じゃんけんポン
「疲れたなぁ~」
「ユリア様、制服が皺になりますわよ」
自分の寝台に制服のまま倒れ込むと、私付き侍女のケイトが鞄を机に置き、起き上がれと腕を引く。
「ちょっとくらいいいいでしょ。誰も見てないんだし」
「ハリオス様が見てらっしゃるかも?」
「え?」
ガバッと勢いよく起き上がると、ケイトがクスクス笑っている。
揶揄ったな。くっそぅ~。
「いくらハリオス様でも、ユリア様の部屋に勝手に上がってくる事はございませんでしょう」
いや、ハリーならありえない事ではない。そう思うが言葉に出さずに、私は息を軽く吐くと寝台から離れた。
「分かったわ。着替えるから部屋着を頂戴」
手を出すと、ケイトは心得たように着替えの用意をしてくれる。
ケイトはお母様の侍女の子で私より五歳上のお姉さん。物心つく頃には私の世話を焼いてくれていた。
ハリーとも幼い頃から面識があり、私が前世のやらかしちまった発言なども近くで聞いている。けれどそれは私の個性だと、温かい目で見てくれている優しいお姉さんだ。
「ここ最近、以前にも増してハリオス様と仲がよろしいのですね」
「う~ん、今ハリーとは共通の敵が複数いて、共に戦ってるって感じかな?」
「まあ、楽しそうですね」
………………。
ケイトは優しいお姉さんなんだけれど、どうしてか私の行動は全て楽しそうですませてしまう節がある。
まあ、それぐらいでないと私の前世発言なんて笑って受け流せないか……。
そういえばと、私はケイトをチラリと見る。
「今日、学食でハリーにイチゴのケーキをもらったの。ケイトに禁止だって言われていると言ったら、承諾はとってるって言われたわ。いつの間にそんな話をしていたの?」
「ハリオス様が餌付けなされたい時はよろしいですよと、話しておいただけですわ。そのかわり少々ふくよかになられても責任はとってくださいねと、申し伝えてあります」
餌付けって、それが主の娘にいう言葉? しかも王子様に責任を取れって……なんか、ケイトって思った以上に……怖い。
でも、そうか。ケイトとハリーがそこまで仲がいいなんて……もしかしたらケイトは私よりハリーの事が分かっているのかもしれない。
――昔からハリーは私が好きだと言っていた。私はそれが婚約者に対する儀礼的なものだと思っていた。王族の政略結婚だとはいえ、良好な関係を築けるものなら築きたい。ハリーは頑張って自分に言い聞かせているんだなぁって。
けれど前世を思い出し、ハリーと共にヒロイン達と戦い続けていくうちに、私は本当にハリーの事が好きだと気付き、ハリーの言葉にも熱いものを感じるようになった。
私に触れ、キスをしてくるハリーの好きだと言う言葉を、信じたくなったのだ。
「……ねえ、ケイト。ハリーって昔から私の事好きだって言っていたけれど、本気だと思う? それならいつから本気になったのかな?」
「え? 最初からでしょ」
ケイトは何を今更。というように、あっさりと返してきた。
「………………」
「え、ユリア様、お気付きななられてなかったのですか? かなり露骨でしたけれどね」
「……王子様スマイルは誰の前でもしていたし、特別私だけに優しかった訳でもなかったでしょう」
「ですから、その気取った笑顔とは違う笑顔を、ユリア様には見せていたではありませんか」
どんな笑顔? 私は過去のハリーの顔を思い出す。う~ん、どれをとっても麗しい。確かにいつも笑っていた。笑っていたけど、皆に見せるのとは何が違ったの?
私がう~ん、う~んと首を傾げていると、ケイトがお茶を差し出す。
「いつから好きだったのか、そんなに気になります? 確実に現在進行形で溺愛されてますのに」
「で・溺愛なんてされてないでしょ。まあ、好きでいてくれるのは、分かったけど……じゃあ・じゃあ、私のどこをそんなに好きか分かる?」
「そういうところでしょ」
どういうところ? 私はますます頭を捻る。
「私はユリア様の気取らない素直な優しいところが大好きです。ハリオス様も全く同じとは言いませんが、似たようなものでは? 反対にユリア様、ハリオス様のどういったところがお好きなんですか?」
「私は……私も優しいところ、かな? 後はしっかりしてて頼れるところ。とかって、ちょっとまって。私ハリーの事好きなんて言ってない」
サラリと聞かれた言葉に、条件反射で答えてしまった。
いや、ハリーの事は好きだと自覚したけれどね。でも、でも、まだ恥ずかしくてはっきりと好きだなんて言えない。
私はダダダッと寝台に戻ると、シーツに丸まる。
暫くしてそ~っと顔を出すと、ケイトは素知らぬ顔をしてお茶を飲んでいた。
「私のお茶!」
「冷めてしまったので入れなおしてきますね。それまでゆっくりなさっていてください」
そう言って、部屋から出て行くケイトを見送る。うん、また負けた。ケイトはやっぱり私の扱いに慣れている。
「あ~あ」
私はシーツから出て、ゴロンと大手を広げて仰向けになる。
初めてハリーと会った時の事が思い出される。
ハリーは私と会った時に前世を思い出したと言っていたけれど、彼はそんなそぶりは微塵も見せなかった。私はというと、初めて見る綺麗な男の子にドギマギして、彼の挨拶そっちのけで遊びに誘った。そんな私に不快感を見せる訳でもなく、ニコニコと笑うハリーに私は『本物の王子様だぁ~』と呑気に思っていた。
けれどハリーは……ハリーはどんな風に私を見ていたのかな?
