全員入学してきました
入学式当日。
つまり本日は、現在在学中の二作目のヒロイン以外、全てのヒロインが学園に現れる日である。
しかし今日行われるイベントは一作目、ハリーのイベントだけ。全ての者が違うクラスにあてがわれた今、入学式さえ無事に終われば問題はないはずだ。私達はその一点のみに警戒する。
全員揃った講堂の中、私は先頭に座っているであろうヒロインを確かめようと、身を乗り出す。
「あれ?」
「どうしたの?」
いるべき場所に、ヒロインの姿がない。私が首を傾げていると、隣に座っているハリーに手を握られた。
「何するの? 離して」
「今日は祝辞を述べないといけないからさ、緊張して。落ち着くまでこうしていてもいいでしょ」
私はブンブンと手を振るが、ハリーの手は離れそうにもない。そうこうしていると他の生徒達から視線を感じ始めた。私は諦めて握られたまま、手をおろした。
「……緊張なんてした事ないくせに」
「俺をなんだと思っているの? ユリアのそばにいる時は嫌われないか、いつも緊張しているよ」
ニッコリ笑うハリーの顔が胡散臭すぎて思わず「嘘だー!」と喚きそうになったが、グッと堪えた。偉いぞ、私。気を取り直して、ヒロインがいるはずの場所を指で示す。
「……ヒロインが定位置にいない」
「ああ、場所移動させた」
「は?」
私の謎をあっさりと解決したのは、またもやハリー。
「でも、クラスで考えたら前列になるはずだけど……」
「だから、ヒロインのクラス自体変えた」
……何あっさりと解決してくれちゃってるのかな、この王子様は。
「元々、前列にいるから俺を見つけて駆け寄ってくるんでしょ。だったら簡単に駆け寄れない場所に移動してもらった方が早いかな、と思ってさ。本当は護衛で周りをびっしり固めようかとも考えたんだけれど、それじゃあ余りにも物々しくて他の新入生が可哀そうじゃない。だったら障害物がある方がいいかなと。一番遠いクラスになるように、教師に働きかけちゃった」
……ちゃった。て可愛いけど可愛くないんだからな、こんちくしょう。
「それでも駆け寄ってこようとするのならば、ティモンにも一緒に壇上に上がってもらうようにしているから、俺に近付く前に阻止してもらう。まだ、心配?」
「……いえ、それで問題ないかと」
私はにこやかなハリーから目を反らす。なんでこんなに有能なのかな、この人は。
ならばヒロインはどこにいるのかと一応彼女の居場所を確かめるため、壇上から一番遠い一年生のクラスに目を向ける。ハリーも私の様子に気付いたのか、一緒にそちらの方を見る。
確かヒロインはストレートの茶髪に同色の瞳の……いた! 彼女だ。
そう思った瞬間、私は激しい憎悪にかられた。
――何、これ? 彼女が嫌い。疎ましい。憎らしい。いらない。来ないで。どこかに行って……。
負の感情が次から次へと出てくる。嫌、こんなの嫌。私どうしちゃったの?
ポンッ。
………………。
私の手を撫でる大きな手は、さっきまで繋いでいたハリーのもの。
真っすぐ前を見ていたハリーは、ゆっくりと私に視線を向ける。
「愛してるよ」
「!」
なんでこんな所で? 吃驚した私は、先程までの負の感情がスッキリと消えている事に気付く。
今のが強制力? 私は彼女を見た瞬間、彼女を排除しないといけないと思った。いじめ駄目、絶対。の私がどうやって彼女を貶めようかと一瞬にして考えた。
自分の思考が怖い。私は思わず自分の体を抱きしめようと両手を回そうとした。が右手が動かない。そっと手を見る。ああ、ハリーの手が繋がったままだった。ハリー?
