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強気な行き遅れ薬師の恋物語

作者: 月陽

 カランカランっ

 ドアが開くと涼やかな鈴の音が鳴り響く。

 私は入ってきたお客様を迎える。



「いらっしゃいませ」

「アリス! いつもの薬が無くなったのよ、調合お願いできる?」

「あら、グレースじゃない。もう無くなったの?」

「そうなの! あの子ったら直ぐやんちゃして怪我ばっかりするんだから!」

「元気があっていいじゃない。掛けて待ってて、直ぐに作るわね。⋯⋯はい、レモンバームティーよ」

「いつもありがとう!」



 私は傷薬の調合をする。

 そう、ここは薬を調合、販売をする薬屋で私はここの店主兼調合師。

 前世で薬剤師をしていたので、その知識を活かして働いている。

 元々私を拾って育ててくれたここの店主が亡くなったので、私が後を継いだのがもう数年前の事。

 一人で気ままに暮らしている。

 行き遅れもいいところ、年齢は秘密なのであしからず。



「グレース、お待たせ。いつもより多めに作っておいたから」

「助かるー! いつもありがとう」

「それが私の仕事だからね」



 お会計を済ませ、早々にグレースは帰っていった。

 男の子だからやんちゃもやんちゃよね。

 親は大変ね。


 もう夕方だし今日はもう店終いするかな。

 それに、今日は満月!

 今日は月光草を取りに行く日。

 なので早めに準備しなきゃね。

 表の看板をひっくり返して扉に鍵を掛ける。

 さて、準備準備っと⋯⋯


 私は浮き浮きしながら準備を進める。

 何種類かの薬草と手軽に食べれるものと水分も必要だし⋯⋯

 ナイフにショートソードも準備OK!

 魔物が出るので対策はは万全にね。

 と、後は月光草を入れる瓶も用意して、こんなものかな。

 さて、少し時間あるので仮眠を取る。

 ちゃんと、起きられるように目覚ましの魔道具をセットしてね。


 チリリーン⋯⋯

 ん⋯⋯、時間ね。

 ふぁと伸びをする。

 短時間だけどよく寝れたので、スッキリ!

 顔洗って軽くお化粧して、着替える。

 ショートソードとナイフを腰に差し、荷物を肩に掛けたらレッツゴー!


 辺りはもう真っ暗!

 灯り草の入ったランタンを持って森を目指した。

 夜の森は薄気味悪く、お化けでも出そうよね。

 実際は魔物が出るのだけれど⋯⋯

 まぁこの世界にお化けなんて概念無いんだけど。

 じゃあ、何で私がお化けを知ってるかだって?

 それは、前世の記憶があるからです!

 私は幼少期に捨てられたようで、今住んでる元の家主、私の育ての親に拾われ、育てられた。

 小さい頃から既に前世の記憶があって、育ての親には興味津々に色々聞かれたわ。

 あの時の様子を思い出したら気が遠くなりそう。

 まぁそんな感じで、前世の記憶はあるけれど、別に世に言うチートとか、特別そういったものはないと思うのよ。

 普通に今を好きに生きているだけ。

 世界広いか、分からないけどね。


 さて、中々(随分?)奥まで来たけれど、月光草の生えている地帯まではあと少し先ね。

 此処までは魔物に出くわさなかったわ。

 ラッキーね。

 先を進んでいくと、少し拓けた草原に出た。

 着いた!

 此処に月光草が真夜中、満月の光を浴びて咲く。

 それはとても幻想的で天候にも恵まれないと見ることが出来ない。

 けれど、今夜は雲一つない夜空。

 月も爛々と輝いていて、絶好の機会。

 月光草は光輝いてるときに摘むと光を失い只の雑草となるが、自然に光を失うのを待つと、それはとても良い薬の材料となる。

 なので、先ずは素晴らしい景色を堪能する。

 まだ真夜中まで少し時間があるので、私は持ってきたお菓子を摘まむ。

 真夜中の時間が来るまで待つこと数十分。

 月の光が一際耀くと当たり一面に咲く月光草が淡く輝きだした!

 それはとても幻想的で、ふわふわと風に揺られ光もまた揺れる。

 一様に踊っているみたい。

 こんな、幻想的な景色をみれるなんて、今年はついてるわ。

 この先も一人で頑張れる。

 美しい景色はほんの数分で終わりを告げる。

 徐々に光が消えていく。

 この消えていく瞬間は、いつも言い知れぬ哀しみが広がるのだけれど。

 記憶の何処かで、感じたこと。

 それが何だったのか、全く思い出せない。

 ほんの小さい時の記憶だとは思う。

 ただ、記憶を思い出そうとしてもいつも靄がかかって思い出せない。

 いつしかまぁいいかと楽観的に思うようになったのだけれど。

 あぁ、駄目ね、感傷的になってる。

 早く月光草を摘んで帰りましょう。


 私は黙々と、丁寧に摘んでいく。

 とても貴重なので摘みすぎるのはご法度。

 ある程度摘むと丁寧に瓶にいれて鞄に仕舞うと、帰途に着く。

 帰りも魔物に出くわさなければ良いけど。

 だけど、そんなに甘くはなかったわ。

 何故か興奮している魔物の一団に遭遇してしまった。

 そして魔物の足元に一人の男性が踏みつけられている。

 良く見るとまだ息があった!

 助けなきゃ!


 私はショートソードを抜きつつ、魔法を発動させる。

 そう、この世界では魔法も存在するのだ。

 私は誰かに教えられることもなかったが、自ら鍛練を積んでいたので、それなりに使えるのだ。

 先ずはあの男性を踏みつけている魔物から始末しなきゃ!

 ってキマイラ!?

 不味いわね⋯⋯

 私は魔法で小物を蹴散らしながらキマイラに近づいていく。

 此方に気付いたようで私を睨み付け咆哮を上げる。

 耳が痛い⋯⋯。

 が、構っていられない。

 剣に氷を纏わせ、ショートソードをロングソードにし、そのまま斬り込むと、後ろに飛び退いた。

 大型の癖に俊敏だわ⋯⋯。

 だけど簡単には逃がしてあげない!

 男性に結界を張り、私は魔物を一掃しにかかる。

 先ずは小物を倒さねば!


