自覚の足りない悪役令嬢
「ユリアは誰のもの?」
「私のもの」
「違う、俺のもの」
「傲慢な物言いは嫌われるわよ」
「ユリアに嫌われなかったら、別にいい」
そう言って、ギュッと背後から抱きしめる王子に「嫌いだ」と言ってやろうかと思ったけれど、それは、ちょっと可哀そうかな? そういうところも可愛いとか思っちゃってる自分がいるのも否定できないし……なんて考えていた結果、私は友人達が目のやり場に困っている姿を目の当たりにした。
なんかごめん。
私達は問題のあった三日目の放課後、いつもの空き教室に集まった。
ハリーはあの後、学園と城とで諸々の相談をしていて、私と落ち着いて会ったのは先程の事である。
そうして今の会話。いきなりなんだと不思議でしょうがない。
「ハリー、拗ねるのもそれぐらいにしておけよ。折角ユリアーズ様がメモリー・ディアスから黒の石を借りてきてくれたんだぞ」
ティモン様がコホンと咳払いして、ハリーに苦言を呈した。
ん? 拗ねるとはどういう事? ハリーが拗ねるような事、私何かしたっけ?
私が首を傾げていると、ハリーは観念したのか私を解放してくれた。助かったとハリーから距離を取ろうとしたが、椅子に座りなおしたハリーに腕を引っ張られ、そのまま膝の上に座らされた。
そしてまたもや後ろから抱きしめられる。え? 本当に拗ねてるの?
「……どうしたの、ハリー? いつもよりしつこいよ」
「しつこいとか言わないでくれる。元はといえばユリアが悪いんだからね」
「私何もしてないと思うけど?」
「……君の信者が増えすぎ。王子妃としてある程度は必要だけど、これは度を越している」
どうやら私の知らないところで、私をネタにした集団組織ができている事に不服を感じている模様。
まぁ、この悪役令嬢の見た目が見た目だからね。ファンができるのも仕方がないと思うけれど、確かに聞くのも怖い規模にはなっているらしいから、ハリーが心配するのもよく分かる。
「ありがとう、ハリー。心配してくれているのね。けど大丈夫よ。彼女達は私に危害は加えないだろうし、私自身にどうという訳でもないと思うの。ただ単に私の名を使ってみんなで仲良く遊んでいるだけだもの」
「……どうしてそんなに自分が分かっていないのかな?」
「え? ちゃんと分かってるよ。私の見た目はいいんでしょ。ハリーの隣にギリギリ立てるぐらいには。だけど中身がこれだもん。ハリーの婚約者の仮面を被っている姿に憧れをもってくれてる子が集まって、ワイワイやってるみたいだけれど、それも時間の問題じゃないかな。飽きたら自然と解散するでしょ。まぁ、中身がバレないように頑張るけどね」
えへへと笑うと、後頭部をおでこでグリグリされた。
「ハア~、馬鹿な子ほど可愛いってこういう事か……」
なんか失礼だぞ、おい。
「煩い、剥げる、やめて」
私は頭を振ってハリーの攻撃から逃れる。ハリーの腕の力が緩んだのを確認して、サッと立ち上がりハリーから離れると、勝ったとばかりに椅子に座ったままのハリーをドヤ顔で見下ろす。
ハリーは苦笑すると、放っておかれた皆を見ながら本題に入る。
やれやれと首を振る面々。いっぱい待たせたよね。ごめん、本当ごめん。
「結局、彼の処分は決まったのかい?」
ダリアス様が、ハリーにイルミス・アロウェンの処分についてたずねた。
イルミスはあの日、ハリー付きの護衛に城に連れて行かれた。
学園での出来事とはいえ、彼は男性が入れない場所に無断で入り、他人の持ち物を傷付け、その罪を前婚約者に恨みから擦り付けた。その上、その罪が露見した際、王族のハリーに無礼な言葉を浴びせ、その婚約者を貶めるような発言までした。
不敬罪はおろか、不法侵入から虚偽告訴罪を始め名誉棄損に侮辱罪と罪のオンパレードだ。
到底学園内で納まる話ではなく、イルミスの父、アロウェン伯爵も交えての話し合いがなされた。
「一応は本人もまだ学生と、未熟な者の罪として捉える事に落ち着いた。学園は退学してもらい領地に戻されるとの事だ。ただ先ほども言ったように学生の処分としてだから、本人に反省の色が見えたら、以前から打診されていた虫の研修生として、その内王都に戻れるだろう」
ハリーの報告を聞いて、学園を退学というのは本人としては辛い処罰かもしれないが、研修生の道は残った。大好きな虫との共存の未来が断ち切れなかただけでも、イルミス様にとっては良かったのではないだろうかと思った。他の皆も頷いているから、今回の結果は納得できるものであったのだろう。
報告は終わったと思った私達に「しかし……」とハリーが話を続ける。
