宗旨替えってあり?
静まり返る空気の中、王子様はイルミス様の反応をうかがっている。
確かに今日、最後の授業ではドレスは無事だった。その時に少しだけスカートの先にほつれを見つけたから、直す為に持って帰ろうとドレスを出したらこのような状態になっていたのだ。
じゃあ、やっぱりイルミス様が犯人なの? 私は訳が分からずイルミス様に詰め寄った。
「どうして? どうしてそんな事をしたの? 貴方私の為に婚約破棄したって言ったじゃない。それなのにさっきも私の事、好きじゃないとか……訳が分からないわ。私をどうしたいのよ」
「……お前なんかどうでもいい。僕は他の男に色目を使って勝手に婚約破棄したマリアーヌに、自分の本当の価値を教えてやろうと思っただけだ。勘違いした馬鹿女は、誰かが矯正してやらないといけないからね。お前なんてその為に利用しただけさ」
イルミス様の心無い言葉に、教室内は静まり返る。
何、言ってるの、この人?
ドンッ!
突然、肩に衝撃が走った。私はイルミス様に突き飛ばされて、床に尻もちをつく。
邪魔だった私を排除して、イルミス様は王子様に駆け寄った。
途端にティモン様とダリアス様が間に入って、イルミス様の歩みを止める。
イルミス様はそのまま、床に両膝をつく。そして両手を胸の前で合わせ、王子様に懇願し始めた。
「殿下、確かに僕は彼女のドレスを切り裂きました。けれど悪気があった訳じゃないんです。先程も申し上げましたが、婚約破棄したとはいえ、僕はマリアーヌの婚約者でした。男に色目を使う下品な勘違い女を、野放しにはしておけないと思ったのです。元婚約者として僕が正してやらないと、この女はますます厚かましくなる。その、やり方は少々間違っていたのかもしれませんが、男として責任をとっただけなんです」
唾を飛ばしながらマリアーヌの存在を貶す姿に、私は実はイルミス様はマリアーヌの事が好きだったのかと思う。それでドットとの仲が許せないのだろうかと。けれど、イルミスの言葉は次第におかしな方向に傾き始めた。
「元々女なんて何もできないくせに、貴族の矜持だとかなんだとか建前ばかりで、偉そうにすまして可愛げも何もない奴らばかり。殿下の婚約者がいい見本ですよね。いつも上から目線で皮肉な笑いばかりして、気の強さが顔に出ていますよ。僕とは全然違う。僕のような可愛さが少しでもあればまだ許せると言うのに。まあ、それは無理な話かな。あんな女に僕の真似なんてできるはずありませんよね。あっ、いっその事、殿下も婚約破棄しては如何ですか? 隣に誰かいないといけないというなら、僕が立ってあげてもいい。その方が殿下も嬉しいでしょう。殿下の美貌に似合う者なんて僕しかいない。僕達はとってもお似合いだもの……」
ダンッ!
……………………。
一瞬にして静寂が訪れた。
私は自分の目を疑う。
王子様が両膝をついている状態のイルミス様の足の間に、右足を入れている。
シュウゥゥゥ~。という煙のようなものがたっているのは、私の見間違いだろうか?
現状からいうと、王子様がイルミス様の両足の間の床を踏みつけた。というのが正解かな?
王子様は顔面蒼白で固まっているイルミス様の耳元に顔を近付けると、囁いた。
『潰すよ』
なにを~~~~~~???
