とうとう断罪イベント開始?
「キャノン・マグレーバー。今この時をもって貴様との婚約を破棄する」
「ベルナレット様、どうして?」
「どうしてだと? 分からないとは言わせない。貴様がここに居るミーニャに悪質な嫌がらせをしていた事は明白だ。大方俺と仲が良いミーニャに嫉妬したんだろう。醜い女だ。貴様のような者は、騎士を目指す俺の隣には相応しくない」
「そんな事、私はしていません」
「煩い。貴様がミーニャの鞄にインクを入れているのを、見た者がいるんだ」
「誰ですか、それは? ここに連れて来て……」
「黙れ! とにかく貴様とは婚約を破棄……」
「朝から騒がしいですこと」
「「「!」」」
「名門クレール学園の校門前でこの騒ぎとは、一体どういう事ですか?」
放課後の校門前、学園を出た一角に馬車乗り場は有り、ここはちょうど馬車に乗る者と同じ敷地にある寮へと徒歩で戻る者達とで、溢れかえる場所である。
帰路に急ぐ者達の中、そんな場所で留まって騒ぐ者達の姿は滑稽かつ異常で、人々の視線を集めていた。
クリーム色の髪の女子生徒を抱え込んでいる男子生徒は、本人も騎士を目指していると言っている様に大柄で、そうとう鍛えあげているのが分かる体をしている。確か騎士団団長の息子ではなかっただろうか。
その男に糾弾されている女子生徒は、以前から彼と一緒にいる姿をよく目撃されていた。そう、確か彼の婚約者であったはず。その婚約者を相手に他の女性を抱えて喚く内容は、まさに婚約破棄の場ではないだろうか。
一斉に皆の興味を集める三人。
そこに澄んだ声が響き渡る。
艶やかな赤い髪を翻し、優雅な身のこなしで三人の美少女と現れたのは、そう、学園の女神様。この国の第一王子の婚約者ユリアーズ・マリノチェだ。
皆が一斉に頬を染める。囁かれる言葉は『ああ、女神様のおなりだ』『まさに美の女神』『ハリオス様はおられないのか?』というもの。
その場は婚約破棄のギスギスした空気から一変、ほんわかと花でも舞っているのかと思われる甘ったるいものへとかわる。
「ま・マリノチェ様……」
たった今まで己の婚約者を眦あげて糾弾していた男子生徒まで、頬を染めて彼女に見惚れている。
クリーム色の髪の少女は、そんな彼にムッとして腕を引っ張るが、彼は全く動く気はない。
そこを怒鳴りつけられていた婚約者の少女が、走り寄る。
「ユリアーズ様」
「キャノン様、どうしたの? 何かお困りかしら? 私の目には貴方が一方的に攻められていたように見えたのだけれど」
「いえ、何か行き違いがあったようで……その……」
「お隠しにならないで。私達お友達でしょう。困っているようならばお助けしたいですわ」
そう言って、彼女を糾弾していた二人をキッと睨みつけるユリアーズ。
「私のお友達に何を仰っていたのかしら?」
居丈高に見えるように顎を上げて、扇で口元を隠す姿は傲慢な令嬢に見えなくもない。が、周りは彼女の性格を把握しているため、誰もが怖がるところが『ああ、マリノチェ様が友達を庇おうとして、一生懸命威嚇している』と捉えているようだ。
実は彼女、見た目は凛々しい美少女なのだが内面はとても単純で優しい。最初こそ近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのだが、婚約者の王子に構われている姿を目撃されたり彼女の噂をする謎の組織が暗躍しているために、ほとんどの生徒にその内面は知られてしまっていた。
どんなにとげとげしい口調で話そうとも、第一王子の婚約者として一生懸命頑張っている。としか捉えられないため、彼女の周りはいつしか癒され空間となっていた。
