攻略対象者がちょっと
図書室の一角で、ドサッと本が崩れる音がした。
皆が一斉に注目すると、それは金髪で大きな茶色の瞳の愛らしい顔立ちをした華奢な男の子が、自分より一回りも大きな男子生徒三人に絡まれている瞬間だった。
あの顔に見覚えがある。ような、ないような……?
私が頭を捻っている間にも、状況は進んでいくわけで。注目を浴びた男子生徒達は、場所を移動しようとその男の子を引っ張って行こうとする。
私は慌てて彼らに近付こうとして……腕を引っ張られた。バーバラである。
「えっと、あれ、止めないと……」
「だからって、王子様の婚約者である貴方が行くのは違うでしょ。エリーゼに頼んで先生方を呼んで来てもらっているから、もうちょっと待ちなさい」
「流石バーバラ。ならどこに連れていかれるか後を付けないと……」
「だから、貴方がする事じゃないでしょう!」
そう言ってバーバラと揉めている間にも、男の子は連れて行かれそうになっている。
私がバーバラの手を離そうとした瞬間「やめなさい!」と凛々しい声が鳴り響いた。
その声の持ち主を見ると、男の子より少しだけ背の高いその少女は凛とした姿で、男の子とその男子生徒達の間に割って入った。
「何をしているのか分からないけれど、彼は私の婚約者よ。用があるのならここで言いなさい!」
キッと男子生徒達を睨むその姿はかすかに震えていて、ああ、彼女も怖いんだなと気付かされる。
だが、当事者達はそんな彼女の姿が目に入らないのか「ああ?」とすごんでみせている。
「俺達はこいつに用があるんだ。婚約者だろうがなんだろうが関係ない。どけよ!」
そう怒鳴ると、彼女の肩を突き飛ばした。
「!」
突き飛ばされた彼女が尻もちをつくのと同時に、私はバーバラの手を振りほどいて彼女の元へと飛び出した。
「私の前で何をやっているのかしら?」
私の声に弾かれて「次から次へとなんだよ」と振り向いた男子生徒達は、私の姿を確認するとビシッと固まった。
私はそれをいい事に彼らの前を通り過ぎ、彼女の前に手を差し伸べる。
「大丈夫?」
尻もちをついたまま唖然としていた少女は「マ・マリノチェ様」と慌てるが、私の手を見てオドオドする。手を差し伸べられていると分かっているが、その手を掴むのは余りにも勇気がいるとばかりの顔である。
なんか可愛い♡
そんな彼女の動作にちょっとほっこりとしていると「あ・あの……」と後ろから声がかかる。
振り向くと男子生徒達が、頭を掻きながら「すみません」と謝った。
「騒がしくした事は謝ります。その子に手を出した事も。けれど俺達はただ、こいつと話をしようと思っただけで……こいつが、婚約者がいるのに他の女生徒とも仲良くしているから、それを注意しようと……」
「ぼ・僕、何もしてな……」
「してるんだよ! メモリーが言っていたんだ。お前と森に行く約束をしてるって」
「あ・あれは、森の中にいる虫の観察で……メモリーが興味があるって言うから、あくまで虫の話で……」
「それでも二人きりで会う約束したんだろう。メモリーが逢引きだって喜んでたぞ」
「そ・そんな~」
いきり立つ三人に囲まれて、オドオドと目を潤ませる美少年。
……なんだろう、これ?
ただの恋愛のもつれ? 確かに私が入るような事ではないな。彼女を突き飛ばしたのも悪いとは思っているようだし……ただ、どうやって収拾つければいいんだろう?
困った時のハリー様。ハリー、助けて! と心の中で叫んだ瞬間、後ろから腰を抱き寄せられた。
「何やってんの?」
私の肩に額を付けて、ハア~っと息を吐きだすその姿は、いつものハリーの姿ではなくて、私は目を丸くしながらも「どうしたの?」と普通に聞いてしまった。
「……あのね、我が愛する婚約者殿が男達のいざこざに割って入ろうとしていると聞いたら、心配するのは当然だよね」
肩から顔を上げ、至近距離で睨まれた。うっ、申し訳ないけど、ちょっと怖い。
「ごめんなさい。誰から聞いたの?」
プルプルと震える私を、怖かったのかと勘違いしたハリーは、睨むのをやめて優しく頭を撫でてきた。いえ、怖いのは貴方です。
「教師陣に助けを求めに行く途中のエリーゼ嬢と偶然会った。ユリアがいつ口を挟むか分からない状態だと聞けば、全速力で走るだろう」
「ううう~、ごめんなさい」
「後でキス一回ね。あ、いや、二回」
小声で言うところに、本気度を感じてかなり怖い。
「……で、この騒ぎは一体どういう事か。簡潔に説明できる者、前へ」
後ろから抱きしめていた私を腕から離すと、私を庇うように前へと移動したハリーは、皆を睨むと説明を求めた。
突然の王子様の登場に皆が震える中、バーバラが前へと進み出た。
「ユリアーズ様と一緒に、一部始終を見ていた私が適任かと……」
「聞こう」
そうして分かりやすく事の説明を話し終えたバーバラは、ハリーに頭を下げると後ろにいた私を回収して、横に控えた。
う~ん、バーバラは本当にできる人だ。私が王太子妃になったら一緒に城に来てくれないかしら? あ、またダリアス様がキレちゃうかな?
