駄々っ子を成敗
転んだヒロインからは、ガンッと鈍い音がした。頭を打ったんじゃないかな?
~~~~~どうしよう~~~~~。
ヒロインはそのまま起きる気配もなく、私は目の前の光景に固まるしかなかった。
何が正解? 手を差し伸べる? でも私はこの子が抱きつこうとした王子様の婚約者だし、だからといってこのまま素通りするのも人としてどうかって話よね。
固まる事、数分。
ガバッと自力で起き上がったヒロインは「どうして誰も助けないのよ」と怒鳴っていた。
良かった。怪我はないようだ。あ、でもちょっとおでこすりむいている。
そして、そっと隣に来たエリーゼの手により、私は場所を移動させられた。
あのままではヒロインの目の前で、とばっちりを受けるかもしれないと気をきかせてくれたみたいだ。ありがとう。
「か弱いレディを避けるなんて酷い。私何もしてないのに、王子様まで私をいじめるんですか?」
誰も何も言わない状態に業を煮やしたのか、ヒロインは目の前の王子様をジッと潤んだ瞳で見つめる。座り込んでフルフルと震えながら涙を流す少女は、庇護欲をそそり、誰もが手を差し伸べたくなるような雰囲気を醸し出している。ハリーが手を差し伸べてくるのを、疑ってもいないのだろう。
「……不敬罪って知ってる?」
「え?」
腕を組んだままのハリーが、ニコリと笑ってヒロインを見ながら伝家の宝刀よろしく、その言葉を口にする。
私には耳慣れた言葉だが、ヒロインには寝耳に水なのだろう。
またもや口をパックリと開けて呆けた顔をするヒロイン。美少女も台無しだ。
「ああ、その様子だと知っているようだね。君は今まさにそれをしているんだけれど、分かってる?」
「あ・あの……」
「私が見る限り、君は君の言う上級貴族を酷い酷いと罵倒して、皆が使う学園の廊下で泣き喚くという迷惑な行動をしている。その上、面識のない私に飛びつこうとする下品な行為まで行おうとした。極めつけは、私を王子と知って酷いと、自分をいじめるのかと、王子が令嬢を観衆の中でいじめる人間だと貶めた。これが不敬罪ではなくなんだというのかい? ああ、不敬罪だけじゃないって事かな? そうだね、名誉棄損に騒音による迷惑防止条例も今の君に引っかかるかな?」
「!」
つらつらと、ヒロインの今の行動に対する罪状を言いあげる王子様。
名誉棄損は別として、迷惑防止条例ってこの国にあったっけ? 前世の記憶と重なるなぁ。まあ、ヒロインが気付いていないようだから、いっか。
ヒロインことカノン・グーラス男爵令嬢をチラリと見ると、顔色が悪くなっていくのが分かる。
「い・嫌だなぁ、王子様ってば。ここは学園で私達は学生なんですよ。そんな罪とか大げさですよ。私は田舎貴族の娘で王都の決まり事には疎くって、だからお母様もバーバラ様のお母様に私の面倒を頼んだんですよ。私の至らぬところは補ってほしいって。ね、バーバラ様」
そう言ってムクッと起き上がると、ダリアス様に止められているバーバラの所に行き、その手をダリアス様から取り上げた。
困惑しているバーバラをハリーの前に突き出し、自分は彼女の背に隠れる。
「ほら、ぼうっと見てないで助けてくださいよ。元はと言えばバーバラ様が私に貴族の決まり事を教えてくださらないから悪いんじゃないですか。私の事はバーバラ様が妹のように面倒みるから安心してほしいって言ったのは、バーバラ様のお母様なんですから、責任取ってくださいよ」
どうやら彼女は自分の失態を、優しいバーバラに押し付けようとしているようだ。
その行動には流石のハリーも目を丸くする。
今の今まで酷い酷いとなじり続けた悪役令嬢に、自分の分が悪いととると全てを丸投げにするなんて……ヒロインの我儘というよりこれは、彼女独自の考えか……。
「いい加減にしろ!」
そんな様子を見ていたダリアス様が……キレた。
