色々と怖い人だった
ご自身を好き過ぎるって、それってナルシスト? いやいや、それよりも虫って何? そういえば図書室でもそんな事言ってた。森の虫をヒロインと見に行くって。いやいや、乙女ゲームのヒロインとのイベントが虫観察って……何、何? ついていけない世界?
軽くパニックになった私がガクガク、ブルブル震えていると、腕の中に閉じ込めていたハリーが、よしよし、怖くない、怖くないと頭を撫でてくれた。
あ、なんか落ち着いた。
私と同様、震えていたバーバラとエリーゼも気を取り直して、マリアーヌ様に声をかける。
「そんな方とは縁を切りなさい。私がダリアス様に頼んでもっと良い方を紹介してあげます」
「そうですわね。マリアーヌ様に情がないのでしたら、いえ、情があっても恋心がないのなら、離れた方が貴方様の幸せになりますわ」
バーバラとエリーゼの熱のこもった言葉に、マリアーヌ様は再びフフっと笑った。
「ありがとうございます。けれど私の一存では決められぬ事。貴族の義務として嫌だ。無理だとは言えないですよね。私も伯爵家の一員です。貴族令嬢としての義務は果たそうと思っております」
マリアーヌ様はそれまで項垂れていた顔を上げ、背筋を伸ばし前を見据える。己の立場を受け入れようとしている姿に、私はマリアーヌ様の美しさを見た。
こんなに素敵な人が、攻略対象者に苦しむなんて……これは、一日でも早く婚約破棄させてあげなければ。
私はハリーの腕の中から這い出ると、勢い込んで彼に向き直る。
「ハリー、相手を応援しましょう!」
「……それはすなわち、放っておくという事で、いいのかな?」
「ううん、イベント達成できるように全力で応援してあげるの」
「ユリアがそうしたいって言うなら別にいいけど、断罪イベントは避けなければいけないよ。そんな前例作るわけにはいかないし、フォンデュ嬢を晒しものなんかにしたくないでしょ」
「え、殿下? 黒の石の力、そのまま使わせるのですか?」
「黒の石って何?」
私が婚約破棄に向けてヒロインを応援しようと言うと、ハリーがそのままでは駄目だと言い、エリーゼがティモン様を操った石をそのままにするつもりかと問い、話についていけないバーバラがキョトンとする。そんな私達にマリアーヌ様が、心情的にも物理的にも引いていたのは仕方がないだろう。
そんな中、ノックもなしに保健室の扉がガラリと開けられた。
教師かと思ったが、現れたのは今噂のイルミス・アロウェンその人だった。
一様に驚く女性陣を無視したアロウェン様は、ハリーを見つけると一目散にそばに駆け寄る。
そして「殿下」と頬を朱に染めて、キラキラした大きな瞳でハリーを見上げる。
「殿下、先程は助けて下さりありがとうございました。殿下が仲介をして下さったお蔭で、無事彼らの誤解も解けました。殿下は噂通り、優しくて頼もしい素敵なお方です」
そう言うアロウェン様の眼差しは、下手をすると恋する少女のようだ。
元々愛らしい容姿の彼である。その辺の女性よりよほど可愛らしい仕草に、私達女性陣はモヤッとしたものを抱えた。
「……何度も言わせるな。お前など助けていない。それよりいくら婚約者とはいえ、淑女が寝ているであろう部屋にノックもなしに入るとは失礼ではないのか。そんなにも婚約者が心配だったのなら、仕方がないが」
ハリーがイラっとした表情で、アロウェン様の言葉を否定する。
アロウェン様はマリアーヌ様の心配をしていたのかという言葉に、チラッと彼女に視線を向けたかと思うと、再びハリーに向き直った。
「ええ、でも元気そうだし大丈夫でしょう。それよりも殿下にお礼を言うのが先です。殿下がまだここにいてくださって良かった。あ、もしかして僕を待っててくれたんですか? 後でここに来ると言っていたのを聞いていて……そっかぁ、ヘヘ、嬉しいな」
今まで会ってきた現実のヒロインと同じような言葉を吐く攻略対象者。あれ? この人本当に攻略対象者? 男性? ヒロインと逆転してるんじゃないの?
