残る二人の行動は
「ハリー、放課後いつもの教室に集まってほしいんだけれど」
「何か分かったのか?」
キャノン・マグレーバーの周辺に関して調べていたティモンが、放課後皆に集まってほしいと伝えてきた。どうやら何か掴めたようだ。
「詳しくは皆が集まった時に話すが、十中八九黒の石が作動している事に間違いはなさそうだ」
「そうか」
俺は分かったと頷く。
だがティモンはそのまま動かずに、眉間に皺を寄せたまま考えこんでいる。
「まだ何か言いたそうだな。だが、ここではやめておけ。後で聞く」
ティモンが調べた中で、何か気にかかる事でもあったのだろう。彼はそれを俺に伝えたいのだろうが、ここは教室のど真ん中。俺は王子としていつでも皆の注目を浴びている。今ここで黒の石にまつわる話をするのは、問題だろう。
俺はティモンに引くように伝え、彼も分かっていると頷いた。そうして二人で廊下に出る。
「あー!」
すると突然、甲高い声が廊下中に響いた。
バサバサバサッと目の前でノートが散乱する。
俺とティモンは無言になりながらも、そのノートの先にある物体、ひっくり返ってこけている女生徒に目を向ける。
俺は内心、頬が引き攣るのが分かった。
うつぶせで倒れているから顔はよく分からないが、このストレートの茶色の頭は間違いなく、俺の一作目のヒロイン、クラリス・レイだ。
『またか』と心底呆れる。本当に懲りないヒロインだ。
そうっと後方に下がり教室に戻りたいが、流石に目の前で倒れている少女を王子として見捨てる訳にはいかない。
俺はティモンに耳打ちする。
『俺の天敵、クラリス・レイだ。頼む』
「え?」
それまで呆けていたティモンは、驚いて俺を見る。が、すぐに頷く。
『俺が出るから、ハリーは下がってろ』
そうして倒れている少女に、ティモンが声をかける。
ティモンの行動にそばに居た生徒も我に返る。まあ、そうだよな。貴族の学園でまさか淑女が盛大にスッ転ぶなんて事、普通はありえな……いや、この学園では、結構名物になってきたか。
なんてったってドジっ子ヒロインさん大集合だもんな。
考えてみたら、どうにか断罪イベントは阻止できているものの、問題はおきている。俺の王子としての資質を言及されたら正直……ムカつくな。
クラリスはまだ起きない。ティモンが手を貸さないからだろう。
ティモンはわざとノートを拾いながら、彼女に起き上がる様に声をかけている。周りにいる生徒も集まって来た。
仕方なく起き上がるとクラリスは笑顔で皆に礼を言っている。そうして教室内に少しずつ移動した俺を、チラリと盗み見る。
その瞳には、どうして駆け寄って抱き起こしてくれないのかと非難の色が込められている。クラリスも気付いているのだろう。俺が故意に彼女を避けている事を。
当然だろうな。露骨に避けているのを自分でも自覚している。けれど彼女も負けていない。このように強硬手段に出ているのだから。
本来このイベントは、一年生の教室前でおこるはずなんだ。それを無理矢理、三年生の教室前でやってのけたのだ。彼女もなりふり構っていられないといったところか。俺と接点をもてない事に焦っているのだろう。
よく見るとそのノートはこのクラスのノートだ。どうして彼女が持っているのか?
「これは、先日課題として出したこのクラスのノートだが、どうして君が持っているの? 見たところ、君は一年生のようだが」
ティモンも不思議に思ったのだろう。ノートをまとめると、彼女には渡さずに問う。
「あ、教員室の前を通った時に、先生に頼まれたんです。先生、急に用事ができたとの事だったので」
それは明らかに嘘だろう。もしくはそう仕向けたか。
「それは、私の方から教師に苦言を呈しておこう。令嬢にこのような重い荷物を運ばせる事も、三年生の荷物を一年生に運ばせる事も問題だ」
ティモンは「ご苦労だったね」と一言言うと、教室内に戻る。
クラリスは慌ててついて来ようとしたが、扉の前でティモンに止められた。近くに居る女生徒を呼ぶ。彼女を保健室に連れて行ってはくれないかと。
女生徒はティモンに頼まれて嬉しそうに頷き、クラリスを保健室に連れて行こうとした。クラリスは慌てて俺に手を伸ばすが、ティモンによって目の前で扉を閉められた。
俺は息を吐く。
ソラの指輪が効いているのか分からないが、今回も俺の意思は正常だ。
これならばティモン達と同じように、ヒロインの攻撃を交わし続けていれば、俺が彼女の思い通りになる事はないだろう。
けれどなんだろう? クラリスが何かを知っているようで、今までのヒロインとは何かが違う様に感じる。他のヒロイン達と同じようにゲームを熟知した前世記憶持ちだろうが、ただそれだけなのか?
