犯人は貴方よ
「酷いですわ、マリアーヌ様。いくら私が貴方の婚約者を奪ったからといって、私のダンス用のドレスを切り裂くなんて、どうしてこんな酷い事ができるんですか?」
一日の授業も終わり、帰路につく者や友人との会話に励む者、図書室に行く者やカフェで寛ぐ者、各々が自由な時間を過ごそうかと席を立つ二年生の教室で、一年生の女生徒が飛び込んで騒ぎ立てたのは、そんな時間帯。
好奇心が揺さぶられ、ほとんどの者が足を止めその場にとどまる。
「イルミス様に婚約を破棄されたのは、確かにお気の毒だとは思いますが、だからと言ってこの仕打ちはあんまりです」
「……あの~、貴方は、どなた?」
ドレスを自分の座っている机に叩きつけられ、身動きが取れなくなった令嬢は呆然としながらも、騒ぎ立てる少女の顔をジッと見ていた。
次にコテンと首を傾げると、憤る少女とは対照的におっとりとした口調でそうたずねる。
少女は怒りのあまり赤くなった顔を益々赤らめ、怒鳴りつける勢いで令嬢に詰め寄った。
「まああぁぁ、なんて白々しい。イルミス・アロウェン様の元婚約者のマリアーヌ・フォンデュ様ですよね」
「え、ええ。私は確かにマリアーヌ・フォンデュですけれど……どこかでお会いしましたでしょうか?」
「私は一年のメモリー・ディアスです。イルミス様から聞いているでしょう。貴方とイルミス様が婚約破棄するきっかけになった女です。それに関しては申し訳なく思ってますよ。イルミス様と私が真実の愛を見つけてしまったお蔭で、貴方はイルミス様から婚約破棄を言いだされてしまったのだから。本当にお気の毒です。けれど、それとこれとは別の話でしょ。婚約者を奪った憎い相手の持ち物を切り裂くなんて、こんな野蛮な行為、犯罪だわ。先生に話して罰してもらいます」
「……貴方一年生でしょう。二年生の教室に来て、キャーキャー煩い」
金切り声を上げる少女に、耳を押さえながら言葉を投げかけたのは、怒鳴りつけられている令嬢の友人、ナーシャ・マーカーだ。
彼女は座っているマリアーヌを立たせると、スッと二人の間に入って興奮している少女の顔の前に二本の指を立てた。
「?」
彼女の行動の意味が分からない少女は「な・何よ?」と強気な発言をしながらも後退りする。
「今の貴方の発言には、二つ間違っているところがあるわ。一つ、婚約破棄を言いだしたのは彼女、マリアーヌ・フォンデュの方。慰謝料もちゃんと支払い済みよ。もう一つ、彼女は貴方のドレスに一切触れていないわ。だって貴方の事なんて知らないもの。知らない人のドレスを探して切り裂くなんてそんな意味のない事、一体誰がするというの?」
「は?」
少女の呆けた顔は、その場にいる者全てに憐みの表情を浮かばせた。ああ、いらぬ恥をかいている。可哀そうにと。
周囲の視線とナーシャの馬鹿にしきった表情に、困惑を浮かべていたメモリーも状況を確認できたのか、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「嘘言わないでよ! 私は全部知っているんだからね。イルミス様に教えてもらったわ。マリアーヌ・フォンデュに私の話をしたって。本当に好きな人ができたから、婚約を解消してほしいと頼んだって言ったわ。その言葉にマリアーヌは激怒して私に復讐してやるって言ったそうね。だから身辺には充分気を付けるようにと、忠告してくれたわ。そのすぐ後にこのドレスを見つけたの。これで貴方の仕業じゃないというなら、誰がやったというのよ!」
ハアハアと鼻息を荒くし、どや顔で令嬢二人を睨みつけると、二人はと~っても複雑な顔をしていた。
その表情には悔しさも憤りも一つもない。しいていうなら周囲と同じ、憐みの表情。
またしても困惑を浮かべる少女の後ろから、近付いてくる足音があった。