 私は風の刃で小物を凪払う。

 小物はほんとに小物でそのまま消滅した。

 問題はキマイラね⋯⋯

 取り敢えず、毒にやられないよう、口に毒消し草を含んでおく。

 自分の回りにも結界を張り、炎を中心とした攻撃魔法を繰り出す!

 やっぱり強いわ!

 ていうか、そもそも何でこんな所にキマイラがいるのよ!

 あっ、そう言えばこの間ギルドで話していた、敵を逆に結界に閉じ込めて攻撃すると、楽だと誰か言ってたわね⋯⋯

 試してみる価値ありね!

 私はキマイラに結界を張る。

 イメージはいつも自分自身に張っているのとは逆ね。

 これは成功したみたいで、奴はガンガンと結界にぶつかっている。

 私は結界内に火魔法を叩き込む!


 炎が収まると、そこには何も残されてはいなかった。

 良かった、ちゃんと倒せたわね。

 はぁ、流石に疲れたわ⋯⋯

 薬草を飲み、体力の回復をする。

 さて、あの男性は無事かしら。

 倒れている方へ走っていくと、ちゃんと息はしていたが、怪我が酷い。

 取り敢えず怪我を治さないと⋯⋯

 私は彼に回復魔法を使い、怪我の治療に当たる。

 幸い怪我は酷いが致命傷はないので、私の回復魔法でも治せた。

 だめだ、全く起きる気配もない。

 このまま放置も出来ないから、家に連れて帰るしかないかな。

 こういう使い方はしたくないんだけれど、単純に力を上げる増力剤を飲み、男性を抱えると、家を目指して急いだ。

 流石にこんなとこを誰にも見られたくないわ。


 何とか誰にも見咎められず、家に帰り着く。

 男性を客間に寝かせ、取り敢えず私も荷物の整理をして桶に水を汲んで客間に戻る。

 顔周りや目につく汚れを綺麗に拭き取り、呼び掛けてみるけれど、やはり深い眠りについている。

 熱が少し高いけれど、そのせいかな。

 まぁ怪我は治したから大丈夫だとは思うけれど、心配ね⋯⋯

 タオルを絞り、額にのせる。


 そのまま部屋を後にして、私も身綺麗にし、採ってきた月光草の手入れをする。

 そのままにするとすぐに枯れてしまうからね。

 丁寧に二本ずつ、水をいれた瓶に容れていく。

 日に当たらないよう片付ける。

 流石に眠いわ。

 客間に戻り彼の様子を再度みる。

 一人⋯⋯、にするのもなぁ。

 そう思いながらも私はそのまま眠ってしまった。




 朝、日が窓に入り始めた頃、私は目が覚めた。

 彼は、良く寝てるわね。

 熱は下がったみたいで、顔色も悪くない。

 私はほっとして、朝の支度をする。

 流石に昨夜は色々あったので、今日はお休みしよう。

 朝御飯を作って、先ずは朝食を頂く。

 朝ご飯は大事よ。

 ちゃんと食べないとその日一日持たないもの。

 午前中に少なくなった薬草を煎じていると、客間から音がした!

 私は慌てて部屋に入ると、男声は目を覚ましてベッドから降りようとして力が抜けたみたいに床に座っていた。



「大丈夫ですか?」

「⋯⋯ここは? 私は確か魔物に教われていたはず」

「森であなたがキマイラに踏みつけられていたのを私が助けたのよ」

「あなたのような女性が?」



 何、その言い方⋯⋯、ような?

 助けたというのに何その言い種!



「そうよ。あなたは私のような女に助け出されたって訳。男の人からすると、女に助けられたなんて嫌でしょうけどね!」

「す、すまない! 別に女性を差別したわけではなく、貴女のように可愛らしい人に助けられたのが信じられず⋯⋯。不快な思いをさせて申し訳ない。助けていただき感謝する」



 まぁ、素直に謝ってくれたので、水に流しましょう。

 それよりも⋯⋯



「目が覚めたなら、何か食べる? お腹空いてるでしょう」

「あぁ、だが、現状を把握したいのだが⋯⋯」

「先ずはご飯よ! 力が抜けて床に膝を付くぐらいだし、ちゃんと食べて英気を養わないとね!」



 私は彼の返事を待たず、ご飯の準備をする。

 少し早いが、私も一緒に昼食を食べようっと。

 ぱぱっと簡単に作って客間に持っていくと彼は窓から外を見ていた。



「お待たせ。出来たわよ」

「ありがとう」


 私達はテーブルにつくと、ご飯を頂く。

 彼が食べられるかみていたら、その食べ方がとても綺麗だった。

 もしかして、貴族⋯⋯?

 私が内心慌てていると彼から声をかけられた。



「食べないのか?」

「食べるわ! ⋯⋯あの、お口に合うかしら?」

「あぁ、とても美味しい」



 ほんとかどうかは分からないけれど、不味くはないみたいなので良かった。

 ご飯も食べ終わり、片付けをしてからお茶の用意をする。

 話をするためだ。



「そう言えば、自己紹介がすっかり抜けていたわ! 私はアリス。此処の薬屋の店主兼調合師をしているの」

「私はグレン。サンティエ帝国の騎士だ」

「もしかして、貴族様?」

「まぁ、貴族の端くれではあるな。だが気にしないでもらって良い」



 いや、平民からすると気にするわよ!

 迂闊なこと出来ないわ⋯⋯

 領主様の所に連れていった方が良いかな。



「それで、グレン様は何故あそこに倒れていたのですか?」

「様は要らない。普通にグレンと呼んで欲しいし、敬語も不要だ」

「流石に私は平民ですし、貴族の方には不敬ですよね?」

「私が良いと言っている。それに、命の恩人に不敬も何もない」



 本人がそこまで言うなら⋯⋯



「ではお言葉に甘えて、グレンは帝国の騎士だと言うけれど、何故隣国の森にいたの?」

「それは、命令でとある女性を探していてな、当時の事からこの当たりだろうと目星をつけて捜索しているところで、魔物とそれを阻止したい連中に襲われて、今に至る」



 何そのお家騒動的な、物凄く危険な匂いがするわ!



