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悪役令嬢は、攻略対象外を攻略したい。

作者: はな織



それはここではないどこかの世界の夢みたいなお話ーー



まるでお城のように立派な校舎を背景に

金色の文字がくるくると踊るように浮かび上がる

それはこれから学園生活をスタートする主人公/プレイヤーの期待に高鳴る心をも表しているようだった


とはいえ、二周目以降のプレイヤーには毎度お馴染みの演出

私には、これからはじまるオープニングムービーを呑気に観ている暇なんてない

だってそこに私の『推し』の姿はないのだから

一分一秒でも早く『推し』に会いたい一心で、私はスマホをタップする

いや、しようとした


「あれ?私の手ってこんなに小さかったっけ?」


自分の視界に映る人形のように細く白く小さな見慣れない/見慣れた手

その指先が空をきった瞬間、バツンと電源が落ちるように、私/わたくしの意識は真っ暗な闇の中へと落ちていった


____________________________




次に目を覚ました時、周りは真っ白だった




見慣れた/見慣れない“保健室”のベッドの上

蛍光灯と天井、白いカーテンに囲まれた白いシーツのかかったパイプベッド

ぼんやりとした視界のまま周りを見渡した私/わたくしは


「建物は西洋風ファンタジーなのに、保健室は完っ全に日本の学校の保健室なのよね…個人制作のゲームだしそもそも無料アプリだし、そこまで求めるのは酷…というものかしら」


なんてのんきなことを考えていた


人は寝ている間に記憶の整理をするという


前世…というのだろうか、スマホの向こう側にいた時は実感したこともなかったが

ここではない画面の向こう側にいた私と画面のこちら側であるここーー乙女ゲームアプリ『禁断の恋に魂を捧ぐ』の悪役令嬢ビオラとして生きた6年間の記憶は、気を失っている間に綺麗に整理され頭の中に定着していた