「初めまして、僕はハリオス・イーブ・デュラリオン。君がユリアーズ・マリノチェ侯爵令嬢?」
「何して遊ぶ?」
「え?」
「じゃあ、かくれんぼね。じゃんけん、ポン!」
パッと出されたお互いの右手が形作るのは、人差し指と中指だけをまっすぐに伸ばしているチョキだった。
手を広げたパーならば、握手を求められたのかと思われる。握り拳のグーならば慌てて動かしたかのように見えなくもない。けれどチョキだ。これは〔じゃんけん〕というものを知っていなければ出せない代物。
そう、この世界では存在しない〔じゃんけん〕だ。
呆然と手を眺める俺の脳裏を過ったのは、この世界とは違う世界。
クラリとする頭を抱えると、彼女はもう一度「じゃんけんポン」と言う。
慌てて出した俺の手はパーを形とっていて、彼女はチョキの手を天井に向け「勝ったぁ~」と楽しそうにピョンピョンと跳ねている。
――そうして俺は、前世を思い出す。
彼女は事ある毎に、前世の話を口にする。ポロリと出たところを見ると、深い意味もなくただ口にしただけといった感じだ。侍女はまたかというような顔をして、護衛は何言ってんだこの令嬢はと、呆れた顔をしている。そんな周囲の反応に見ていてハラハラする。
これが五歳頃ならばまだ可愛いと称されるような事だろうが、彼女はもう十二歳。流石にこのままではやばいだろうと考えていた時、彼女はシュシュを作って売り出してしまった。
実はじゃんけんも王都では知られていないが、彼女のマリノチェ領では流行っているらしい。幼い彼女が屋敷内で使用人と共にやっているのを、領民が見ていて教えてほしいと頼まれたそうだ。
前世の知識はこの世界ではお宝だ。どんなものでも……そう、子供の遊びでさえ皆の興味を惹きつける。そんな柔軟なアイデアを次から次へと出す彼女は、人の欲に狙われるようになる。それが分からずニコニコと口にする彼女。
この子は野放しにしていると、危険だ。
それが俺の彼女への、最初の感想だった。
そして前世を思い出した俺には、彼女の天真爛漫な態度は乙女ゲームのヒロインのように思えた。しかし思い出した俺の記憶にある彼女の名前は、悪役令嬢だ。
彼女が悪役令嬢? ミスキャストにもほどがある。
そして何故か惹かれる彼女の性格。もう少し成長して社会の常識が分かれば、彼女は……俺の最愛の人と重なる。もしかしたら彼女は、彼女?
とにかく彼女を躾ける必要がある。このままでは本当に誰かに狙われ、利用されてしまうかもしれない。
俺の婚約者として王妃教育を施し、前世知識を簡単に口に出さないよう、笑顔で注意を促し続けた。
結果、悪役令嬢にならないよう俺好みの可愛らしい淑女が出来上がった。時折見せるツンデレがとても可愛らしい。
やはり彼女だ! この頃には俺は彼女が彼女なのだと確信していた。
俺が守るべき、最愛の人。
時が過ぎ、俺はヒロインに会ってしまった。
まさか本当に存在していたなんて……しかも、強制力? なんだ、これは? 俺はパニックになりながらも、どうにかその場を乗り切る。それからは色々な事を調べまくった。
ヒロインの情報やら強制力のような人を操れる力が存在するのかどうか……。
裏の場所まで調べつくして、やっと黒の石に辿り着いた。思った以上の重大さに頭を抱える。俺一人でどうにかやり過ごせる問題でもなさそうだ。
どうする? 今手駒として使っているのは、乳兄弟のマーロンとその配下。そして俺が独自に囲っている呪術師。
外での件はマーロン達が動けるが、これからおきるであろう問題は学園内。
学園内で動いてくれる者を見つけないといけない。そうなると彼女に黙っている事はできなくなる訳で……。俺は彼女、ユリアを先に味方につける事にした。けれど、この事をどうやって知らせる? 彼女が前世の事を思い出してくれるのが、一番手っ取り早いのだが……。
俺はユリアに出会って思い出した。ユリアは俺に出会っても思い出しもしない。地味に傷付くが、仕方がない。もっと強力な刺激を与えればもしかしたら……。
そういえばこのゲームのタイトルは……そうして俺は、キスをした。
ハッと目が覚めると、見慣れた部屋の天井が目に付いた。
ここは城の俺の部屋か。
何故か前世を思い出し、彼女が前世を思い出すまでの間、葛藤していた時の夢を見た。
あの期間は俺にとって楽しくもあり、苦しくもあった。
ユリアが彼女だと分かっていたが、彼女と一致する行動が垣間見れるたびに俺の心は華やいだ。彼女を彼女の個性を生かしたまま、理想の淑女に教育していくのも楽しかった。
けれど、ヒロインが登場してから自分の心が崩れていくのが分かった。自分であって自分でない者に変わっていくような感じだ。
流されてたまるか! 俺は今度こそ彼女と生きる!
その一心で自分や周辺に抗った。今のところ、ストーリーは続いているものの、どうにか覆せている。
第二・第三のヒロインを遠ざけたところだが、あと三人も残っている。彼女達が何もしないでいてくれるのなら、俺も無駄には時間を取りたくない。
もう一度、ユリアの夢でも見るか。とシーツを被りなおしたところで、無情にもそのシーツはマーロンによってはがされた。
「ほい、黒の石情報の続編」
ポイっと放り投げられたくしゃくしゃの紙。王子の報告書をもう少し丁寧に扱えと言いたくなるのを我慢して、俺はその紙に目を通すのだった。




