形勢逆転なるか?
私は喜んでイルミス様に抱きついた。
「イルミス様~、やっと来てくださったんですね。心細かったですぅ~。マリアーヌ様が私をいじめた事を認めてくださらないんですよ。私素直に謝ってくれたら許してあげようと思っているのに、自分じゃないってしらを切り通すんです。それに味方をいっぱい増やして早く帰れとか言うんですよ。これこそいじめだと思いませんかぁ~?」
私は猫なで声で、イルミス様にしなだれかかる。
「君が悔しいのは分かるよ。マリアーヌは僕の事が好きだったからね。君を恨んでいるのは間違いない。けれど分が悪い。彼らはマリアーヌの口車で彼女が正しいと思っているからね。どんな戯言を口にしているのか分からないけれど、ここは一旦引き下がる方が君の為だよ。それに喚き立てる姿は、ちょっと醜い」
そう言って私を連れて、廊下に出ようとする。
え? 今サラッと流されたけど、私の事、醜いって言った? そういえばさっきもみっともないって……。もやもやする私は腑に落ちないながらも、ここは大人しくイルミス様に付き従うしかないと歩き出す。
「お待ちください、アロウェン様」
悪役令嬢が本性を出した。ニヤリと笑う私とイルミス様。
メインヒーローに袖にされて縋り付く姿。フフ、惨めね。
「どんな事を仰られても構いません。貴方を捨てたのは私の方ですから、恨み言は甘んじて受けましょう。ただ一つだけ訂正を。私は貴方と知り合って、ただの一度も貴方をお慕いした事はございません。私の好みを疑われます。これだけは妄想を吐かないよう、お願い申し上げます」
ペコリと下げた悪役令嬢の頭を見ながら、全員が固まった。
え? 今、なんて?
イルミス様ってば捨てられたの? 男の方からじゃなくて女から? しかも好みを疑われるって……貴方は好みじゃないってそう言ったの? あの悪役令嬢が?
組んでいた腕が小刻みに震える。腕の持ち主、イルミス様が顔を真っ赤にしている。
これはあれ、ナルシストのイルミス様のプライドをおもいっきり潰した事になる?
私はそっと腕から手を離す。
怒り狂うであろうイルミス様に、巻き込まれたら堪らない。普通、どんなに愚弄されても攻略対象者が女性に暴力をふるうなんて乙女ゲームではありえないと思う。けれど現実でのこの我儘ナルシスト坊やならもしかして……。
「こ・この……」
案の定、イルミス様は拳をあげようとしている。マ・マジですか? 気が付いたドットが悪役令嬢を守ろうと前に出る。
イルミス様が一歩前に出ようとした瞬間……。
「マリアーヌ様、本当の事を仰ってはいけませんわ」
この場には最もふさわしくない、甘い透き通るような美声が全員の耳に届く。
「殿方というのは繊細なお心をお持ちですのよ。いくらそれが真実であれ、人が大勢集まる場所で口に出してはいけませんわ」
「真実と言っている時点でユリアも容赦ないけどね。まあ、男は馬鹿な生き物だから、賢い淑女が顔を立ててくれたら助かるよ」
先程の美声の持ち主の横から発せられたのは、これまた男らしい色気のあるとろけるような美声。
そして、そして、この二人の顔。見覚えがあるどころの騒ぎじゃない。この美貌は……スタッフ陣が心血を注いで作り上げたという究極の美。一作目の悪役令嬢とメイン攻略対象者!
私がアワアワと慌てふためいている横で、話は進んで行く。マリアーヌと呼ばれる悪役令嬢が、気やすく二人に話しかけているのだ。
「けれど、それではドット様にご迷惑をおかけしてしまいます。この場を放置し誤解を生んでは、私が本当にお慕いしている方に辛い思いをさせてしまうかもしれません」
必死に弁明する悪役令嬢の横で、その言葉を聞いていたドットが顔を赤くする。
この状況で照れんなよ、おい。
最強の美貌をもつ王子様は、マリアーヌの言葉を聞いて笑顔のまま頷く。
「過去の形だけの婚約者より、今の愛する婚約者の方が大事っていうのは正論だな。これは仕方がないんじゃない、ユリア」
「でも、いらぬ恨みを買ってしまいます」
シュンとする一作目の悪役令嬢は、なんというか……可愛い。何、これ? この人、本当に悪役令嬢?
いや、美人だけど、ちょっときつめの美人だけど、なんか雰囲気が……いや、これ、ただの庇護欲そそるだけの美女だから。
王子様は悪役令嬢の肩を抱いて、よしよしと頭を撫でる。
「もう大概買っているような気もするけどね。要は恨みを買わなければいいんだよね。という事で、イルミス・アロウェン。私の婚約者の可愛い願いだ。もう二度と彼女達に関わるな。いいな」
突然話をふられたイルミス様は、さぞお怒りだろうと見上げると……顔は真っ赤だが、それは怒りからではなく……喜び? え? 喜んでいるの?
