巻き込んじゃえ
「え? ハリー、お前男子生徒に狙われてるのか?」
「語弊がある言い方はやめろ」
「え? 狙われてたでしょ?」
「可愛い婚約者の唇を狙おうか?」
「え? 婚約者の唇って狙っていいのか?」
「バーバラ嬢の了承を得ろ。因みに俺はユリアの了承を得ている」
「え? 私いつ了承したの?」
「……皆様、おバカな会話は後にして、今は話を元に戻しましょう」
放課後の空き教室に私とハリーはエリーゼとティモン様は元より、バーバラとダリアス様も呼んだ。
今回の件はバーバラも関わっているため、こうなれば二人も巻き込んでしまおうと考えたのだ。
そうして冒頭の会話。
話を聞き終えたティモン様がまた変なところに反応し、かわすハリーに私が素で突っ込んでしまった。それをもかわすハリーに今度はダリアス様が乗ってきたので、忠告をかねてハリーが答える。そしてまた私が素で返してしまうと言った流れに、羞恥で震えるバーバラを隣にしびれを切らしたエリーゼが皆を黙らせる。
ごめんなさい。
「ユリア、最近素が出まくってますわよ。気を付けなさい」
……確かに、心当たりありまくる私は、素直に反省する。
「公の場では出てないから大丈夫だよ。それより二学年のイルミス・アロウェン。お前達は知っているか?」
「ああ、子供の頃から女の子のように可愛いって評判の伯爵家の嫡男だろう。その手の筋には人気のある子だ」
ハリーの問いにダリアス様が真面目な顔で答える。自分の答えに違和感があるのを感じてはいないのだろうか?
「俺も聞いた事があるな。虫にやたらと詳しくて、ここを卒業したら王立研究所に研修生として入る予定だとか。わりと優秀なようだが、虫以外はさっぱりらしく、成績は中の下だといったところか」
王立研究所とは王都にある研究施設で医療はもちろんの事、様々な分野の研究がなされている場所である。そんな所に研修生として入る事が決まっているのならば、その筋では確かに有能なのだろう。
彼の現状をティモン様が話す横でエリーゼが「研究生になられたら変態爺に嫁がせられない」と呟いた。
私しか聞こえなかったのは良かったけれど、これに関してはエリーゼが一気に怖くなる。いつものエリーゼに戻って、お願い。
「そのアロウェンにからんでいるのがメモリー・ディアス子爵令嬢か……。なんだか面倒くさいな」
人差し指で額を押さえるティモン様。眉間には皺が寄っているようだ。
「今回の件がなければ俺も放っておきたかった。ハッキリ言って二人共面倒くさい。フォンデュ嬢がまともでなければ、無視した案件だな」
ティモン様の意見に頷くハリーを見て、ダリアス様が声を上げる。
「ディアス子爵令嬢とは揉め事をおこした元凶の女生徒か? 皆知っているのか? 一体彼女はどんな女性なんだい?」
隣でバーバラも頷いている。そうだね。二人には黒の石の話は一切していないから、疑問に思うのは当然だよね。
「私達も良く知っているわけではないのですが、カノン・グーラス男爵令嬢と同じように少々自由奔放なきらいがあるようです。男子生徒にやたら近しいとか。ティモン様の立場上、噂のある方は把握しておく必要があるのですわ」
エリーゼの話す内容の中にカノン・グーラス男爵令嬢の名を聞いて、一瞬グッと詰まったダリアス様だったが、話を先に進めようと持ち直した。過ぎた事だもんね。忘れた方がいいよ、うんうん。
「なるほど。ではその少女と彼が一緒にいるのを黙認すれば、そのフォンデュ嬢という方は自然と縁が切れるのでは?」
「私達もそう思うのですが、ただ彼らは何事にも行動が派手で、彼女一人を悪者にしようと企てるかもしれないのです」
「それは……」
つい先日、そのような行動をとりかけた自分を思い出したのか、ダリアス様はとうとう視線を逸らしてしまった。
責めてるわけじゃないよ。本当に。どうしても今後の内容が酷似してしまうため、説明すると重なってしまうんだよね。
あ、ティモン様もそ~っと視線逸らしてる。エリーゼを悪者にしていないから、ダリアス様ほど痛い思いはしていないだろうけど、自由奔放な少女に惑わされたのは君も同じだもんね。ああ、エリーゼの笑顔が怖い。
「今はフォンデュ嬢をどう助けるかの話。思考逸らすなよ、男性陣」
ハリーがパンパンと手を打ち鳴らして、皆の意識を戻す。
そういえばハリーも現在進行形で攻略対象者なのに、二人のような状況になる前に手を打てているのは本当に凄い。
改めて思いなおされる。へへへ、いい人に惚れたなぁ。
ヘラヘラと笑っていると、ハリーと目が合う。ニヤリと笑われて、思考が読まれたかと慌てて下を向く。最近ハリーのニヤリ顔がカッコよく見える私は、毒されているような気がする。
そうしていると、バーバラの溜息が聞こえてきた。
「マリアーヌ様が私達と同じ学年なら常にそばにいて守ってあげられますのに、一学年下ではそれも難しいですわね」
保健室でいい様に言われていたマリアーヌ様の姿に、どうやら庇護欲がそそられているようだ。
そんな彼女を横で見ていたダリアス様が、フッと表情をやわらげた。
