呪術師ソラは不思議な奴
俺が記憶を取り戻して暫くした頃、王家で囲っていた呪術師の爺さんが、俺に自分を外に連れて行けと言ってきた。
王家の呪術師は元来城の奥に居住を置き、外には一切でない上に人前にもほとんど顔を出さないというのが通常運転だ。何も王家が強要している訳でもなく、本人達がそれを望んでいたからだ。
彼も例外ではなく、父王や宰相、俺やマーロンといったふうに極限られた者としか接点を持っていなかった。そんな爺さんが父王にではなく俺に、ある場所まで案内しろと言ってきたのだから、訝しく思わないはずがなかった。
それでもなんとなく爺さんとは気が合っていた俺は父王へ許可を取り、爺さんの望み通りに連れ出した。
国の端にある、人が立ち寄らない森の奥。
途中、何故か爺さんの命令で、護衛をまいて爺さんとマーロンと三人で奥に進んだ。
そうして見つけたのが、木の窪みに身を潜める子供。それがソラだった。
そこらで拾ってきたようなボロボロの布を身にまとっていたが、顔や体は余り汚れていないのが印象的だった。
黒髪の間から見え隠れする瞳が綺麗だなと思った事を、今でも覚えている。
爺さんはそのままソラを引き取り、面倒を見始めた。彼には初めから分かっていたのだろう。そこにソラがいる事を。そしてソラが何者かも。
けれど、俺は一々それを聞き出そうとは思わなかった。だって必要ないだろう。
ソラは爺さんの後を継いで呪術師になったが、その才能は爺さんをも超えるものだったのだから。
マーロンが遊び相手ができたと喜んで、無理矢理外に連れ出そうとすると、その度に殴り飛ばされ逃げられていた。
俺はソラに聞いてみた。
「外に出るのは嫌か?」
「嫌だ。爺さんと同じ事をするから、ここで静かに暮らさせてくれ」
「では俺の専属になれ。そうすればお前の望むものは、できる限り俺が用意してやる」
そうして王族お抱え呪術師の中でも、ソラだけは俺の専属として生きる事が決まった。
「これがどういう理由で外に出回ったのか、俺には分かりません。俺が言えるのはただ一言。この石には全く力がないという事だけ。それだけじゃ不服ですか?」
「いや、十分だ。ありがとう」
俺がそう言うとソラはクルリと背を向ける。そんなソラにマーロンが頭から覆いかぶさる。
マーロンより頭一つ分ほど低い彼は、よくマーロンに覆い被さられている。フルフルと震えているのは、怒りからだろう。
「ソラ~、俺らのご主人、人使い荒くねえ? 俺なんかこの石調べるのに国中走りまくりよ」
「嘘つけ。国中走り回っている奴が、こんなのんびりとここに居るはずがないだろう」
「あ、酷い。わざわざソラに会いに来てやったのに」
「頼んでない。殿下、こいつどうにかして」
真面目なソラを揶揄うのは、マーロンの趣味ともいえる。
情報収集を全てマーロン一人に任せている身としては、ソラを人身御供にする事に異論はない。俺はソラを宥める。
「まあ、そう言うな。確かにここ最近、こいつをこき使っているのは認める。久しぶりに会えた幼馴染の褒美だと思って、我慢してくれ」
「俺が褒美か? 安い褒美だな。俺の褒美は、この我慢料も入れてかなりのものになりますよ」
「分かってる。全てが片付いたら用意してやる。それまで何がいいか考えとけ」
プーっと膨れながらも、ソラは大人しくマーロンにされるがままになった。
傍目からはソラが一方的に無視しているように見えるが、本人達がそれでいいなら問題ない。
「ところで、ハリーに付きまとっているヒロインちゃんだっけ? 黒の石の持ち主は、今も何かしかけてきているのか?」
マーロンがソラの肩を組みながら、こちらに問いかけてきた。
一応二人には、前世込みで俺の話はしてある。
そうでないと何かあった時、対処が間に合わなくなる可能性があるからだ。話したのはヒロインに遭遇した後だ。
俺自身、前世の記憶があるからといって、別段困った事はなく生きてきたから、話す必要性を感じなかった。
けれど、ヒロインと出会ってゲームの強制力に流された俺は、初めて危機感を抱いた。このままカッコつけて、一人で抗っても意味はないと。