ヒロインを怒鳴りつけると共に、バーバラをヒロインから自分の腕へと奪い返す。
「黙って見ていたら、君は一体なんなんだ? 本当にこんな無茶苦茶な子だとは思わなかった。嘘はつくし礼儀もなっていない。極めつけは人に自分の罪をきせようなどと……王都や貴族の決まり事に慣れていない以前の問題だ。こんな子供を一時でも信じてバーバラを疑った自分が腹立たしい。優しいバーバラをこれ以上傷付けるというのなら、我がマーカー公爵家が相手になる!」
……いや、たかが小娘相手に公爵家が相手をしたら駄目だと思いますが……ダリアス様は、騙されていた自分にも腹が立っているようで百パーセント、ヒロインを敵だと認識したのだろう。
「そ・そんな……ダリアス様……バーバラ様、助けて……」
傍若無人に暴れまわっていたヒロインも、本当にこれはまずいと思ったのだろう。その顔は青を通り越して白くなりつつある。それでもバーバラに助けを求めようとするのをやめようとしない男爵令嬢を、ダリアス様はキッと睨みつける。
バーバラはダリアス様に抱きしめられながらも、オロオロとしている。
どうにかこの場をおさめなければと思っているのだろうが、本気で怒っているダリアス様に口を挟めないのだろう。
「……ハリー……」
「ああ、はいはい」
こうなっては仕方がない。この場は王子様に任せるしか、無事に解決へはいかないだろう。
私はハリーに助けを求めた。
ハリーも分かっているという様に、手をひらひらと振っている。
そして手をパンパンと叩くと、ダリアス様の殺気をヒロインから遠ざけた。周りの生徒も王子に注目する。
「カノン・グーラス男爵令嬢」
ビクッと肩を揺らすヒロイン。流石にこの雰囲気で脳内お花畑よろしく、ハリーに助けてもらえるとは考えていないようで、何を言われるかとびくびくしている。
そんな彼女を見据えると、ハリーはニコリと笑った。そして周囲に響き渡る声で言った。
「君には学園での罰を与える。内容は教師陣と相談して決める事にしよう。本来なら私が先程上げた罪状の通り、君を捕まえなければいけないのだが、学園内での事だしね。大目にみてあげる。一週間の謹慎が妥当かな。それと、これは私からの命令だ。今後一切、バーバラ・デュオ侯爵令嬢とダリアス・マーカー公爵令息に近寄るな。知り合いだと述べる事も禁止する。デュオ侯爵夫人とグーラス男爵夫人にもこの旨は全て話させてもらう。その上で夫人同士の交流をもつのは彼女達の勝手だが、以後娘同士の交流を図る事は一切の禁止とする。これを破るようならばマーカー公爵家からグーラス男爵家への制裁を加えても良しとする旨を私、ハリオス・イーブ・デュラリオンが許可するものとする」
皆が驚く中、ハリーはいまだにバーバラを抱きかかえ、ヒロインを睨みつけているダリアス様に向き直る。
「これでいいか?」
「……恩に着る」
首を垂れるダリアス様の肩をポンっと叩いて、ハリーは私の元にやってくる。
「お待たせ。思った以上に時間がかかったね。昼食食べる時間あるかな?」
「……バーバラは納得していないみたい」
時計を見るハリーに、私はバーバラの姿を見つめたまま答える。
攻略対象者の腕の中、白い顔のまま呆然としているヒロインに辛そうな表情を向ける悪役令嬢。
「彼女は優しいからね。自分が見捨ててしまったら、彼女が一人ぼっちになるのは確実だし、母親同士の仲も壊れると心を痛めているのだろう。けれど、仕方がないよ。これでもかなり譲歩したつもりだよ。本来なら兵士に捕まえさせても良かったんだ」
「分かってる。ありがとう、ハリー。あのままダリアス様に任せていたら大変な事になっていたかもしれないもんね」
「お礼はキスでいいよ」
「ん?」
「さあて、食堂に行こう。サンドイッチぐらいなら食べる時間もあるでしょう」
そう言って私の背を押すハリーに、私は素直に従って食堂に向かった。