ハリーは頭を押さえながらハア~っと溜息を吐く。話にならないと言った感じだ。
そうしておもむろに私の腰を抱くと、マリアーヌ様に向き直る。
「フォンデュ嬢、話の続きはまた後日。行こうか、エリーゼ嬢、バーバラ嬢」
そう言ってアロウェン様には見向きもしないで、私達を連れて保健室を後にした。
――扉を少し、ほんの少し開けたまま。
「……マリアーヌ、話ってなんの話してたの?」
「え? えっと……特には。マリノチェ様が私の事心配してくださっていて、その話の流れじゃないかしら」
「心配って……何か余計な事でも言ったの?」
「か・体の事よ。今は怪我がなくても後から傷みだしたりするかもしれないからって。お優しいのよ、マリノチェ様は」
「はっ、あの女が優しいの? マリアーヌは単純だな。少し手を貸してもらったからって調子に乗ってるんじゃない? あの女は殿下の婚約者という立場だから、あの場で君に手を貸したに過ぎない。現に僕が連れていかれるのを、黙って見ていただろう。建前だけのあんな女、殿下に相応しくない。凛々しい殿下の横には、もっと可愛らしい人の方が似合うに決まっている。そう、例えば僕のような……」
「……イルミスは、男性でしょう」
「分かってるよ、煩いなぁ。例えばの話だよ、例えばの。僕が女なら僕が一番、あの美しい殿下の横が似合うのにって話。そんな事も分からないの? 本当に君は馬鹿なんだから。まあ、殿下が男でもいいと望んでくれるのなら、僕は隣に立ってあげてもいいんだけれど」
くすくすと笑う甲高い男の声が廊下に鳴り響く中、ハリーがブルリと身を震わせた。
私達は帰ったと見せかけて、少し離れた廊下の曲がり角で、彼らの話を聞いていた。保健室の扉をわざと少し開けておいたお蔭で、声は廊下に反響して思った以上によく通った。
そしてその内容は……想像以上にヘビーなものだった。
頭痛がするというように額を押さえるハリーを見て、なんだか可哀そうになる。初めてハリーに同情した。美しいってのも大変なんだな。
「……えっと、よしよし、する?」
「して。マジで頼む」
私は素直に怖がるハリーの頭を胸に抱いて、よしよしと撫でる。
長身を無理矢理屈めて私の胸に縋る姿は、なんだか可愛い。胸に埋まっている顔や腰に回っている両手が不埒な動きをしているように思うけど、今は気にしないでおこう。
「思った以上に、常軌を逸していますわね」
「ユリアを貶すなんて、許せませんわ」
バーバラとエリーゼは、私達の行動を完全無視して、アロウェン様に対しての怒りを露わにしている。
まあ、仕方がないよね。
彼は確かに自分が一番可愛らしいと発言している。その上で女性を馬鹿にもしている。私の事をあげているが、要は女性全体を馬鹿にしているのだ。
彼は本当に女性よりも、美しいハリーの隣は可愛い容姿の自分が似合うと思っているのだろう。
ハリーが同性愛者ならそれもありえたのだろうが、一応ハリーは異性愛者だ。ホストという前世の職業からしても、女性大好きっ子だろう。アロウェン様には諦めてもらうほか仕方がない。
それよりも、今は冷めた状態の二人の婚約だ。
「あの二人、婚約破棄した方が幸せだよね?」
「……というよりも、アロウェン様には女性の婚約者は誰であろうと合わないのでは?」
「可愛がってくれる変態爺と、婚約でもなんでもなされたらいいのだわ」
私の言葉にバーバラとエリーゼが返してくれるのだが、エリーゼが本気で思っているのには驚いてしまう。
まさかあのお淑やかなエリーゼの口から、変態爺なんて言葉が出るとは思わなかった。
「変態爺はおいといて、確かにあの様子ではフォンデュ嬢が可哀そうだな。少し動くか?」
「「はい、殿下!」」
私の胸から顔を上げたハリーはいつもの彼に戻って、何事もなかったようにバーバラとエリーゼに声をかけた。
立ち直ってくれて良かったよ。