利用……もとい協力してくれる人間は増やすべきだと。
マーロンはいつもの調子で、話してる間中は「おお、すげえ話だな」と茶化した風だったが、最後に「信じるか信じないかは、お前達次第だ」と言うと、さも不思議そうな顔をした。
「なんで? お前が言うんだから本当の話だろ。俺は友達を疑ったりはしないぞ」
あっさりとそんな事を言ってのけた。その言葉が、どんなに凄い事かも知らずに。
そしてソラにはキッと睨まれた。
「羨ましいです。貴方には過去の記憶だけでなく、前世の記憶もあるのですね。俺なんて自分の素性さえ分からないというのに……ずるい」
この二人は……ずれている。知ってはいたが、ここまでとは……。
俺がこの二人を巻き込んで動いても、後悔はしないなと妙に納得した瞬間だった。
――考えがそれてしまった。
目の前には俺の話を待つ二人が、無言になっている俺を不思議そうに見ている。
「今も尚、ヒロインは俺と知り合いになろうと、あの手この手を繰り出しては来ているが、一応はイベント通りの行動をとっているから、逃げるのは簡単だ。一々ユリアには話していないが、とりあえずは無事だ」
俺が現状維持だという話をすると、ソラがガサガサと胸元から何かを出してきた。
「……これ、黒の石を調べて、俺なりに呪術を組み込んでみました。いざとなったら俺の力が指輪を通して殿下の元にいくように、少しぐらいなら石の効力が弾き返せるかもしれない」
そう言って俺に差し出してきたのは、幅のあるシルバーリングに青い石が埋め込まれている、パッと見はサファイアに見える青い石。
「え?」
「おお、凄いじゃないか、ソラ。見せて見せて」
「触るな。玩具じゃないんだぞ。お前の馬鹿力で壊したらどうする?」
「こんな頑丈な物、壊すかよ」
チェ~っと不貞腐れながらも、玩具ではないという言葉にそれ以上は手を出してこないマーロン。
俺はソラを見つめた。
確かに黒の石の調査は依頼したが、まさか対抗できる呪術を考えてくれたなんて。それにわざわざこんな物まで作ってくれて……俺はソラの気持ちと力を侮っていたのかもしれない。
「……これなら、肌身離さず付けていても怪しまれないと思ったのですが、安物過ぎて王族が持つには不釣り合いですか?」
俺がジッと指を見つめているからか、ソラは気に入らなかったのかと不安になったようだ。
「いや、そんな事はない。ちゃんと宝飾品に見える。ありがとう。有難く使わせてもらおう」
俺はそう言って、ソラから指輪を受け取った。
ソラは少しはにかみながらも、ハッと何かに気が付いたように顔を横に向けた。
「……婚約者の分は、もうちょっと待ってください。これ作るのに、かなり時間がかかるので」
横目で俺をチラリと見ながらも、小声で告げる。その内容に俺はまたしても驚いた。
「ユリアの分も用意してくれているのか?」
俺の言葉にソラはフンッとそっぽを向いて言う。
「彼女の分がなければ、殿下はそれを渡してしまうでしょう。それでは意味がない」
「なんて事を言っているが、ソラは案外優しいんだよな」
憎まれ口を叩くソラに、マーロンが頭をポンポンと叩く。
「殴られたいらしい。いいよね、殿下」
フルフルと震えるソラに、俺は優しく頷いた。
「今日の俺は機嫌がいい。なんでも許してやるぞ」
慌てたのはマーロン。パッとソラから身を離し、ソラの手元を見る。
「いや、待て。それはなんか意味が違う。て、ソラは何を手にしてる? それ水差しじゃないか」
「人が大人しくしていたらずっと圧し掛かっていて、いい加減重いんだよ。俺が人と触れ合うのが大嫌いなの、知っててやってるだろう。我慢の限界だ。一発殴らせろ」
「よし、分かった。謝る。だからそれは引っ込めろ。なっ、なっ、いい子だからそれは横に置け」
「的がずれる。殿下、押さえてて」
二人のそんなやり取りを横目に、俺はソラに「ユリアの指輪は、もう少し細目に作ってくれ。ユリアの細い指にはこれはいくらなんでも太すぎる」と会話にならない話を返す。
俺は良い友人を持ったと満足して、呪術師ソラの居住を後にしたのだった。