「これは、アロウェン伯爵個人の父親としての判断からのものだが、伯爵家からは廃嫡するそうだ。愛人として囲っていた女性に男児が産まれて、今後彼が伯爵家を継ぐらしい。アロウェン伯爵には彼を守る気はないようだな。今になれば虫の知識で研修生の話が出ていたのは、彼にとっては僥倖ともいえるべき事だったようだ」
皆、沈黙してしまった。なんだが、少し不憫だ。学生である彼を学園と国は守ろうとしたが、その彼の父親である伯爵が切り捨てるなんて……。それでも、彼には国からの援助が今も尚生きている。
願わくば彼に反省の心が芽生え、近いうちに王都に戻り、大好きな虫の研究を一生続けていけたらと、そんな風に思う。
「……という訳で、奴の話はこれにて終了。ところで、この石のひびはいつできたものか分かっているの?」
ハリーが話を切り替える。私はハッとしながらも、メモリー様から預かった黒の石をハリーに手渡す。
「知らないって言ってたわ。気が付いたらひびが入ってたって」
あの日私は、メモリー・ディアスが首から下げている黒の石を見つめながら、叫んでいたのを目にした。
ひびが入っているという言葉を確認したくて、けれど素直に渡してくれるはずもなく、そっと彼女に近付いてみたのだが、なんとなく彼女がガックリと肩を落としている姿が気になった。
考えてみればそうよね。彼女は他のヒロインと違って、攻略対象者に利用されていたんだもの。
確かにティモン様もダリアス様も、結果的には悪役令嬢の元に戻った。彼女達の本質を知り、今では彼女達の虜といっても間違いはない。
けれど彼らは、ほんの一時とはいえヒロインに心惹かれる瞬間があった。その時はちゃんとヒロインの姿を見ていた。彼女のように見てももらえなかった状態とは違うのだ。
それに何より攻略対象者の性格がアレだったし……。
私はなんとなく彼女に話しかけ、ドレスも彼に弁償してもらおうと話した。
すると彼女も満面の笑顔で話してくれて、マリアーヌ様達にもちゃんと謝った。今では皆と仲良く話している姿をよく見かける。
ああ、彼女も寂しかったのね。
前世の記憶を持っていた為に、なんとなくゲームの世界と同じ事をしないといけないと思っていたのかもしれない。強迫観念のようなもの、そんなものがあったのかもしれない。
私にも前世の記憶があるという話はしていないため、そのような事は聞けないが、とにかく彼女とはいい友人関係を築ける事に成功した。
そうしてそれとなく、彼女の首元の黒い石が珍しいとふってみたのだが、思った以上に彼女は全てを話してくれた。
ヒロイン曰く、ある日屋敷で働く侍女から願いが叶う石があるという話を聞いたそうだ。
それを彼女は黒の石だと見当付けたのだろう。そうだよね、前世の知識があれば素直に信じるよね。
あの怪しげな場所に足を踏み入れるには勇気がいったそうだが、願いが叶うという触れ込みに根負けしたという。
そうして手に入れた黒の石を肌身離さず持っていた。
その時既にひびが入っていたかどうかは分からないそうだ。確認もせずにすぐに首から下げたから。
気が付いたのはまさにあの時、全てが失敗に終わった瞬間、なんともなしに触った感触で気が付いた。なるほど、言われてみればそうかもしれない。そのひびは本当に小さく、パッと見ただけでは分からない。じっくり触って、初めて気が付くようなそんな痕。
そして彼女の願いは、攻略対象者はじめいいなと思った男性、全てに自分が魅力的に映る様に願ったそうだ。
願いとしては単純で、年頃の女の子ならなんともなしに思う様な、そんな淡い思い。
他のヒロインのように、絶対にこいつをものにしてやる的な肉食的な思いではなかったそうだ。
ある意味、ドット様達には効いていたのかもしれない。彼らは彼女の笑顔が見れればいいかな。的な思いだったと言っていたから。
うん、ここからして彼女は、他のヒロインとは少し違ったのかもしれない。
私は彼女に、いい加工職人を知っているから、石のひびが目立たなくなるようにできないか聞いてみてあげると言って、彼女から石を預かってきたのだ。
そしてそれを今、ハリーや皆に渡した。
「確かにうっすらとひびが入っているようだが、これがイルミスに効かなかった理由だろうか?」
ダリアス様が、ハリーの手の中にある黒の石を見ながらそう呟く。
「いや、的を絞らず広範囲に力を使った所為で効かなかったんじゃないのか?」
ティモン様がダリアス様の意見に反論する。
「元よりアレの考えがおかしいから、効かなかっただけじゃないでしょうか?」
またもや話がイルミス様に戻る。
エリーゼ……なんでそこまでイルミス様を目の敵にしているの?
