる男は、そっとそばに寄る。彼女の肩を抱きながら、ベルナレットは体に合わない小さな声で話し始めた。
「申し訳ございません。彼女は、長年のいじめによる辛い感情が溢れてしまったようです。無礼は重々承知しておりますが、彼女の気持ちも汲んではいただけないでしょうか? いじめなどという愚かな行為をさせてしまった私にも落ち度はありますが、それを安直に行った彼女に私は嫌悪を抱いております。キャノンは確かに私の婚約者で、貴方様の友人ではありますが、本当に庇う必要のある人間なのでしょうか? 私は彼女に疑問を感ています。本当のキャノン・マグレーバーとはどういう人間なのか。それを見定めるためにも一旦婚約を解消したいのです」
二人身を寄せ合って、涙ながらに自分達の正当性を述べる。
マリノチェ様には悪いが、ここまでくると詳細はハッキリと告げた方がいい。そうでなければこちらの方が悪者となってしまう。マリノチェ様の雰囲気にのまれていた周りの生徒達も、これで俺達が正義であって、悪いのは全てキャノンだという事が分かるだろう。
そう考えていたベルナレットは、ユリアーズ達の次の言葉を聞いて驚愕に目を開く。
「――だからと言って、このような場で口にするような事ですか?」
「婚約者が相手にしてくれないからといって、どうして他の者の好意に甘える事ができるのかしら? それも正しい事と主張できる程に」
「なにより婚約者がいる事を知っているにも関わらず、接近してくる女性に不信感は抱かないものなのでしょうか?」
「ハッキリ言います。キャノン様がいじめていた証拠は?」
「………………え?」
バッキリと折られた己の心に、訳が分からなくなっているのだろう。
大柄な男が自分より小さな美女四人に、タジタジになっている。
「貴方の行動はとりあえず保留にしておきましょう。それよりも今マリアーヌ様が仰ったいじめの証拠を出してくれませんか?」
ユリアーズがそう言い、彼女の横にいるバーバラ・デュオが手を突き出す。
「え? 証拠?」
二人はその白魚のようなスベスベした白い美しい手を見ながら、目をパチクリさせている。
「もちろんあるのでしょう。こんな所で糾弾する程、しっかりしたものが。人前でここまで辱めたのです。ないではすまされませんよ」
「私達が内容を確認してあげます。証人でも構いません。早くお出しになって」
エリーゼ・ガルノヴァとマリアーヌ・フォンデュも手を差し出す。
一歩、また一歩と後退していく二人の顔は蒼白だ。
「先程キャノン様も仰っていましたが、貴方達は拒否されていました。……まさか本当に何もないとか仰いませんよね?」
コテリと口元を扇で隠したまま首を傾げるユリアーズの可愛らしさが、この場の雰囲気に全く合わない。
「おかしいわぁ。将来私の伴侶となるお方の騎士になりたいとか仰る方が、私の質問に何も答えてくださらないなんて」
可愛い仕草のまま、スッと半目になる様子も全くもって怖くないのだが、言われている者は今の言葉に余程驚いたのか、ヒッ! と悲鳴を上げた。
そして隣で自分の腕にしがみついている少女を振りほどき己に向かせ、その肩を両手で掴む。
「み・ミーニャ、しょ・証人なら居ると言っていたな。すぐにここに連れて来い。無理ならその者の名をあげてくれ。俺、私はミーニャから聞いただけなので、証拠も証人も知りませんが、涙ながらに訴える弱者を私は正義の名のもとに信じ、救済しようとしただけです」
そう言って、少女を美女達の前に押しやる。
「え? 嘘?」
クリーム色の髪の少女はまさか男が自分を差し出すなどと思ってもいなかったようで、背中を押されたまま男の方を振り返ろうと、ジタバタともがいている。
しかし男の力は強く、助けは見込めないと判断したのか、少女はキッと美女達を睨みつけた。
「マリノチェ様、こんなのって酷過ぎます。そんな、証拠や証人なんてすぐに用意できる訳ないじゃないですか?」
「先にキャノン様を糾弾していたのは貴方達ではないですか。証拠も持たずにこのような場所で伯爵令嬢に難癖をつけていた訳ではないでしょう? 用意されていて当然だと思うのは、おかしいですか?」
ユリアーズを庇うようにズイッと前に出てきたのは、バーバラ。
「だって……いじめの証拠なんて、その場でもない限り残せないでしょう」
「では、先程も仰っていたように証人でも宜しいですよ」
次に出てきたのはエリーゼ。ユリアーズはまた一歩後ろに隠されている。
「だから、そんなの……出て来てって言ってもこんな皆が見ている場所になんて、出てこれるはずないじゃないですか」
「ですから、この場所を選んだのは貴方達ですよね。それに本当に証人がいるのなら、後ろの方の様に正義の名のもとに姿を現すのが当然ではないですか?」
とうとうもう一人のマリアーヌまで前に出て来た。ユリアーズはというと完全に姿を隠されている。
「そんなの、マリノチェ様みたいな人が出て来たら、誰も逆らえないじゃないですか。いくら本当の事でも、権力で揉み消されちゃう」
ユリアーズが権力を理不尽に行使すると聞いて、美女達はもちろんの事集う生徒達の中からも怒りが湧きあがった。その場は一気に険悪なムードを漂わせる。だが、そんな雰囲気に気付くはずもない少女の次に続く言葉に、皆唖然となってしまった。
「大体さっきから思ってたんですよ。取り巻きぞろぞろ引き連れて来て、威圧感丸出しで高笑いして、マリノチェ様って悪役令嬢みたい」
「え?」
………………。
その場はシーンと静まり返る。
その悪役令嬢と称されたユリアーズは、その取り巻き達に庇護されてすっぽりと隠されてしまっていて、クリーム色の髪の少女からは一切姿は見えなくなってしまっている。
「えっと……高笑い? した方がいいの? どのタイミングで? 今?」
ピョンピョンと跳ねながら、取り巻き達の後ろから必死に聞いている姿に周辺は……ホニャ~っと癒されていた。
「ねえねえ、悪役令嬢だって、悪役令嬢。私悪役令嬢できたのかな?」
「じゃあ、ここで皆で高笑いしますか?」
「え~っと、こう腰に手を当てるんでしたっけ?」
「そうそう、で扇で口元を隠して背を逸らせるのです」
ユリアーズが後ろから他の令嬢に話しかけると、四人はボソボソと相談し始め、スッと背を逸らせると、相談通りの高笑いを始めた。
「「「「オ~ホホホホホ」」」」
…………………………。




