ヒロインって捕食者だろう
「うちの嫁さん可愛すぎ……」
「まだ嫁じゃないだろう」
ユリアをマリノチェ侯爵邸に送った帰りの馬車で、俺が顔を両手で覆いながら悶えていると、御者席に乗っていた側近のマーロンが隣に乗り込んできた。
「やっぱこっちの方がいいな。ケツ痛かった」
ケツって……なんか二人の空間が汚されたような気がする。俺はムッとして、ついついマーロンを睨んでしまう。
「婚約者とのラブラブ空間を邪魔する気か?」
「だから気を利かせてるだろう。彼女がいる時は必ず御者席にいるだろうが」
さも感謝しろというように言ってくるマーロンが気に入らず、マーロンの座っている横辺りを蹴ってやる。ガンッ!
「当り前だ。彼女の侍女も遠慮させているのに、お前が一緒に乗り込んでどうする?」
「……愛しのユリアちゃんにその本性さらけだすなよ。絶対引かれる」
「うるせぇ、ユリアちゃんって呼ぶな。それよりも調査の方は進んでいるのか?」
「本当に人使い荒い。乳兄弟じゃなかったらとっくに逃げ出してるぞ」
俺の乳兄弟こと側近のマーロン・ガルシャは、懐からガサガサと皺だらけの紙を取り出す。
まあ、確かに乳兄弟じゃなかったらここまでの本性はさらけだしていないだろう。しかし、俺が言うのもなんだが、このマーロンの粗野な行動もどうかと思う。
こいつの母親は俺の母親、王妃の古くからの侍女で、伯爵の娘だった。父親は近衛騎士団長。
血筋は良いはずなんだが、気が付けば俺と同じ。外面はちゃんとしているが、中身はこれだ。どうしてこうなった? 俺の場合は前世の影響がありまくりだとは思うが、こいつは普通にこの世界の人間だ。
まあ、似た者主従という事かな。
俺は前に座って外を眺めるマーロンの顔を横目に、奴の持っていた皺だらけの紙を丁寧に広げて読み始めた。
報告書にはクラリス・レイの過去と黒の石の情報を調べさせたものが書かれている。
クラリス・レイ子爵令嬢。彼女はゲームと同じように元は平民である。
レイ子爵の領地にある教会に身を寄せていた子供、それがヒロインの彼女。そこで貧困に苦しんでいた教会を窮地から救い、領地に潤いを持たせた事により、レイ子爵に見初められ養子にまで入り込んだ。
枯れた土地を耕しなおし森から腐葉土を運び込ませ、見事に作物を実らせたのだ。
最初は教会の付近で、子供達とエンドウ豆やカブに似たこの世界の野菜を作り始めた。それが立派に実った事によりその後、付近の大人達を巻き込んだ。今ではレイ子爵の領地の収入源として、発展させている。
それを十歳の頃から三年間で成し遂げたのだから、恐れ入る。
一年前に見事レイ子爵の養女の座を勝ち取ると、こうして俺の前にヒロインとして現れたのだ。
やはり彼女は俺達と同じように転生者であると同時に、かなりの腹黒のようだ。
その努力は認める。が腐葉土の知識など、この世界の人間は持ち合わせていない。ましてや森に取りに行こうとする者などいるはずがないのだ。それもわずか十歳の少女が。
そしてその功績をおくびにも出さない。今、学園では彼女は子爵令嬢として生きている。まるで産まれた時からそうであったかのように。
ゲームのヒロインは、教会に身を寄せていた平民の子供ではあったが、実は子爵の落とし種である。つまりヒロインは本当に貴族令嬢なのだ。だから功績など積まなくてもいずれは子爵が彼女を見つけ、迎えに行くというのが本当のストーリー。
だが、彼女は自分から功績を積み、子爵に血の繋がりとは関係なく養子として迎えさせた。
彼女はただのヒロインではない。と思うのは俺の考え過ぎだろうか?