「その、探している女性がこの当たりにいるってこと?」

「当時、あの方が消息を絶たれたのがこの当たりなのだ」

「それって、こう言うのはなんだけど、生きてるの?」

「私や主の勘は必ず生きている、と思っている」



 勘便りなんだ⋯⋯、大丈夫なの、それ。



「生きてたら幾つぐらい?」

「御年二十五になられる」



 ん⋯⋯、二十五?

 私は親に捨てられて、推定二十五歳だろうと育ての親に言われていたけれど⋯⋯、まさか、そんなテンプレみたいな事、まさかのまさかでないわよね。

 駄目だ、気にしないでおこう。



「へぇ、そうなんだ。結構いい年よね?」

「そうだな。此処で手がかりを探すか⋯⋯、アリスは此処の領主とは会ったことあるのか?」

「まぁ、あるわね。お得意様だし⋯⋯」



 嫌な予感⋯⋯



「顔繋ぎを頼みたいのだが⋯⋯」

「⋯⋯いいわよ」

「ありがたい! あぁ、それと肝心なことを後回しにしてしまった。命を救っていただいたこと、感謝している。何かお礼がしたいのだが⋯⋯」

「何も要らないわ! 当たり前の事をしただけよ」

「いや、流石に命の恩人にたいして何もないのは気が引ける」

「本人が気にしてないのだから気にしないで! それに、貴方一人ではないはずでしょう? 他の騎士達は見当たらなかったし、役にはたててないわ」



 そう、周囲には他に人の気配がなかったのよ。

 魔物にやられたのか、それとも⋯⋯



「いや、あいつらもそれなりの騎士だから生きていたら此処に来るだろう」

「では、今日中に領主様にお手紙を認めるから、それまではゆっくり過ごしてて」

「何か手伝うことはないか?」

「流石に貴族様に手伝っていただくようなことはないわ」

「そんな事はない。騎士だとなんでも自分でやるから、掃除でも洗濯でも雑用は出来る!」

「さすがに洗濯は止めてください!」



 いやいや、女子の洗濯物とかほんとに止めて!

 そんな事したら変態と呼んでやる!

 だが、彼もそれが分かったのか、顔を赤らめて「すまない」と謝ってきた。

 分かればよろしい!

 さて、私は手紙を書き、それを急ぎで出しに行く。

 グレンは付いてきたそうにしていたが、流石に目立つので却下した。

 帰りに食材と着替えを買って家に帰る。

 着替えはグレンのものだ。

 流石に騎士服は洗濯しないとね。

 高い買い物だわ⋯⋯

 家に帰り、着替えを彼に渡して着替えて貰う。

 何かしたいと言っていたから、自分のお洋服は自分で洗って貰いましょう。

 今日はとても言い天気だから今から干しても夕方には乾くわね。

 その間に私は薬草を調合する。

 一つは月光草を使った薬。

 普通の薬より何倍もの効果が出るのだ。

 それを少しずつ混ぜていく。

 それを繰り返すと、気付くと結構日が落ちていた。

 そろそろ夕飯の支度しないと⋯⋯、と思っていると調理場には何故かグレンがいて、ご飯を作っている。

 しかも手際が良く、とても美味しそうな匂いもする。



「えっと、何しているの?」

「勝手してすまない。今夜は私がご飯を作るよ」

「貴族様もご飯作れるの?」

「言ったろう? 騎士は何でもすると。 見習い時代は雑用からご飯まで作る。それは遠征で必要になるからだ」

「なるほど⋯⋯」

「だから、今夜は任せてくれ」



 折角だからお言葉に甘えようかな。

 いつも自分で作るから、こうやって人に作って貰うなんて何時振りだろうか。

 作ってる彼の後ろ姿を見ていると、家庭的な感じがする。

 こういった旦那さんがいると嬉しいよね。


 ⋯⋯って、何考えてるのよ!

 あり得ないわ!

 相手は貴族よ!

 そして、私は結婚なんてしないのよ、というか、出来ないのよ⋯⋯

 出来るかもしれないけれど、後ろめたくて無理よ。

 私が考えに耽っていると、テーブルに料理が並べられていく。



「どうした?」

「えっ! 何でもないわ。とっても美味しそうね! 早速頂いても?」

「勿論。口に合えばいいが⋯⋯」



 ご飯の前のお祈りをしてから、頂く。

 こ、これは!

 美味しすぎる!!

 何これ、私のご飯の非じゃないわ!

 