とはいえ、私がどこの誰だったかどうしてゲームの中に入ってしまったかは覚えていない


覚えているのは、乙女ゲームをプレイしてる自分の視界

そして『彼』を見るたびに高鳴る胸の鼓動と震える指先

会うたびに新しい会話をするたびに狂おしいほど好きになる

“攻略対象ではない”彼への想いだけ


どれほど恋こがれても報われない恋

ある意味タイトル通りの『禁断の恋』をしていた私



ゲームがはじまるのはビオラが学園に入学してからだ

その時彼に会うことはできるだろうか

悪役令嬢のビオラは、彼と同じ画面に描かれたことすらなかったが


転生した事実より、彼を見ることすらできないかもしれない

その事実に愕然とし不安に胸が締め付けられた

無意識のうちに胸を押さえたその動きで、安物のパイプベッドはギシリと軋み音を立てる


シャッと聞き慣れたカーテンを開く音と同時に聞き慣れない少年の声がした

「目が覚めたかビオラ」


幾分はっきりとしてきた視界には、4歳上の兄サンキシレミウスが逆光の中、眉をひそめて立っていた


「おにいさま…」


ビオラの口がその言葉を音にする前に、サンキシレミウスは続け様に言葉を投げかける

「先触れもなく学園をひとりで訪問し、なおかつ門前で倒れて迷惑をかけるなど…まさかここまで公爵令嬢としての自覚がないとは、いい加減恥を知れ」

不出来で我儘な妹に心底呆れ嫌悪した表情のまま

倒れた妹を気遣う言葉の一つもなく紡ぎ出される言葉たち


幼いながらにプライドが高く意地っ張りな6歳のビオラなら、悲しみよりも先に兄への怒りが込み上げていたかもしれない


しかし、私の記憶が入り混じった今はーー


仕事で帰らない父と早くに亡くした母、学園の寮に入り滅多に帰ってこない兄

たったひとり大きな屋敷に残された女の子が、はじめて自分で刺した刺繍を兄に見せたかった、兄を思って刺繍を施したハンカチを渡したかった

それがどれほどの罪になろう


ーー可哀想なビオラ


そう思った時には、先ほどはっきりしたばかりの視界が再びぼんやりと滲んでいた


「なっ…!どうした!どこか痛いのか?!苦しいのか?!〜〜ッなぜ泣いている!!」


先ほどの毅然とした態度が崩れ狼狽する兄を見て、ビオラは自分が涙を流していることにはじめて気づいた


泣き喚くならまだしも、どこかぼんやりとした表情のままはらはらと涙を流す妹の姿など見たことがなかったのだろう


嫌っていたはずの妹の涙に動揺して慌てふためく10歳の兄が年相応に見え、なんだか可愛らしく思いつつも

思い出した私の記憶はもちろんのこと「ビオラ(わたくし)が可哀想で泣いています」なんてこと言えるわけがない


その上、これまで我慢していたビオラの気持ちが溢れ出たように、次々と流れ出る涙はなかなか止まらない


何も答えず声も出さずにさめざめと涙する妹に困り果てた兄は、動揺で震える声のまま

「え、演習場で怪我人が出たとかで、保健医はそちらに向かった!が、今すぐ呼び戻してくるから!お兄さまが必ず呼び戻してくる!大丈夫だ!!大丈夫だからな!!」そう言うなり慌てて駆け出そうとする


なんともないのに怪我人より優先されるわけにはいかない

ビオラは咄嗟に兄の服の裾を掴んだ


泣いている理由の上手い言い訳は思いつかなかった


だから、兄が足を止めると服の裾を離しゆっくり起き上がり、

隠しポケットに入れていた例のハンカチを取り出した

とりあえず、ここにきた目的だけは達成させてあげたい


ラッピングも何もされていない稚拙な刺繍が施されたハンカチ

ぽろりぽろりと止まらない涙はそのままに無言でそれを差し出す妹


ハンカチと妹の顔を交互に見返していたサンキシレミウスは、やっと絞り出すようにつぶやいた


どう見ても売物ではない刺繍入りのハンカチ

公爵家に出入りを許された商人はこの国どころか周辺諸国でも名のある豪商だ

このような稚拙な刺繍を売り物とするはずがない

つまりーー


「この刺繍はビオラがさしたものか?…今日はこれをぼくに渡したくて?」


頷く妹の頬からその動きでキラキラとこぼれ落ちた涙に、ばつの悪そうな顔をした兄は、覚えめでたき公爵家の嫡男ではなく妹を泣かせてしまった不器用な10歳の少年の顔になっていた


そうしている間にまた一粒こぼれおちた妹の涙を反射的に貰ったハンカチで拭こうとして手を止め、胸ポケットから取り出した自身のハンカチに持ち替えてから


「その、さっきは理由も聞かず怒って悪かった…えっと…ハンカチは大切にする。……ありがとう。」と、少しぶっきらぼうに言いつつ、慣れない手つきで優しく涙を拭ってくれる兄に、ビオラは止まりかけた涙がまたじんわりと滲むのを感じた


どこか温かな雰囲気の中、また涙目になりはじめた妹に兄の眉毛がへの字になったところで、カーテンの向こう側から


「サンキシレミウス様。妹君のご加減はいかがでしょうか。」

と兄とは別の少年の声がした。


少年らしい高さを残しつつも落ち着いた穏やかな優しい声だ。

聞き覚えはないはずなのに、どこか懐かしい。


「あ、あぁ、目を覚ました。入ってくれ。」


兄がすこし気恥ずかしそうにしつつすまして答えると


「失礼いたします。」


そう言って、淡いブラウンの髪と蜂蜜色の目をした少年がカーテンの中に入ってきた。


その姿にビオラは涙も止まり目を見開いたまま固まった


知らない男子生徒に驚いていると思ったのだろう兄が

「彼は、イリオン・マクウィズ。私の後輩だ。お前が校門前で倒れたと聞かされたおり、たまたま近くにいてな。多少の伝達魔法の心得はあるからと、連絡係をかって出てくれたのだ。」