「落ち着け、メモリー」
少女は助け舟が来たと満面の笑顔で振り返る。
「ドット、ジャコブ、カーター、来てくれたのね」
そこには、数か月前に図書室で騒ぎをおこした男子生徒、三人の姿があった。
少女はそのうちの一人に抱きつこうとしたが、何故かスルリと避けられる。
「?」
後の二人も同様、サッと身を引き彼女に触れさせてはくれない。
しかし三人は場所を移動して、少女と令嬢二人の間に入ってくれた。ちゃんと私を守る位置についてくれている。少女はその行動に安心して、今までとは打って変わった弱々しい声で三人を見上げる。
「見て、これ。ダンスの授業で使う私のドレス。ボロボロでしょう。この人がやったのよ。酷いと思わない?」
そう言って目には涙を浮かべる。ポロポロと涙を流す少女に三人は……クルリと背を向ける。
少女は己の勝利を確信した。
今からは、この三人が自分の代わりにこの令嬢二人を言い負かせてくれる。私は後ろで泣いていればいい。そうすれば周囲も自ずと自分の味方になるだろうと。
だって、このシーンは前世で見た小説にちゃんと書かれてあったのだから。
令嬢が二人というのは少しイレギュラーではあるが、一人が二人になったところでたいして変わりはない。
そして落ち着いたところでイルミス様がやって来て、直接彼女を断罪してくれる。
やっとエンディングが見えてきたわ。私は心から安堵する。
途中ちょっとイルミス様の性格が、小説に出てきていた時とは違っていたので、対応に困ってしまったのだけれど、ここまでくれば問題はない。
後はストーリーが勝手に進むだけ。私はハッピーエンドで終われるわ。
そう思い、顔は泣きの表情をつくりながらも、心ではニンマリとほくそ笑む。
しかし……現実はそう上手くはいかなかった。
クルリと背を向けた三人の一人。
私の中で、なんだかなぁ? の性格のイルミス様より実は好感度が上のドット・フェルラリー。彼は攻略対象者ではないので、爵位と容姿が少々劣る。けれど、攻略対象者がメインしかいないこの世界では、割と上位の部類に入るモブなのだ。
この世界は〔XXXシリーズ〕といわれる五作品から成り立っている乙女ゲームと小説の世界。なのだが、何故か攻略対象者が一人ずつというイレギュラー中のイレギュラーなのだ。
当初私は、それでも四作目のヒロインとなった私の相手が自分の推しであった事もあり、素直に喜んだ。だって推しなんだよ。彼と結ばれればいいだけなんだから、他の対象者はいらないじゃん。と単純に思っていた。
だけど現実はただ単に俺様ナルシスト我儘坊や。しかも趣味は虫の観察。
私はとりあえず我慢して、彼をおとす事にした。結婚してしまえばこちらのもの。チヤホヤしてくれる優しい男性は、他で見繕えばいいのだから。
私は願い事が叶う石に、複数の男性に気に入られたいとお願いした。もちろん、本命のイルミス様との結婚は一番の願いとして。
このドット・フェルラリーは、私の中では二番手においてもいいと思っているお気に入りだ。そのドットが令嬢に手を伸ばす。あらあら、いくら私を助ける為とはいえ、暴力だけはしないでね。
「遅くなってすまなかった。大丈夫か、マリアーヌ?」
「ええ、私は大丈夫よ。ありがとう、ドット様」
そう言って彼女の頬に優しく手を添える。て……え?
「ドット、彼女が君の婚約者の……」
「ああ、マリアーヌ・フォンデュ嬢だ」
「マリアーヌ・フォンデュと申します。よろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそ。そちらにいる令嬢はもしかして、マーカー公爵の……」
「ナーシャ・マーカーですわ」
「ああ、やはりダリアス様の妹君。ダリアス様に似てなんとお美しい」
「ホホホ、よく言われます」
……何、この和やかな雰囲気は?