「グレン! すっごく美味しいわ! 騎士じゃなくて料理人でもいける!」

「そんなに喜んで貰えて嬉しいな」

「というか、私の昼間の料理がしょぼすぎるわ。ごめんなさい」

「いや! しょぼくはない、ほんとに美味しかったよ」

「そんな嘘付かなくて良いのに⋯⋯。こんなに美味しいご飯に比べたら全然よ。それにしても本当に美味しいわ。幸せ」

「喜んだ顔がみれて良かった」



 そう私には微笑んで言った。

 うわー! グレンって美形だけど、何処かちょっと冷たい印象があったんだけど、以外に笑うと可愛いわね。

 男の人には失礼かもしれないけど。

 夕食は美味しかったので、ぺろりと食べきった。

 明日からのご飯どうしよう⋯⋯


 ご飯を食べ終わり、家に保管していたワインと簡単なおつまみを用意して、帝国の話を聞いたり、この地の話をしたりする。

 他の騎士達が心配じゃないのかなと思ったりもするのだけど、彼らは心配ないの一言。

 何かあれば此処の領主館で落ち合うようになっているのだとか。

 それなら安心なのかな。

 暫く話をしていたけれど、流石に夜も更けたので、各々眠りについた。



 次の日の早朝。

 私は何時も通り目が覚めた、のだが、何かいい匂いがする⋯⋯

 身支度を整えて調理場に向かうと、予想通りグレンがいた。



「おはよう。早いわね」

「おはよう。騎士団に居ると朝は早いからな。慣れている。もうすぐ出来るから待っていてくれ」

「ありがとう」



 何だろうか、拾って、じゃなかった。助けてからまだ丸一日と少し、馴染みすぎだわ。

 こんなのでいいのかな。

 と思っていると、店の裏口からノックがあり、グレンはこんな時間に誰か来るのかと警戒していた。

 私は予想していたので慌てずに、「大丈夫よ」とグレンを安心させて裏口に急ぐと、予想通りの人物がいた。



「おはようございます。ランディさん」

「おはようございます。アリス様。お手紙を頂き、参上しました。中に入っても?」

「勿論です。どうぞ。今から朝食なのですが、ご一緒にいかがですか?」

「お気持ちだけ頂いておきます」



 私は店内のテーブルにランディさんを導くと、「お手紙にあった騎士殿は?」と言われたので、私はグレンを呼びに行った。



「お待たせしました。彼が手紙に認めた騎士のグレンです。グレン、彼は領主様の執事のランディさんです」

「初めてお目にかかります。領主クロフォード様にお仕えする執事のランディと申します」

「丁寧な挨拶痛み入る。サンティエ帝国第一騎士団に所属するグレンだ。領主にお訊きしたいことがあるゆえお会いしたいのだが⋯⋯」

「アリス様のお手紙で委細承知しております。まずは此方を」



 ランディさんは領主様からお手紙を預かってきたようで、グレンに渡す。

 それを読んだグレンは、すぐに領主様の処へ行くようだ。

 私はちょっぴりグレンが居なくなることが寂しく思ったけれど、彼が本来の目的を果たせるならそれでいいと思う。

 グレンは私に丁寧に礼を言って、ランディさんと共に邸へと去っていった。


 何だか怒涛のようだったわね。

 私は一人で最後に作ってくれた朝食を頂く。

 残りは昼食にしよう。

 これで何時もの日々が戻ってくる。

 開店準備をして、時間になると店を開ける。

 昨日休んだから今日はお客さん来るかしらね。

 予想通り、朝から私の薬を求めてお客さんが来る。

 傷薬から熱冷ましに痛み止めと今日は色んな種類の薬が売れるわね。

 一人の生活が戻り、早くも一週間が経った。

 噂では、お邸に騎士の格好をした人達が出入りしていたと小耳に挟んだので、きっと無事に合流できたのね。

 良かった。

 私は少し安心した。

 流石に助けた人の仲間が全滅なんて目覚めが悪い。

 今日はいい夢見られそう。

 安心して眠りについた。



 翌日、お店には何故か噂の騎士達がいた。

 その中にグレンも居たのだけれど⋯⋯

 騎士達には「グレン様を助けていただきありがとうございます!」と頭を下げられた。

 何だろう、むさ苦しい。



「グレンからもお礼を言われてるので、頭を上げてください」

「悪い。どうしても礼が言いたいと聞かなくてな」

「それは構いませんが⋯⋯。無事に合流出来て良かったわね」

「これもアリスのお陰だ。ありがとう」



 グレンも律儀よね。

 久々に元気な姿を見たから安心したけれど⋯⋯

 何故か騎士さん達は呆気にとられた顔でこっちを見ている。

 なに!?



「おい!」

「申し訳ありません!」

「すまないな。私は普段女性と話をしないのだが、それがアリスと話をしているのでそれが珍しいのだ」

「なるほどね」

「折角だから、傷薬等を売っては貰えないか?」

「勿論よ!」



 私はグレンからの要望で薬を詰めていく。

 まだ探し人とは会えていないようだし、それが叶うかは分からないけれどね。

 薬を買うと、彼らは帰っていった。



 それからまた数日が過ぎた頃の夜中、私は変な気配を感じて目を覚ました。

 一人で住んでいるからか、気配にはとても敏感なのだ。

 誰かいる⋯⋯

 私は常に短剣を側に持っているので、それを握る。

 気配はまだ階下ね。

 私は布団からそろりと気配を消して出る。

 気配は数人⋯⋯

 物取りではなさそうね。

 何の用なの?


 気配は段々と此方に迫ってくる。

 と思ったら、後ろから急に抱きつかれ、口元に布が当てられた!

 やられた!

 下の気配は囮で、こいつの気配を悟らせないためね!

 しくじった⋯⋯、それにこれは睡眠剤!

 そう思ったけれど、私の意識は薄れていった⋯⋯





 アリスが拐われた頃、領主の邸では文矢が射られ騒然としていた。

 私は急ぎ執務室へと向かうと、クロフォード卿が文を読んで眉間を揉んでいた。



「何があったのだ?」

「⋯⋯これをお読みください」



 私は差し出された文を読む



 “薬屋の女は預かった。無事返してほしくば一人で下記の場所まで来い”



 アリスが拐われた!?

 まさか、私が薬屋を訪れたのを見られていたのか!


 後悔をしても遅い。

 今は一刻も早くアリスを助けにいかねば⋯⋯

 そう思っていたのだが、私の側近がそれを阻んだ。



「何故邪魔をする!」

「あなたは此処に何をしに来たのですか? 申し訳ないが、薬屋の女性の事はお忘れください。貴方には相応しくありません」

「アリスは私の命の恩人だ! それを見捨てろと言うのか!」

「貴方は彼女にただの命の恩人とだけの情を感じておられるのではないでしょう? それ以上の想いがあるのを見過ごすとお思いですか?」

「だとしても、見捨てて良いわけないだろう! そこをどけ、退かねば斬るぞ」



 私は焦燥に刈られていた。

 早くアリスを助けたい!

 何故邪魔をする!

 心では分かっている。

 いくら彼女に特別な感情を抱いていても実ることはない。

 だが、見捨てるなんてもっての他だ!