そう紹介してくる声がビオラにはどこか遠く感じる


「お初にお目にかかります。イリオン・マクウィズと申します。」


ビオラの目は、耳は、全神経は目の前に現れた少年イリオンに集中していた。


公爵家のご令嬢を見下ろさないように、幼いビオラを怖がらせないようにと、イリオンは膝をついて目線を合わせながら、ゆっくり穏やかに話しかけてくれた。

しゃがむ動きに合わせて、淡いブラウンの髪がふわりと風にゆれる。

その手には、水で濡らし魔法でほんの少し冷やしたタオルが握られている。

盗み聞くつもりはなかったが、カーテン一枚隔てた向こう側にいた彼には、幼いご令嬢が涙していることはわかってしまったのだろう、人を気遣う優しい性格の彼らしい。

ひんやりとしたタオルをさりげなくサンキシレミウスに渡しながら

「保健医と公爵邸には、先程ご令嬢の意識が戻ったと伝令をだしました。」と伝えるイリオン


イリオンは再び目線をビオラに戻すと、微笑みながら

「ご気分がすぐれなかったり、痛みがある箇所などはございませんか?」と尋ねた


サンキシレミウスもまた、ビオラに視線を戻す


2人の視線を受けながらも、ビオラは、青紫色の勝ち気そうな吊り目をまん丸に見開いたまま固まっていた


その目は真っ直ぐにイリオンを見つめたままだ


そのまま微動だにしないビオラに

イリオンが心配そうな表情で小首を傾げた


次の瞬間


(か゛わ゛い゛い゛!!!!!!!!!!!!!)


ビオラは勢いよく口元を押さえ、その顔は沸騰したかのように一気に真っ赤に染まり、目を大きく見開いたままに、先ほどの粒のような涙とは異る滝のような涙がドバーッと溢れ出た


そう、何を隠そう私の『推し』は、『禁断の恋に魂を捧ぐ』のサポートキャラである彼イリオン・マクウィズだったのだ


新しいセリフが聞きたい。新しい表情差分はないか。

ほんの少しの些細な変化でいい。

彼の新たな一面を知りたい。

その一心で、全キャラ攻略しあらゆる選択肢で周回し続けた。


その、推しが!


幼少の姿で!


自分を見つめている!!


自分に!!


リアクションを!!


レスポンスを!!


返してくれている!!!



選択肢もなしにーーー!!!!!!




ビオラの突然の豹変に今度は2人の少年が驚き目を丸くしたが

それすらも今のビオラには


驚いてる!!こんな表情見たことない!!


と感無量である。


乙女ゲームがはじまるのは、ビオラが学園に入学してから

もちろん、推しであるイリオンに会えるのもその時であると思ったばかりだったのに!!


信じられない!!!


推しが!!生きてる!!



前世?の自分は死んだかもしれないのだが、何せ詳しく覚えていないのだ。

その辺に悲壮感はなく、そんなことより、とにかく今は、目の前に推しが!


あんなにも焦がれた推しが!!


触れられる距離に存在しているという事実!!!



イリオンの連絡を受け、怪我した生徒とその友人らを連れた保健医が保健室に戻ってきた事にも

開きっぱなしのカーテンや保健室のドアももちろん気が付かない


なにせほぼ動かなかった推しが息をしているのだ!


推しの新規絵が1秒ごとに供給されるようなもの!


ビオラの目にはイリオンしか映っていない


上がりきった血圧とテンションのままに、新生ビオラはつもり積もったその思いの丈を脊髄反射で口にした




「好きです!!結婚してください!!!!」




私とわたくしの記憶は整理できている。


ビオラ自身は転生した割には冷静だと思っていたが


その実、しっかりと転生ハイだったようだ。




出会って5分でプロポーズした公爵令嬢


後にそう呼ばれる事になるビオラのサポートキャラ攻略は、この時からスタートしたのであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きが!読みたいです!!!
[一言] 続きは無いのでしょうか?
[一言] めっちゃ続きがみたいです!!! 連載になるか続編を作ってくれたらめっちゃ嬉しいです!!
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