実は天然でした
「ユリア、最高!」
入学式が無事に終わった後、借りた空き教室で私とハリー、ティモン様にエリーゼの四人になったところでハリーが私に抱きついてきた。
一応、我慢したんだろうなと思う私は、ドキドキしながらも大人しくハリーの腕の中に収まる。
「けれど、ユリアが壇上に現れた時は驚いたわよ」
招待された在校生の席から見ていたというエリーゼは、肝を冷やしたと言う。
当然だろう。私の登場は予定には全くないものだったのだから。後で教師陣にも窘められたが思いのほか好評だったのと、壇上に近寄る怪しい女生徒の存在を話すと無罪放免になった。
王子であるハリーが壇上に上がるのは、慣れている在校生ならば問題はないが、新入生にとっては初めて見る王子様。興奮した者が何をするか分からないという、もしもの話で教師にも怪しい行動をとる生徒は止めるよう注意を促していたが、本当に行動をおこした女生徒は止める教師陣を無視した。そこで大事にしないためにも、婚約者の私が表に出たのだと説明したのだ。嘘ではない。
私がハリーの隣に立つ事で、ヒロインがハリーに話しかける事はできないだろうとの咄嗟の判断だった。迷っている暇はなかったのだ。
甲斐あってヒロインはそのまま固まった。それでも諦めないヒロインは、入学式後ハリーを探していたようだが、私達は見つからないように空き教室に身を潜めた。
そうして今に至る。
「ああ、もう。俺の婚約者はなんて素晴らしいんだ。美人で頭が良くて行動力もあるなんて、こんないい女、手放せるわけないよね」
尚もスリスリと頬を寄せるハリーに流石に恥ずかしくなってきた私は、ハリーの腕の中から出ようともがく。
「も・もう、褒め殺しはやめて。それよりも次の作戦たてなきゃ」
「そ・そうよね。次の作戦たてなきゃね。ティモン様、そのワキワキしている手をこちらに向けないでください」
私とハリーが余りにもベタベタするのでティモン様が羨ましくなったのか、便乗するようにエリーゼに近付いて行ったのを、エリーゼは慌てて止めた。
「そ・そんな、エリーゼ」
「駄目ですよ、話が進みませんから。それよりも次は何かおこるのかご存知なのですか、ハリオス様」
ピシャリとティモン様の攻撃を止めたエリーゼは、ハリーに向き直り話を進める。
ハリーの手が緩んだところで私はパッと脱出する。ハリーは苦笑するが捕まえてはこないようだ。そのままエリーゼのそばに寄り、二人で椅子に座る。
エリーゼ達にはおこりうるであろうイベントは、呪術師に聞いていると話していた。
「当分は様子見かな。一応黒い石を買った令嬢は分かったから、それだけ伝えておくね。正直その令嬢方が何もしなければ、こちらも動く必要はないからね」
確かにヒロイン達が普通の学園生活を送ってくれるのならば、こちらから干渉する必要はない。寝た子を起こすような行為をする必要、全くないものね。
「カノン・グーラス男爵令嬢。メモリー・ディアス子爵令嬢。ミーニャ・カレン男爵令嬢の三人」
「では、彼女達は要観察で。ミレーヌ・フォイン男爵令嬢もあれで諦めてくれていればよいのですが……まだ様子見ですね。目下のところ、一番気を付けておく人物はクラリス・レイ子爵令嬢といったところですか?」
ハリーが三人の名をあげると、エリーゼはスラスラとメモを取る。後でティモン様と一緒に彼女達の現状を調べてくれるのだろう。
そしてクラリス・レイ子爵令嬢。彼女が私にとって一番恐れるヒロインだ。
正直フォイン男爵令嬢も後の三人も、少しおバカな天然キャラ的な要素が強い。もちろんそれぞれの作品をいかした性格には変えられているので、個人の特徴は似て非なるものではある。
その中でクラリスは流石に一作目という事もあって、スタッフの力の入れ方が違うのだ。正に聖女といわんばかりの美しい心根の持ち主。
どうしても乙女ゲームなので天真爛漫な部分はもっているが、それを十分補えるほどの思慮深さと愛らしさを兼ね備えた天使のような少女。それがハリーの相手なのである。
確かにハリーも、このシリーズのメイン攻略対象者達の中でも一番の美貌とハイスペックな力の持ち主だ。この二人の人気は高く、二作目以降のシリーズの中でも必ずは、一スチルは出るというほどのスタッフ一推しの二人なのである。