「バーバラは本当に優しいな。一学年下なら私の妹ナーシャがいる。それとなく話して彼女のそばにいるように言ってみようか?」
「まあ、そうしてくださると心強いですわ。私もナーシャ様とお話がしたいので、その場にご一緒させてくださいませ」
喜ぶバーバラに、とろけるような笑みを向けるダリアス様。
二人を見ていて、どうやらマリアーヌ様の警護はダリアス様の妹が請け負ってくれると確信した。
そんな二人をよそに、ティモン様が腕を組みながら天井を見上げている。
「なあ、思うんだが、アロウェンはディアス嬢を気にしているわけではないんじゃないか? 自分大好き人間だろう。ディアス嬢がチヤホヤしてくれるから、一緒にいるって感じではないのか?」
まあ、そうだろうね。ハリーを気にしている時点でヒロインに興味があるとは思えない。
一同が頷く中、ティモン様は首を傾げる。
「だったら二人をくっつけて、フォンデュ嬢と縁を切らせるのは難しいのでは?」
「別に私達は、二人をくっつけないといけないわけではないのです。マリアーヌ様があれと縁さえ切れればいいのですわ」
エリーゼがとうとうアロウェン様を〔あれ〕呼ばわりし始めた。
そんなエリーゼにブルリと身を震わせたティモン様が、ハリーに冗談めかして話をふる。
「ハリー、上手い事言って本人から縁を切らせれば。ハリーの言う事なら聞きそうだし、それが一番早そう」
「……本気で言っているのか?」
「嘘です。冗談です。場を和ませたかっただけです。ごめんなさい」
ハリーの氷点下にティモン様があっさりと頭を下げた。いくらエリーゼが怖かったからといって、もっと怖いハリーに話をふるなんて、ティモン様も今回の件でちょっと頭のねじが飛んでしまったのかもしれないな。
それに冗談じゃなく、王族の言葉には責任が伴ってくる。
いくら第一王子であるハリーが、学園内で生徒同士のたわいない冗談として言ったとしても、婚約を破棄させればその後の責任は全てハリーにかかるのだ。アロウェン様の今後も、マリアーヌ様の人生も責任をとらなければいけない状態に陥る。
流石にそこまで、ハリー一人に押し付ける訳にはいかない。それもマリアーヌ様は別として、あのアロウェン様である。未来永劫あれにくっつかれるのは、いくらなんでもごめんこうむりたい。
「……ハリーは今回の件、あんまり顔を出さない方がいいかも……」
アロウェン様に懐かれているハリーの姿を想像し、なんだかモヤッとして、ついつい要らぬ事を言ってしまった。
「どうした、ユリア?」
「別に。ごめんなさい。なんでもない」
フイッと視線を逸らす様に横を向くと、その横顔にジッとハリーの視線が突き刺さる。痛い……。
「……ヤキモチか?」
「!」
その的を得た言葉に吃驚した私は、慌ててハリーに違うと怒鳴りそうになるが、その前にハリーの腕の中に収容された。
ウガガガッと暴れる私の頭に、ハリーが頬ずりをする。
「ああ、可愛いなユリアは。男にヤキモチ焼く必要なんて微塵もないのに、分かっていて焼く姿は最高だ。この姿を見られただけでも、こんな面倒くさい案件に関わった意味があったってもんだよ」
その言葉に私はシュンと大人しくなる。
そうだよね、今回の件元々は私が招いた事なんだよね。本来ならいつものように様子を見つつ、計画を立てれば良かったんだ。それを私が先走ったために、こんな面倒くさい状態になっている。それはよお~っく分かってるんだ。
ハリーはモテる。当たり前だよね。美貌と頭脳と強さを併せ持つハイスペック王子だもんね。婚約者がいようがいまいが本人さえその気になれば、女性でも男性でも選び放題だ。
それを何故か小さい頃からハリーは、私一人だと言い続けてくれている。
ヒロインではなく、悪役令嬢である私を気に入ってくれている。それなのに、こんな事でヤキモチ焼くなんて面倒くさい女になんかなっちゃ駄目なんだよ。
私はハリーの腕の中でシャンと背筋を伸ばす。私の変化に気付いたハリーが「ん?」と首を傾げる中、私は淑女らしくキッパリと言い切る。
「離してくださる? 私はヤキモチなど焼いていませんわよ。焼く必要などないでないですか」
「それは俺の気持ちを十分理解しているという事かな? それは頼もしい。私の伴侶は君しかいないからね。では思う存分イチャつこう」
「え? やっ、そうね、うん。そうだけど……あれ?」
面倒くさい女にならないようにハリーの気に入っている悪役令嬢らしく、毅然とした対応をしようとしたのだが、なんだが違う方向に持っていかれてしまった気がする。
ハリーの腕の中で首を傾げまわる私の髪や額、こめかみや頬にキスの雨を振りまくハリーを見て、男性陣は「結婚まで駄目だと思っていたが、ここまでしてもいいのか。私は遠慮し過ぎていたのだな」と妙に納得して、女性陣は「殿下、もうやめてください。二人が真に受けます」と必死にハリーを止めようと懇願していた。
どうやら私の困惑は、エリーゼやバーバラにとっても他人事ではないようだ。




