仕返し、するだろうね
「ドット様、改めてお礼を。駆け付けて下さってありがとうございました。ナーシャも本当にありがとう。心強かったわ」
イルミスと別れ校舎に戻った私は、ドット様とナーシャにお礼を述べた。
放課後、帰宅しようと鞄を片付けていたところにイルミスがやって来て、小声で裏庭に来るよう命令された。
その内容には心当たりがあり、難癖をつけられるとも覚悟はしていたけれど、私はそのいつもより格段に低い声に一瞬体が動かなくなり、気が付けば震えだしてしまっていた。
そんな私の異変にナーシャが気付いてくれて、どうしたのかと背を擦ってくれた。
その手のぬくもりでどうにか平静を取り戻せた私が、彼に裏庭へ呼び出されたと説明すると彼女は自分も行くと言って、近くにいた男子生徒にドット様の言伝を頼んだ。
そして先程の出来事へと繋がる。
一人だと私はどうなっていたか分からない。少なくともあのように背筋を伸ばしては、立っていられなかっただろう。立ち向かえられたのは、二人のお蔭だ。
「いや、想像以上におかしな奴だったね。殿下の仰ってた通りだったよ」
「あら、ハリオス様が? なんて仰ったんです?」
私のお礼にドット様は優しい笑みを向けながら、殿下の名前を口にした。それに興味をもったのはナーシャ。彼女は美しい殿下に興味もあるが、それ以上に婚約者であるユリアーズ様に心酔している。
パッと見た目のユリアーズ様は、侯爵家のご令嬢でありながら既に第一王子の婚約者を通り越して、王子妃ではないかと錯覚してしまうほどの気品に満ち溢れた、私達など一生お言葉を交わす事などないと思うほどの神々しさをお持ちの方だった。
けれど本当のユリアーズ様は、とても優しくて気さくな可愛らしい方だったのだ。
殿下に構われて照れている姿には、身悶えしそうになる。
ナーシャは兄ダリアス様と兄の婚約者であるバーバラ様から話を聞く事があり、そっと後を付けた事が何度かあったそうだ。
余り褒められた行為ではないのだが、その度に殿下がユリアーズ様を構い、彼女が照れている姿を目撃し、私同様そのお姿に心を奪われてしまったそうだ。
人前での凛としたユリアーズ様も素敵だけど、殿下と二人きりの彼女の可愛さに勝てる者はいないと密かに布教活動をした結果〔ユリアーズ様を見守る会〕が結成された。
その中には〔ハリオス様とユリアーズ様を応援する会〕というのも含まれているそうで、私はどちらかというとそちらに入りたいと思っている。
だってお二人共本当に素敵で、私を気にかけてくれているユリアーズ様も、ドット様との仲を取り持ってくれた殿下にも、感謝しているもの。
二人は私の理想だわと言うと、ドット様は俺もだよと笑ってくれた。
今はイルミスの事もあり、ドット様は殿下に色々と助言をもらっているそうだ。
今回も先に殿下から、今日の事を危惧された助言をもらっていたようだ。そのお陰で声は荒げてしまったが、冷静に奴を見る事ができたと話している。
流石は将来国王様になるお方だ。先見の目をお持ちのなんと素晴らしい方だろう。
私がホウッとお二人の素晴らしさに溜息を吐いていると、後ろに気配を感じた。
パッと振り返ってみると、そこには件の殿下とユリアーズ様、ナーシャの兄のダリアス様と婚約者のバーバラ様。皆様のご友人で将来の宰相と名高いティモン様と婚約者のエリーゼ様もいらっしゃった。
凄い顔ぶれである。私はこんな素敵な方々に気に留めて頂いているのね。
「お疲れ様、ドット。首尾は上手くいったか?」
「はっ。殿下のご忠告通り、アロウェンはマリアーヌを裏庭に呼び出し、信じられない言葉を吐き続けました」
「うん、彼ならそうするだろうな」
「大丈夫だった? マリアーヌ様」
殿下が想像通りだったなとドット様と会話を続ける中、ユリアーズ様が私の心配をしてくれる。本当になんてお優しいのかしら。
