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こんな始まり

「貴方昨日転校してきた〇〇ちゃんね、初めまして。私は隣のクラスの〇〇よ。貴方もこの乙女ゲーム好きなの?」

 電気屋さんの前で、ふと見つめてしまったゲームのポスター。

 最近流行りの乙女ゲームだ。乙女ゲームなどやった事もない私だが、余りの綺麗な絵柄についつい見惚れてしまっていた。

 そんな所に声をかけてきた一人の少女。ストレートの茶色の髪と同色の瞳。全体的に色素が薄く、日本人離れした可愛い子だった。

 転校したての私に自己紹介をしながら、ゲームの話に入る。

「やった事はないんだけど、すごく綺麗な絵だと思って……」

 私はよろしくと挨拶した後、素直にゲームは知らないと答える。ここで嘘でも好きだと言えば、仲良く話が出来るかもしれないが、そんな嘘はすぐにばれてしまう。ここは正直に答える方が得策だ。

 案の定、彼女は笑って「そうでしょう。この絵凄く綺麗だよね」と話し続けた。

 どうやら彼女はお姉さんの薦めで始めたこのゲームが大好きで、一緒に話す相手が欲しかったのだが、少し年齢制限が上のため、中々興味の持ってくれる子がいなかった。

 そんな時にゲームのポスターをジッと見ていた私に気が付き、転校生という事もあって話しかけてきたようだった。

 あっという間に距離を縮められ、ゲーム仲間として友達になった私達。

 彼女はちょっと、いや、大分強引で思い込みの激しい性格ではあるが、転校生の私としてはこの存在はありがたいものだった。

 ただクラスメイトからは、彼女はどうやらお嬢様気質で深入りしないうちに離れた方がいいと言う助言はされた。

「どうだった? キスから始まるXXXの小説の続編は?」

「面白かったよ。ちゃんと一作目のハリオス様が出てくれたのが嬉しかった」

 学校の帰り道、私達は乙女ゲームの小説版の話に盛り上がっていた。彼女の推しハリオス様の話題をふると、たちまち笑顔になる。

「やっぱりいいよね、ハリオス様。ゲームや小説の続編が出るたびに私、ハリオス様のシーンを楽しみにしているの」

「〇〇ちゃんは本当に、ハリオス様が大好きなんだね」

「当たり前でしょ。生まれ変われるのなら、ハリオス様のヒロインになりたいわ」

 アハハと笑い合っていると、突然キャーという悲鳴が聞こえてきた。

 何? 私達は辺りを見回す。

「女性が刺されたわ。早く救急車。ああ、待って。キャー、また一人、男性も倒れたわ」

 そんな言葉を耳にする。

 何? 何がおきているの? まさか通り魔? だったら私達も逃げないと。そう思って〇〇ちゃんの方を振り向く。途端に地面がぐらりと歪む。

 何、これ? 嘘でしょ? 私が揺れる地面を見つめていると、〇〇ちゃんが私に抱きついてきた。足元が震え、二人そろって地面に転がる。

 そうして視界は暗くなった……。



 私は婚約者であるこの国の第一王子、ハリオス・イーブ・デュラリオンにキスされていた。

 なんの前触れもなく突然に。

 その最中、頭に浮かんだのは前世の記憶。こことは違う日本という国で〔樫木 ゆりあ〕という名の大学生の記憶だ。

 そして今キスをしているのは、ゆりあという女性が遊んでいた〔キスから始まるXXX〕という、一瞬十八禁ゲームかと間違えてしまうかのようなタイトルの乙女ゲームのメインの攻略対象者、王子様である。

 そして私はその王子の婚約者、悪役令嬢のユリアーズ・マリノチェ侯爵令嬢。

 そこまでの記憶が、一気に走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 何の前触れもなく突然に、である。

 驚き固まる私の唇からぬくもりが消える。

 目の前には流石メインの攻略対象者。私の最推し王子様。絶世の美貌がそこにはあった。

 金髪碧眼は当たり前。長いまつ毛にアーモンド型の瞳。整った鼻梁に薄い唇と、私の理想そのものの……唇……この薄い唇は今どこに触れていた? あれ? あれれ?

