21 文句は言われたくないくせに、文句は言うのか (赤宮カオル)
なんでこんなことになったんだろうなと、走行する電車の窓から、外の景色を眺めていた。
もし私が今、ここで死ねば、大吾の妻のままでいられるのだろうか。ふいに弱気な心が湧き上がってきて、自分で自分を笑った。
そんな間抜けな死に方をしてまで、妻でいる資格なんてない。あまりにも馬鹿げている。
しっかりしろ、自分。考えろ。何か策があるはずだ。
「女ってのは、大変だね。子供を作るのにタイムリミットがあって」
料理人のその言葉は、とても本心とは思えなかった。
まるでアリを踏みつぶして、観察をする子供のような目をしていたからだ。
「男だって、ある程度のリミットはあるだろ」
「でも女ほどじゃない。確かインドで、九十六歳の男に、子供が生まれたって話あったよな」
「それを言うなら、同じインドで、七十四歳の女性が、双子を出産したって話もあったはずだ。さすがに、日本じゃそこまでの高齢出産は、聞いたことはないが、世界での高齢出産の事例はいくつもあるだろ」
あくまで特例なだけで、だいたいにおいて、健康的な赤ちゃんを、無事に出産できる確率は、年齢を重ねるほど目減りする。
それはもう、見事なまでに、統計的な数字として立証されている。
「七十四歳のばあさんが出産って。すごいな。だったら、あんたも頑張って、チャレンジしたらいいんじゃないの。可能性はゼロじゃないんだろ」
「……前向きなご意見ありがとう。だったら解放してくれないか。今すぐに。お前の言うように、女性にはリミットがそれなりにあるからね。こんな馬鹿げたことをしている時間はないんだ」
「無理に決まってんじゃん。立場を考えろよ」
料理人は嫌らしく笑っている。
「でもさ、この国はおかしいよな。自由に生きろみたいな教育をしてるくせに、学生時代は不純異性交遊をするなって脅してくる。成人する頃には、今度はきちんと就職しろって急き立てる。仕事が軌道に乗り始めたら、いつ結婚するんだと追い詰めてくるし、やっと結婚したら、今度はいつ子供ができるんだと催促される。本当に意味がわからないよね。レールに乗れないやつは、普通の人間として扱われないんだから」
私も『普通』になれなかったという一人に、カウントされるのだろうか。
「ちょっと考えたら、わかんだろ。今の若い奴らのどこに、普通の結婚なんてできる、金の余裕があるんだっていうね」
今の若者たちの給料は、どんどん目減りしている。ATMにされる心配がないぐらいに、自分の生活で精一杯なやつがゴロゴロしてる。
昔のように、普通に働いているだけで、給料が上がって、マイホームだって手に入れられた時代とは違う。
頑張っても、努力しても、よっぽど才能に恵まれているか、ズルでもしない限り、どんどん普通であることすら、難しくなっている。
女だって、男並みに稼げるようになった人ほど、家事育児を押し付けられる義務とセットの結婚に、もう憧れなんて感じなくなっていることだろう。
物事をいろいろ考えてしまう人ほど、結婚に夢なんて描いていないかもしれない。戦略的に玉の輿を狙う、プロ彼女みたいな層以外は。
「なのに子供が減る一方だって、偉い人たちが毎年怒ってる。バカだろ。減るように仕向けてきたのは、誰だよって話だ」
畑を耕すことなく、種もまかずに、水すら与えたこともないくせに、大飢饉で作物がとれないのは農民のせいだと、文句を言う地主のようだ。それがいかに、的外れでバカげたことであるか、少し考えればわかるだろうに。
「そんなに人口を増やしたいなら、ポルノ規制なんかせずに、毎日、夜の営みをしましょうって、むしろ推進する番組でも、テレビで流したほうがいいんじゃないのか。学校でも、もっと毎日セックスの授業とかすればいい」
「フェミニスト団体だの、PTAな方々が、抗議のしすぎで卒倒しそうだな」
「そういう文句をつけるやつらに限って、自分たちは、しっかり子供を作ってるんだから、抗議する権利なんてねーだろ」
「きっと、そういう人たちは、コウノトリとかに、赤ちゃんを運んでもらうような、ファンタジーの国に住んでらっしゃるんだよ」
「異世界人かよ。どうりで話が通じないんだな。自分たちは、やることをやってきたくせに、若者が同じようなエロい事をするのは許さないって、バカじゃないの」
料理人は噴き出すように笑う。
「そんなに子供を産んで欲しいんだったらさ、一番子供ができやすい適齢期に、普通に遊んで暮らせるぐらいの金と、たっぷりの時間がもらえる権利を、強制的に与えるようにでもしたらいいのに。兵役の代わりに、男女とも婚役ってのをすればいい。そしたら、いくらでも子供を産む人が、もっと増えるんじゃないの」