彼女の実家では特にその空気が顕著で、主人が頑張って威厳を保とうとしていると彼女付きの侍女が言うので、皆わざと彼女とは距離を置いている。それを彼女は自分の見た目がキツイ所為だと勘違いしている。特に王子が屋敷に来た時は、侍女に連れない言い方をしたと落ち込んでいる。王子が侍女に話しかける姿に少しだけヤキモチを焼いてしまうからだ。王子はその姿を見たくてわざとやっている。そして侍女達もしかり、彼女のそんな姿に構われた侍女が奥へ引っ込むと侍女仲間達がやって来て、奥では彼女の可愛さと王子のデレる姿に盛り上がるのだ。知らぬは本人、ユリアーズ・マリノチェだけである。
そして今この場でもそれは変わらず、とっても温かい目が彼女に集中されている。
その彼女の周りで三人の美少女達も、同じような態度をとっている。皆居丈高に装っているのだ。
周辺からは『なんだかよく分からないが楽しそう』という空気が漂う。
「ま・マリノチェ様には関係のない事です。これは私達の問題なんだから」
そう言ってクリーム色の髪の少女が、男の腕を先程よりも強く引っ張る。
男はその言葉と行動に吃驚して、咄嗟に少女の腕を振りほどいた。
「だ・誰にそんな口をきいているんだ。彼女はマリノチェ様だぞ。ユリアーズ・マリノチェ様。殿下の……いずれ俺の主君になるお方の婚約者だぞ」
少女は振りほどかれたショックに一瞬固まったようだが、すぐに我に返って彼の腕に再びなだれ込む。
「知ってるわ。だけど、それとこれとは話が別です。キャノン様がマリノチェ様の友達だからってなんだと言うの? 私は彼女にいじめられていたんですよ。ベルナレット様は私を助けてくれるのでしょう?」
「し・しかし……」
男は今までの勢いはどこへやら、しどろもどろに言葉を濁し、目はキョロキョロと周辺を漂う。
分が悪い事を悟った男は少女を諭し、一旦引こうと提案する。
「ミーニャ、君の気持ちはよく分かる。俺だって正義は正したい。だけどこの場では無理だ。相手は女神だぞ。彼女に逆らう事は俺の身の破滅を意味する」
「そんな……じゃあ、私は泣き寝入りしないといけないんですか? 貴方はこのまま彼女の婚約者として生きると……」
「いや、それはありえない。いくらなんでも君をいじめていた彼女とこのまま婚約者でいるだなんて、俺の正義が許さない。そこはキッチリとケリをつける」
少女とコソコソと言いあっていた男は、クルリと美少女達に向き直ると顔を赤らめたまま、こうべを垂れる。
「申し訳ありません、マリノチェ様。これは私と彼女。そしてここに居るミーニャ、彼女との三人の問題ですので、マリノチェ様のお耳を汚す事は控えさせていただきたく……」
「あら、私の友人が関わっているのに、私には関わるなと? お耳汚しという事は良い話題ではないという事なのに、それでも味方のいない彼女を一人にしろと貴方は言うのね」
そう言われて男はビクリと肩を揺らす。
「三人の問題と貴方は言うけど、先程聞こえてきた内容は、貴方には直接関係ない事だったように思うわ。それこそ女性二人の問題では?」
「………………」
男はフルフルと体を震わせながらも、言葉が出ないようだ。その姿を見かねたのか、後ろに庇われていた少女が前に出る。
「マリアーヌ様、キャノン様は貴方の友達だと言いますけれど、本当の彼女を貴方は知っているのですか? 私は長い事彼女にいじめられていたのです。理由は簡単。私がベルナレット様と仲良くしていたからです。確かにベルナレット様は彼女の婚約者です。けれど私は長い事秘めていた思いを抑える事ができなくて、つい騎士を目指してひたすら頑張っている彼の役に立ちたくて、タオルを渡したり飲み物を用意したりしただけなんです。それも彼女が用意していなかったから。彼女はただボウッと見ているだけでした。そんな彼女の替わりに渡した事がいけなかったのでしょうか? 私は彼の役に立ちたかった。ただそれだけの事で、彼を奪う気なんてなかったのに、彼女はそんな私に陰湿ないじめをしてきたのです。言葉にできない酷い事をいっぱいされて……そんな私に気付いてくれたベルナレット様に相談したのはいけない事ですか? それでも貴方のお友達だから我慢しろと言うのですか?」
どこで息継ぎをしていたのかと心配するほどに、彼女は一気に捲し立てた。