その声を聞いたごく少数の人間だけが震えあがる。ティモン様とダリアス様は思わずという様に前を押さえている。
王子様はスッとイルミス様から離れると、唖然としている婚約者の腰を自分に引き寄せた。
「ユリアを躾けたのは私だ。私のやり方に文句があるというのだな。よぉ~っく分かった」
王子様の冷たく低い声に我に返ったイルミス様は、言い訳をしようと口を開きかけたが、王子様の汚物を見るような目に、やっと王子様の怒りを買った事に気付いた。
もう取り返しがつかない程に……。
「先程、一週間の謹慎を申し付けたが、今の貴様の言動はそれだけでは足りぬようだ。学園とも相談の上、処分はおって申し伝える。連れて行け」
いつの間にか現れた騎士が、イルミス様を抱え上げる。
尚も王子様に縋ろうとするイルミス様だったが、騎士に猿轡を噛まされた。王子様が小さな声で『煩い』と言った結果だろう。
残された私は、床に座ったままだった。
どうしてこうなったの? 何が悪かったの? これは乙女ゲームの世界よね? 黒の石もちゃんと肌身離さず持っていたのに、結局誰にも効いていなかったの?
私はそっと、首から下げている黒の石を持ち上げた。
表面を撫でると違和感があった。よく見ると、ひびが入っている。
「ええ~、うそぉ~。なんでひびなんて入っているのよぅ?」
思わず声が上がる。もう散々だわ。もしかして、このひびの所為で私はヒロインの役目を果たせなかったのだろうか?
ハアァ~っと私は息を吐きだす。
ふと隣で人の気配がした。そのまま顔を上げると絶世の美女が、そこにはいた。
いや、いや、一作目の悪役令嬢でしょ。え? 待って。なんで悪役令嬢が教室の床に座り込んでいる私の隣に、同じように屈んでいるの? この人王子様の婚約者だよね。いいの? 床に屈んでいいの?
私は驚きながらも、彼女のご尊顔を至近距離で見つめる。
え? これ、本当に人なの? 同じ人間?
私が脳内で疑問符を飛ばしていると、彼女はふわりと微笑んだ。
ボンッ!
途端に私の脳は爆発した。
え? え? え? 何この可愛さ。イルミス様が自分を可愛いと言っていたけど、そんなの比じゃないでしょ。月と鼈とはよくいったものだ。神様とミジンコぐらいの差はあるよ。
私がうわぁ~、うわぁ~と呆けていると、彼女は「大丈夫? 立てる?」と言って手を差し伸べてきた。
まさかこの悪役令嬢、私を心配して来てくれたの? 誰も同情の余地なしと言わんばかりに近寄っても来てくれない私の事を……。
「あ・あの……」
「貴方も被害者ね。彼はちょっと……、諦めた方がいいと思うわ」
私が声をかけようとすると、彼女は苦笑を浮かべながらそう言った。
「え? ああ、いえ、流石にそれは、もういいかなって……」
「そう? 良かったわ。吹っ切れてくれて。体は大丈夫? 保健室に行く?」
「い・いいえ、体は大丈夫。私頑丈だから」
私の心配をしてくれる彼女に、つい食い気味にそう言って両腕を曲げて元気アピールをする。
彼女はクスリと笑うと「ドレスはこちらで新しい物をご用意いたしますわね」と言ってくれた。
「え、でも……」
私はそれは悪いと断ろうとすると、彼女はウインクをしながら人差し指を自分の唇近くに添える。
「後程彼に請求いたしますから、ご心配なく」
萌え~~~~~♡
美女のウインク強烈だわ。
やばい、ヒロインの私が悪役令嬢に攻略されちゃった。
「……そうか、こうして信者を増やしていってるわけだ」
「……ユリア……」
「マリアーヌ、また忙しくなりそうだわ」
「ええ、ナーシャ。とりあえず会員番号二桁で足りるかしら?」
「あ、俺も入ろうかな」
「俺は殿下と一緒の方がいいな。さっきの殿下かっこよすぎて男心くすぐられた」
王子様はじめユリアーズ様の親友達が遠くを見つめる中、二年生組は謎の集団組織に加わろうと相談していた。
数日後、もちろん私メモリー・ディアスもマリアーヌ様とナーシャ様に平謝りして、その謎の集団〔ユリアーズ様を見守る会〕の一員になったのは言うまでもない。
え? 王子様とセットの〔ハリオス様とユリアーズ様を応援する会〕の方ではないのかって?
それはちょっと……王子様、怖すぎだから……。




