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手を組みましょう

 ……私の婚約者は、王子様でありながらホストでした。

 その事実に、私が呆けている間にも彼の話は続いていく。

「ホストの世界もリア充ばかりじゃないんだよ。色々な客が来るからね。女性の好みそうな趣味には一通り目を通していたんだ。その中には乙女ゲームにハマってホストに同じような行動を求める人もいた。だから乙女ゲームの内容は話を合わせるためにも、それなりに知っている。ホスト界のナンバーワン王子様の異名をいただいておりましたので。そんな俺が本物の王子になった途端、一人の女にいいように操られるなんてあってはならない。主導権は俺がもつ。女を手玉にしてきた俺が、今更女に手玉に取られてたまるかっての」

 あ、そう言う事。ホストとしてのプライド? なのね。

「……分かりました。頑張って下さい。影ながら応援しております」

 私はペコリと頭を下げて、少し冷めた紅茶を飲むためにカップを手に取る。

「なんで他人事?」

 キョトンと首を傾げる仕草に、不本意ながらきゅんとした。

 い・いかん。この人は元ホスト。こういう仕草も計算されているんだ。

 くっそぅ~、自分の顔をいかした技を身に着けてやがる。

 コホンと咳払いして、私は居ずまいを正した。

「私は所詮悪役令嬢なので、行動に出ても多分墓穴を掘ります。ですから、攻略対象者たるメインの王子様が動かれるのが一番かと」

「もちろん動くけれど、俺一人では太刀打ちできないかもしれないだろう。ゲームの強制力とかでさ。だから協力者が必要なんだけれど。それに君だって、シナリオ通りだと没落しちゃうよ。国外追放されるか北の辺鄙な土地の修道院に入れられるか……」

「願ってもないですわ。煩わしい貴族社会で生きるより、平民の方が私には生きやすいです。元々なんのとりえもない大学生でしたので」

「前世と今の平民とでは生活基準が全然違うと思うけれど。しかも修道院なんか想像するよりも厳しいよ。なんせ罪を犯した者を受け入れる場所でもあるのだから。今も上級貴族として神経はすり減らしているかもしれないけれど、今更肉体労働できる? しかも冷暖房も何もない所で。前世においても現実においても、固い黒パンなんか食べた事ないでしょう。虫とネズミのはびこる場所で生活できるの? それに……」

「もういいです!」

 ピタリと私は彼の軽口を、右手を前に出して止める。

 分かってるわよ。この時代は中世ヨーロッパを基準に作られている。前世より生活基準がぐんと下がるのだ。

 いくら前世が平民とはいえ、一般家庭の平均市民として生きてきた私が電化製品の一つもない場所で、しかも現世でも竈の一つもおこした事のない私が生きていけるかと言われると、かなり難しい。

 ジト目で彼を見上げると、さも楽しそうな笑顔が返ってくる。

「可愛いなぁ。その表情、流石悪役令嬢といったところかな」

 ニコニコと笑うその顔面に拳を埋め込みたい気分になるが、王子にそんな真似はできない。というか、この絶世の美貌にそんな振る舞いは死んでもできない。心が死ぬ。

 認めよう。君は私の前世の推しだった。それも一・二か月のバイト代、丸ごと全部関連グッズに消えたとしても一向に惜しくないぐらいには。

 私は溜息を吐いて、ハリーの顔を直視する。

「……分かったわよ。協力する。私は何をすればいいの?」

「悪役令嬢でいてくれたらいいよ」

「へ?」

 ……………………。

 ポンッ!

 ああ、そう言う事か。ヒロインに主導権は握られたくないが、ヒロインと結ばれる未来は望むという事ね。

「では、婚約破棄は穏便に済ませてくれるのね。ありがとう。でも、私前世の記憶を思い出した今、上手にヒロインをいじめる事ができるかどうか……」

「あれ? まってまって。そういう解釈? あのね俺、君と婚約破棄する気ないから」

 悪役令嬢でいてくれというのは、いずれ婚約破棄したいためだと思ったのだけれど前世のいじめ駄目、絶対! の世界で生きてきた自分には難しいと頭を抱えだした私に、ハリーは自慢の美貌に苦笑を浮かべて止めた。

 私が首を傾げると、ハリーの口元がヒクヒクと動く。

「どうしてそんなに不思議そうな顔するのかな? 今までの俺達の関係も良好だと思うし、何より俺さっき君にキスしたよね。婚約破棄するならそんな事するわけがないでしょう」