「で・殿下、僕の名前を憶えてくれていたんですね。嬉しいです」
「今ユリアから聞いた。返事は?」
フルフルと震えて目には涙を溜めて喜ぶイルミス様に、王子様は眉間に皺を寄せながら必要最低限の言葉だけを言う。
王子様、ドン引いている……いや、正直、私もだけど。
そんな王子様の態度には気付かず、イルミス様は王子様の言葉に困惑しながらも返事をする。
「そ・それは、殿下の頼みなら聞いてあげたいのは山々ですが、彼女もいらぬ誤解をされてドレスをこのような酷い有様にされてしまいました。これは放っておける事ではないので、この責任は取ってもらわないと……」
「誰が頼んだ? これは命令だ」
有無をも言わさぬ口調で、バッサリとイルミス様の言葉を切り捨てる王子様。
それはちょっと、あんまりなのでは? 私のドレスはどうでもいいと言うの?
私は美貌の王子様の顔にとろけそうになりながらも、それは聞き捨てならないとムッとする。
「そ・そんな、殿下。い・いえ、殿下のご命令ならばこのイルミス、喜んで聞き入れます。ですが、それならば報酬を頂きたく……」
イルミス様も初めはそんな王子様に訴えようとするが、何を思ったのかスッと体を引いてニコッと笑いながらそんな事を言う。
「私が何故、お前に報酬を与えなくてはいけない?」
「この場はユリアーズ様の我儘を聞いて、殿下の顔を立ててあげるのですから、報酬は対価としては当然なのでは?」
「……ほう、お前はそのようにとらえるか? 因みに聞いてやろう。その報酬とは何を望む?」
「はい、殿下のそばに侍る許可を」
空気が一気に下がる。え? え? 何、この流れ?
イルミス様は ご自分が地雷を踏んだ事に気付いていない。頬を染め首を垂れる姿は、王子様が自分の提案を快く受け入れてくれると信じて疑ってもいない。うっすらと微笑んでさえいる。
王子様の醸し出す雰囲気が、一気に豹変する。
「イルミス・アロウェン、はっきり言ってやろう。私はお前を軽蔑している。お前は自分の容姿にかなりの自信があるようだが、私に言わせればお前のような者はその辺にゴロゴロいる。しかも虫に詳しいというだけで、成績はお粗末。貴族としての品位も欠落している。自身の婚約者を人前で粗略に扱い、人によって態度を変える。そのような者が本当に私の目にとまると思っているのか?」
ズバリと本質を言い当てられたイルミス様は、口をポカリと開けている。余りの事に驚き、固まってしまったのだろう。
その内に状況を理解したのか、怒りと羞恥で体をフルフルと震わせていく。
「そ・そのような事を誰が……。ああ、マリアーヌ、お前が……。いいえ、あの女が言う事は違うのです。殿下は誤解されています。僕はそのような者ではありません。あの女は自分の未熟さを棚に上げ、僕に要求ばかりしてきます。僕がどれほど我慢してあの女との婚約を耐えてきたか……。殿下は一方的にあの女の話しか聞かず、僕を勘違いされているのです。どうか僕の話を聞いてください。二人きりで話をしましょう。そうすれば殿下にも僕という者がお分かりになるでしょう」
「本当に話を聞かない奴だ。私はお前など知りたくもない。が一つだけ知っている事がある。ティモン」
イルミス様の必死の訴えをサラリとかわした王子様は、一人の生徒の名前を呼んだ。
ティモンというと、確か宰相候補と名高い二作目のメイン攻略対象者、ティモン・サラデュラだ。
王子様同様、学年が違うのでほとんど会えない方だったけれど、やっぱりメインの事だけはあるわ。素敵~♡
こんな状態だというのに、私の目は王子様とティモン様に釘付けになる。
彼はスッと王子様の横に立つと、手にしている数枚の書類を王子様に見せた。
「証拠は揃いました」
王子様はコクリと頷くと、再びイルミス様に視線を向けた。
「イルミス・アロウェン。君は先程ドレスを切り裂いた犯人に、責任を取らせると言っていたな」
「え・ええ、もちろんです。こんな卑劣な行為をする者を放っておける訳ないではないですか」
その言葉を聞いて、王子様はイルミス様にスッと手を向ける。
「分かった。本来ならば学園側から罰を与えてもうらうのが筋ではあるが、今回は私が王族権限で与えよう。イルミス・アロウェン、君に一週間の謹慎を申し付ける」