 私は剣を抜き、側近の首に突きつける。



「最後だ、そこを退け」

「⋯⋯本気で助けに行かれるのですね。全く⋯⋯。助けに行く前に作戦をたてますよ! 一人で行かせるわけないでしょうが!」



 私は側近兼幼少時からの友人の言葉に安堵した。

 まだぶつぶつ呟いているが、頼りにはなるのだ。

 そこから手早く作戦を立案し、騎士達に指示を出す。

 クロフォード卿には交戦になることに了承を頂き、素早く行動に移す。

 若干クロフォード卿の顔色が悪いのが気になるが、それどころではない。


 指定された場所には私一人で向かう。

 暫くすると、そこにアリスを人質に取った賊が、もとい私達の政敵たる一団がいた。

 大元は居ないようだが、手間が省ける。



「言われた通り一人できたぞ。その女性を離して貰おうか」

「御一人で来られたことには関心いたしますが、それだけで小娘を離すわけないでしょう。我々の要求は分かっていらっしゃいますな」

「皇女の件と皇帝を落とせと言う事か?」

「流石は話が早くて助かります。今の王は駄目です。あれに代わり、スウィンクラー大公に王に成っていただく! その為には今の王を支える貴方も邪魔なのですよ。リリエンソール大公」

「諦めの悪い奴らだな」

「何だと!」

「まずは彼女を解放しろ。でなければお前達の話は聞かん」

「こんな小娘の何処がいいのか⋯⋯、大公は見る目がありませんな」



 豚がアリスの顎をつかむ。

 それを見た瞬間殺気を爆発させた。

 私の殺気をまともに食らった豚は「ひっ」と哭くと尻餅をついた。



「彼女に薄汚い手で触るな!」



 私が殺気をぶつけたからか、アリスの瞼が微かに震えた。







 誰かが怒っている⋯⋯

 とても鋭い殺気を感じる。

 私は重たい瞼を気力で開くと目の前にはグレンが冷ややかな殺気を放ちながら佇んでいた。

 私が目を開いたのが分かると、彼は冷たい表情から少し安堵の表情を浮かべ、安心させるように私に微笑む。

 ⋯⋯あぁ、私が足枷になっているのね。

 今の現状をどうにかしないと。

 私は彼らに悟られないよう、口に含んでいた解毒剤、毒ではないが苦味でこの眠気がとべばいい、そう思い、噛み砕く。

 苦すぎる⋯⋯

 これは改良の余地ありね。

 そんな今考えなくていいことを考えていると、横に丸々と太ったおっさんが近づいてきた!


 気持ち悪い!

 顔が完全に悪人だ!

 それに太り過ぎていて醜い⋯⋯

 流石に駄目、生理的嫌悪がひどい!

 やだ! 近づかないで欲しい!

 そう思っていても、まだ完全に頭がはっきりせず、力もまだでない⋯⋯

 そんな私に短剣を突きつけてくる。



「何だ、目を覚ましたのか。可哀想に、目の前の男と関わったせいでお前は死ぬ」

「待て、彼女には指一本触れるな!」



 グレンが牽制してくれるけれど、こいつは全く聞いてない。

 というか、太ったおっさんに殺されたくないわ!

 だけど口がまだ思うように開かないのがもどかしい。

 そんな時にやっかいな事に触れられたくないものに目をつけられた。



「何だこれは? はっ! 平民の分際でこんな上等な首飾りをしてるなんてな! 生意気だ!」



 それはだめ!!



「こんなもの、お前のような婢が付けるな!」



 そういうと、私の首飾りを引きちぎった⋯⋯

 あぁ⋯⋯、何て事を!!

 私は溢れてくる力を抑えることもなく、解放させてしまった。

 そうすると、太った偉そうなおっさん共々周りにいた私兵か、そんな者達も吹き飛んでいった。


 私は首飾り、力を抑える楔を盗られたことにより、解放感に満ちていた。

 それと同時に隠していた髪色と瞳の色も露になる。

 その色は帝国の皇帝一族の濃い血を受け継ぐものにしか現れないとされている色。

 黒髪に金色の瞳。

 小さい頃の記憶なんて全くないけれど、育ての親が目立つからと、封じてくれたのだ。

 この事は領主様だけがご存知で、私が平穏に暮らせるようにと取り計らってくれての事。

 それがあのおっさんのせいで台無しよ!


 グレンの顔が見れないわ⋯⋯

 どうしよう⋯⋯

 そう思っていたのだけれど、グレンはそっと私に近づいてきて、自身の外套を私に掛けてくれる。



「アリス⋯⋯」

「ありがとう。えっと⋯⋯、私の事は忘れてください!」

「いや、無理だから」

「忘れてくれるととっても嬉しいのですけど⋯⋯?」

「忘れるわけないだろう。無事で良かった⋯⋯」



 あれ、私の髪色や瞳の色を突っ込まれない⋯⋯?

 何故?

 そう思っていると、ぎゅっと抱き締められた。

 待って待って!

 なんで抱き締めるの!

 離して欲しいよ、これどうしたらいいの!

 未だかつて男性に抱き締められたことがないので羞恥心でいっぱいいっぱいだ。


 ってこんなことより、賊は!?

 どうなったの?


 そう思っていると、私達に声を掛けてきたものがいた。



「何時まで抱き合っているのですか、大公」



 今何て言った⋯⋯?

 大公?

 グレンが?



「⋯⋯どう言うこと?」

「こう言う事だ」



 そういうと、グレンは自身のピアスを取った。

 そうすると、彼も私と同じ黒髪に金の瞳をさらけ出した。

 えっ?

 貴族じゃなくて皇帝の一族だったの!?

 私大分やらかしたよね!?

 殺されるかも⋯⋯

 自身の色の事など忘れてそんな事を思う。

 どうしようと思っていたら、そっと私の手をとり膝を付くと、私にその金の瞳を向けた。



「やっと見付けましたよ。アデリナ皇女」

「人違いです」

「間違いない。その色が何よりの証拠です」

「⋯⋯だとしても、私はずっと平民として暮らしてきたのよ、今さら無理よ。それに私は捨てられたのでしょう? だったら尚更ほっておいてほしいわ」

「捨てられてない。貴女は母である皇妃様の機転で帝国から逃がされたのです。丁度あの時は帝国内部は荒れていて、皇帝が暗殺され、混沌としていたのを、貴女だけでも平穏に暮らして欲しいと願って、信頼のおける侍女に託し、この地に逃れたのです。今は貴女の兄皇が血の粛清で纏め上げ、治めている。私は貴女方の叔父に当たり、皇帝の補佐を務めています。国内が落ち着いたので、貴女を探すよう命をうけたのですが、反対派のスウィンクラー大公が邪魔を仕掛けてきたのが、今回のこの騒ぎです。今回の件ではあれも言い逃れ出来ない。貴女に手を掛けたからな。これで反対派も居なくなる」



 うん、すごい情報量で理解はしたけれど、それで私が戻っても意味ないよね?

