対策としては
名門クレール学園の校門前、大勢の生徒が行き交う中、小説のシーンに出てくるワンシーンのような光景を目にする生徒達。
美少女と評する事ができる茶色い真ん丸の瞳には、涙がうっすらと盛り上がり、ストレートの茶髪が風になびいている。その少女を助けるかのように抱きしめる強い腕には筋肉が盛り上がり……ん、筋肉?
ゆっくりと顔を上げる少女が目にしたのは、金髪碧眼の優しい美貌の青年……ではなく、逞しい眉に短髪の無精ひげの中年がそこにはいた。
「~~~~~~?!?」
声にならない悲鳴を上げ後ろに飛びのく少女は、またもや勢いよく転ぶ。
ドシンと尻もちをつく少女。今度は助けは入らなかった。
前日の雨の影響か、塗装された地面に小さなは水たまりができており、哀れ彼女のスカートは水を含んでしまっている。
「嬢ちゃん、大丈夫か? 勢いよく突進して来て転びそうになったところをせっかく助けてやったのに、また転ぶなんて……嬢ちゃんはかなりの粗忽者なんだな」
助けようと手を伸ばす中年に少女はフルフルと首を振り、震える唇で「王子様は?」と問うてくる。
中年はなんでもないように「ああ」と言って、少女の前方に指を指す。
そこには紛れもない小説のワンシーン。
金髪碧眼の美貌の王子様が赤髪緑目の婚約者を横抱きに、堂々と校舎に向かって歩いていたのだ。
『やっぱり俺に体当たりしてきたな』
『流石と言うか、凄いと言うか……でも、これは一体どういう状況か説明して下さる?』
ハリーの首に両腕を回しながら、赤い顔でついコテンと首を傾げてしまう。その行動に上を向いたハリーが『くぅ~』と言っているのは聞こえない。
時が遡る事、数分前。
校門前で馬車から降りた私をハリーが突然、私の背中と足裏に腕を差し入れ抱き上げたのだ。
目を白黒している私に構わず、そのままお姫様抱っこをして校門をくぐるハリー。
私達の鞄は後ろからついてくる護衛騎士二名の内、一人がまとめて持ってくれている。その護衛騎士にも目がいく。いつもと違う二人なのだ。
注目を浴び生徒達が騒めく中、顔が赤くなるのはおさえられない私は暴れたい気持ちをグッと我慢する。ハリーには何か考えがあるのだろう。
いくらハリーでも理由もなく人前で、いきなり私を抱き上げるなどするはずないのだから。……ないと信じたいので『ヒロイン対策?』と小声で聞くと『今朝思い出したんだ。多分俺に体当たりしてくる』と答えてくれるハリー。理由があってホッとした。
『私を抱えたまま体当たりされたら、三人共危ないんじゃないの?』と問うてみるが『大丈夫』とだけ返された。
詳しくは後でね。と言われたので、これ以上聞いても何も答えてくれないなと悟った私は、赤くなる顔を隠すようにハリーの胸に顔を埋めて、そのまま大人しく運ばれた。
数歩も行かないうちにタタタッと貴族学園ではありえない、走る足音が背後から聞こえてきた。
ハリーの背中から顔を出すと、下を向いたまま物凄い勢いで何かが突進してくるのが分かった。
ビクリと体を揺らすと、その振動でハリーは気付いたのか護衛騎士に顎でクイッと指示を出す。
心得ているというように荷物を持っていない方の護衛騎士が、ハリーとその突進物の間に入り込む。その間もハリーは何も知らないというように、前へ歩み続けた。
そうしてその突進物は、前方の人に当たる前に転ぶふりをして、自らの体をその前方の人物にぶつけたのだ。護衛騎士が助ける中、ハリーと違うと気付いた彼女は全身で拒否を示し、今度は本当に転ぶ事となる。
呆然と私達を見つめる彼女を護衛騎士が無理矢理立たせ、保健室へと誘導する。
ちょっと可哀そうかな。と思いハリーの背中越しから見ていると、校舎内に入ったハリーが『説明するね』と言って、降ろしてくれた。
降ろすと同時に「靴が濡れなくて良かったね」と一言添える。
周りの生徒は『ああ、雨で地面が濡れているから婚約者を運んであげたのね』と微笑ましそうに相好を崩す。優しい王子様のイメージは絶好調だ。
人の目を避け、裏庭に出る廊下で話す事にした私達は、話が聞こえない程度に護衛騎士から距離をとった。己の身は己で守れる、武術にもたけたハリーだからこそ認められる行為だ。
雨上がりの早朝に、わざわざ裏庭に出てくる者はいないだろうから、この場所はちょうどいいかもしれない。
ハリーは私を壁際に立たせると、私の顔を挟むように両サイドに手をつき耳元でひそひそと話始めた。
壁ドンかよ。というツッコミはこの際おいておく。
『今朝、彼女が雨の翌日に校門前で俺の背に突進してくる話を思い出したんだ。ユリアもそばにいたはずだから、覚えてるかな?』
『そういえば、イベントの一つでそんな事もあったね。余りにもヒロインが転ぶ場面が多すぎて、忘れていたわ』
『確かこれがきっかけでヒロインが転びそうになるたびに、どこからか王子が現れて助けてくれるってのが定番になったと思うんだ。君はうっかり屋さんだから、目が離せないよ。とかなんとか言って。数度繰り返した後、ヒロインと王子は常に行動を共にするようになったはずだ。違う?』