「え? ただ単に私の記憶を呼び戻すために試したんでしょ。あとフラグを折るため。自分で言ってたじゃない。あれ? なんで私が前世の記憶持ちだって分かったの?」

「~~~~~」

 ハリーがとうとう頭を抱えだした。

 先程からのどこか人を揶揄う様な、余裕のある堂々とした態度が嘘のようだ。

 はあ~、と一息ついてハリーが顔を上げた。

「ごめん、俺も説明が足りてなかった。改めて、俺は前世では〔播磨 碧〕という二十三歳のホストだった。死因は急性アルコール中毒。まあ、酒の飲み過ぎね」

 どうやらハリーは全部話してくれるみたいだ。私も真剣に話しを聞く体勢をとる。

 けれど前世の死因が急性アルコール中毒とは……なんともホストならではの死因だな。と思ったのは内緒。



 ハリーが長い足を組みなおす。そんな仕草も様になるこの男は、ホストならではの計算なのだろうか?

 ついポ~っと見惚れていると、トントンと人差し指で机を叩き、私の注意を己へと集中させる。

「これらの記憶を思い出したのは十二歳の頃、君と初めて会った時だよ。その後君と婚約を結んで一緒に過ごすようになって、君の言動が前世に関与している事が多々ある事に気付いたんだ。例えば、馬車で移動中に飽きてきた君が『あ~あ、車だったらこんな距離あっという間なのになぁ』て言ったりとか、髪をくくるシュシュを作って販売したりとか、極めつけは俺に街で暮らしている腹違いの弟がいる事を話してきたりしたよね。あれ、このゲームの隠しキャラ的存在なわけで、世間は一切知らない極秘情報なんだよね。それを俺との会話であっさり『弟のカイザー様はお元気ですか?』なんて言ってきたから、俺と同じ日本人の前世記憶持ちプラスこのゲームの経験者でもあると考えた」

 ……………………。


 色々とやらかしちまっている自分に、呆れを通り越して魂が飛びそうになった。

 私は一体何をやっているんだ。まあ、シュシュは簡単に作れて可愛いと、平民にもうけて稼がせてはいただいた。

「俺は最初、君の記憶が戻っていると疑っていたんだ。けれどそういう訳ではない事に、すぐに気が付いた。だって無防備にペラペラしゃべるんだもの。ああ、これは事の重大性に何も気付いていないなって思った。その時点でゲームの悪役令嬢と君とは違っていたからそのままでもいいかなって考えていたんだけれど、先程も言ったように、俺はヒロインと会ってしまった。そこでゲーム通りいきそうな雰囲気を感じてしまった俺は、一日でも早く君の記憶を取り戻さないといけないと思ったんだ」

 そこでハリーはニコリと笑って、私の頭を撫でてきた。

 やっぱり分からない。どうして私の記憶を取り戻さないといけないんだろう? それにキスしたら取り戻せるなんて、どうやって知ったのかしら?

「ハリーの前世と私も同じではないかという、疑念に至った経緯は分かったわ。けれど、私に記憶を取り戻させる必要性が分からない。それにいくら元ホストと言っても、現世で侯爵令嬢にキスするのはどうかと思うわ。それも記憶を取り戻させるためだけに」

「だぁかぁらぁ、そこを待っていただけないでしょうか、お嬢さん」

 ハリーはまた頭を抱えた。なんなんだ、さっきから?

「どうして君は、俺が君の事好きだという結論に至らないの?」

「え? だってありえないでしょう」

 突然何を言い出すんだ、この人は? メイン攻略対象者の王子様が悪役令嬢を好き? ないない、そんんなのないよ。

「……何故?」

 ハリーは項垂れていた頭を少し上げ、上目遣いで聞いてきた。

 どきっ!

 直視できない。くそぅ、本当に無駄に顔が良すぎる。

 私は赤くなっていく顔を悟られないよう扇で隠す。

「ヒロインが違う攻略対象者を選んだら、俺は君と結ばれる未来だってあるはずだよ。全否定はおかしくない?」

「だってこのゲームの悪役令嬢は確か、どの攻略対象者の時にもヒロインをいじめてたじゃない。なら没落は間違いないのでは?」

「そこなんだよなぁ。俺が君に協力を依頼する、もう一つの理由」

「え?」

 ハリーが我が意を得たりと、顔をグッと近付けてくる。

「実は現世において、このゲームの他の攻略対象者がいないんだよね」

「なんですって? じゃあ、ハリーとヒロインがくっつく未来しかないという事? では私はやはり没落……」

「他のゲームや小説のメイン攻略対象者とヒロイン、悪役令嬢ならいるんだけれどね」

「………………」

「うん、意味が分からないって顔だね。そんな表情も可愛いよ」

「誤魔化さないで。それより私のキャパが超えて煙が出そうです」

「うん、すっごく分かるけど、とりあえず落ち着け~」

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