ハッと我に返った私は、慌てて三人に歩み寄る。
「ちょ・ちょっと、何をやってるの? 貴方達は私を助けに来てくれたんじゃないの? それに、婚約者って……この人達の事知ってるの?」
振り向かせようとしてドット様の腕を掴もうとするが、またもや避けられてしまう。それどころか、そのドットはマリアーヌと呼ばれた令嬢の腰を掴み、自分に引き寄せた。
「知ってるも何も、彼女マリアーヌ・フォンデュは私の婚約者だ」
「私達はドットに紹介してもらおうと来ただけだが、君は何をしているんだい?」
「何やら喚き散らしていたように見えたが、まさか、ドットの婚約者に因縁をつけていたのではないだろうね?」
ジロリと三人に睨まれて、私の体はビクリと跳ねた。
ドットが悪役令嬢の婚約者? は、何それ? なんの冗談?
「彼女は、マリアーヌ・フォンデュはイルミス・アロウェン様の婚約者でしょ? どうしてドットの婚約者なの? その女、あちこちの男に手を出してたっていうの? 信じられない」
私がそう言うと、怒りを露わにしたのは悪役令嬢ではなくドットだった。
「失礼な事を言わないでくれ! 彼女は確かにアロウェンの婚約者だった。けれど君も先程喚いていたように、ちゃんと婚約は解消されている。その後に私が彼女に申し込んだんだ。確かに私は彼女より爵位は下だが、もう変な奴に彼女を傷付けられたくない。そう思い申し込んだら、彼女は快く私を受け入れてくれた。だから今後は私が彼女を守る。君達が何を思おうと君達の勝手だが、金輪際彼女に関わるのはやめてくれ。でないと私は君を許せなくなる」
ドットは本気だった。
どういう事? ここ数日の間に一体何がおきたっていうの?
だってドットは、黒の石の力で私を好きだったはずよ。つい数か月前までは私に夢中で、イルミス様にも私を大切にするように話を付けに行ってくれていたのに、いつの間に悪役令嬢に思いを寄せるような状態になっていたの?
後の二人も、ドットと同じ状態だったはず……。
「ねえ、ジャコブ、カーター、ドットはどうしてしまったの? なんとか言ってやってよ」
「ドットは正常だ。おかしいのは君の方だろう、メモリー。悪いがこれ以上、君に関わりたくはない」
そう言ってフイと横を向くジャコブ。
「君の人生だ。君の自由に生きればいい。けれど、それにもう俺達を巻き込むのはよしてくれ。君の所為で私達は人前で騒ぎ立てるという愚行を行った。もう少しで家名に泥を塗るところだったのだ。そのドレスもどういうつもりか分からないけれど、見なかった事にするから、それを持って早く一年生の教室に戻ってくれ」
バサリと机の上に置いてあったドレスを、私の方に放り投げるカーター。
そうだった。三人の余りの豹変ぶりに、呆然としてしまった私だったが、元凶はこれよ、これ。
「まだ終わっていないわ。このドレスを切り刻んだのはこの女よ。この責任はどう取ってくれるっていうの?」
悪役令嬢の目の前にドレスを突きつける。彼女はビクッと体を揺らす。
「ほら、動揺したわ。これが何よりの証拠よ。自分がやったと認めなさいよ!」
「目の前に物を突きつけられたら、誰だって驚くわよ。そんなのが証拠だなんて馬鹿なの、貴方?」
「誰が馬鹿ですって!」
「君だよ、メモリー。とりあえず落ち着いたら。みっともない」
窘めるように少し高い少年の声がしたのは、廊下からだった。その声の持ち主はスルリと人混みを掻き分けると、私の前で止まった。
やっと私の味方が現れた。そうよ、これよ。所詮はモブなんて、何人来ようとお呼びじゃないのよ。ヒーローは一人でいい。四作目のメインヒーロー、私の王子様。待ちに待ったイルミス・アロウェン様のご登場よ。