『そうね、確かにそんな話だったと思うわ。だから護衛騎士に彼女を任せたのね。そのきっかけを作らないために。それは分かるわ。けれど、私を抱き上げる必要はなかったんじゃないの? あれは……恥ずかしかったんだから』
プウッと頬を膨らませると、ハリーが下を向いて肩を震わせている。
何よ、中身平凡地味女が拗ねて変な顔したからって笑わないでほしいわね。プンプン。
気を取り直したのかハリーが顔を上げて、私の頭をよしよしと撫でる。
やめれ。侍女のケイトの力作を、授業も始まらないうちに壊すでない。私はペイっとハリーの手を自分の頭から引き離した。
『はあ~、俺の嫁はなんでこうも可愛いんだろう。護衛騎士に彼女を任せたのはユリアが言う通り、俺とのきっかけを作らないため。それといつもの護衛騎士から違う騎士に変えたのは、万が一にでもいつもの護衛騎士と親しくなられたら困るから、その予防策。いつもの二人はユリアも覚えているだろう。中々に顔がいい。ヒロインが嬉々として絡んでくる可能性も無視はできない。だからヒロインの好みには縁遠そうな二人に頼んだんた。あの二人なら万が一の事もないだろうと。案の定、彼女は逃げようとして今度は本当に転んだだろう』
最初の方は小声過ぎて聞き取れなかった。けれど、そうか。人が違っていたのはそういう事だったのか。確かに好みではなさそうだったな。助けてもらったのに逃げてたものね。
けれどヒロインさんのスカート、びしょ濡れだったけれど大丈夫だったのかな? 一緒に保健室に行った護衛騎士さんは、まだ戻ってきてないみたいだし。
「保健室に予備のスカートはあったはずだけれど、本当に転んじゃったのは可哀そうだったね」
「はい、それ!」
ビッと人差し指を鼻に突きつけられ、目が中央に寄ってしまった。どれ?
ハリーはハア~っと力なく息を吐くと、やっぱり抱き上げていたのは正解だった。と仕方がないというように顔を上げた。
「ユリアを抱き上げて先を歩いていたのは、ユリアをヒロインのそばに行かせないため。普通に歩いていたら、後ろで転ぶ彼女に君は手を貸していただろう」
そんな事はないと反論しようとしたが、確かにびしょ濡れの彼女を放っておく事が私にできただろうか? だって淑女がスカートびしょ濡れでおじさん(護衛騎士)に保健室へと追い立てられる姿は、流石に哀れに思った。女性に付き添われた方がまだマシなんじゃないかと考えて、自ら手を出す私の姿が想像できた。
「……………………」
無言でいる私にハリーはまたもやハア~っと息を吐く。
「他の女生徒ならそれでもいいよ。君の優しさだからね。けれど彼女は俺を攻略しようとしてきている敵だよ。君が関係をもってしまったら、彼女は君をも利用して俺に近付いて来ようとする。必ずね。そう思わない?」
確かにヒロインならそれぐらいはしてきそう。じゃあ、先程の行動は靴が濡れるのを避けるためでもなく、私を危機から守るためでもなく……。
「ハリーが私を抱えてたのって……」
「捕縛」
あ、やっぱりそうなんだ。私が余計な事をしないため。って、それってちょっと酷くない? ムッとした私が顔を上げると、唇に温かなものが触れた。
……え~っと、私、ハリーに、キス、されてる?
え? なんで?
数秒後、固まってる私の唇から離れたハリーは、額同士をくっつけてくる。
「あ~、本当に可愛い。ユリアのそういうお人よしなところ大好きだけど、イベントは必ずやってくる。というか、ヒロインが無理矢理にでもイベントをおこそうとする。たまにはユリアを補充していないと、強制力に負けちゃう気がするんだよな。ごめんね、嫌だった?」
信じられない至近距離で、ハスキーボイス垂れ流しの推しの言葉に、誰が反論できるというのであろうか。
「……その言い方は、ずるい」
結局は口をパクパクさせた後、そんな力ない言葉しか出てこなかった私は、少しでも視線を逸らそうと俯いてしまう。
「わざとだよ。ずるい言い方しないとキスさせてくれないでしょう」
「……その言い方もどうかと思う。もう少し遠回しに言う事はできないの?」
「できないなぁ。ユリアが大好きだから嘘はつきたくないじゃない。ていうか、俺って元はホストだよ。本音言うならもっと色々とやりたいけれど、流石にそれはまずいだろう?」
そう言ったハリーに私は体を跳ねさせる。やばい! 大人しくしていると何されるか分からない。
「あ・当たり前でしょう。ハリーは王子様なんだからね。皆の見本となる行動をとらないといけないんだからね」
「でしょう。ユリアに嫌われたくないから、我慢してる。偉いでしょ、俺。褒めてくれてもいいよ」
え? なんで褒めるの?
「キスまでならギリセーフだよね。婚約者なんだし。そういうわけで結婚するまではキスまでで我慢するから、ユリアも我慢してね♡」
あれ? 何言われてるか理解できない。えっと……ハリーも我慢するから、私も我慢するって事? ん? 何を?
ジリジリジリッと始業ベルが鳴る。ああ、もうそんな時間ね。
「行こうか」と促すハリーに、私は「うん」と言って素直に歩く。
なんの話してたっけ? なんか真面目に考えたら私の脳が爆発しそうだから、ここはきかなかった事にしよう。うん、それがいい。