だからなのか、悪役令嬢の私もかなりの力が入っている。
悪の華といわんばかりの容姿の美しさは正直嬉しいよ。悪役特有の鋭い表情ではあるが、美人は美人だ。しかもけしからんほどのスタイルの良さ。胸なんかは年齢の割には盛り過ぎだと思う。
タイトルと彼女のスチルを見て、十八禁かと間違えた人は結構な確率でいたほどだ。
そして性格。うん、後のシリーズの悪役令嬢四人が可愛く思えるほどの悪人だ。
傲慢な態度は当たり前。いじめ、差別、しない方がおかしい。そば控えの侍女達は毎日のように鞭打ち、拷問、それによって命を落とした者もいた。
そして全ての悪行は権力をもって揉み消すのは日常茶飯事。それなのに王子の前では猫かぶり。
そんな彼女が目を付けた聖女。生傷が絶えない日々の中、やっと証拠をあげた王子が断罪した時は、皆涙を流さんばかりに喜んだ。
そんな話の悪役が、今の私の立場だ。
いくら今の私と違うとはいえ、前世の記憶をもっていたハリーがよくこんな人と婚約したなと考えていると、ハリーと目が合う。慌てて逸らすとクスリと笑われた。
そういえば小さい頃からハリーは私に王子様スマイルではなく、心底嬉しそうな笑顔で見てくれていたな。決して笑われていたわけではない。何がそんなに楽しいのかと聞いてしまった時もあった。お子様だったから。
けれどハリーはいつも『幸せだなと思って』と言っていた。
そりゃそうか。悪の権化の悪役令嬢が、中身平凡のほほん女だったらホッとするよね。操作しやすいとも考えただろう。
だったらいくら聖女と間違えんばかりの美少女ヒロインに会ったとしても、貴族関係を考えたらわざわざ下級貴族の令嬢と入れ替える事もないもんね。私に大きな難がなければ、ヒロインを選ぶのはデメリットが多すぎる。
なるほどなるほどと私が一人で納得していると、いつの間にかハリーが私の前に来てジッと顔を見ていた。
いきなり麗しすぎる顔が目の前にあって、私は椅子から転げそうになるのをハリーが支えてくれた。
「あ、ありがとう。けど近いよ。ちょっと離れて」
「……今、何考えてた?」
「えっと、クラリス・レイ子爵令嬢って可愛いなって」
「確かにミレーヌよりは可愛いよな」
私が思わず素直に答えると、横でティモン様が頷いた。思わずエリーゼを見ると目が細まっている。あ、呆れてる。
以前から思っていたけれど、ティモン様って頭は良いのに女心が全く分かっていないようだ。
思わず視線を彼らに向けていると、ハリーが自分を見ろというように私の顔を両手で挟んで正面を向かせる。
むにっ。
ああ、思わずタコ口になっちゃった。
「自分も美少女だって分かってる?」
「うん、でもそれって人それぞれの好みでしょ」
先程も思ったが、ユリアーズ・マリノチェは超美女だ。あっさりと認めるといい笑顔でハリーが頷く。
「じゃあ、自分の性格がいいのも分かってる?」
「え? 私性格いいの? 特別いい訳じゃないから、平凡でしょ」
「うん、部屋に囲って延々と語って聞かせたいな」
「あれ? なんで監禁予告?」
外見はいくら美女でも、所詮は平凡な女子大生の私だ。ヒロインに勝てるほど性格がいいはずはない。
目を細めたハリーがぼそりと「マジで監禁してやろうか」と物騒な事を口にする。
え? ちょっと怖いんですけど。
「何度も何度も何度も、これからも死ぬほど繰り返すけど、オ・レ・ハ・ユ・リ・ア・ガ・ス・キ、了解?」
「あ、はい。私も」
「え?」
「え?」
……………………。
あれ? 私、今なんて言った?
目を白黒させていると、目の前のハリーの顔がじわじわと赤く染まっていく。
「あ、いや、うん。ちょっと……待って」
そう言ってクルリと後ろを向くこと数秒……。
「よし、大丈夫。エリーゼ嬢、悪かったね。話を元に戻そうか」
「……あ、はい」
「………………」
今までの会話は、全部なかった事になった。
ハリーの顔から赤みは消え、私は自分が言った言葉を思い出そうとしたが、すぐさまハリーにヒロインへの対策を考えるように言われたので、その時の言葉はそれっきりになった。
まあ、いいか。そんなにたいした事は言ってないはず。言ってないったら言ってない。