 というか、要らないよね?

 もしかして、政略結婚の駒にされるとか!?

 それは絶対嫌よ!

 逃げよう!



「あの! 状況は理解したけれど、私が帝国に行く意味が分からないわ。それに、本当に私が皇女だなんて信じられない。今まで一人で生きてきたのだから、これからも一人で生きていく。なので、忘れてください!」



 若干冷ややかな目でグレンが私を見てくる。

 そっと立ち上がったと思ったら、耳元で「絶対逃がさない」そう呟くと私に何か魔法を掛けたのか、私の視界が暗転した⋯⋯






「宜しかったのですか? そんな無理矢理連れていこうとして」

「こうでもしないとアリス⋯⋯、アデリナは来てくれないだろう?」

「意思の強さは貴方方と同じですね。嫌われても知りませんよ」

「好かれるように努力するまでだ」



 手際よく賊を捕らえ、証拠も抑えた騎士団はそのまま帝国に帰るように指示を出し、私は取り敢えずクロフォード卿に事の顛末を伝えに行く。

 話を聞けば、アデリナの事は知ってて隠していてくれたらしい。

 領主お抱えの薬師として目を配り、常に気にしていたようで、私は改めて礼を言う。

 その後、薬屋の事はクロフォード卿に任せ、私はアデリナを連れて帝国に戻る。








 それから数日が過ぎ、私は目を覚ます。

 目を開けると見慣れぬ天井、じゃないな、大きなベッドの天蓋だった。

 何処?

 ⋯⋯もしかしなくても帝国?

 あっ! グレンに強制的に眠らされたのね!

 誘拐じゃない!

 私はベッドから下りると、ドアを開ける。

 そこには侍女とおぼしき女性が二人いた。



「お目覚めになられたのですね!」

「殿下、まずはお召しかえを」

「そんな事より、グレンは!?」

「いけません! 殿方に会うのにその様なお姿では⋯⋯。今お目覚めになられたことを陛下と大公殿下に伝えに行かせましたので、まずはきちんと用意を整えましょう」



 この有無を言わさぬ圧に圧倒され、渋々従う。

 湯浴みから始まり、マッサージ。

 そして高価なドレスに身を包み、髪も結い上げられる。

 化粧もしっかりとされて、私はへろへろよ。

 人に身体洗われるのって恥ずかしいのよ!

 マッサージは気持ち良かったわ。

 だけど、今まで平民として生きてきたのに、これは辛いわ。

 私はぐったりしながらも、陛下、私にとっては兄である人と、グレンに会うのに、待っている部屋へと入る。

 そこには私と同じ色をした、私に顔立ちがよく似ている人がいた。

 あぁ、これは認めないといけないかな。

 こんなに似てたら誰にでも兄妹と言われるよね。



「アデリナ! ようやく目が覚めたと聞いて安心した。私は兄で皇帝のアデルバードだ。こっちは叔父のグレンでリリエンソール大公。そんな所に立ってないでこっちにおいで」



 思ってた皇帝のイメージじゃないけど⋯⋯

 取り敢えず、挨拶は大事よ!



「陛下、私は記憶がないので初めましてと挨拶させてください。お目にかかれて光栄です」



 当たり障りのない挨拶をするのだが、それを聞いた陛下は泣いた⋯⋯

 えっ? 泣くの!?



「ようやく会えた妹に他人行儀にされた!」

「待ってください! 私はまだ認めていません!」

「認めないのは認めない」



 言葉遊びですか⋯⋯

 そこへ何かおっきな額を二人がかりで運んできたと思ったら、被せていた布を取り払った。

 そこには皇帝一家の肖像が描かれていた。

 幼い陛下と、その隣にいるさらに幼い子供は⋯⋯、私としか思えない程に似ている絵。

 そして両親。

 どちらかと言うと母似かな。

 色は全て父親譲り。



「これでも認めない?」



 こんなに似ていると認めざるを得ないけど、如何せん記憶がない上に平民として過ごした身では、今さら貴族、ましてや王族の振る舞いは分からない。



「リーナ、今はここに、私の元に戻ってきてくれた事だけでいい。やっと妹に会えたんだ。それだけで嬉しい。他は後回しだ」

「⋯⋯肖像画を見て、取り敢えずは無理に納得することにしますけど、私には何も出来ませんよ。後、政略結婚の駒に使われるのは絶対に嫌です」



 私は嫌なことだけは取り敢えず伝えた。

 だけど、それを聞いた陛下⋯⋯、兄は爆笑した。

 今の笑うところ?

 寧ろ怒られるかと思ったんだけど⋯⋯



「どっから政略結婚とか出てくるんだ? まさか、可愛い妹を早々何処の馬とも知れぬ輩にはやるわけ無いだろう!」

「だって、王族とか貴族って政略結婚が常なのでしょう? だから私はそれが嫌だから⋯⋯」

「あり得ない! リーナは誰にもやらない」

「グレン? あっ、叔父様って呼んだ方がいいのかな?」



 それを聞いた兄はまた爆笑した。

 グレンは苦虫を噛み潰したような表情で、「グレンと、叔父とは呼ぶな」と言ってきた。

 まぁ確かに若いから叔父なんて呼ばれたくないよね。



「あー、腹が痛い。久しぶりにこんなに笑ったよ。リーナに政略結婚なんてものは求めてない。ただ、私の妹だから側に居て欲しいから探したんだ。それと、どこかの誰かさんがずっと想い続けていたからな」

「おい!」

「何の事?」

「私の口からは言えないな。グレンにでも聞いてみてくれ。さて、リーナ。これから半年くらいかけて程々の淑女教育を受けて貰うよ。無理はしなくていいが、阿呆共に妹が馬鹿にされるのは嫌だからな。特に女の嫉妬は厄介だ」



 何それ、私、そんな嫉妬されるような事になるの?

 嫌だなぁ。

 面倒臭いわ。



「そろそろ執務に戻らないとうるさい奴が押し掛けてきそうだ。後の事はグレンに任せるよ」

「分かった」

「リーナ、またね」



 兄はそう言うと私の額にキスをして去っていった。

 この年でキスとかされるの!?

 兄妹でも?