初めて街で遭遇した時、強制力が発動された俺は彼女を可愛いと感じてしまった。力が働かない限り、この俺が初対面の女に可愛いなどと思うはずがない。
何故ならば、ユリアにもあかしたように俺は前世でホストをやっていた経歴がある。
俺の店は高級店でそれなりに評判が良く、芸能関係の人間も遊びに来ていたほどだ。その中でナンバーワンを維持していた俺が、ほどほどの顔の良さでは可愛いなどと思うはずがない。
ヒロイン達のあの目はホスト時代、客が向けてくるギラギラとした捕食者そのものの目。
以前にユリアがヒロインの目力半端ない。とか言っていたけど、あれは捕食者の目の事だろう。どのヒロインも必死過ぎて怖いんだよな。けれどあの目が可愛いとか思う奴もいる。俺には全くもってよく分からない事だが。
ヒロイン達の行動からは、どうにかしてイベントを成功させようと必死なのがありありと見え、攻略対象者は自分のものであるのが当たり前だと思っている。
それでも攻略対象者本人を本気で好きなら、まだ救いはある。がヒロインはそうではない。
特にあのクラリス・レイはそのように思う。俺が好きなのではなく、攻略対象者というハイスペックな王子、ハリオス・イーブ・デュラリオンが好きなのだろう。
初対面の媚びた仕草に潤んだ瞳は、俺の表面だけに注がれたいた。
俺を……王子を我がものにしようと動く女。そんな女の性格がいいはずがない。それに何より俺のそばにはもうすでに、最高の女がいる。
長い付き合いだ。彼女の事は分かっている。
現世の彼女はとても美しい。前世で出会った芸能人なんかよりよっぽど綺麗だ。いや、前世でも彼女は悪くなかった。少なくとも俺には、笑うと出る八重歯が可愛く映った。
それに何より、性格が一切変わっていない。
前世の彼女の性格を俺は語れるほど知らないが、一緒に過ごした僅かな時間の彼女の本質と今の彼女の本質は一切変わっていない事は知っている。
彼女は彼女だ。俺が初めて愛しいと感じた女性……。
そんな彼女を排除して俺の隣を奪い取ろうと画策する女など、この俺が許すはずがない。何がゲームだ。ヒロインだ。そんなの現世で生きる俺にはなんにも関係ない事だ。
ゲームの強制力は確かにあるかもしれない。けれど、黒の石の力にも寄るところが大きいだろう。
この石をどうにかすれば、こんなうっとおしい問題からも解放される。
何度盗み出して、壊させようかと思った事か分からない。けれどそれでは、裏で手を引いている奴が諦めるはずがない。黒の石がどれほど存在するか分からない以上、盗むよりは黒の石に願いを込めさせて、力を失くさせる方がいい。俺はそう結論付けた。
黒の石の出所は、黒のローブを着た女。
奴の居所は以前つかめていないが、貧民街に似たような者が出入りしているのを、目撃されている事がこの報告書には書かれている。黒の石が売られていた場所よりもやばい所だ。
叩けば叩くほど埃が出る女に、嫌悪感を抱く。
王子である俺が直接動くわけにもいかないところが、最も苛立ちを感じる点でもある。
王族、めっちゃくちゃ面倒くさい。
ユリアがいなかったら、王位なんて地位とっくに捨てている。俺が素直にこの場に収まっているのは、単にユリアの存在があるからだ。
あの自由奔放なユリアを守るには、王族という立場が一番だからな。
俺はマーロンの皺だらけの紙をギュッと握りしめて、ゴミのようにマーロンに投げて返す。
「お前なぁ~」と文句を言っているが、元よりゴミのようにしていたのはお前だからな。
だけど一言だけ言っておく。
「ご苦労様。引き続き頼む」
あ、二言か。
馬車の窓から外を眺める俺に「よしよし、素直素直」と頷いているマーロンは見えていない。見えていないったら見えていないからな。