「金はどうするんだ。若者を遊ばせておく金なんて、どこにもないぞ。この国は未来への借金まみれなんだから」
「国営アプリを作って稼げばいい」
「なんだそりゃ」
「一回数百円のガチャを回すごとに、国に直接、寄付していることになるような、課金アプリを作ればいいだけだ」
「課金で、国に寄付ねぇ」
「消費税は数パーセンすら払うのを文句を言うくせに、ガチャはバカみたいに回して、何千円、何万円と金を使う若者がいっぱいいるだろ。ぼくもその一人だけどさ」
料理人はスマートフォンを見せびらかす。
「みんな麻痺してるじゃん。そこが狙い目なんだよ。なかなか出ないレア物のガチャを、ムキになって回してしまう病に、みんな感染してるからさ。知らず知らずに、楽しく税金を払えるんだから。最強じゃね?」
その発想はなかった。いかにも今時の若者らしいアイデアだ。
「ランカーのやつらは競って金をぶっこむからね。ほっといてもイキってる金持ちは、トップを取って自慢するために、たっぷり金を落としてくれるよ。なんなら、長者番付を公開するやつ、復活させたほうがいいんじゃない。そういうやつらって、だいたい見栄っ張りだからさ」
「悪くない政策だ。でも、現実にそう、うまくいくかな」
「やる前から文句言うとか、それ、老害の特徴だよ」
「うるせー、老害とか言うな。文句じゃなくて、検討だ。どうせアプリ開発を、企業に委託する時点で、かなりの税金が投入されて、政治家と癒着した悪徳企業に、中抜きされて、かえって赤字ですって、無様なパターンもありそうだけどね」
「そんなことは、ぼくの知ったこっちゃない」
いくらアイデアが良くても、実行する側がクソだったら、どうしようもない。いつの時代でも、どの国でも、ろくでもないことをする輩は湧いてくる。
もちろん世の中には、まともな政治家も企業も存在する。けれど、良からぬことをするやつほど、声がでかくて行動的だからタチが悪い。
そういうやつらを、一瞬で社会的に殺す魔法とか、誰か作ってくれないだろうか。
「ほかにも、年金をもらっている元気な老人は、地域の困ってる夫婦を助けるような、子育て支援のボランティアをしないと、年金を強制的に減額されるシステムにでもすればいいよ。労働が提供できない人は、年金から子育て支援金を天引きされて、それが若い子育て世代に分配されるようにすればいい」
「これはまた、お年寄りが、死ぬほど反対しそうな案だな」
「不公平を正せって言ってんだよ。納めた金額に対するリターンが、年寄りと若者じゃ、あまりに差がありすぎる。散々『働かざる者食うべからず』って脅迫して、非正規なんてろくでもない名前をつけて、労働力を安く買い叩いて、ぼくたち若者世代を、貧困になるように仕向けたのは、今の年寄り連中だろ。だったら、その報いは受けるべきだ」
「言いたいことはわかるが、強要した時点で、それ、ボランティアじゃないだろ」
「言葉のまやかしなんて、政府の十八番だから、どうでもいいんだよ。誰にも必要とされなくなったって嘆いてる老人に、誰かにありがたがってもらったり、活躍できる場面を提供してやるんだから、文句言うなよって話だ」
「そんなに口が回るなら、できるだけ文句が出ない、もっと素敵なアイデアはないのか」
「じゃあ、子供を育てること自体を、投資ファンドにでもしたら」
「投資ファンド?」
「権利も責任も分散すればいいんだよ。一人一人の子供に、国民がそれぞれ好き勝手に投資をして、将来的に稼ぎ頭になったら、配当をもらえばいい。子育て支援と、賭け事が大好きな国民のギャンブルの欲求も満たせて、一石二鳥だろ」
「破産する国民と、将来性を可視化されて、未来に絶望する子供が増えそうだな」
「みんな大好き、自己責任ってやつだよ」
料理人は鼻で笑う。
「まぁ、いずれ、科学者様に、人工子宮でも作ってもらって、誰でも簡単に子供が作れるような未来がきて、みんなで子育てをするのが当たり前になったら、少しはマシな世の中になるかもな」
もし人工子宮があれば、大吾と別れなくてもすむのだろうか。
いつできるかわからない物に、すがろうとしている自分が、なかなかにしみったれていて、惨めな気持ちでいっぱいになる。
「お前さ、そんなに国の未来を考えてるなら、こんなバカげたことはやめて、さっさと政治家でも目指したらどうだ」
「嫌だよ。あんな何やっても、文句を言われるだけの仕事なんて」
文句は言われたくないくせに、文句は言うのか。
人間ってやつは、本当に自分勝手だなと笑えてくる。