「お前らの言い分も分からなくはないが、多勢に無勢は卑怯だろう。話し合うなら一対一で。それと場所もちゃんと選んでからにしろ」
「それと言い方も考慮して。威圧しちゃ話し合えるものも話し合えなくなるわよ」
話を聞いたハリーが男子生徒達を窘めている言葉に、つい口を出してしまった。じろりと睨むハリーが怖くて、ついバーバラの背に隠れてしまう。
男子生徒達は項垂れながらも「申し訳ございませんでした」と素直に謝る。根っからの悪い人達じゃなかったみたいね。
ハリーは男子生徒達の態度に頷きながら、被害者? の男の子の方へ向き直る。
「そこのお前も誤解なら誤解とはっきり言え。しかも婚約者に助けてもらったのだろう。ちゃんと礼と謝罪はしたのか? お前の所為で怖い思いをしたのだろう」
ハリーが喧嘩両成敗とばかりに絡まれていた男の子にも注意する。そして同時に少女へも労わりの言葉を述べるよう促す。すると少年はキョトンとした顔のままに、不思議そうな声をあげる。
「え? マリアーヌは怖がったりしませんよ。僕より強いですから」
その言葉に、周辺の人間は固まる。
これには加害者である男子生徒達も目を丸くしていた。
何言ってんの、この子? どう見たって震えていたじゃない。虚勢張っているのは誰だって分かっていたわよ。必死で婚約者を守ろうとしていたのに、この子本当に気付いていないの?
「それよりも殿下、ありがとうございます。僕二年のイルミス・アロウェンといいます。殿下に助けてもらえるなんて、幸せです」
自分の婚約者である少女を無視してハリーに話しかける少年は、大きな瞳をキラキラさせている。いや、マジで……この子、なんなの?
「お前など助けていない。名前も聞いていない。勝手に名乗るな」
男の子の態度にムッとしたハリーが、彼を押しのけて婚約者だという女生徒のそばに行く。
「突き飛ばされたと聞いたが、怪我はないか? 婚約者を守ろうとする気持ちは尊いものだが、淑女が危ない真似をするのは感心しない。保健室まで送ろう」
そう言ってエスコートをしようと、手を差し伸べる。
「ひえっ、で・殿下にそのような……なんともないですし、一人で大丈夫です。お気を遣わずに……」
慌てて手を横に振る少女の顔は真っ赤だ。一般生徒が突然、美貌の王子様に手を差しだされたのだから、慌てるのも無理はない。エスコートを拒否されて苦笑をもらすハリーは、私達にそばに来るように合図する。
「君をこのまま放っておいたら、我が婚約者殿に恨まれそうでね。どうやら令嬢は私と二人では気まずいようだ。ユリアとバーバラ嬢も一緒に頼む」
「もちろんです」
「参りましょう」
バーバラが彼女の手を取って、扉へと向かう。
その後に続く私の手を取るハリー。四人で図書室を出ようとしたところで、エリーゼが教師を連れて戻って来た。
「ちょうどいい。詳細は自分達の口から話せ。私達は彼女を保健室へ連れて行きます」
ハリーが男子生徒達に話を向け、教師にその場を去る旨を話した。
「え? どうなったの?」
エリーゼがキョロキョロと私達と彼らを交互に見るが、私は「向こうで話してあげる」と言って、エリーゼの手を取った。
すると後ろから「マリアーヌ、僕も後で保健室へ行くよ」と男の子が声をかけた。
「イルミス……」と頬を赤らめる少女に、私とバーバラはやっぱり婚約者ね。ちゃんと心配しているわ。と思ったのだが、振り返った私達は顔を赤くしたままの男の子が一心にハリーを見つめている姿が目に入った。
「殿下、僕イルミス・アロウェンです。覚えててくださいね」
「……忘れた」
ハリーは男の子を見ないまま、私達を促して保健室へと向かったのだった。