「グレン、この年でも王族とかなら兄妹でキスするの?」

「まさか! だけど、ようやく妹に会えて嬉しくて愛おしくて親愛のキスは止められないだろうから、暫くは付き合ってやって欲しい」

「人前ではやめて欲しいわね」



 流石に人が居ないとこならいいけど、人前は恥ずかしすぎるわ。



「そうだ! さっき陛下が言っていた女の嫉妬の的って何? 私何かされるの?」

「リーナ、アデルの事はお兄様と。女の嫉妬な⋯⋯。まぁ行きなり皇女が戻ってきて、そこへ近衛やら護衛が付く事になる。それと同時に年も年だからやはり結婚への圧力はすごいだろうな。それに対しての嫉妬だ」

「その結婚なんだけど、出来ればしたくないわ」

「⋯⋯何故か聞いても?」

「年もひとつの理由よ。今さら結婚なんてしたくないわ。学ぶのは嫌いじゃないからするけど、結婚はね⋯⋯」

「そんなに嫌か?」

「嫌よ」



 私は即答する。

 嫌なことは嫌だと言っておかないと大変なことになる。



「リーナ、誰かと必ず結婚しなければならないとしたらどうする?」

「えー⋯⋯、逃げるわね」

「王族が逃げるのは許されない」

「⋯⋯必ず誰かとしないといけないなら、グレンが貰ってくれる? あっ! 結婚してるなら妾でもいいわよ。私は大人しく薬作りながら過ごすから、居ないものとしてくれたら⋯⋯」



 私はグレンにそう言うと、何故か顔を押さえて俯いていた。

 えっと、そんなに嫌だったのかな。

 ちょっと傷つくよ。



「ごめんなさい。今のは忘れて! 嫌よね、姪となんて。絶対結婚しないといけないなら、条件付けてお兄様に探して貰うから!」

「待て! 違う、嫌じゃないし、私は結婚していない。独り身だ。 何より私には想う女性(ひと)がいる」



 グレンには好きな人居るんだ⋯⋯

 何故かさっきよりもショックを受けてる自分が居る。

 どうして?



「リーナ? どうした、顔色が悪い」

「あっ、何でもないわ。それより、私ってどれくらい寝てたの? お腹空いたわ」

「失念してた⋯⋯。リーナは五日ほど寝ていた。少し待っていろ」



 そう言うと、直ぐ様侍女に指示を出して食事の用意をさせる。

 待つこと少し、見たことない料理が並んだ。

 これ、ほんとに食べていいの?



「気づかなくて悪かった。食べていいよ」

「やった! あっ、けどマナーとか⋯⋯」

「今は気にしなくていい。だが、リーナの食べ方はさほど気にならないぞ」

「けど、此処で生きていくならきちんと覚えないといけないでしょう? 私の行動がお兄様の評価に繋がるんじゃない?」

「それはそうだが、無理はするな。私達がきちんと助ける」



 心強い言葉に安心する。



 それから半年はほんとに怒涛の日々だった。

 立ち居振舞いに帝国の歴史など、勉強に勉強をした。

 ゆっくりでいいと言われたけれど、初めの頃、陰口を叩かれるのを聞いて、負けず嫌いに火が着いた。

 何故か弱々しい噂も流れていたから、お兄様にお願いをして、騎士団での訓練にも参加させて貰った。

 これは今まで培ってきたものがあるから、剣は流石に歯が立たなかったけれど、魔法では他を圧倒したら、「流石は血の皇帝の妹君!」と絶賛された。

 これには呆れたが、それでも自分の力で認めさせた。

 ただ、やはり年齢はどうあってもどうにもならないので、行き遅れとか、散々言われたけれどね。

 うるさい外野には耳を傾けません!



 そして半年後の私のお披露目パーティーが開かれた。

 この日は朝からずっと湯浴みから始まりマッサージに念入りに準備が進められる。

 この半年で大分馴れたこの状況。

 私が口を挟める状況ではないと言うのもある。

 夕方に差し掛かると、ようやくヘアセットにお化粧、そして最後はドレスの着付け。

 そして、アクセサリー類を付けて完成だ。

 やっと苦行から解放された。

 お茶を淹れて貰い、一息つくと、迎えがきたようだ。



「待たせた⋯⋯」

「グレン、どうしたの?」

「いや、いつも綺麗だが、今日は特別美しい」



 何言ってるのこの人は!

 皆の前で恥ずかしいわ。

 私はこの半年で自分の想いに実は気がついていた。

 それは、グレンの事が好きな事。

 きっと、初めてあった時から好きだったのかも。

 でないと、会って直ぐにあんなに親しく過ごせないわ。

 グレンが私の事をどう想ってるかは分からない。

 只の姪としてしか思われてないだろう。

 それでも、グレンと会うと嬉しくなる。

 今もそう。

 格好いい彼を前にして、普通にするのがやっとで誉めることも恥ずかしい。



「ほら、お兄様のところに行くのでしょう?」

「そうだ、待たせるとうるさいからな。行こうか」



 そう言うと私に手を差し出す。

 私はその手をとり、エスコートして貰いお兄様とお義姉様がいらっしゃる控室に移動する。

 控室にはいると、「やっと来たか!」と言われてしまった。



「遅くなり申し訳ありません。お兄様、お義姉様」

「大丈夫よ、そんなに待ってはいないわ」



 お義姉様はお優しい!

 だけど、優しさだけでなく、厳しさも持ち合わせてる人で私はそんな義姉がとても大好きになった。



「やっとリーナのお披露目が出来るな。これで堂々と妹だと自慢できる」

「恥ずかしいので自慢はやめてください」

「自慢しては駄目かしら?」

「お義姉様、程々にしてくださいませ」

「待て! 前々から思っていたのだが、何故リーナはお兄様ではなくセフィーリアに懐いているんだ? お兄様は悲しいよ」

「お兄様と過ごすより、お義姉様と過ごす時間の方が長いんですもの。それに、私の師匠でもあります」

「リーナが冷たい⋯⋯」

「アデル、シスコンも程々にしろ」

「グレンは黙ってろ」



 そんないつものやり取りを聞いていると、侍従が「お時間です」と呼びに来たので、会場に移動する。

 先ずは皇帝陛下と皇妃陛下が入場し、一番高い位置に立つと、貴族に向かって挨拶を始める。



「今日は我が妹のお披露目を行う。幼き頃に亡き皇妃によって護られ、先だってようやく会えた我が大事な妹を紹介しよう。入れ」



 ほんとに短い挨拶で、グレンのエスコートで入場する。

 どんな皇女だと、興味津々の人々の視線が刺さるが、気にせず、堂々と進む。皇族の席に、陛下の元へ行き、貴族達へと向き直る。



「最愛の妹のアデリナだ」



 お兄様の言葉に、私は貴族に向かってカーテシーを行う。

 これでお披露目は終了となるのだが、此処でお兄様は思いもよらないことを話し始めた。



「我が妹の帰還と共に、婚約を発表する」



 聞いてない!!