「はい。ナーシャがずっとそばにいてくれましたし、ドット様もすぐに駆け付けてくださいましたので、私はなんとも……」
「なんともない事はないでしょ。辱めを受けたじゃない。あんな聞くに堪えない言葉で罵られるなんて……本当に女をなんだと思っているのかしら」
隣でナーシャが、憤懣やるかたないと風に両腕を組みぶうぶう言っている。その言葉を耳にしたエリーゼ様とバーバラ様が、ナーシャにその話詳しくと言って、顔を寄せ合ってヒソヒソと話始めた。
そんなナーシャに苦笑しながらも、心配してくれるユリアーズ様に本当に大丈夫ですよと向き合う。
「今までは彼の言葉を全て一人で受け入れていたので、とても悲しくて辛かったのですが、今日はどんな言葉を吐かれても本当に大丈夫だったのです。そばにはナーシャがいて、ドット様がいて、ああ、私一人ではないんだなって、とても心強くて……。これも全てあの日ユリアーズ様が手を差し伸べてくださったお蔭です」
私はイルミスと婚約した時からの事を考える。
始めから彼は私に関心はなく、初対面の時もチラリと私を横目で見据えたかと思うと「ギリギリ僕の後ろには立てるかな? 横には無理だけどね」と呟き、私を残してその場を後にした。
その後も会えば貶され、どんなに頑張っても前向きの言葉はただの一度ももらえなかった。
気付けば彼の前では畏縮するようになり、貴族の矜持だけでこの婚約を無理矢理継続させていた。
そんな私を助けてくれたのが、目の前にいる高嶺の花だ。
私が心からの感謝と共にニコリと笑うと、ユリアーズ様はその絹のような滑らかな頬をうっすらとピンクに染め、立ち向かえて良かったと、花が綻ぶように笑う。
今の今まで別方向で話をしていたナーシャは、目敏くその表情を見て眼福♡ と呟いている。
「あ~、そこそこ。それは私のだからね。忘れないで」
ドット様達と話していた殿下が、私とナーシャに注意を向ける。少しぐらいいいじゃないですか、チェッ。と言ったのは、私かナーシャか……。まあ、ナーシャだろうな。私にはそれをここで声に出す勇気は、今のところまだない。
「皆様、無事婚約解消できた事だし、もういいじゃないですか。彼は変態爺に嫁がせましょう」
エリーゼ様がニコリと笑って男性陣を見る。なんだろう? エリーゼ様の笑顔がとても怖い。あれ? 隣でユリアーズ様がプルプル震えている。可愛いなぁと思っていると、殿下以外の男性陣も心なしか震えているようだ、あれあれあれぇ~?
「え・エリーゼ、気持ちは分かるが、それは最終手段にとっておこう」
「そ・そうだよ。このまま関わってこないなら、それに越した事はないんだから」
「いや、それは無理だろうな」
ティモン様、ダリアス様の引き攣った声に続き、殿下があっさりと二人の言葉を否定する。
「あの手のタイプは粘着質だぞ。当たり前のように逆恨みしてくる。でも内心は小心者だから、自分の手は汚さない。使うとしたら自分の信者だろうな」
「ならばやはり変態爺に……」
「うん、エリーゼ嬢。一旦変態爺は置いておこうか。まあ、現実問題嫁がせるにしてもかなりの手間暇がかかるしね。それよりも報復の手駒を考えた方がいい。それに当たっては二・三心当たりはあるけれど……どうする? 先に手を打つか泳がせて手っ取り早く捕まえる?」
またもや殿下があっさりと解決策を言う。もうイルミスの手駒が分かっているの? そしておおよその行動が予測できているの?
私が驚きの余り目を丸くしていると、そっと私の手を取るユリアーズ様。
温かくて柔らかくてスベスベしていていい匂いがする。
「どうしますか? マリアーヌ様が決めていいのですよ」
ボ~っとしていた私に、ユリアーズ様が私の意思を確認してくれる。そして皆を眺める。
私は一人じゃない。
私は皆に力強く頷いたのだった。