そろりと横を見ると、ハリーがにこやかに私を見ている。
ああ、そうか。ハリーが私を戻してくれた。
私がどうにか笑みを返すと、握っていた手を離して肩を抱きなおす。いつもなら暴れる私が、今はただその温かさに安心し、ハリーにそっと身を寄せる。
大丈夫。私は大丈夫。変わらない。ハリーがちゃんとそばにいてくれる。
どくっ、どくっ、どくっ、どくっ。
ハリーの心音を聞いて落ち着いた私は、ハリーから身を離す。
「……ありがとう。もう大丈夫」
そんな私を見て微笑むハリーは「役得♡」と言って、肩から手を離してくれた。もう一度手を繋ぐ。
「凄いね、強制力。これじゃあ、ティモン様に酷い事言えないな」
「ははは、エリーゼ嬢にこの力が働かなかっただけでも、良かったかなとは思うけど」
そう言って壇上を見るハリーの先程の『緊張している』と言った言葉は、本心じゃないかと考える。
本当は彼も怖いのかもしれない。こんな強い力。以前にハリーはヒロインと会っている。その時、強制力が働いたと言っていた。私を思い出す事で逃れたと。
今、私もハリーが手を握っていてくれた事によって救われた。ハリーが必要以上に私に触れるのも、強制力に抗うためなのかもしれない。
私は改めてハリーを見直す。
ハリーは王子様だけれど、ゲームの王子様じゃない。
同じ前世の記憶持ち、私を愛していると、私のそばに居続けようとしてくれている私の王子様だ。
私は繋いでいるハリーの手をきゅっと力強く握り返した。ハリーは一瞬目を見開いたが、次の瞬間破顔した。
あ、そうか。やっと気付いた。
私はハリーが好きなんだ。
「諸君、クレール学園へようこそ。私はハリオス・イーブ・デュラリオン。君達と同じ敷地で学ぶ者として、心から歓迎する」
ハリーが壇上に上がり祝辞を述べると、黄色い悲鳴があちらこちらから聞こえる。
女子生徒はハリーの美貌に、男子生徒は憧れに、父兄は王子と共に学ぶ子供の名誉に、ありとあらゆる所から感嘆の息が漏れる。
そうして動き出した女子生徒が一人。ヒロインだ。
いち早く気が付いたティモン様が、教師陣に声をかける。ヒロインが通る横を生徒達が訝しげな表情で見ている。そんな生徒達をものともしないヒロイン。
凄いな。あんなに離れている場所から壇上に駆け寄ろうとするなんて、本当にヒロインと呼ばれる方は根性がある。
途中で教師陣に阻まれているが「あの方に急用があるのです」と言って進もうとする。
「後にしなさい」と言われているがそのまま突き進み、もう一歩という所で……。
「殿下の素晴らしい祝辞の後で恐縮ですが、私からも一言」
そう言って壇上にいるハリーの横に立ったのは、私。
「皆様、初めまして。ハリオス殿下の婚約者、ユリアーズ・マリノチェと申します。皆様もご存知のように、この学び舎は貴族の学園として学問や教養を学ぶ場所であります。この学園を卒業する頃には、どこに出ても恥ずかしくない子息子女になられている事でしょう。しかし、この学園に在籍している間だけは、身分に関係なくより良き友をつくられ、学生生活を満喫してほしいと願っております。三年とは短い期間ではございますが、皆様悔いのない日々をお過ごしくださるよう在校生一同、心より歓迎申し上げます」
そうして私は最上級のカーテシーをとる。
皆、呆然とする中ハリーが私の腰に手を回す。
「私は立場上、学生の身とはいえ身分に関係なくとは言えない。だが心は彼女と同じ、悔いのない日々を過ごしてほしいと思っている。我が婚約者はそんな私の気持ちを代弁しに来てくれた。改めて新入生の諸君、入学おめでとう」
ニッコリと笑う私達に、前列の生徒が立ち上がる。
「殿下、マリノチェ様。ありがとうございます」
感極まったかのようなその叫びに、次から次へと生徒達が立ち上がる。
「僕、この学園に入学できて本当に嬉しいです」
「お二人からの心からの激励に感謝申し上げます」
「三年間、めいっぱい楽しみます」
「も・もちろん、勉学にも励みます」
「お二人にお声をかけてもらえるように頑張ります」
「ありがとうございます」
止まらない新入生の言葉に、会場中が拍手を送る。立ち上がっている父兄の姿も目にする。
そんな中、呆然と立ちすくむのはヒロインただ一人。
イベント完全阻止、できたかな?