私の眼差しに気付いたエリーゼが苦笑する。
「アレが女性軽視をしていようが、傲慢な考えをもっていようが、正直私は別に構わないの。そんな方はこの貴族社会において、信じられないぐらいいらっしゃるわ。私達の親世代は特に多いでしょうね。私がアレを許せないのは、ただ一つ。ユリアを侮辱したからだわ」
え? まさか私の為?
驚いてエリーゼを見つめていると、彼女はハリーにも話をもっていく。
「殿下も同じではございませんか? 殿下程の美貌をお持ちの方なら今更、男性に好意を向けられたところで動揺などなさるはずもないでしょう。彼を見て不快に思われていたのは、殿下の横に並ぼうとする度にユリアを侮辱する発言に怒りが湧いたから、違いますか?」
そう言われてハリーはエリーゼを見つめる。
「……本当に潰されればよかったのに」
エリーゼがぞっとするような低い声で呟く。
ティモン様とダリアス様が思わずと言った風に、前を押さえる。因みにこの二人、この行動は二回目である。
怖い、怖い、怖い。
「……エリーゼ嬢には分からないだろうが、ああいう手前はそういう行為にすら悦ぶぞ」
え?
ハリーの言葉に全員が真っ青になる。
何? なに? 何? 私の知らない世界の話が出てきたわ。
「そういうものなのですか?」
「己の理解の範疇を超える者は、多数存在する」
「勉強になります」
「いや、待って。そんな事勉強しなくていいから!」
私は堪らず二人の会話に入った。
「二人が私の為に怒ってくれた事は、とても嬉しいわ。ありがとう。けれどこれ以上、怖くならないで。可愛いエリーゼに戻ってほしいわ。怖いのはハリーだけで充分よ」
そう言ってエリーゼに抱きつくと、エリーゼは私の背中をよしよしと撫でる。
「大丈夫よ。本質は変わっていないから」
え、それってどういう事? ニコリと笑うその顔を凝視してしまう。
「頼もしいな」
ニコニコと笑うハリーの横で、ティモン様が『本気で怒らせないで良かった』とぼそりと言った。
そうだね。あの時の問題は早めに対処できて良かったと、今は心から思うよ。
「話がそれましたね、殿下。黒の石はどうなさるのですか?」
「とりあえず呪術師に調べてもらうよ。先程の皆の意見も踏まえて話してみる。ユリア、暫くこれは借りられそう?」
急に話を戻して真面目に話し合う二人に驚いていると、私にも話がふられてきたので二度驚くものの、メモリー様の様子を思い出す。
「大丈夫だと思うよ。少し時間がかかるって言っておいたから。それに彼女、もうこの石はいらないって言っていたわ。そんなものがなくても今はとっても楽しいからって」
「そうか、なら問題はなさそうだね」
ハリーは黒の石をハンカチに包み、懐にしまう。
ひびの入った黒の石に、まだ力があるのか? それとも他の石と同様全く普通の石とかしてしまったのか? 後は呪術師の方に見てもらって意見を聞くしかない。




