三作目のヒロインは
「……バーバラ、彼女はどなたかしら?」
「あ、はい。私はカノン・グーラスです。男爵家の娘です。マリノチェ様は王子様の婚約者なんですよね。私も王子様にお会いしたいです。今度……」
「お黙りなさい、カノン。ユリアーズは私に話しているのです。貴方がでしゃばってはいけません」
「こわ~い、バーバラ様。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。私まだ学園に慣れていないのに~」
え~ん、と泣きまねをする少女に私達は唖然としてしまう。
侍女にカノンと名乗る男爵令嬢を任せてさがらせると、バーバラは深く頭を下げた。
「申し訳ありません。ユリアーズ様、皆様。ご不快な思いをさせてしまいましたわ」
学園内にあるカフェの一か所。ここは学園自慢の庭園が見渡せる席でも有名だ。
本日は天気も良く開放的に開いた窓からは、爽やかな風が舞い込んでいる。
誰もが使える場所ではあるものの人気は高く、天気の良い日は上級貴族が使う場所として一般生徒は遠慮し、給仕として働く使用人も予約席と書いたプレートを用意している。
一定の時間内に上級貴族が現れない場合は、そのプレートは取り除かれて一般生徒も利用できるのだが、それはなかなか望めない。
ハリーこと、第一王子の婚約者である私は月に一度の放課後、天気の良い日に令嬢を数人連れて、ここでお茶をしている。
定期的に開いているこの会は、もちろん将来王太子妃となる私の交友関係を築くためのものではあるが、この会のお蔭で普段から私に接触を図ろうとする者は少なくなった。
私の日常を邪魔してまでそばに寄り、嫌われてしまっては本末転倒。それならば確実に友好を交わしてくれるこの会に呼ばれるまで大人しくして、この会で気に入られる方が、何倍もいいという訳である。
毎回出席をしているのは、私の親友でもある二作目の悪役令嬢エリーゼと三作目の悪役令嬢バーバラ。彼女達は私の補佐としての役割も担ってくれている。
そして本日も爽やかな日差しの中、行われる予定のその場所に今回の招待者の令嬢方と連れたってやって来た私達は、信じられないものを目にする。
予約席と書かれたプレートの前に、我が物顔でデンッと座り込んでいる一人の少女。
彼女はこちらを向くと、可愛らしい笑顔で「バーバラ様」と手を振ってくる。
バーバラは悲鳴のような声をあげる。何をしているの、カノン? と。
「え~、だってこんな気持ちいい場所に誰も座ってないから、もったいないなと思って。ああ、皆さんも座りたいですか? いいですよ。同席させてあげます。一緒に座りましょう」
そう言って、私の席であろう中央の場所から手を広げ、令嬢方に座れと命じる。
ちょうど彼女を挟んで、皆が侍るような状況になるのだ。いや、私がそこに座りたかった訳ではないんだけれど、立場上、主催者である私がそこに座らないといけない訳で……本来なら末端の末端、隅っこの方が理想ではあるけれどね。
そうして唖然としている皆の中、バーバラ一人が顔面を蒼白にして口をパクパク開け閉めしているので、とりあえずバーバラに話をふった方がいいのかと思った私は、バーバラに問いかけてみた。
「……バーバラ、彼女はどなたかしら?」
怒っている訳じゃないんだけれど、思ったより低い声が出てしまった私に、バーバラはビクリと体を揺らす。
ちょっと、ちょっと、同じ悪役令嬢なんだから、そんなに怯えなくてもいいじゃない。家だって私と同じ侯爵位なんだから。まあ、私の場合、婚約者が第一王子なだけなんだけれど。
だけどそんなバーバラを無視して、何故か問題の当事者である少女が自己紹介を始めだす。しかも私に向けて、婚約者の王子に会いたいと言ってきたのである。
これにはカフェにいる全員が呆気にとられた。
はっ、淑女としてこの顔はまずかったかと思わず扇で顔を隠すが、そんな私に気付いたバーバラが、怒声に近い音量で少女を窘める。
「お黙りなさい」と。うん、これが本音だろうな。
しかしバーバラの気持ちも知らずに少女は、バーバラが怖いと言って泣き出す。いや、泣きまねをする。だって明らかに涙出てないし……。
異常に大きな泣き声を発す少女に、近くにいる生徒は離れ、私達も耳を押さえたくなったが、流石にそれは淑女としてできないと笑顔をこわばらせたところで、バーバラが三人の侍女を呼んで泣きまねをする少女をさがらせるべく促した。
「何をするんですか、バーバラ様。私が先にここに座っていたんですよ。無理矢理奪う気ですか。酷い!」
そう言って抵抗する少女に、バーバラは口元を引き攣らせながらも「奥でこのカフェ自慢のケーキを食べさせてあげます。お行きなさい」と言うと、少女は「まあ、それなら……仕方がないから、ここは譲ってあげます」と引いた。
私達がホッとしたのも束の間、侍女に連れられ奥に進もうとした少女は、私にクルリと向き直り「その代わりマリノチェ様、王子様を紹介してくださいよ」と言って去っていった。
………………。
え? なんで私がハリーを三作目のヒロインに紹介するの?
