第9話 衣装選び
人という生き物は同じ目的があれば初対面であっても団結することができる。誰かがそんなことを言っていた気がするがそれは正しいらしい。部室内では部活の存続という一つの目的に向かって今、三部が結集していた。
「頑張るぞー!」
「おおーーー!」
何度も繰り返される掛け声に部員達は健気に応え続ける。しかし、あまりにも長すぎやしないか。朝丘もさすがに耐えかねたようで少しふらつきながら先輩の元へ近づいていく。
「で、霞先輩。今から何するんですか?三部集まったからさっそく練習するんですか?」
「そうね。えーーっと……。草壁君、今から何するの?」
「俺に聞かれても分からんぞ。篠原。お前から全体に指示出してくれよ。」
「私もなにも分からないですよ。まず三部合同で発表することも今日決まったわけですし、和楽器持ってきたのもほぼ勢いですし。」
三人は集まってしばらく話し合う。頼りがいのありそうな三人のことだ。きっと何か計画でもたてているんだろう。
「じゃ、今日はこれで帰りますか。」
三人の部長は最終的に帰宅で合意したようだ。
あれ?この人たち意外と何も考えてないのか?少し不安が募る。
結局今日は何も決まっていないということで決起集会だけして解散することになった。邦楽部の部員たちは無駄に和楽器をもって部室間を往復させれたことに文句を言いながら和楽器を慎重に運び始める。
「そういえば春日。お前に頼まれたこの荷物はどうするんだ?ここに置いて帰ってもいいのか?」
「うん。もともとその荷物はよさこい部のやつだから置いて帰ってもらっていいよ。ごめんね。私たちの荷物を運んでもらって。」
「まあ、よさこい部はこれから協力していく仲間みたいなもんだからな。これくらいの仕事ならいくらでもやるよ。じゃあ、俺も帰るわ。部室に和太鼓持って帰らないと。」
草壁さんに言われて初めて廊下に和太鼓があることに気づいた。小学生低学年の身長くらいはすっぽり入るくらいの大きさだ。草壁さんは段ボールとあの和太鼓を一緒に運んできたのか?とても人間業とは思えない。
邦楽部と和太鼓部が撤収すると、部室はいつもより閑散としているように感じた。朝丘は先ほどの熱狂の余韻に浸っているのかボーっとしている。
「あ、忘れてた。そういえばまだ二人に伝えたいことがあるんだった!」
突然の先輩の大声に朝丘はびくっと反応する。
「な、なんですか?霞先輩。」
「あの荷物のことなんだけど……。」
そういいながら先輩は段ボールを指さす。割と大きいサイズの段ボール。何が入っているんだろうか?
「月曜日にによさこい部の衣装について少し話したでしょ。その衣装の試着品が今日届いたの。」
「え⁉もう届いたんですか?めっちゃ早いですね。」
「だから良かったら今日試着してどの衣装にするか決めない?」
「いいですね!決めましょう。今日、決めましょう!」
朝丘は飛び跳ねて嬉しさを表現する。相変わらず単純で分かりやすいやつだ。
「飯島君は大丈夫?なんか用事あったりしない?」
「俺も今日は大丈夫です。」
「良かった。じゃあ衣装出そうか。」
全員でわくわくしながら段ボールを開ける。中には色とりどりの衣装がたくさん入っていた。
「よさこいの衣装は普通の服よりも大きいから制服の上から着れると思うわ。三人それぞれ違う衣装を着てどれが一番いいか決めましょう。」
先輩がそう言うと、全員それぞれ自分が着る衣装を手に取る。さて、俺はどの衣装を着ようか。俺は多くの種類の中から黒を基調としたシックなデザインのものを手に取った。
「じゃあ、着替え開始!二人共、着替え終わるまで衣装見ないようにそれぞれ別の方向を見て着替えてね!」
先輩は手に取った衣装が見えないように体で隠しながら部室の窓際に移動する。俺と朝丘も自分の衣装を持って部室の端に行って着替え始めた。
よさこいの衣装は一見和服のような見た目をしているが、一人でも簡単に着ることができるように作られていた。俺は手を袖に通して帯を締めた後、軽く手を動かして着心地を確かめる。なるほど、ちゃんと踊れるように普通の和服よりも動きやすく作られているんだな。
「全員、自分の衣装は着終わった?」
「はい!」
「じゃあ、一斉に振り返ろうか。いくよ!3,2,1、はい!」
俺は弾みをつけて勢いよく振り返ると、ちょうど先輩の姿が見えた。
「飯島君、どうかな?似合う…?」
「はい!とてもよく似合ってます。」
先輩は腰に手を当て軽くポーズをとって微笑んだ。真っ赤な生地の衣装が先輩の白く透き通った肌に照らされて輝いてるように見える。
「ねえ、イイ私は……、私は似合ってる?」
「ああ、似合ってるよ。」
先輩の衣装姿に目を奪われていると、強引に手を引っ張られた。爽やかなスカイブルーの着物に身を包んだ朝丘の姿。朝丘は自分で見せたくせにやけに恥ずかしそうにこちらを見ている。俺は不覚にもいつもの朝丘とのギャップにかわいさを感じてしまった。
「そう?あ、ありがとう……、イイも似合ってるよ……。」
「確かに飯島君の衣装もいいね。まだ衣装は何着かあるからまた着替えて見てみようか。」
「えーっと……、結局どの衣装にする?」
目の前には大量の衣装たちが所狭しと並べられている。これは困った。どの衣装を着ても先輩も朝丘もよく似合ってしまうからとても選びづらい。どれが一番二人に似合うんだ……?俺はいつの間にか自分も衣装を着ることを忘れて先輩と朝丘に一番似合う衣装を探していた。
先輩と朝丘も全く決められない様子で、ただただ時間だけが過ぎていく。今日、衣装決めをするのは無理か。そう思っていると扉が開けられた。
「三人ともまだ部室にいたの?」
不思議そうな顔をして先生が入ってきた。先生は並べられた衣装に気づくやいなや夢中になって眺め始める。
「どれも凄く綺麗ね。今日は衣装選びをしてたの?」
「はい……、でもどの衣装にするかなかなか決められなくて……」
「そうだ!霞先輩、上代先生に決めてもらいましょうよ。先生、どれが一番いいと思いますか?」
先生は一着ずつ手に取って真剣に衣装を見始める。一体、先生はどの衣装を選ぶのだろうか。三人で期待と不安で緊張しながら先生が選び終わるのを待ちわびる。
全ての衣装を見終わっても先生はどれを選ぶか決めかねているようだった。先生は悩ましい声でつぶやく。
「うーん。どれも凄く良いけどシンプルすぎるのよね……。なんなら私が作ったほうがいいくらいかも……。」
「先生、衣装作れるんですか?」
「ええ!裁縫はものすごく得意よ!」
思いがけずびっくりする俺たちを見て先生は自信満々に答える。
「じゃあ、上代先生。私たちの衣装作ってくれませんか?私、先生の作った素敵な衣装で踊ってみたいな~。」
「そうですよ!先生、お願いします。」
子供のように頼み込む朝丘に続いて俺と先輩も頭を下げる。先生は部員全員から頼られてまんざらでもなさそうな顔をした。
「よし、分かったわ。私があなた達の衣装を完璧に作ってあげる!」
「やったーー!!」
先輩と朝丘が大喜びする様子を見て更に気分が良くなったらしい。先生は得意げに腕を組んだ。