「よし、ファーストキスだからこのぐらいにしておいてあげる。とりあえずフラグは折った。安心して」

 とてつもなくいい笑顔で、王子様は頷いた。

「こんなフラグの折り方、あるかぁ――!」

 ………………王子様と私は同じゲームをした事がある転生者だった。


「このゲームの始まりは、町にお忍び視察に行った王子とヒロインが偶然(笑)出会い、また偶然(笑笑)目の前でヒロインがスッ転び、偶然(笑笑笑)助けた際に唇が触れるというラッキースケベから始まるものだったのは、覚えているね」

 ハリオス王子ことハリーは一人用ソファに深く腰を落ち着け、長い足を組みながら優雅にお茶を飲んでいる。

 向かい合う二人用ソファに座るのは、この部屋の持ち主である私だ。そう、ここはマリノチェ侯爵邸の私の部屋なのだ。

「……悪意丸出しの言い方ね」

 砕けすぎる前世の言葉で話すハリーを、溜息と共に受け流す。

「先日、俺はその通りの事を経験した」

「……唇、触れたの?」

 チラリと下から伺い見ると、ハリーはニヤリと笑いながら私を見る。

「心配?」

 そういうんじゃない。と叫びそうになりながらも、グッと堪える。

 この方はあくまでこの国の第一王子。いくら婚約者で同じ前世記憶持ちとはいえ、失礼な行動をとる訳にはいかない。

 ……先程の失態は、記憶が戻ってすぐの事だと許してほしい。

「入学してきた彼女が式の途中、壇上で挨拶しているハリーに向かって叫ぶシーンがあったじゃない。あれを現実でされると、かなり痛いなぁと思って……」

 実はこのゲームはかなりおかしいのだ。

 現実で行った場合、不敬罪で捕まるレベルには異常だ。


 例えばハリーと私は今年、貴族学園クレールの三年生になる。

 ヒロインはというと一年生として入学してくるのだが、その際在校生代表としてハリーが壇上で祝辞を述べていると、街であった事を思い出した一番前の列に座っていたヒロインが大声で叫ぶのだ。

「あの時助けてくれた優しい人!」と。

 失笑もののその行動をものともしないヒロインは、そのまま壇上の前まで行って「あの時はありがとうございました」と、ペコリと頭を下げる。

 皆が眉を顰める中、ハリーだけは楽しそうに微笑むのだ。

「式の途中だから後でね」と優しく促すその仕草は、前世ではキュンとさせられた。が、よくよく考えてみよう。

 大勢の人間が集まる大事な式の中、大声を上げるだけではなく、壇上にいる中心人物に声をかけて式を中断させるのだ。前世においてもどれ程の人に迷惑かけるやら。

 しかもその人物は、国の第一王子なのだ。

 序列の厳しい現世ならばいきなり停学ものだ。それをゲームの世界では王子がさらりと許し、無罪放免。ありえない。


「無邪気なヒロイン通り越して、単に無礼者だよなぁ」

 ケラケラ笑うハリーは、王子の顔を忘れていると思う。

「……対策、たてているの?」

 ストーリーをはっきり覚えていそうなハリーにたずねてみると、ニコリと微笑まれた。

「俺の華麗なる(王子道)の邪魔はさせないよ」

 その顔は老若男女誰もが見惚れるであろう麗しい笑顔なのだが、何故だろう? 私の背筋にブルリと悪寒のようなものが走った。

「ゲームの王子ってプレイヤーにしたら優しくて素敵な人なのかもしれないけれど、他人から見たら女にうつつを抜かした残念男なだけじゃないか」

 その通り! だと思う。

 ……実は私は前世で乙女ゲームにはまった口で、いくつものゲームを繰り返してはヒロインである自分だけに優しい王子様にキャーキャー言っていた一人である。だが、現実世界で考えると王子の態度は「ないわぁ~」と首を横に振る。

 常識も人の気持ちも考えないで攻略対象者に守られて、我儘勝手に自分の意見だけを推し進めるような女。悲劇のヒロイン気取って誰かれ構わずボディタッチしまくりの女に、上級貴族として生きてきた私には、嫌悪感しかわかない。

 そんな女にいい様に利用される攻略対象者達には、嫌悪を通り越して呆れるしかないだろう。

「俺ねぇ、元ホストなの」

「は?」

「あ、前世って意味ね。流石にこの世界にホストなんて職業ないでしょう」

 ――爆弾が投下された。

 今、なんて言った? この馬鹿王子。

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