俺が考え込むように突っ立ていると、ティモンが声をかけてきた。
「ハリー、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。助かったよ、ありがとう」
礼を言うと、ティモンはなんて事はないという様に笑う。
強くなったなぁ、ティモンも。いや、ヒロインという存在が攻略対象者を弱らせるのか? では、悪役令嬢は攻略対象者にとって、どういう存在なのだろうか? 少なくとも俺にとって彼女は……。
「キャノン・マグレーバーは、黒の石の持ち主ミーニャ・カレンにいじめられている。理由はキャノン・マグレーバーの婚約者ベルナレット・キーヌに力を使っているからだ」
………………。
ティモン様の報告に、皆無言になってしまった。
いや、知ってたよ。黒の石の持ち主はヒロインだから、ミーニャ・カレンが攻略対象者であるベルナレット・キーヌに力を使っている事は。けど、けどね、どこの世界にヒロインが悪役令嬢を現実的にいじめるなんて事、すると思うの。
私は軽くめまいを覚えながら、ハリーを振り返る。
ハリーも首を横に振っている。そうだよね、乙女ゲームの内容にこんな事はないはずだから。
「現実的にはどういった事をされていたのですか?」
エリーゼがティモン様に詳しく教えてほしいと言う。
「とにかく細かい事なんだよ。先日のバーバラ嬢が見たようなハンカチや荷物を捨てたり、隠したり、机の中に虫を入れたり、鞄の中にインクを零したりと本人にはとても辛い事かもしれないけれど、正直どうにもできないような小さな事なんだ。そしてそれを影で見て笑っている。何人かはその様子を目撃しているんだが、それだけでは罪にならないからね。私物を盗んでいる所を見つけられると一番良いんだが、それは決して見られないようにしているらしい」
厄介だよな。と眉間に皺を寄せながら呟くティモン様。
「……でも、それじゃあ断罪なんてできないんじゃないの? だって罪を犯しているのは自分の方なんだもの」
「ユリア、忘れたのですか? 彼女達石の持ち主は、冤罪をなんとも思わない方達ですのよ」
エリーゼに言われて私はハッとする。
確かにそうだ。エリーゼは行動を移す前に止められたが、その要素はあった。バーバラはダリアス様に嘘ばかりを吹き込まれていたし、マリアーヌ様も……この場合は、攻略対象者にされたのだが、罪をきせられかけた。
誰がやったのか分からない罪は、簡単に違う人に擦り付ける事ができるんだ。
シュンとする私を抱き寄せるハリー。
「マグレーバー嬢は、犯人が誰か分かっているのかい?」
「いや、知らないだろうな。反対にこういう事をされるのは、伯爵令嬢として恥だと思っているようで、被害者でありながらその行為を隠そうとしている。あれでは本人自身が犯人のようであり、相手を増長させているようなもんだよ」
「それは、仕方がありませんわ。淑女として公になれば恥ずかしい思いをするのは、自分自身だと思ってしまいますもの」
バーバラがキャノン様を庇う。そうだよね。淑女としていじめられているなんて知られるのは、とても辛い事だもんね。
「黒の石を持つと、皆様こういう考えになってしまいますの? それともそういう方達だから石を持ってしまったのでしょうか?」
エリーゼが嘆かわしいという風に言う。
確かにヒロイン達は選ばれた人達だ。だけど、それはそういう考えの持ち主だからじゃないと思う。だって四作目のヒロイン、メモリー・ディアス様は良い子だよ。今は私の友達だもん。だから違うと思うけれど、でも現実は五作目の悪役令嬢はヒロインにやられて、辛い思いをしている。
私はチラリとハリーを見つめる。
「クラリス・レイ様は、私をいじめてきたりしないね」
「そんな事したら殺すよ」
………………。
にこやかなハリーの腕の中、私はビキッと固まった。お願い、クラリス様。身の安全の為にも私には手を出さないで。怒ったハリーを私は止められないです。
「マリアーヌ様の時みたいに、誰かそばに居てくれる人を探しましょうか?」
バーバラがとにかく彼女を守らないとと、提案する。一年生で協力してくれそうな知り合いとなると……。
「メモリー・ディアス様?」
私がポツリとその名を口にすると、バーバラとエリーゼが私の方に向き直る。
「そうね、彼女なら良いと思うわ。マリアーヌ様とナーシャ様にも事情を話して、メモリー様の補助をしてもらいましょう」
「組織の一年生にもそれとなく話して、協力してもらえばいいわ。褒美は……そうね、ユリアの持ち物を何かあげましょう」
「却下!」
バーバラとエリーゼが賛同してくれた。それは良いのだが、何故か謎の組織を暗躍させようとエリーゼが言い、そのご褒美に私の持ち物を差し出そうという話になりかけて、ハリーからの待ったがかかった。
「ユリアの持ち物をやるなんて絶対駄目だ。何に使われるか分かったものじゃない」
ムッとするハリーに、二人はシュンとなる。確かにいずれ王族に嫁ぐかもしれない私の持ち物を、野心ある者が手にした場合、悪用される恐れがあるかもしれないけれど、そんなに怒る事もないと思う。
ハリーを見つめると尚もブツブツ言っている。
『ユリアの私物なんて、変態の手に渡ったらどうするつもりだ。匂いを嗅いだり舐めたりとかしたら……絶対に許さん』
よく聞き取れない。でもなんか背中に鳥肌が立つのは気のせいかな? ハハハ。
私は少し考える。
「私の持ち物なんかで喜ぶとは思えないけど……そうね、だったら手作りのシュシュは? 私作るよ。それならいい?」
どう、ハリー? と小首を傾げると、彼は仕方がないなと苦笑しながらも、妥協してくれた。
「ん、そうだな。それぐらいなら譲歩しよう。どうせ町中で売られてるしね」
私の言葉にハリーからのオッケーが出て、キャノン様はとりあえずメモリー様を始め、謎の組織の有志の一年生が守ってくれる手はずになった。
「後は少しでも多くの証人を見つけるようにしよう。ダリアス、手伝ってくれ」
「ああ、分かった」
とにかく冤罪に持ち込まれた場合、それを回避する為の行動をとる事に決めた。