 結婚に関しては私の意見を聞いてくれるって言ったのに!

 表に出すわけにはいかないが、内心荒れ狂う。

 嫌よ!

 どうしてお兄様はこんなことを話すの!?



「アデリナの婚約者を紹介しよう。リリエンソール大公グレン・サンティエ・リリエンソールだ。大公、我が大事な妹を頼む」

「はっ! 光栄に存じます。アデリナ皇女殿下の事は私が必ず幸せにいたします」



 何が、起こっているの⋯⋯?

 グレンが婚約者?

 本当に?

 どうして、前に私があんなこと言ったから?

 疑問ばかりで頭が一杯になる。

 そうこうしている内に、ダンスのはじまりとなった。



「アデリナ皇女、一曲お相手願いますか?」

「はい。喜んで」



 私は教育の賜物からきちんとグレンに答えていた。

 それから、舞台の中心へ赴き、お互いに礼をする。

 そして、演奏が緩やかに始まり、グレンとダンスをする。

 私は頭が一杯で、グレンを見てるようで見てなくて、けれどきちんと身体は動いている。



「リーナ、私の目を見てほしい」

「グレン⋯⋯」

「言いたいことや聞きたいこともあるだろう。だが、今はダンスに集中してほしい。リーナとのダンスを楽しみたい」

「はい⋯⋯」



 私は気持ちを切り替えて、グレンとのダンスを楽しむ。

 とても上手くて、踊りやすい。

 この時間がとても好きだ。

ダンスが終わると、周囲からは拍手が沸き起こった。

 無事に、きちんと踊れたみたい。

 そこからは貴族達もダンスを始める。

 私はもう一曲、グレンからの申し出で踊る。

 今度は初めから楽しめた。

 ダンスが終わると、グレンと共に周囲からの挨拶を受ける。

 主にグレンが受け答えしていたが、たまには私に意地悪な質問が、主に女性から飛んでくる。

 グレンが反論しようとするが、私がそれを制して言葉でやり返す。

 もちろん、淑女らしい丁寧さと皇女の威厳付きでだ。

 言い負かされたお嬢様方はすごすごと引き下がる。

 ふふっ、そう簡単にはやられないわよ。

 パーティも終盤に差し掛かった頃、グレンから中庭へ誘われて、そちらに移動する。

 中庭と言っても、貴族達が入れるエリアではなく、皇族しか入れない中庭だ。

 夜だけど、魔法でライトアップされたそこはとても幻想的で綺麗だった。

 よく手入れされた色鮮やかな花達に緑が綺麗な木々。

 此処は先程までの空気より、新鮮で美味しい。

 だけど、ようやくグレンと二人きりという事に、グレンとの婚約という事実を思い出した。

 思い出すと、何を話していいのか分からない。

 グレンは⋯⋯どう思っているのだろう。

 好きな女性が居るって言っていたのに。

 私があんなことを話したから、私のせい⋯⋯なの?

 そう思うと、涙が溢れてくる。



「リーナ、何故泣いている? 私との婚約はそんなに嫌だったのか⋯⋯」

「違うわ! そうじゃないの。私のせいでごめんなさい。グレンは好きな人が居るって話していたのに⋯⋯、私が余計なことを言ったせいよね。本当にごめんなさい」

「⋯⋯リーナは勘違いをしている。先ずはこの婚約は、私が望んだことだ。私が望んで陛下にお願いしたのだ」

「私が安易に話したことが原因でしょう?」

「それも違う。リーナ、私の話を聞いて欲しい。アリスと初めてあった時の事だ。あの時から私はアリスに惹かれていた。一緒にいると楽しくて、変に気を遣わない、自然体でいられることがとても良かった。だが、私には幼い頃から想い続けている人がいる。だから、アリスに惹かれたとき、私は愕然としたんだ。想い続けてる人がいるのに、アリスに惹かれている自分に言い知れぬ嫌悪がわいた。これではその辺の浮かれている男共や女と変わらない。だけどあの時、アリスの楔が切れたとき、今の姿に戻ったのを見て、私は安堵と、リーナがどんな姿でも、必ずリーナに惹かれるのだと、愛おしさでいっぱいになった。私が愛してやまないのは、アデリナ、貴女だけだ」



 本当に⋯⋯?

 グレンはずっと私を想っていたの?

 私は未だに幼い頃の記憶がないのに⋯⋯。

 それでもいいの?



「改めて言わせて欲しい」



 そういうと、私の前に跪く。



「アデリナ皇女殿下。生涯唯一貴女を愛し、私の命ある限り共に歩み、貴女の隣にいることを許して欲しい。私と結婚して下さい」



 そう言うと手を差し出した。

 私は今度は嬉しくて涙が止まらなくなった。

 彼の真摯な言葉と目が私を射ぬく。

 迷わず、彼の手に自身の手を重ねた。



「私も、グレン・サンティエ・リリエンソールを唯一として、愛し、生涯を共に歩みます。私の方こそ、貴方の隣にいることを許してください」

「勿論だ! リーナ、愛している」

「私も、グレンを愛しています」



 更に半年後、私はリリエンソール大公の元へ嫁ぎ、グレンと共に皇帝を支え、誓約の言葉を交わした通り、その生涯を全うすることとなる。







ご覧いただき有難うございます。

思い立って書いた短編小説です。

楽しんでいただけたなら幸いです。


誤字報告や評価にブクマを有難うございます。

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