私は唖然となったが、周りもなっていたようだ。
暫し無言の空間がそこには存在した。
「申し訳ありません。ユリアーズ様、皆様。ご不快な思いをさせてしまいましたわ」
一人謝罪を口にするバーバラが、痛々しく感じる……。悪役令嬢なのに敵対するヒロインを庇わないといけないなんて……なんの拷問?
「……彼女の名前はカノン・グーラス。男爵令嬢でして、私の母と彼女の母が乳兄弟なのですわ。それで王都に慣れていない彼女を気にかけてあげてほしいと母に頼まれましたの。幼い頃にも何度か会った事があるのですが、もっと大人しくて素直な子だったんです。けれどもこの学園で再会した時には、もうあんな感じで……私もどうしてあげたらいいのか。何度も注意したのですわ。貴族というものをもっと理解した方がいいと。けれどそのたびに酷い。いじめられたと言って大泣きするのです。何を言っても何をしてあげても、私が怖いと言って怯えるのですわ。最近ではダリアス様まで……あ、いえ、これは余計な話でしたわ。申し訳ありません。これは愚痴ですわね。忘れてください。とにかく知人である私が彼女の行動を止められず、皆様にご不快な思いをさせたのは事実。至らぬ私に免じてこの場はお許し願えないでしょうか」
大暴れしたヒロインがさがり、改めて席に着いた私達に、そう言って事情を説明しながら謝罪を口にするバーバラ。
その謝罪の途中で聞き捨てならない言葉を聞いた。私とエリーゼはアイコンタクトを送る。最近ではダリアス様まで……そう彼女は口にした。
ダリアス・マーカー公爵令息。銀髪に水色の瞳の彼はバーバラの婚約者。そして三作目の攻略対象者である。
そういえば三作目では、何故かヒロインと攻略対象者が出会う前から、悪役令嬢であるバーバラは彼女をいじめていた。
なんか気にくわないとか目障りだとか理由があってないような事で、いじめが始まっていたような感じだった。何、それ? 本当に悪役だな。て思った覚えがある。
けれど現実ではちゃんと繋がりがあったんだ。
母親に頼まれたんじゃあ仕方がないと何くれと世話を焼いたけれど、彼女は一向に向上しない。注意すればグズグズと泣く始末。泣き虫ヒロインって呼ばれるほどに泣いてばかりのスチルだった。泣き顔にキュンキュンしているファンも多かったなぁ。
そりゃあ、苛立ちもするよね。けれどだからといって、ゲームのようにいじめるのはよくない。いじめ駄目、絶対。
目の前のバーバラはいじめなんかしていない。それどころか必死で彼女を庇っている。自分の監督不行き届きだと言って……良い子だなぁ。
それなのに婚約者のダリアス様は、あっという間に攻略されてるんじゃないの。なんなの? バーバラがこんなに頑張っているのに、いくら黒い石の影響があるとはいえもう少し抗いなさいよ。
これはのんびりしていると、バーバラがもっと酷い目にあわされるわ。
「バーバラ!」
私はガシリとバーバラの手を握る。
「え? え? ユリア?」
「困った事や辛い事があったら言ってね。私はバーバラが大好きよ。友達でしょ」
そう言った私に、困惑していたバーバラは次の瞬間、花が綻ぶような笑顔を向けてくれた。
「ありがとう、ユリア」
「私もいるわ、バーバラ」
「そうね。ありがとう、エリーゼ」
「私達もいます。私達もデュオ様の味方ですわ」
「……皆様……ありがとう、ございますわ」
そしてカフェの一角では女性達が円陣を組むように、バーバラの周りに集まり心を一つにしている光景ができあがったのであった。
打倒、カノン・グーラス!と。
……一応言っておきますけど、いじめじゃないからね、これは。




